5 高校生三人
進と別れた三人の高校生は、足に軽い衝撃を受けて思わず力の抜けていた体に力を籠める。がくりと倒れそうになって、耐えてから目を開いて正面を見る。
そこには十人以上の黒い服を着た老若男女がいた。彼らは興奮していたが、すぐに不思議そうな顔になった。
その中で最年長と思われる男が表情を引き締め、一歩踏み出し口を開いた。
「ようこそおいでくださいました、勇者様方」
転移の影響でややぼんやりとしていた高校生たちはなにを言っているのかと首を傾げる。
それを見て男はわかっているとばかりに頷く。
「理解できずとも無理はありません。ですので説明をいたします。どうかついてきていただけませんか」
高校生たちはぼんやりしていた意識がはっきりとして、改めて男の言ったことに首を傾げる。
「こ、ここはどこなんですか!?」
少年が問う。
まったく見覚えのない人々、場所、ここに来る前と時間帯すら違う。困惑と焦りと不安が心に生じる。
少女の一人は少年の背後に回り、もう一人は彼の制服の袖を掴む。
彼らを落ち着かせるためか、敵対の意識などないと示すように男は微笑みを浮かべて彼らから一歩離れる。
「ここは神領にあるヴィットラ大神殿と呼ばれるところです。女神ヴィットラを崇める者たちが集まる場所ですな」
「ヴィットラ?」
聞き覚えのない神の名に三人は首を傾げた。
「聞いたことはないはずですぞ。あなた方の世界にはおられない神です」
「その言い方だとここは地球じゃないということになるんですが」
「その認識で間違っていません。あなた方は女神ヴィットラによって、この世界に召喚されたのです。覚えていませんか? ここに来る前のことを」
そう言われて思い出すのは、夜の帰り道であった普通とは思えない現象のことだ。
光に包まれて意識が遠のいて、真っ暗なところを移動していた。朧気にそんなことを思い出す。
少女二人は震えを強くして少年の服を掴む力を強くする。
「おかしなことがあった。それは理解できた。でも信じたくない。俺たちは普通の学生だ。こんなことに巻き込まれることなんて」
「あなた方を選んだのは女神ヴィットラです。あなた方のなにかが神の目に留まったのでしょう。自覚はなくとも、素晴らしきなにかを持っているのです」
「そんなものは」
「今は混乱や戸惑いもあって、信じられないのだと思います。落ち着けるよう準備した部屋に案内いたしますので、そこでお過ごしください」
三人は顔を見合わせた。どうするという意味を込めて視線を交わしたが、取れる選択肢は一つしかない。
男についていくことにして、準備されているという部屋で落ち着いて考えようと思ったのだ。
こちらへと言って歩き出した男についていく三人を、ほかの者たちは期待と不安が混ざった視線で見る。
男はゆっくりとした歩調で進む。今歩いているところは渡り廊下で、出てきたところは日本の一軒家よりやや大きな石造りの建物だった。
五十メートルはある渡り廊下の先には大きな建物がある。城と言われたら納得しそうな建物の裏手に渡り廊下は繋がっていた。
三人は周囲を見て、さらに遠くの景色を見て、大神殿は高所にあるのではと思う。山の上というほどには高くはなく、丘に建っているのかと思えた。
「こちらは本殿ですね。先ほどまでいたところは召喚と送還用の建物です」
「送還ということは元いたところに帰られるのですか?」
少女の一人が聞く。それに男は頷いた。
「女神ヴィットラのお力があの建物に満ちると送還用の魔法がいつでも発動できるようになります」
「その力はどれくらいで満ちるの?」
「自然と溜まることはありません。あなた方の今後の行動で感謝されることがあると思います。その感謝があなた方を通して女神ヴィットラに届き、力に変換されてあの建物に注がれるのです」
「なにもしなければいつまでも帰ることができないということですか?」
「そうですね。それで合っています」
「私たちは勇者と呼ばれていました。勇者とはなにをする人たちなのでしょうか」
少女はそう言いながらあまり良い予感を得ていなかった。
わざわざ神がこの世界に自分たちを呼ぶくらいだから、簡単に事が進むとは思えなかったのだ。
「魔王を討伐する四人を私たちは勇者と呼びます」
討伐という単語が三人の心に突き刺さる。
すぐに脳内に生じた思いは「無理だ」というものだ。三人ともが同じように考えた。討伐というインパクトのせいで、四人という単語が流れる。
