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53 前線 前

 乗っている馬車ががたがたと音を鳴らして進む。

 乗り心地は良くないが、憂鬱でそんなことを気にしている余裕はない。

 なぜならこの馬車の行き先は対魔王軍との前線で、そろそろ到着するからだ。

 同乗している者で気楽そうにしている奴はそんなにいない。二人いる余裕そうなのは傭兵だ。

 聞こえてくる会話から、報酬の高さにつられたらしい。

 正直、その報酬を使えるのかわからないんだが。生き残るのも大変だと聞くからな。もしかすると生き残れるだけの実力があるから余裕なのかもな。

 前線は魔物と魔王軍が押し寄せてきて休む暇もないらしい。順調に倒せていても、士頂衆からの遠距離攻撃で突然死することもあるそうだ。

 そんな話ばかりだから憂鬱になるわ。頑張って生き残って可愛い嫁さんもらいたいなぁ。

 そんなことを考えていたら、前線基地として使われている町に到着したらしく馬車が止まる。


 俺たちは馬車を降りて、ここで待つように指示を出される。十分ほどで二人の人物が近寄ってきた。

 一人は三十歳を少し過ぎた獣人の厳つい男で、もう一人は二十歳前半の人族の女だ。男は鱗のついた尾をもっているのでおそらく爬虫類の獣人だろう。

 その二人が軽く挨拶して自己紹介が始まった。

 

「次は明るい茶髪のお前だ」


 俺の番が来て、ほかの人たちと同じように答える。


「ガザン子爵家の私兵です。ゴルデ・ブラスファです」


 兵として働いて何年か、得意な武器は何か聞かれて返す。


「兵として十五歳のころから四年勤めています。鍛錬はそこそこ。得意なのは槍です」


 兵になったいきさつは、付き合いのある近所のおっさんが子爵家の私兵で引退するからとかわりとして推薦してもらったのだ。そのときはいいところに就職できたと喜んだし、実際に給金も良かった。

 このまま俺も結婚して引退までのんびりやれると思っていたら、主が前線へ支援することになり、資金と戦力を出すことになった。勇者関連のしわよせがどうとかと言っていた。

 そして前線に送られる戦力の一人として俺は選ばれてしまったのだ。

 結婚していない者を集めて、特別給金も出すからと告げる主の話を聞きながらその場にいた俺たちは血の気が引いた。

 断るなんてことは無理だった。この町にいることができなくなるし、家族にも累が及ぶ。国を守るために戦ってくれということなのだから、断るということは国や人を守る気がないと明言するようなものだ。

 主から頼まれた時点で俺たちは前線行きが決定していた。

 荷物整理をして、家族に前線行きを告げると、家族も前線行きにはショックを受けていた。

 その家族に少しはしていた貯金を預かってもらう。絶対使うなよと念押ししたから、無事に帰れたら返してもらえるはずだ。

 ここに来るまでのことを思い返していると、八人への質問が終わる。

 

「これで全員に聞き終わったな。俺は君たちのまとめ役になるフッツァだ。こっちは補佐役のシュリだ」


 紹介されたシュリが頭を下げた。


「詳しい話は君らが寝泊まりするところで話そう。ついてきてくれ」


 フッツァさんたちが歩き出し、それについていく。

 町の中には一般人といった雰囲気の人間はとても少なかった。前線の町に一般人は住もうとは思わないわな。

 普通の民家の前に到着し、そこでフッツァさんは足を止めた。


「ここが俺たちが使う家だ」


 そう言って二つの家を指差す。


「フッツァ殿たちもここを使うのですか?」


 四十歳の兵が質問する。


「そうだ。振り分けは俺とシュリと傭兵二人とジェールが一緒で、残りは右の家を使ってくれ。ここは所有者がいる家だ。だからできるだけ綺麗に使うようにな」


 兵ではない若い傭兵二人を監視するためと最年少のジェールのフォローのために、自分たちに振り分けた感じだな。

 

「荷物を下ろしたら今日のところは町の散策をしてどこになにがあるか確認しながら体を休めてくれ。明日から早速働いてもらうぞ。あとこの町での食事と武具の整備と治療は無料だ」


