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 朝になり、全員が武具を身に着けて家の前に集合する。

 それを確認しフッツァさんが口を開く。


「おはよう。よく眠れたかね。今日から早速仕事を開始する。といってもまだ仕事のための準備なのだが」

「なにをするんですか?」

「町周辺の見回りついでに地形把握が今日やることだ。昼食を買って出るぞ」


 本格的な仕事はもう少し先か。

 パン屋でサンドイッチとドライフルーツを受け取って水筒の入ったリュックに入れる。

 そのまま町から出る。町の外縁には櫓がいくつもあり、そこに兵が立って常に遠方を見張っていた。

 俺たちもいずれああいった仕事を行うらしい。地形を把握して、一度襲撃に対応したあとにやるんだそうだ。まずはなによりここでの生活に慣れることが優先される。

 町から出て、周囲を警戒しつつ雑談していく。フッツァさんたちから会話をとがめられることはない。互いのことを知ることで、協力性を生み、連携を高めることになると事前に説明されていた。

 そういった会話の流れで、フッツァさんとシュリさんのことも尋ねる。


「二人はこの町のトップの部下という感じなんですか?」

「いや違う。俺もシュリも生き残りなんだ」

「生き残りというと?」

「お前たちと同じようによその兵だったんだ。魔王軍との戦いでこっちに送られて、同時期に送られた奴らと組んでしばらく戦っていた。だがそいつらが死んでフリーになったところを役人に依頼された。ここでの生活をそれなりに送っているから、後輩にあたるお前たちの世話をしてくれないかとな」

「私も同じですね。まとめ役は誰もがだいたいそんな感じですよ」


 やっぱり死んでいる人もいるんだな。侵略してくる魔王軍と戦うんだから、当然死は珍しいことじゃない。

 町の雰囲気が切羽詰まっていないんで緩んでいた気持ちが引き締まる。


「一緒に戦っていた人が死んで、心が折れなかったんですか?」

「ショックは受けましたね。恋人になりたいと思っていた仲の良い人も死にました。仇を取るといった感じで心を奮い立たせ、戦っています」


 シュリさんは復讐が目的になっているのか。


「俺は自分でここに志願した。死ぬことも当然あると事前に聞いていた。だからと言って仲間が死んで平気じゃなかったが、ここで心が折れてしまえば背後にいる人たちを守れなくなると考えて、戦い続けることにした」

「私たちのように戦い続ける人もいますが、引退する人もいます。人それぞれです。今からそういったことを考えても仕方ないので仕事に慣れることを第一に考えてください」


 死ぬことはありえるけど過剰に怖がるのも駄目ってことだな。

 シュリさんの言うように今は慣れることに集中しよう。

 俺たちは一時間と少しまっすぐ歩いて、そこから右回りで進む。

 遠目に俺たちと同じくらいの人数の集団を見つける。彼らも俺たちのように最近到着した兵だろうとフッツァさんが言う。

 見回りの兵は三人から五人なので、それ以上の人数だと地形把握のために外に出ているか特別な任務を帯びているかのどちらからしい。

 あの集団からは切羽詰まった感じがなかったので、地形把握の集団だと判断したそうだ。

 魔物と遭遇することなく、周辺を観察しつつ歩き、昼食後も同じように歩く。

 一度魔物との戦闘があったけど、特に苦戦することなく倒して、半周まで来たといったところで町へと戻る。さすがに歩いただけでは体力的にも精神的にもほとんど疲労することなく、初日の仕事は楽だったなと仲間と言いながら終わった。

 翌日も同じように地形把握と考え家を出ると、フッツァさんとシュリさんの表情が少し気になった。

 ほかの奴も気づいたようで、どうしたのかと聞く。


「見回りが魔王軍の斥候らしきものを発見したそうだ。今日襲撃があるかもしれん」

「となるとここで備えるのですか?」

「いや確定したわけではないから地形把握に出る。いつ戦闘が起こるかわからない、昨日よりも警戒してほしい」


 了解と返して町を出るため歩き出す。

 櫓に立っている兵の表情も緊張した感じであり、昨日見かけなかった騎兵の動きもある。

 皆、襲撃に備えて気を張り詰めているのだろう。

 俺たちもいよいよ本格的な戦闘が始まるかもということで、昨日のように雑談しつつといった雰囲気ではない。

 昨日中断したところから、残り半周を消化するため歩く。

 そのときは来た。昼食を終えて移動を再開し、あと二時間ほどで一周といったとき、三百メートルほど離れたところが騒がしかった。

 フッツァさんが舌打ちする。

 