討伐ということは殺すということ。しかも魔王という大仰な呼び方をするということは、その過程で困難が付きまとうことは想像に難くない。そのようなこと普通の生活を送っていた自分たちには無理だと思う。
その考えを男は三人の表情を見て察する。
「今すぐにやれというつもりはありません。その力が現状ないこともわかっています。強くなるお手伝いを私どもでいたします。少しずつ強くなっていただいて、魔王へと挑んでいただきたいのです」
「……やれるとは思いません」
「脅すつもりはありませんが、早く故郷に帰りたいのなら魔王討伐が一番早いのです。人々の困りごとを解決し続けても感謝され力が建物に注がれるでしょう。しかしそれでは確実に二十年三十年はかかるのです」
魔王討伐をなしとげれば早くに帰ることができるのかと少年が聞く。
「それだけの偉業なのです。人間すべての感謝があなた方に向けられ、その多くの感謝は膨大な力となって、あなた方がこちらに来ることになった時間に帰ることができるだけの調整もできるようになります」
「もしかして人々の困りごとを解決する方だと、帰るだけになるの? 時間の調整までは無理なのかしら」
「そうなりますね」
三人は溜息を吐く。
帰りたいし、このよくわからない世界に長くいるつもりもない。だったら魔王討伐をなしとげるのが一番だとわかるのだ。ほかに方法があるかもしれないが、現状はそれしか方法がわからない。
話しているうちに本殿の裏口に到着し、そこの警備をしていた兵に男は声をかけて屋内に入る。
兵たちは三人が勇者だとわかったのか、憧れといった視線を向けた。
明らかに戦った経験がないことは日々鍛錬している彼らにはわかるのに、勇者というだけで敬意を持った。それだけ勇者という存在はこの世界の人間にとって大きいのだ。
「用意してある部屋は三階にあります。あまり人がこない区画なので落ち着いて生活できると思います」
男は歩きながら用意した部屋以外に、主だった施設のあるところを説明しながら歩く。
三階について、左右に二部屋ずつ向い合せになっている廊下まで案内される。
「ここが用意した部屋です。好きなようにお使いください。ひとまず一時間ほどのちにまた来ますので、ゆっくりとなさってください」
一礼して去っていこうとする男に少年が名前を尋ねる。
「俺は小掛琥太郎と言います。ポニーテールの彼女は見通寺淡音。ボブカットの彼女は葵桜乃と言います。あなたのお名前はなんというのですか」
振り返り、琥太郎たちを正面から見て男も名乗る。
「私はコロドム。この神殿に長く所属させていただいています。何かわからないことがあればなんでもお聞きください。もちろん私だけではなく、ほかの者に聞いていただいても大丈夫ですよ」
失礼しますと軽く頭を下げて、コロドムは去っていった。
琥太郎たちはそれぞれの部屋の確認をしていく。どの部屋も同じ間取りであり、家具も同じものが置かれていて、ここがいいという意見はでなかった。
淡音と桜乃が隣同士で、琥太郎は二人とは反対側の奥側に部屋をとる。そして三人は琥太郎の部屋に集まる。
「いろいろといきなりすぎて夢と思いたいんだけど」
「気持ちはわかるけど、現実でしょ」
溜息を吐き言う琥太郎に、同じく溜息を吐いた淡音が言う。
桜乃が不安いっぱいという表情を浮かべた。
「やっぱり魔王を倒さないといけないのかな。そんなの無理だよぅ」
「私もできるとは思わないわ。でもできるようになるんでしょうね」
桜乃に同意したいが淡音は感覚が若干鋭くなっている自覚があるのだ。少し前までより目や耳がよくなっている。
淡音は弓道をやっていて、試合のときなど集中すれば感覚が鋭くなる。それに近い状態が特に意識せず常時保たれている。緊張しているからと思い、意識して緩めようとしたのだが、今が正常とでもいうように安定している。鋭い感覚が不快でもない。
今後鍛えていけば、身体能力や感覚が増すという予感もあり、それゆえに魔王討伐もいずれ可能になりえるのだろうと推測できた。
「桜乃も帰りたかったら覚悟はしておきなさい。留守番はできないでしょうし」
「留守番なんてしたくないよ。お兄ちゃんとお姉ちゃんと離れ離れになるってことでしょ。知らないところで知らない人と待つなんて、そんなの嫌だよ!」
「私も一人はさすがにきついわ。二人と一緒で本当に助かった」
「アワはもう受け入れたんだな」
俺はまだ受け入れがたいと琥太郎が言う。
「サクラが言うように、戦うことが可能になっていくとは思えないんだよな」
「琥太郎は高校に入ってから空手は引退したからわからないのね」
「なにを?」
淡音は感覚が鋭くなっていることを説明する。