 無料なのは兵だけで、傭兵は安くはなるが有料と付け加えられる。


「兵でも有料なものはどのようなものがあるのでしょうか」

「武具の購入、道具の購入、酒といった嗜好品の購入、風俗の利用、喧嘩といった自業自得な場合の治療。これらは有料だな」


 疑問が湧いたので俺は手を上げて質問をする。


「酒を飲んだり、女を買ったりという余裕はあるのでしょうか。ここに来る前に前線では毎日戦闘が起こって忙しいと聞きました」


 何人かが頷いている。俺と同じように戦闘で忙しいとここに来る前に聞いたんだろう。


「その質問は前線に来た者から必ずでる質問だな。返答だが、時間はある。毎日戦闘など起こっていない。魔王軍との戦いは四日に一回くらいだな。向こうも毎日戦えるほどの戦力は保有していない。たまに二日続けて襲ってくることもあるが、本当に稀だな」

「そうなのですか。ではどうして噂では毎日戦闘が起こっているように言われていたんでしょうか」

「それは各地で起きた戦闘についてまとめて聞いたからじゃないか? ここでは今戦闘は起きていないが、ほかの場所では今この瞬間戦闘が起きている。そういった情報から考えると前線という広範囲では毎日戦闘が起きているということになる」

「ああ、そういうことですか」


 前線はここだけじゃない。ほかの場所も前線だ。そういった各地の情報がひとまとめにされて前線では毎日戦闘が起こっているという話になったんだな。

 余裕があるのは助かる話だ。だったらもう一つの方も勘違い要素があるんだろうか。


「もう一つ質問よろしいでしょうか」

「いいぞ」

「士頂衆からの攻撃でいきなり死ぬことがあると聞きました。これも大袈裟なものになっているんでしょうか」


 フッツァさんとシュリさんの表情が強張る。それだけで皆、良い返答が期待できないなと察した。


「大袈裟だったらよかったんだがな。それに関してはそのままだ。本当に突然矢が飛んできて死ぬことがある」

「それは本当だったんですね」

「矢の数にかぎりがあるから一定回数攻撃したら、攻撃は止む。それまでどうにかやりすごしてくれ。あと攻撃してきた方向にこっちも攻撃すれば逃げていくことがある」


 士頂衆からの攻撃の対処が事実上運任せではなかろうか。


「士頂衆も攻撃されることに対しては対策しているんじゃないですかね?」

「しているだろうが、ずっとその場に居座って攻撃しているとラッキーショットを受ける可能性もあるしな」


 皆で一斉に攻撃すればそういったこともあるか。

 ひとまず質問は終わり、荷物を家に置く。そのまま五人で町をうろつくことになった。

 町の中にまで攻め込まれたことはないのか、建物が壊れているところはない。

 精霊人族の姿もない。魔王軍に操られていない精霊人族も前線に来れば、操られる可能性があるから来たくないだろう。俺たちとしてもスパイが生まれるから来てほしくない。

 噂だと操られていない精霊人族は最南の国であるフタラスアに集まっているらしい。集まった精霊人族は農業に従事して、戦場などに送る作物を作っているんだそうだ。

 そんなことを話しつつ、店の確認などをしていく。

 

「そろそろ昼だし、どこかで食おうぜ」

「そうすっか」


 近くに見えた食堂に入り、店員に声をかける。フッツァさんに聞いたことを確認したかったのだ。


「食事は無料と聞いたんだが、本当なのか?」

「ええ、本当ですよ。国からお金などをもらっていますからね。文字は読めますか? メニューはそこの壁にありますよ」


 文字は読めるので壁にかかっている看板を見て、注文をする。

 兵をやるなら読み書きができれば給金が上がると聞いて、頑張って勉強したのだ。

 報告書を出すという仕事が増えたものの、給金もきちんと増えている。

 しっかりと読み書きができて、計算もできるなら兵から文官として異動することもある。俺が働き始めて一人だけだが、異動した奴がいたのだ。

 

