46 異形
夕食は芋だったが森でもらった香辛料で味付けは変わっている。香辛料を混ぜた芋団子汁を食べたあと、のんびりと周囲の夕暮れ景色を眺めながら語らっていると地面が小さく揺れた。
「地震か」
「私そんな魔法使ってないわよ」
「なんで魔法の話になるんだ」
「え? 地震って魔法で起こすものでしょ?」
「こっちだとそれが当たり前なのか。俺の故郷だと自然現象だったが」
「自然現象で起こることはあるけど、数十年に一度くらいね」
「そんな長いスパンなのかー。俺んところは大小含めて一年の半分は地震が起きていたはずだ」
「多くない?」
「地震大国とか言われてたしなぁ」
そんなことを話しつつもフィリゲニスは防御結界を張り、揺れに対応する。
揺れは小さいが止まずに、地中からなにかが接近してくる音がしたかと思うと土を撒き散らして出現する。
夕暮れの中に、メカメカしいティラノサウルスが立っていた。両目にはゴーグルようなものをつけて、両手足は金属製。背中から尾にかけて金属板でおおわれていた。
「吾輩復活!」
メカティラノの口からそんな声が出てきた。
「なにこれ」
「なんだろうなぁ」
二人は見慣れないものにそう言うしかなかった。
明らかに人工物で、魔物ではないとわかる。しかしそれ以上のことはさっぱりだ。
「思う存分動くには力が足らぬ! もっと力を寄越すがいい!」
大きく口を開けて、迫ってくるメカティラノ。その動きは思いのほか速い。進では対応できない速度であり、当然ながら迫る口を見るしかできないでいる。
反応できたのは戦闘慣れしているフィリゲニスだ。
防御結界で噛みつきを防げるだろうと考えて、止まったときに攻撃魔法で対処しようと素早く準備する。
「くははははっ!」
笑い声を上げながら二人を包むように張られた結界に噛みつく。
そこで止まると思っていたフィリゲニスは驚かされる。
メカティラノが結界に噛みつき、容易く噛み砕き、飲み込んだのだ。
「うましっ」
どういうことか推測しつつ、準備していた魔法を放つ。そしてすぐに進の手を引いて下がる。
「羽ばたけ、翔けよ、燃え上がれ、紅の鳥。フレイムバード!」
人間ほどの大きさの火の鳥が、メカティラノの顔面にぶつかり弾ける。
その衝撃でメカティラノはのけぞる。炎が晴れると、顔を中心に少しばかり焦げさせながら、口を動かしていた。
飲み込む仕草を見せると、空に向かって雄叫びを上げた。
「やっぱり魔力を吸収しているわね」
「もしかしてフィズの天敵?」
「そうでもないわ」
心配する進の言葉をあっさりと否定した。
魔法主体のフィリゲニスに対して、向こうは魔力を吸収できるのだから攻撃をしかけても回復されてばかりではないかと進は考えたのだ。だがフィリゲニスには余裕があった。
「まずは私たちの動きを良くして捕まらないようにしましょ。強く、速く、軽快に。フィジカルアップ」
身体能力強化の魔法が二人にかけられる。
「ススムは避けるのに集中してて」
「手伝わなくていいのか?」
「これくらいなら問題ないわ」
「聞き捨てならんな。我が体は無敵! お前のような小娘がどうともできるはずがない!」
メカティラノは言いながら二人を薙ぎ払おうと体を横に回転させて尻尾を横薙ぎする。
進は大きく下がって避けて、フィリゲニスはその場でジャンプして避けてみせた。
「無敵というにはちょっと問題が残ってるじゃないの。それを解決しないで無敵を称するのはどうなのよ」
「問題だと?」
「たしかに魔力を吸収するのはすごいわね。でもね、それって口だけしかできないでしょ。胴を攻撃されたら攻撃は通る」
「そんなことは吾輩も理解しておる。そのうえで放置しているとでも思うてか。胴を狙われても回避できる運動性能! 攻撃を受けても揺るがない重量と耐魔力装甲! これならば三百年前にいたとされるΩの魔法使いも勝てはせぬ。どうだ、怖かろう! はははははは!」
「それはなめられたものね」
Ωの職号に誇りはないが、夫の前で無様な姿を見せたくはないフィリゲニスはメカティラノを睨む。
「ススム、もっと下がってて!」
巻き込まないように声をかけて、進が素直に下がったのを見て、魔法の準備を行う。
「まずはその機動性を潰しましょうか。砂よ砂よ、阻め、沈め。サンドフィールド」
フィリゲニスの魔力が大地を走る。その魔力が通ったあとに土が砂へと変化していく。
その魔力を食らおうとしたものの足元を素早く通っていったためできずに、メカティラノはガチンと口を鳴らすだけとなった。
「多少動きを阻むだけではないか、この程度で吾輩が負けるものか」
「いつまでそう言えるかしらね?」
砂煙を上げて迫ってきたメカティラノが噛みつく前に、フィリゲニスは追加で自身に軽量化の魔法を使って軽やかにジャンプして避けた。
「じゃあ綺麗に踊って頂戴ね。強き力は弾に、空に集え、煌めき、落ちろ、星降る夜のごとく。エナジーフォール」
フィリゲニスは噛みつきを避けながら魔法の準備を整えて、詠唱し発動する。
百を超える魔力の塊が上空に浮かぶ。
「餌が豊富じゃ! 全て食らってやるわ!」
歓喜の声を上げて、口を開いたメカティラノ。
存分に食らわせてあげると、フィリゲニスが腕を振った。
途端に魔力弾が空から落ちてくる。
次々と落ちてくる魔力弾へとメカティラノは口を向ける。しかしその魔力弾は閉じられる口を避けて、喉に命中し破裂した。喉の分厚い皮がその衝撃でへこむ。
「ぐお!?」
「ほらほら魔力はどんどん落ちてくるわよ」
