47 リッカ
「次は私から質問であります。ここはどこなのでしょうか? 研究所があった町から遠く離れたところのようですが」
六号改の記憶にある風景と一致せず、来たことのない場所だと思い聞く。
フィリゲニスは六号改が勘違いしていると思い指摘する。
「おそらくだけど町で間違いないと思うわ。あなたが機能停止して確実に三千年以上経過しているから、町なんて跡形もなくなっていてもおかしくない」
「さんぜんねんいじょう?」
六号改は呆然とした様子で再度周囲を見渡す。雑草すらほとんど生えていない荒野が広がっている。
「木々が豊かで花もいろいろと咲きほこっていた町がこのように荒れ果ててしまうのですか。たしかに植物の成長が阻害はされていましたが、ここまでひどいことになるとはショックでありますな」
そう言って六号改ははっとする。
「ここが町ならば博士の研究所もここにあるということ。私が機能停止したあとなにがあったのか記録が残っているかもしれません。探さなければ。しかしこうなにもないと探せるのでしょうか」
「普通に考えるなら君と壱号が眠っていたところにあるんじゃないか?」
「眠っていたところといいますと、地下ですか」
「起きたとき周囲を見なかったのか?」
「壱号が動いているのに気づき、急いで追いつこうと考えていたため周囲の確認は後回しにしていたであります」
三人で六号改が出てきた穴を覗き込む。フィリゲニスが光を放り込むとかなり底の方に水の揺らめきが見えた。
「地下に空間があるのは間違いなさそうね。研究所には地下室あったの?」
「ありました。機能停止した私たちをそこに運び込んだのでありましょう」
六号改は穴の縁に手をかけて降りようとして、止める。
「降りないのかしら」
「その前に壱号のコアを回収しようと思ったのであります。暴走していたとはいえ、仲間であります。博士の研究所に連れ帰ってあげたいのです」
進たちも協力し、コアを探す。
すぐに見つかったコアは片手で持てるガラスでできた六角柱のように見える。それに細かなひびが入っていた。
それを大事そうに六号改は拾い上げ、エプロンのポケットに入れる。
「お手伝いありがとうございました」
「どういたしまして。お礼というわけじゃないけど、研究所について行ってもいいかしら。少し気になるからね」
「問題なしであります。しかし降りるのは難しいと思われますが」
「そこは魔法でどうにでもできるわ」
穴まで移動すると、壁に土のハシゴを作る。
「ススム、ハシゴの強化をお願い」
「あいよ」
進が魔法を使って、そのあと崩れないか引っ張って確かめた。
さらに換気を行い、降りる。
六号改と壱号は天井を突き破って出てきたようでハシゴは天井で終わっている。床までは五メートル以上ある。六号改は問題なく飛び下りて、進とフィリゲニスは六号改に受け止めてもらった。
地下は水で満たされているわけではなく、踝が浸る程度に水が入り込んでいた。もともとどこかから水が入り込んでいたことに加えて、壱号たちが開けた穴から泉の水が今も入り込んでいる。
地下はテニスコートくらいの広さだろう。全面がコンクリートのような感じだ。扉は一つで、少しだけ開いている。
壁に棺桶よりも大きな金属製の箱が四つ立てられていて、弐から伍の数字が刻まれていた。
部屋の中央には文字の刻まれた石碑があり、三人はそれを読むため近づく。近づくと石碑の下に手紙が置かれているのに気づく。まずはそれに触れずに石碑を見る。
「ここを見つけた者へ、でありますか」
冒頭を読み、次に最後を見る。そこにルフトル・バーミングと刻まれていた。
「博士が残したものですな。内容は発見者への願い」
“ここを見つけた者たちへ。どうか願いを聞いてほしい。
偶然か必然かはわからないがここを発見し、お宝でもあるかと浮かれているかもしれない。
