52 魔物たちの移住
今は子供たちも大人の手伝いをしているためボウリング場で遊んでいる者はいない。
簡単にルールを説明し、グラウンドゴルフについても話す。
「これのほかにオセロといったテーブルゲームもありますね」
「玉を転がすだけが面白いのかしら」
首を傾げたクロセーヌにガージーが面白さを語る。
「これがなかなか奥が深い。力任せにやればどうにでもなるのですが、それだと遊びになりません。ルールに従い、レーンや玉の癖を見抜いて、転がすコースを決め、残ったピンをどう攻略するか。ただ転がすだけではない楽しさがあります」
「熱心に語られてもね」
いまいち理解できないというクロセーヌに、でしたら実際にやってみましょうとガージーが言い、良いかと進に許可を求める。
「一回くらいならいいんじゃないですかね。グルーズもやってみる?」
「いや、俺は」
山の支配者の一族に混ざって遊ぶことに遠慮して断った。
それを察してガージーも無理に誘わないようにと進に言って、クロセーヌにルールの説明を行い始める。
「案内する場所はどれくらい残っているだろうか? 残っていないならここで俺は飼育場に戻ろうと思う」
「わかった。皆に紹介したいから今日の食事は食堂の方に来てくれ、いつもより多めに作ってくれるように知らせておくから」
頷いたグルーズは去っていく。
進はイコンに昼食についての伝言を頼み、イコンはナリシュビーのところに飛んでいった。
「説明が終わった。すまんが、準備を頼めるか」
ガージーが声をかけてきて、進はピンを持ってレーンの奥に向かう。
ガージーが手本だと玉を転がす。ゴロゴロガコンと音が響く。結果は一本を残して終わり。
「なるほどね、簡単じゃない」
「実際に転がしてみて、そう思えますかね?」
進がピンを並べている間に、そんな会話が聞こえてくる。
ピンが並ぶと見てなさいと言ってクラセーヌは玉を転がす。
「あ、ちょっと!? そっちじゃないわよ!」
最初はまっすぐ転がっていた玉は徐々に右へとそれて、クロセーヌの思惑とは違うところへと転がっていった。
右奥三本を倒して、その結果にクロセーヌはムッとした様子で、二つ目の玉を持つ。
二投目は曲がることを考慮して、立ち位置も考えて転がる。しかし今度はまっすぐに転がって二本残して終わりとなった。
「今度はまっすぐ!?」
「だから玉によって転がり方が違うと言ったでしょう」
「たしかに聞いたけど」
ぐぬぬと悔しげにするクロセーヌを、ガージーはクスクスと笑う。
玉に刻まれた番号と、それに対応した転がり方が描かれた板を示して、次からはあれを見て考えながら転がすようにアドバイスした。
その後もゲームが続き、ストライクを初めて出したときはクロセーヌも思わず歓声を上げた。そしてゲームが終わり、ガージーとの点差に悔しそうにする姿も見られた。
「もう一回、もう一回勝負よ!」
「駄目ですよ。遊びに来たわけではないのですから。それに彼らにも仕事があるんです。これ以上邪魔をするわけにはいきません」
「そんなの命じればいいじゃない」
「ちょっと熱が入りすぎていますね。ここはローランド様の支配地ではないと言いましたよ?」
「……そうだったわね」
たしかにガージーの言う通り熱が入っていたと深呼吸する。
「勝ち逃げは許さないから、またいつか勝負しなさい」
「それなら問題ありませんよ。ローランド様が遊びに来るとき、一緒に来ましょうか」
「そうさせてもらうわ。父様はこういった遊びに、お気に入りのお酒があるからここに来るのよね?」
再確認するようにクロセーヌが聞き、ガージーは頷いた。
「ほかにどんな遊びがあるのか教えてもらえるかしら。子供も遊べるものなら一度くらいは連れて来てみたいのだけど」
聞かれた進は子供向けというならオセロがいいかもと勧めてみる。
「ルールは簡単なのね。玩具を注文できる?」