体を動かす習い事をしていない桜乃にはあまり理解できないことだったが、琥太郎は説明されて改めて自身の体に意識を向けると感覚が空手をやっていたときに戻りかけているのがわかった。
「……本当だ。鈍っていたのに、現役のときと近い感じだ。体が戦いに向いたものに変化した?」
「かもしれないわね」
自身の肉体からも戦えと促されているようで、気分が沈む思いだ。
「あの、ちょっと気になることがあるんだけどいい?」
少しでも話題を変えて気分転換を図ろうとした桜乃が二人に声をかける。
二人は深呼吸して、桜乃に柔らかい表情を向ける。
「なにを聞きたいんだ?」
「ちょっと思い出したの。コロドムさん勇者は四人って言ってなかった?」
ああそういえばと二人も気づく。
「でもここにいるにいるのは三人でしょ? もう一人はどこなのかな。こっちの人が勇者として選ばれてあとで合流するのかな」
そうかもと思いかけて淡音は別の可能性を思いついた。
「私たちが光に包まれたとき、顔は見えなかったけど近づいてきて大丈夫か聞いてきた人がいたじゃない? あの人も一緒に来ているかも」
「俺もよく見えなかったけど、三十歳とかじゃなかったよな。二十歳前半くらいだと思う。でもあの建物にはいなかったと思うんだけど。いたらコロドムさんたちが声をかけるだろうし」
「気絶して倒れたままで気づかれなかったとか?」
自信なさげに淡音が言うが、誰か倒れた音がすれば気付くだろうと琥太郎に指摘された。
あのときは少々ぼんやりしていたとはいえ、近くで誰か倒れたりしたらさすがに気づかないはずはないと淡音と桜乃は頷く。
「来てないってことになるのかな?」
羨ましいと思い桜乃が言う。
「たしかに羨ましいけど、こないでよかったと思うぞ」
「大人がいたら頼もしかったけど、あのまま平和な日本で過ごしてほしいわ」
「来てないことを喜べるのはすごいね。私は羨みの思いしか湧かなったよ」
落ち込む桜乃を、二人はそれも当然の反応と慰めた。二人だってたしかに羨む思いはあるのだから。
最後の一人に関してはあとでコロドムに聞けばわかるだろうと、自分たちの体の変化について確認していく。
そうしているうちに一時間が経過し、扉がノックされコロドムが外から声をかけてきた。
どうぞと琥太郎が返事をすると、コロドムが部屋に入る。一緒にメイドがいて、カートを押していた。
「一時間ほど経過しましたが、多少は落ち着くことはできましたか?」
「はい。少しくらいは」
それはよかったと言い、椅子に座ってもいいかと琥太郎に確認を取ってから座る。
メイドはお茶の準備を進めて行き、お茶の香りがふわりと漂った。
「話の続きをしてもいいですか? それともまた最初から話しましょうか」
「その前にこちらから質問よろしいですか」
淡音が言い、コロドムが頷いた。
「勇者は四人と言っていましたよね? でも私たちは三人しかいないのですが、最後の一人はこの世界の人なのかなと」
「ああ、そのことですか。こちらとしても不思議に思い、祈り巫女が女神ヴィットラに聞こうと準備をしているところです」
「やはり四人目は私たちの世界の人なのですか?」
「私どもはそう聞いています。なので三人で現れたとき驚きました」
「実は私たちがこの世界に来る直前に、もう一人近くにいたのです。その人が一緒に来たのかなと二人と話していたのですが。あそこには私たち三人以外にはいなかったのですか? 誰か倒れていたとか」
三人を安心させるため努めて笑顔でいようとしたコロドムの表情が曇る。
「いえあなた方以外には誰も。しかし召喚されるときに四人がきちんといて、それでも召喚の場にいなかったとなると少々まずいかもしれません」
「なにがでしょう」
「魔王を倒すのに必須とされる力があります。それをお三方が持っていれば一人いなくても大丈夫なのですが、その方が持っているとすると私たちがやるべきは討伐補佐だけではなく、どこにいったか急ぎ探す必要も出てきます。もちろん力を持っていなければ放置するということはありませんが」
その力とはなんだろうと淡音が聞く。
「変質と呼ばれる力です。女神ヴィットラが魔王討伐に際して与えた祝福です。ほかには武人、魔導が与えられますな」
祝福の名前を聞いて、三人はしっくりくるものがあった。
琥太郎と淡音は武人、桜乃は魔導が自身に与えられたものだと思えたのだ。
それをコロドムに伝えると気落ちしたが、すぐに表情を引き締める。
「捜索確定ですな。すぐに手配しなければ」
「変質とは具体的にどう必要なんですか?」