「このまま終わりたかったが、遭遇しちまったからには仕方ない。お前たち参戦するぞ。幸いそこまで規模は大きくないようだ。無理して突っ込むんじゃなく、先に戦っている奴らのフォローをするくらいの気持ちでいてくれ」

「接近しますが、戦闘は私たちの指示で開始してください」


 フッツァさんたちからの指示を聞いて、俺たちは武器を握りしめて早足で現場に向かう。

 戦っている兵は三十人くらいか、大怪我して倒れた者はおらず、全員が二本の足で立って戦っていた。

 魔物の方は虫の魔物ばかりだ。蛾の魔物が頭上から襲いかかってきて、サソリの魔物とトゲトゲした芋虫の魔物が地上担当だ。地中から襲いかかってくるような魔物はいないように見えた。

 魔物の数は地上で五十体近く、上空に二十体近くといったところだ。


「参戦の声をかけてくる。その後に味方の手が回っていないところに向かう。いいな?」


 俺たちが頷くと、フッツァさんは離れている間の指揮をシュリさんに任せて、小走りで指揮官らしき人のところへ向かう。

 二人は短く会話し、指揮官が蛾の魔物を指差し、フッツァさんが頷いた。そしてフッツァさんはまた小走りで戻ってくる。


「味方に攻撃が当たらないところから蛾の魔物を攻撃してくれということだ。移動するぞ」


 移動する短い時間で蛾の魔物についてフッツァさんが説明する。


「あれの主な役目は鱗粉を撒き散らして、こちらの体調を崩すことにある。鱗粉には一時的に気分を悪くさせる作用があり、こっちの動きが鈍ったところで、ほかの魔物と一緒に攻撃をしかけてくる。鱗粉は風の魔法で簡単に吹き飛ばせるので風の魔法を使える奴は使ってほしい」


 兵の一人が頷いた。今後も蛾の魔物が出てくるなら、風を吹かせるだけの魔法でも習得するべきか。

 説明を受けている間に主戦場から離れて、上空で待機している蛾の魔物をおびき寄せることになる。

 仲間の二人が魔法で風と石を飛ばす。俺は遠距離攻撃を持っていないので、石を拾って投げつけて気を引く。

 そうしていると鬱陶しく思ったようで、蛾の魔物が九体ほどこっちに飛んでくる。


「来たぞ。そこまで強い魔物じゃない。落ち着いて戦え」


 飛んでいる蛾の魔物から鱗粉が落ちてくる。

 吸い込まないようにと息を止めるのと同時に風が吹いた。仲間が魔法を使ってくれたんだろう。

 心の中で感謝して、槍を持って攻撃が届きそうな一体へと穂先を突き出す。羽ばたかれてひらりと移動し、羽にかするだけになった。

 まあ、そうだろうなと次はよく狙ってから突き出す。


「ギュイッ!?」


 今度は胴体にかすって、魔物が短く悲鳴を上げた。

 本格的に俺を狙う気になったようで素早く突撃してくる。口にある硬そうな顎がガチガチと音を立てている。噛んでやろうという狙いが丸わかりだ。さすがに俺でも対処できる。

 飛んできている魔物へと両手で持った槍の柄を突き出す。そこに噛みついてきた。


「よしっ。あとは落ちろ!」


 噛みついたままの魔物を地面へと叩きつけて槍から手を放して、バタバタとしているこいつが飛び立つ前に何度も踏みつける。

 仲間の悲鳴を聞きつけたらしい、ほかの蛾の魔物が襲いかかってくる。それに気づけたのは一度体当たりを受けてからだ。


「あだっ」


 尖った足が腕をひっかき一筋の傷ができた。

 やられたらやり返す。ビクビクとした反応しかしなくなった魔物から、攻撃してきた蛾の魔物へと標的を変えて槍を振り回す。


「お前も落ちろ!」


 穂先が魔物の足を一本斬り飛ばす。

 短く悲鳴を上げた魔物が急に地面に落ちた。

 なぜだと思っていながら魔物の胴に槍を突き刺す。念のため顔も踏みつけていると仲間が声をかけてくる。


「魔法で手を出したが、必要なかったか?」

「いや、助かった。ありがとう」


 礼を言ってから周囲を見る。

 俺たちへと集まっていた蛾の魔物は粗方倒されていた。今戦っている奴らも優勢だ。皆、俺よりも手際が良かったらしい。


「周囲の警戒をしておくか」

「それがいい」


 まだ上空には蛾の魔物がいて、こっちにやってくる可能性がある。地上の魔物もこっちに来るかもしれない。そういった魔物に奇襲されないよう警戒をしていると、仲間は戦闘を終わらせた。