一度その興奮を抑えてもらえないだろうか。ここにあるもののいくらかは差し上げる。しかし手を付けないでほしいものもあるのだ。
それは六つ。一つは鎖で縛っている魔物のようなワークドールとそれにくっついているワークドール。それは動かすと暴れるものであり、制御不可能なものだ。危険なので触れないほしい。魔力を注ぐことも駄目だ。
そして壁に四つの金属箱が立っているな? その四つの箱の中には、ワークドールたちがいて、使命を全うし眠りについている。その身を賭して使命をやり遂げた者たちばかりなのでこのまま眠らせてほしいのだ。
最後に部屋隅にある箱。それは今後使う者が出てくるかもしれない大切なものだ。
この六つ以外ならば好きにしてくれてかまわない。些少ながら宝石なども棚に入れてある。
再度お願いする。ワークドールたちをこのまま静かに眠らせてあげてほしい。彼らはもう十分に働いてくれたのだから。
発見者の善意に期待して、これを残す。ルフトル・バーミング”
「博士、ありがとうございます」
仲間たちを静かに眠らせることを願ったバーミングに、六号改は感謝の念を抱く。
「御二方。私からもお願いします。仲間をこのまま静かに眠らせていただけないでしょうか」
進とフィリゲニスは顔を見合わせて頷く。特にワークドールに興味があるわけでもないため触れるつもりも運び出すつもりもなかったのだ。
二人に礼を言い、手紙を取ろうとした六号改を進が止める。
「ずいぶん時間がたってもろくなっているかもしれない。魔法で強化するからその後に拾ってくれ」
進が魔法を使って、六号改は慎重に手紙を持ち上げる。
まずは表と裏を確認する。裏の下部に「六号改へ」と書かれていた。
「博士の文字です」
そう言って六号改は封を開ける。一枚の手紙が広げられる。
それに目を通す六号改を、進たちは静かに眺める。
“六号改、これを読んでいるということは壱号が目覚め対処したか、もしくはその前に手紙を見つけたのだと思う。
以後、対処したものとして話を進めさせてもらう。
また壱号の対処をさせてしまい申し訳ない。
君がなぜ目覚めたのかコアに一応情報を入れておいたが、欠落している可能性もあるため今一度説明しようと思う。
話は簡単だ。壱号は口から魔力吸収できる機能を持ち、外部要因でまた目覚める可能性があった。それゆえに壱号を止めるため、君も目覚めるようにしたのだ。
壱号を解体すればよいではないかと思うかもしれないが、それは無理だった。解体には魔法を使わねばならず、その際に魔力を吸収されて目覚めることになりかねなかった。
だから壱号と君を一緒に地下へと封印したのだ。
壱号が目覚めたとき、それに連動して君に魔力が補充される仕掛けを施してな。目覚めたときに気づいたかもしれないが、左腰に小型魔力タンクを追加してある。普段は君から独立した状態だが、特定条件を満たすと保管されている魔力が君に流れ込むようになっている。
君が目覚めたことへの説明は以上だ。
次は君が眠ったあとのことを書いておこうと思う。知りたがるかもしれないからな。
君たちが壱号を止めてくれて、我々は君たちを回収し、地下へと移動させた。
弐号から伍号の修理をしようと思ったのだが、四体ともコアが駄目になってしまっていて修理はできなかった。そのため手は加えず、棺に入れて眠ってもらった。
その後は君が目覚めたときのため細工を施し、君の装備や整備道具などを入れた箱を部屋の隅に置いた。
そしてここは誰にも入れないように封鎖する予定だ。
箱は君の誕生日をロック解除に設定してある。それらがあれば目覚めたあと百年は稼働し続けることができるはずだ。
壱号を止めたあとはまた眠ろうと思うかもしれないが、自由にあちこち行ってみるのもいいのではないか?
