51 山の魔物たち
酒盛りが終わり、いよいよ山の魔物たちがやってくることになる。
見回りのナリシュビーが遠くにいる黒と白の烏の魔物を発見し、進たちに到着を知らせた。
池のそばに着地した二羽のところに進たちも向かう。行くのはフィリゲニスとイコンで、ビボーンとラムニーとリッカは拠点の整備をするノームの手伝いのため残る。
そこにはローランドの姿はなく、ガージーと初めて見る女がいた。
二十歳後半で気の強そうな顔つきに黒い長髪を持つ女だ。暗めの赤いドレスを着て、周囲を見ている。
彼らの近くに十五体の魔物がいる。人型の魔物で、獣人のように体の一部が獣ではなく、体全体が毛でおおわれ、獣に近い手足を持っている。
外見は熊タイプ、犬タイプの魔物たちだ。熊タイプは大柄で六体。犬タイプはノームくらいに小柄で九体いる。
犬タイプは、進の知識ではコボルトと呼ばれる魔物のように見えた。
魔物たちが呆気にとられているようにも見えるのは、廃墟や周辺の有様をはっきり認識したからだろう。
「こんにちは。今日はローランド様はいないんですね」
進が挨拶と一緒にローランドの有無を尋ねると、ガージーは頷き、女は進を見る。そしてそばに浮くイコンを見て驚いた。会ったことがあるのだろう。どうしてここにいるのかという表情だ。
「ああ、最近出かけすぎということで奥方様たちの相手をなさっている」
「ローランド様もそういうことするんですねー」
つい最近進も似たようなことをやったばかりで親近感が生じた。
微笑ましそうにした進を、驚きの表情を消して女が不思議そうに見ている。
「そちらの方はローランド様の代理ですか?」
「いえ、ここを見てみたいというのでお連れしただけですね」
「ついてくるならついでにと荷物を運ばされましたけどね」
呆れたように女が言う。
「公式の場というわけでもありませんから、上司の娘でも手が空いてるなら使いますよ。ローランド様に許可ももらっていますしね」
「父様ったら」
「ローランド様の娘さん?」
「そうですね。三番目のお子、クロセーヌ様です。こう見えて娘さんもいるのです。なのに落ち着きなくついてこられて困ったものです」
「父様が何度も通うようなところ、気になるにきまっているじゃない。ちょっと見せてもらうわよ」
「クロセーヌ様、ここはローランド様が支配しているわけではありません。山で過ごすようにはいきませんよ、そこはご理解ください」
「イコン様がいるのだから、好き勝手できるわけないでしょう。どうしてここにいらっしゃるのかしら」
「彼、ススムを気に入ったからですよ」
「彼を、ですか」
クロセーヌは再度進を見て、首を傾げた。特に強いといった気配は感じなかったのだ。
「よくわからないわね。まあ、いいわ。廃墟を歩き回る許可をいただけるかしら」
「見るところなんてないと思いますけど」
進が言う。今のところ目立つものはボウリングや畑くらいなものだろう。
「ここを空から見たことあるけど、地上を歩いたことはないし、復興しかけてもいるから、それなりに見るところはありそうだけどね」
「そうですか」
どうするとフィリゲニスたちと相談し、屋内に勝手に入らなければOKということになった。
短く礼を言い、クロセーヌは早速廃墟へと向かう。
ガージーは本題に入ると言って、待機している魔物に顔を向けて声をかける。
「グルーズ、ブル。こっちへ」
名を呼ばれた二体はすぐにガージーのそばにきた。熊の魔物と犬の魔物の代表なのだろう。
「彼らが移住の代表とその補佐だ」
「グルーズという、よろしくたのんます」
「ブル。よろしく」
グルーズは体格はいいが、覇気にかけた感じがある。ブルはそっけないのではなく、片言のようだった。
「彼らの役割は予定通り、グローラットの育成と食肉加工だ。育成と加工の経験があるのはグルーズとほか二名だが、ブルたちは器用で仕事の覚えはいいので、問題なく働いてくれるだろう」
ブルたちは戦いは苦手でも、誰かの手伝いという形で山でも活躍していた。
「おまかせ」
「では早速彼らの仕事場となる区画へ案内してもらえるか」
「わかりました」
進が頷き、グルーズとブルが出発を仲間に告げる。彼らは持ってきた物を抱えて、先頭を歩く進たちについていく。
グルーズたち熊の魔物は生活用の大荷物を持ち、犬の魔物たちはグローラットが入ったキャリーバッグを持つ。
物置くらいの大きな木箱はガージーが片手で持ち上げた。中身を気にしない持ち方でなにが入っているのかわからない。
「それに何が入っているんですか?」
「これには寝藁が入っているようだ」
中身がそれなら持ち運びに気を付けることはないかと進は納得する。
飼育場に到着し、ガージーが木箱を置くと、すぐにグルーズたちは寝藁を掘り下げた場所にまいていく。
「ブルたちは畑に草の種をまくように」
グルーズがブルたちに指示を出す。頷いたブルたちは一ヶ所にキャリーバッグを置いて、種の入った袋を持って近くにある畑に移動していった。
ブルたちは種をわけあうと、畑に種をばらまいていく。作物のように丁寧に世話するものでもないため、このいい加減なまき方で問題ないのだろう。グルーズもそういった様子を見て、なにも言わずにいる。