「思った以上にいろいろな店があったな」


 仲間の一人が意外だといったふうに言う。

 注文を終えて料理が届くまでの雑談として、見て回った感想を話すことにしたんだろう。

 それに俺たちは頷く。


「修理のための鍛冶場と酒場と娼館くらいだろうと思ってたよ」

「俺もだな。だが賭場とか演奏できるところとか大工ができるところとか乗馬ができるところなどなど、いろんな娯楽があった」

「なんでここまで娯楽があるんだろうねー」


 俺たちが首を傾げていると、近くで飯を食っていた兵が声をかけてくる。


「そりゃいつ死んでもおかしくないから悔いなく過ごしてもらいたいという考えがあるからだ」

「まじですか」


 俺たちが聞き返すと肯定される。


「自ら立候補してここに来ている兵なら戦って国や民の役に立つことが生きがいになる。しかし全員が全員、そういったわけじゃない。戦う気はなくとも命じられてここに来る兵もいる。そういった奴らを労わる目的で前線の町にはいろいろとそろっているんだ。そうやって発散させないと逃亡したり、ストレスで暴れるってことがあったらしいぞ」

「そうだったんすね」


 納得できる話だった。俺みたいに望まずここに来た奴らは、命をかけた戦闘なんてやりがいは感じない。絶対ストレスは溜まるし、それを発散できる場があるのはありがたかった。


「そういうわけで、お前さんたちもいろいろと利用するといい。怪我で兵を引退したあとも使える技術なんかを教えてくれたりするし、くいっぱぐれる心配も減るってなもんだ」


 話してくれた兵はごちそうさんと言って食堂を出て行く。


「改めてなにがあるかよく見ていくかな」

「そうするか」


 そんなことを言っていると料理が届く。

 食事を終えて、食堂を出る。なんとなく見ていた町の様子を、今度はしっかり見ながら、各自気になったものを探していく。

 一人また一人と別れて店に入っていく。俺も初心者向きの計算を教えてくれるという看板の出ている家があったのでそこに入った。ここで怪我をして肉体労働ができなくなったときのため、計算がきちんとできるようになれば便利だと思ったのだ。

 民家を利用したここはそれほど広くないが、現状俺以外に利用客はいないようで、二十歳半ばの女が暇そうにしていた。

 おそらく狸の獣人のようで、ゆらゆらと丸っこい尾が揺れている。

 俺に気づくと笑顔を向けてくる。


「あ、いらっしゃい。初めてのお客さんで間違いありません?」

「初めてきたな。ここは計算に関して教えてくれるらしいけど、間違いないのか?」

「ええ、ええ。間違いありませんよ」

「どういったことをやるのか説明をいいか?」

「ではそこにお座りくださいな」


 長机を示されて、そこに置かれた椅子に座る。

 女も俺の正面に椅子を持ってきて座った。


「まずは自己紹介から。私は見てのとおり獣人でクルンと申します」

「俺はこことは違う町で兵をやっているゴルデ」

「ではゴルデさんと」


 それでいいと頷くとクルンは説明を始める。

 数の単位から始めて、重さや距離といった単位、足し引きまでが初心者コースということだった。

 俺はごく簡単なものならば計算ができるので、いくらか時間が短縮されるそうだ。


「中級者コースはどういったことやるんだ?」

「中級者コースはここじゃやりませんね。ここは初心者のための店ですから。初心者コースを終えて興味があるなら店を紹介しますよ。やることは掛け算割り算というものです。これを修めると文官としての就職に有利になります」

「なるほどな」

「それでどうします? 通ってみますか」

「通うペースとかはどういった感じなんだ?」

「それはあなたのやりやすいペースで通ってください。こちらからは強制しませんよ。毎日来たとすると二時間を一ヶ月で初心者コースは終わります。毎日なんて無理ですけどね。目安として考えてください」

「それくらいなんだな。報酬はいくら必要なんだ?」


 聞くと一家族の生活費一ヶ月分くらいを要求された。

 支払い方は二通りで、コース終了までを一括でか、毎回払っていくかだった。

 一括は手持ちにないから無理だけど、ここでも給金がもらえるから、通うなら毎回支払っていく方になる。


「給金もらったら通ってみることにするよ」

「次のお越しをお待ちしております」


 説明の礼を言って、店を出る。

 まだまだ時間はあるのでほかに興味のあるものも探す。

 好みに合った酒場を見つけるという収穫を得て、夕食を食べてから家に帰る。

 酒を持ち帰った者もいて、それをわけてもらい、興味のでた店について感想を言い合ったりして、思ったよりも平穏な夜を過ごしていった。

感想と誤字指摘ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] 前線の町ですが、思ったよりも悲壮感漂う感じではないですねー 町まで攻められていないからかもしれませんが
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