次々と落ちてくる魔力弾をメカティラノは食らおうとするが、全て空振りに終わる。そして魔力弾はメカティラノの体をどんどん傷つけていく。
「ぐおおぉ。あの数の魔力弾を制御しておるだと? そんな馬鹿なっ」
「まだおかわりはあるのよ? たらふく用意してあげたのだから、堪能しなさい」
「や、やめっ」
魔力弾を避けようとするメカティラノは砂に足を取られて、思ったように回避行動ができないでいる。そのメカティラノに魔力弾が降り注ぐ。
連続した破裂音が続く。体中に攻撃を受けたメカティラノはあらゆる角度から揺らされ立っていることもできず、横倒しになる。
そこに残り三十個の魔力弾がいっきに降ってきた。
メカティラノに命中し破裂した魔力弾の生み出した衝撃で砂が空中に舞う。
視界が悪くなり奇襲を受けやすくなっているが、フィリゲニスは少しも余裕を失わずその場に立つ。
砂煙が落ち着き始め、フィリゲニスは風を吹かせて砂煙をよそへとやる。
「あらあら、無様なこと」
フィリゲニスの視線の先にボロボロな姿のメカティラノが横倒しになったままでいる。
その様をフィリゲニスはクスクスと笑う。
「無敵じゃなかったの?」
「ば、化け物めっ。覚えておれよ、次に会ったときがお前の」
「次なんてないわよ。力は鋭きものへ、振り下ろせ、終わらせてしまえ、その刃に断てぬものなどなし。エナジーエッジ」
刃状の三つの魔力がメカティラノの上空に出現し、ギロチンのように落ちていった。頭部が切られ、上半身が切られ、下半身が切られる。
悲鳴を上げたメカティラノは小規模の爆発を起こして、粉々になった。
「む、無敵の吾輩がっこのようなところで!」
その言葉を残してメカティラノの目から光が消えた。
終わったと判断したフィリゲニスは砂地をもとの荒地に戻す。
「すごかったなー」
本心からそう言いながら進がフィリゲニスに近づいてくる。
その怖がる様子のない進にフィリゲニスは笑みを返す。
「怖がらず、それだけですませてくれるから大好きよ」
「怖がるって言ってもな。フィズが俺を害すところなんて想像もできん。だったら怖がる必要もないだろ」
夫婦喧嘩してもさすがにあそこまではやらないだろうと思いつつ言う。
「あなたに出会えてよかった!」
感激ーっと進に抱き着く。
おおげさだなと思いつつ進も抱き返す。
そうしているとメカティラノが出てきた穴から、ガツガツと音が聞こえてきた。
「おかわりかしら」
「どうなんだろうね」
いいところだったのにと不満げにしつつ進から離れて、防御結界を張り直す。
すぐに地面からまた別のものが現れた。
中性的な顔立ちをしたショートボブのアンドロイド的ななにかだ。土で汚れた半袖シャツ、七分丈パンツ、エプロンという服装で、特徴は耳当てだろう。ヘッドホンみたいなものが耳をすっぽり覆っており、小さなアンテナが立っている。
以前フィリゲニスから聞いたワークドールというやつなのだろうと進は思う。
「特型壱号、悪さはやめるであります! やめなければ私が今度こそこの命を賭して……賭して?」
気合十分といった雰囲気だったそれは周囲を見て首を傾げた。
そして二人に視線を固定するとおずおずといった感じで声をかけてくる。
「……つかぬことをお聞きするでありますが、特型壱号はいずこに?」
「トクガタイチゴウってなんなのよ」
「ええと二足歩行の金属っぽい魔物じみたやつでありますが」
「それならそこに散らばっているでしょ」
フィリゲニスの指差した方向を見て、それはしばし沈黙し、驚いたようにのけぞった。
「な、なにがあったでありますか!?」
「餌とか言って襲いかかってきたから返り討ちにしたのよ」
「返り討ちでありますか!? 特型壱号は思考はおかしくなっていましたが、その言動を実行できるだけものは持っていたはずであります。生半可な実力では勝てないと予想していたでありますが。それを……すごいでありますなぁ」
驚きとともに感心したように言うそれに、フィリゲニスは何者なのか尋ねる。
「私は特型六号改。バーミング博士が生み出した自立型ワークマン家事手伝い試作タイプの改造版であります」
「自立型ということは自ら考えて動くワークマンということね?」
「はい」
「実在したのね、私はそっちに驚きよ。噂で聞いたことはあったけど、実在なんてしないと思っていた」
「博士はワークマンのコア開発では天才と呼ばれていましたから」
生みの親を誇るように特型六号改は胸を張る。
「俺からもいいか? 君と壱号はどういった関係なんだ。命を賭して止めるとか言ってたが」
「博士に作られた存在という共通点ですな。壱号は戦闘用として、私は家事手伝いとして生み出され、最初は同僚としてうまくやっていたであります」
「最初はってことは関係が変わっていったってことだよな」
「はい。どんどん悪くなっていく環境に比例するように壱号から過激な言動が見え始め、最終的には博士の言うことすら聞かず暴れ回るように。壱号をとめるため弐号たちが挑みましたが止めきれず、助力を増やすため家事手伝いの私も改造されました。そして皆の犠牲と博士の発明を使用してようやく壱号を止めることができたのであります」
弐号から伍号が限界以上の力を発揮して自己崩壊をしながら壱号に組み付いて動きを止めて、その隙をついて魔力強制放出の道具を持った六号改が壱号の動力炉近くで道具を使い、壱号と一緒に機能停止したのだ。
その後バーミング博士たちがどうしたのかは六号改の知るところではない。
感想と誤字指摘ありがとうございます