「フィズ、どうする? 作っているのはフィズたちだし決めてほしいんだけど」
「一つだけなら今あるものをあげてもいいんじゃないの。また新しく作ればいいだけだし」
フィリゲニスがそれでいいならとオセロを置いてあるナリシュビーの雑談室に向かう。
土で作ったオセロ盤とオセロの石を渡す。
「作り方は簡単なので、立派なものがほしかったら所属している職人に頼んでください」
「ここでは作れないのかしら」
「やろうと思えばもう少しくらいは見栄えよくできるけど、現状で問題なく遊べるわけだしやらないわね」
「お代は払うからお願いできるかしら」
「お金や宝石はほしくはないのだけど」
「でしたら欲しいものを言ってくださいな」
聞かれたフィリゲニスは進に視線を向けた。
「作るのはフィズだし、フィズがほしいものでいいんじゃないか」
「だったら布と糸かしら。それほど質は良くなくていいから量が欲しいわね」
リッカに頼んで普段着を作ってもらおうと思ったのだ。綿花が取れればクッションを作ってもいいし、余った布はナリシュビーやノームに渡してもいい。
「わかった。できあがりを見てから準備する布の量は決めていいかしら」
「ええ、それでかまわないわ」
いつできあがるかなど話して用事は終わりとなる。
池まで移動して帰るガージーたちを見送る。
廃墟までの帰り道で、グルーズと犬の魔物たちと会う。彼らは籠に芋を入れていた。
「今からグローラットたちに餌やりかい」
「いやこれは夕方にやる分だ。朝の分はすでにやっているからな」
「餌やりは朝夕の二回でいいのか」
「ああ、山ではそうだったからこっちでもそれで続けていくつもりだ」
「順調にいくといいな。なにか困ったことがあれば言ってくれ、解決できそうなものなら力を貸すから」
「わかった」
先に行った犬の魔物たちを追ってグルーズは去っていく。
少しその背を見送って進たちも廃墟へ向かう。
中央の建物に戻り、フィリゲニスは近くに転がっていた石材でオセロ盤の試作を作っていく。
その石材は建物の床に使われていたもので、質はほどほどに良いものだった。魔法で汚れを落としていき、表面を研磨していく。するとザラザラしていた表面がサラサラしたものになる。
四角に切り、削って表面に線を入れていく。
「オセロ盤はこんなものかしら」
「子供が使うなら角は削って丸みを帯びさせたほうがいいかもしれないな」
「ふーん、こんな感じかしらね」
フィリゲニスは試しに角を研磨して、頷きが返ってくると全ての角を削っていく。
進は今からどこかに手伝いに行ってもすぐに昼食で中断するので、どこにも行かず筋トレでもしようとして、思いついたことがあり止める。炭をリッカにもらいに行き、砕いて粉にしていく。それを少量の水にといて、オセロ盤の削ってできた線に、先を削って尖らせた棒で塗り込んでいく。線が見やすい方が見栄えが良いだろうと思ったのだ。
そうしているうちにコーンコーンと木板を叩いて昼食を知らせる音が響く。それがほかの場所でも響いた。
ビボーンたちとナリシュビーの食堂に向かうと、イコンがロンテたちと話していた。伝言をしてそのままロンテたちの相手をしていたようだ。
料理をもらい、テーブルで食べているとグルーズたちがやってきた。
魔物たちの姿を見てナリシュビーとノームたちがわずかに緊張する。移住してくるという話は聞いていたが、実際に近くにこられると警戒してしまう。
「ちょっと行ってくる」
入口にいるグルーズたちに進が近寄り、食堂にいる皆に声をかける。
グルーズたちが今日から飼育場で寝起きすることを伝え、彼らの紹介を終える。そのあとにグルーズたちに食堂のルールを説明していく。
それに従いグルーズたちは焼き魚とラディッシュと芋餅を受け取っていく。
席に戻った進はグルーズたちの様子を見ながら、食事を取る。
食べられないものはないようでグルーズたちはもらったものを食べていく。手が止まることもなかったため、不味いということもなさそうだった。