ささっと寝藁がまかれて、グローラットが放されていく。
初めての場所ということやローランドの羽の匂いで落ち着かなさそうにちょこちょこと動き回っている。
それを見ながら進はグルーズに話しかける。
「こいつらが肉として食べられるようになるのはどれくらいかかる?」
「まずは増やす必要がある。それが育って肥える必要があるから、一ヶ月は出せない。二ヶ月くらいなら大丈夫」
「ローランド様の羽の影響を受けてそれ?」
グルーズはこくりと頷いた。
「冬とかはどう? 寒さの影響を受けて、肥え方や増加が衰えたりするんだろうか」
「少しはそういったことはある。大きく影響を受けた場合は、病気かなにかの疑いがある」
「そこらへんを対処する知識はあるのか?」
「ある」
「それなら安心だ。これからよろしく」
握手が通じるかわからなかったので言葉だけですますと、グルーズは頷きを返した。
グルーズの進への接し方は硬いものがある。それは進がよくわからないからだ。
見た目も気配も強者のそれではない。山でも強い方ではなかったグルーズでも簡単に殺せそうなのだが、明らかに強い者が従っていてわけがわからない。
下手に手を出せば死ぬのは自分だとわかるため、付き合い方がわからない今は硬い対応になるのだった。
「引っ越しが落ち着いたら歓迎の宴会でも開くよ。酒は飲めるか?」
「飲めるが」
「ハチミツを使った酒もあるし、楽しめるかもな」
「ハチミツ酒がどうして楽しめるんだ?」
「熊はハチミツが好みって聞いたんだが違ったか?」
テレビや漫画などのイメージからそう思っての提案だった。実際は一番の好物というわけでもないので、的外れな提案だったのだ。
「獣の方の熊はそうかもしれないが、俺たちはそういったことはない。あれば食うという感じだ」
「そうだったのか。まあ、別の酒もあるし楽しんでくれ」
勘違いに照れながら笑う進にグルーズは別のことを尋ねることにする。
「グローラットの餌は準備できていると聞いているが、どこにあるのか教えてくれ」
「倉庫にまとめて置いているんだ。今から案内した方がいいのか?」
頷いたグルーズは仲間にこのあとの指示を出して、進たちに案内を頼む。
グローラットの餌用に作った小型倉庫に移動する。本来の倉庫の横に作ってあり、扉はなく、外から芋が見えるので持ち出すときに間違えないだろう。
「ここから好きなだけ持っていってくれ。毎日補充するから今のところ足りなくなることはないと思う。そのうちグローラットが増えたら足りなくなるかもしれない。そのときは言ってくれ」
「わかった。芋を手に取って確認してもいいか」
「いいぞ」
グルーズは倉庫から一個手に取って、匂いをかいだり、半分に割って中を確認する。そして噛り付いて飲み込む。
「いいできだな。これならグローラットも喜んで食べるだろう」
「住人が食べるものでもあるからな。良いものにしたかったんだ」
「わりと量があるように見えるが、住人が食べる分を減らして餌に回しているのか?」
「いやそんなことはない。この芋は収穫量が多くてな。消費しきれていないんだ」
そうなのかとグルーズは手元の芋を見て、倉庫を見る。これだけ余裕があるなら、グローラットが飢えるといったことはなさそうで、その部分は安心だった。
「隣の倉庫に住人が使う食材なんかを入れてある。今のところは芋くらいしかないが、そのうち収穫できたものを入れる。ほかの食べ物は魚を蜂の虫人が取ってきているから、彼らからもらってくれ。ああ、そういえば調理はするのか? あまり得意じゃないなら、蜂の虫人に任せるのもありだと思う」
「焼くぐらいしかしないな」
「だったらあっちに任せた方がいいかもな。口に合わなければ自分たちでこれまでどおりの方法で食べるといい」
「仲間と話し合ってみる」
そのままグルーズを連れて、廃墟の中を案内する。
ナリシュビーの住居と畑、ノームの住居と畑、食堂、中央の建物と案内して歩いているとクロセーヌが住人と話している姿が見えた。
話し終わったようで、近くにいる進たちに近づいてくる。
「クロセーヌ様、なにを聞いていたのですか」
ガージーが聞くと、少し迷った様子を見せて小さく「まあいいか」と呟いた。
「ここがどういった場所が気になったのは本当なのよ。父様がこの短期間で何度も足を運ぶなんて珍しいし。でもここに来たのはそれだけじゃなくて、母様たちから頼まれたの。ここに新しい妻候補がいるから探ってきてと」
「いませんよ」
一瞬だけ呆けたガージーはおかしそうに否定する。勘繰りすぎだろうと笑えてしまったのだ。
「隠している、わけではなさそうね。少し聞いて回ったけど、そういった影すらなかったし」
「聞いて回ったところで出てきませんよ。ここに来ているのは酒と遊びという気を抜ける場所だからです」
「女遊びしてるってことはないのかしら」
「ここにそういった施設はありません。遊びはボウリングと呼ばれるものですね」
グルーズの案内ついでに一緒に行こうということになり、ボウリング場に到着する。
感想と誤字指摘ありがとうございます