桜乃が聞き、コロドムは頷き説明を始める。
「今は簡単に説明しますね。皆様に倒していただきたい魔王は結界を身にまとっています。それはいかなる攻撃も大幅に威力を削るものです。どれくらい削るのかというと私たちが今いる大神殿を一度に破壊してしまうような魔法であってもかすり傷ですんでしまうほど。それに加えて魔王本人の強さもありますから、基本的にどのような攻撃も通らないと思ってください。変質という能力はその結界の効果を大幅に減らすのです」
実際は削減率はもっと高い。この世界の人間が戦うと大神殿を壊せる以上の魔法を準備しても攻撃が通らないのだ。
異世界からきた者がコロドムの言った方法を実行してかすり傷を与えられる。変質で結界の効果を下げて、鍛えた異世界の住人が戦いようやく倒せるというのが魔王だ。
そもそもこの魔王は女神ヴィットラと同次元存在がミスをして、この世界にやってきたという経緯がある。
魔王の持つ法則がこの世界の法則と違った部分があるため、攻撃が通りにくいという現象が起きていた。
だから女神ヴィットラは対抗手段として異世界の住人に来てもらって、法則の無効化を狙っているのだ。
召喚にはかなり力を使い、召喚した異世界の住民へのフォローとしてさらに力を分け与えるため、召喚後は休息を必要とする。
実のところ与えたものは祝福以外にも二つある。それは言語や病気耐性といったこの世界で過ごしやすくなる基本生活セットとちょっとした幸運だ。
幸運は誰かと出会った際に、第一印象をよくするというもので、大きな強制力のあるものではない。
「魔王を倒そうと思ったら必須の力なんですね」
「ええ、魔王戦に必須です。それにほかにもやってもらいたいことはあるのです。それは皆さんの武具に関連します」
この世界の人間が質の良い武具を作り、変質の能力でさらに質を高めて、世界最高峰の武具を生み出すという役割も負っているのだ。勇者以外の強者に与える武具の質も上げてもらったり、食材の質を上げて勇者や兵たちの士気を上げるというふうに、魔王軍との戦いを有利に進める役割もあった。
これを聞いて三人は先ほどコロドムが気落ちした気持ちがわかった気がした。
「もしかして後方支援として重要な立ち位置だったりするの?」
真剣な表情の淡音が聞くと、コロドムは深々と頷く。
「祈り巫女といったかしら。その人が変質の能力持ちの居場所を聞いてくれることを祈るわ。切実に」
「本当にね」
「うん、早く見つかってほしい」
「女神ヴィットラに聞けば居場所がわかると思うので、その後すぐにこちらも動きます。一人知らない場所に放り出されたということなのでしょうし心細いはず。早く見つけて差し上げなければ」
万が一この世界の住人との交流に失敗し害されでもしたら、魔王討伐への協力を拒否されるという事態になりかねない。
祈り巫女からの情報を待ち遠しく思うコロドムは深呼吸して焦りを鎮め、三人へと説明を再開する。変質の能力は大事だが、三人が与えられた祝福の説明も今後のためきちんとしなければならないのだ。
メイドが入れてくれたお茶を飲み、コロドムは口を開く。
武器を使った戦いのフォローをしてくれる武人という祝福、魔法を使うことをフォローしてくれる魔導という二つの説明を行う。
「祝福というのは勇者様たちの資質を見て与えられるそうです」
「俺は魔法より直接戦うことが向いていると思われたのか。たしかにそういった技術は習っていたけど」
「私も魔法よりは弓なのでしょうね」
「私はそういった習い事してなかったし、魔導が与えられたんだね。変質を与えられた人は、それに向いた資質を持っていたのかな」
そういうことなのだろうとコロドムが頷く。
「琥太郎様はどういった技術を習っていたのでしょうか」
「空手という無手で戦う術ですね。殺し合いの技術ではなく、護身とか競い合いの範疇の武道です」
「私も弓を習っているけど、精神鍛錬の意味合いが強いですね」
「なるほど」
コロドムは今度の予定を考える。殺し合いの経験はないということで、いきなり魔物との実践に放り込むことはなしにする。
ひとまず三人に合う武具の取り寄せをして、武具の扱いに慣れてもらう。同時進行でこの世界について学んでもらい、魔力の扱いについても習ってもらうことにする。
魔力は魔法使い以外も使うものなので、魔力制御は戦闘に出るなら必須なのだ。
今後の予定を三人に話して、このあとは体のサイズを計るということになった。
感想ありがとうございます
主人公はドラクエ3の光の玉みたいなもの