多少不味くてもグルーズたちは文句など言わなかっただろう。なぜなら山にいたときは定期的にグローラットをもらえたものの基本的に自給自足で、食べられない日もあったのだ。ここならばそういったことはなく空腹に耐える必要がない。それだけでも移住してきてよかったと思えたのだった。
グルーズたちを見ているのは進だけではなく、ナリシュビーたちもだ。警戒心がそうさせたのであり、大人しく食事を取る様子を見て、その警戒心は少しなくなった。今後グルーズたちが大きな問題を起こさなければ、警戒心はどんどん減っていくのだろう。
グルーズたちがやってきて、数日問題など起こさず過ごし、歓迎の宴会が開かれることになった。
一日の仕事を終えて広場に椅子と机を並べて、皆が集まったところで進が演奏用に作られた舞台に立って口を開く。
「今日も一日お疲れさん! 知らせてあった通りに山から移住してきた者たちの歓迎会を開く。いつも通り、酒とジュースがある。そして今日は見てわかるように肉がある!」
歓声が沸いた。
厚みのあるステーキが何枚もジュウジュウと石焼きされて音を立てているのだ。正直皆の関心はそれ一色だろう。
これはナリシュビーと協力したフィリゲニスが狩った魔物の肉だ。
そろそろ歓迎会を開くというタイミングで、ちょうど見回りのナリシュビーがこちらに向かってくる大型トカゲの魔物を発見し、フィリゲニスがそれを討ち取ったのだ。
たっぷりある肉を進が牛肉に変えて、石焼きステーキという形で振舞われることになった。
皆久々の肉を待ちきれないだろうということで、石製の机をフィリゲニスが作り、机の下に炎も維持して、大量に焼くことができるようになったのだ。
味付けは塩か醤油ソースのどちらかになっていて、各テーブルにそれらの入った深皿とスプーンが置かれている。
リッカをはじめとして料理をできる者が、石焼きテーブルでいつでも渡せるように待っていた。
「慌てなくても全員分ある。落ち着いて並んで受け取ってくれ。それじゃ長々とした挨拶も必要ないだろう。宴会の始まりだ!」
進の開始宣言を合図に、皆ステーキを焼いているテーブルへと皿を持って並ぶ。
リッカたちはすでに焼けているものを皿に載せていった。
進の分はテーブルに戻ると置かれていた。ステーキだけではなくラディッシュサラダなどもあった。進たちの分はリッカが確保してテーブルに運んでくれたようだった。
ステーキに醤油ソースをかけて、石のフォークで肉を刺す。
「いやー楽しみだ。ではさっそくいただきます」
肉に噛り付くと、ソースに混ざって肉汁が口に中に広がる。
進の表情に隠しきれない笑みが浮かんだ。周囲を見ると皆似たようなものだった。
食事が落ち着くと、以前のように楽器での演奏が始まり、それに合わせて踊りを披露する者もいた。練習していたのか、それなりに様になっている。
大人の演奏に区切りがつくと、今度は子供たちが舞台に上がる。そうして合奏を始める。
ロンテたちナリシュビーの子供は羽をこすり、声も使っている。ノームの子供たちは魔法で作った楽器を演奏している。
技術的にはまだまだ未熟だが楽しそうで、見ている進たちも楽しくなった。
犬の魔物たちが音楽に合わせるように吠える。熊の魔物たちもリズムに合わせるように体が小刻みに動いていて、楽しんでいるのがわかった。
「この様子なら魔物たちとも上手くやっていけそうかな」
「そうね。お酒が入って気が緩んだ状態で、これなら大丈夫かしらね」
ビボーンが同意する。
酒を飲ませてどうなのかを見張るというつもりはなかったが、結果的にそうなった。その上で良い結果に行きそうで、進はほっとしている。
その夜はほどよく賑やかに、皆が楽しめるものとなった。翌日からまた頑張るぞと活力を得て、皆で片付けまでやり宴会は終わった。
感想と誤字指摘ありがとうございます