「大怪我した奴はいないか? 怪我はしていないか?」


 フッツァさんの確認に、皆が自身の状態を知らせる。俺もかすり傷の報告をする。

 かすり傷でも放置せず、傷口を水で洗い流すように言われて水筒の水で傷口を洗う。

 皆もそれぞれ怪我への対処を終えたのを見て、フッツァさんが次の行動を口に出す。


「向こうを見た感じじゃ、もう少し手助けが必要だろう。こっちが終わっても余裕があるなら手助けしてくれと言われていたんで、向こうの戦闘に参加する」


 いいなと確認してくるフッツァさんに頷きを返す。

 正直に言えばあまり行きたくはないが、これだけの人数がいるのだから俺の出番はないだろう。距離を保って武器を振るっていれば、そのうちに戦闘が終わるはずだ。

 フッツァさんの先導で、味方の手が届いていないところに突撃する。

 もともと優勢だったので苦労などせず、魔物を七割ほど倒して戦闘は終了した。

 上空に少しいた蛾の魔物と生き残ったサソリの魔物などが逃げていくのを見ながら、ほっと息を吐く。

 フッツァさんとほかのまとめ役と指揮官たちが集まり話し出した。

 俺たちは周囲の警戒をしつつ、怪我の確認をしていると、ゴオオオッという音が聞こえてくる。

 誰かが警告の声を上げて、なんだろうかと顔を上げた途端、ものすごい爆発音と衝撃を受けて気を失うことになった。


 誰かに体をゆすられる。

 なんだよもう少し寝かせてくれよという思いを込めて腕を動かす。

 すると揺れが収まった。寝かせてくれるのかと安堵したら、また体を揺すられて起きろと声をかけられる。

 億劫だから目を閉じたままでいようとしたが、声をかけられ続けたので仕方なく目を開けた。

 ベッドかと思っていたが宿ですらなく、町の外で、見知らぬ兵に見下ろされていた。


「やっぱり生きていたか!」


 なにを言っているんだ?

 そんな俺の不思議そうな表情を見て、俺に声をかけていた兵は話を続ける。


「今自分がどういった状態なのかわかるか?」

「どういった状態って……あだ!?」


 寝ていただけと思っていたが、体のあちこちが痛いぞ!?

 戸惑う俺の反応から、現状を把握できていないと察した兵が説明を始める。


「お前たちは魔物の襲撃に対処していた。そこに士頂衆の攻撃らしきものがあった。そのダメージで気絶していたんだ」


 ああ、そこまで説明してもらえたら俺も思い出せた。


「戦いが終わって安心していたんだ、そのとき大きな音が聞こえてきたと思ったら、すごい衝撃と爆発音がしたんだ。そうか、俺は気絶したんだな。そのあとはどうなったんだろうか」

「お前たちは、連絡を受けて支援のため駆けつけた俺たちに発見されたんだ。最初は魔物と相打ちになったと思ったんだが、現場の状況がこれまでの戦いのものとは違っていて違和感を感じる者が多かった。そこで生存者を探すついでに現場の検証をしてみたところ、底の浅いクレーターの中心にボロボロの折れた矢が刺さっていた。矢が地面に突き刺さった衝撃で爆発が起きたと推測したんだよ。こんなことできるのは士頂衆くらいしかいないと考え、彼の攻撃だと判断した」


 士頂衆の姿を見たかと確認されたけど、それらしき人間は見ていない。音しか目立つものはなかったしな。

 というか生存者といったか?