強制するものではないから眠るなら、それを止める気はない。
なにをするのも君の自由だ。そして幸せになってほしい。それが家事用に生み出したのに戦闘用として改造してしまった我らの願いだ。
六号改、これでさらばだ。我らは君たちと過ごせたことに満足しているよ。最後に贈りものをさせてもらおう。喜んでもらえるかどうかわからないが、君に名前をつける。
皆で話し合って「リッカ」と決めた。
リッカ、どうか健やかに。”
手紙に目を通していた六号改は顔を上げた。
「どういった内容だったか話せるかい?」
「手紙をご覧になってください」
いいのかと進が聞き、六号改は頷いた。
進は手紙を受け取ったが、昔の表現で書かれているそれを読み解くことができず、フィリゲニスに読んでもらう。
手紙を読んで、二人は壱号が目覚めたのは自分たちのせいだなと認識した。
泉を綺麗にして、穴に明かりを放り込んだ。穴は位置的に壱号が配置されていたそばにあったと思われる。
そこに魔法を使えば、壱号が魔力を取り込み動き出しもするだろう。
起こすまでの過程を説明し、二人はリッカに詫びる。
「眠りを妨げたのは私たちのせいね。それについて謝るわ」
「俺からも詫びる」
頭を下げた二人に、リッカは首を横に振る。
「偶然そうなっただけなのですから、詫びる必要はないであります。それに私が止めるべき壱号を止めてくださったのですから」
「そう言ってもらえて助かるわ。それでリッカは今後どうするつもりかしら」
「とりあえず、ここの封鎖をしたいであります。仲間たちをこのまま静かに眠らせてあげたいのです」
「魔法を使って埋めてしまいましょう。あなたはここで眠るのかしら」
「どうしようか迷っているであります。仲間たちと眠るのも良いと思いますし、博士の言うように生きてみるのもいいかもと思います」
「それならうちにくるといいよ。ここらへんには人がいないからな」
「いないのですか?」
これだけ荒れ果てているのだから人が減っているだろうとはリッカもわかるが、いないとまで断言されるとは思わなかった。
「いないわね。ここにあった国は滅びて、その後のあれやこれやで人が住めない土地になっているらしいわ。まあ、どこかに隠れ住んでいる人たちはいるかもしれないけど、東のノームくらいしか知らないわ。でもあそこは今再建で忙しいからね」
「少し過ごしてみて、合わないなって思ったらここに戻ってきて眠ればいいんじゃないか? フィズなら埋まっている仲間のところまで埋めてくれるだろうし」
「できるわ。眠りたくなったらいつでも送り込んであげる」
「でしたら行ってみましょう。よろしくお願いします」
二人はよろしくと返す。
「出る前に博士が準備してくれたものを持ち出すので少しお待ちください」
隅に置かれた金属製の箱に近づいて、九桁のダイヤル式の鍵をリッカは操作していく。この箱自体にかなり強力な保存の魔法がかけられており、なんとか現代まで中身を守り維持してきたようだ。
箱が開くと、中にはキャスターがついた大きめのトランクケースが入っていた。そのトランクケースを近くにあったテーブルに載せて中身を確認していく。
進はリッカの背後から中身を覗き込む。フィリゲニスは部屋の内部を見物していた。
トランクケースの中には進も見慣れた工具のほかに、工業用アームみたいなものがあったり、注射器のようなものがあったり、錠剤のようなものがたくさん入った瓶などがある。ほかに手足の予備パーツや配線も入っていた。
それらを見て進は提案する。
「俺は品質を上げる魔法を使えるんだが、それらに魔法をかけようか? 劣化が遅くなると思うんだ」
「いいのですか? お願いするであります」
「急ぎ使う物はある? それから魔法をかけようと思う」
「錠剤でしょうか? どれも使うのでありますが、錠剤の質が上がると助かります」
手渡された瓶を持ち、進は蓋を開けても大丈夫か尋ねる。
頷きが返ってきたのを見て、進はコルクをキュポンと外し、中身に魔法をかけてすぐにふたをした。
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