「死者がでたのか?」

「出た。あの場にいたほとんどが死んでいる。お前も死んでいると思って馬車に入れようと思ったんだが、腕が動いて生きているかもと思って声をかけたんだ」

「ほとんどが死んだ? 生きているのは誰なんだ」

「お前を含めると五人」


 名前を聞いていたようで、一人一人の名前を教えてくれた。

 知っている名前は一つしかなかった。シュリさんだけだ。

 付き合いは短いが、それでも顔見知りが死んだことはショックだ。

 まだまだあいつらについて知らないことばかりなのに。これから親交を深めていくつもりだったのに。突然その機会を奪われてしまった。


「……フッツァさんもほかの皆も死んだのか。そんなに被害が大きくてなんで俺は生き残れたんだ」

「推測になるが聞くか?」


 頷くと兵は近くにいた人間が偶然盾になったのだろうと言う。

 たしかにあのときそばに仲間がいた。仲間が立っていた位置も音がしていた方向だったはずだ。

 あいつらにその気はなくとも守られたんだな。

 感謝や謝罪や安堵などなんとも言い難い感情が胸中に満ちて、目が熱くなる。涙があふれて止まらない。

 泣く俺の背を軽く叩いて、兵が二人がかりで俺を立たせて移動させる。

 連れて行かれたのは応急処置ができる兵のところだ。そこでシュリさんたちが治療を受けていた。

 死んだような表情で治療を受けていたシュリさんだが、俺が連れてこられたのを見て、表情を崩す。


「良かった! 一人だけでも生きていてくれた!」


 シュリさんは仲間が死ぬのは二度目だったもんな。俺よりもショックが大きくても無理はない。

 生きていることを泣いて喜んでくれる人がいることは嬉しかった。

 仲間たちも故郷にこう思ってくれる人がいたはずだ。

 仲間を殺した士頂衆に恨みがないといったら嘘になる。でもそれ以上に今俺が感じているなんともいえない感情をほかの奴らに感じさせたくないという思いの方が強い。

 そのために俺はどうすればいいんだろうか。

 治療を受けながら、シュリさんに聞いてみることにした。

 今自分が感じていること思ったことを全てシュリさんと治療をしてくれている兵に吐き出してみる。


「あなたはそう考え感じたのね。犠牲を減らしたいということなのでしょう。そのためにどうしたいのかと思ったということは、ここに残ることにしたのね」

「残る……ああ、そうですね」


 意識していなかったけど、言葉にされると帰るという選択が頭に浮かんでいなかったことに気付かされた。


「今回のことを例にあげるなら、士頂衆を倒すことができたら、こっちが壊滅することはなかったわ」


 さすがにそれは無茶だとシュリさん自身が否定する。


「察知能力が高かったらよかったと思う。士頂衆の攻撃は不意打ちだった。それに早くに気づけたら、皆にそれを知らせることができて、皆も防御態勢をとれて犠牲は減ったはず」

「ほかにもっと技術があり強ければ、今回の攻撃を迎撃して威力を減らすことができたかもしれませんね」


 治療をしてくれている兵が付け加える。


「鍛錬不足だな」


 これまで故郷のあまり強くない魔物や住民トラブルに対応できるだけの強さがあればいいと考え、鍛え上げることはしていなかった。

 シュリさんと治療をしてくれている兵が言ったことは、現状の俺では無理だ。

 やることは決まった。


「鍛え直そうと思います。鍛え直して、突然の事態に対処できるようになって、少しでも仲間を生き延びさせられるようになります」

「応援するわ。力にもなるからいつでも頼ってね」

「ありがとうございます」

「頼りになる仲間は歓迎ですが、その前にしっかりと体を治してくださいね。治らないうちは座学で我慢ですよ」


 治療を終えた兵から軽く肩を叩かれた。

 言われないと今日からなにかしようと動くところだった。

 兵の言うように座学からと考えて、まずはどういったことをすべきかシュリさんと話し合う。

 そうしているうちに、遺体の回収などが終わる。回収された遺体は遺髪を回収されたあと燃やされて、骨は砕かれ、集団墓地に埋められるそうだ。

 墓参りをしようと思いつつ馬車に乗り込み、戦場から離れる。

 離れていくクレーターから目を放せなかった。

 前線の現状を身をもって思い知った。今後もこういったことは珍しくないんだろう。少しでもその当然から生じる死が減らせるようになりたい。勇者ではないただの一般人が可能かどうかはわからないけど、やってみるだけやってみよう。

感想と誤字指摘ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] 士頂衆……厄介ですね 味方なら頼りになる戦力がそのままこちらに向かってくるというのは 淡音が成長したら倒せるといいんですがそれまでにどれほど犠牲を出すことか
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