45 南へデート
イコンがやってきて十日以上経過し、廃墟では確実に緑が増えた。
特に芋の成長速度がさらに早くなって、一日で地面の栄養を吸いつくしてしまう。
進は毎日地面に魔法をかけて、ナリシュビーたちと毎日芋の収穫をしている状態だ。芋だけが倉庫に積み重なっていく。
これならばグローラットの餌には困らないだろうと確信をもつことができた。
今日も収穫だとナリシュビーたちと畑に向かう。進の隣には当たり前のようにイコンが浮いている。反対にはラムニーがいて、進の手を握って嬉しそうにしていた。
ここにいないフィリゲニスとビボーンはテストが終了したボウリング関連の作業をやっている。廃墟南部の開発はひと段落ついていた。
すでに畑に到着していたナリシュビーたちに挨拶し、皆で畑の中に入っていく。
次々と芋を引き抜いていき、植えているものを全部抜くと、全員で芋から蔓を切り離す。そこまでやると二手にわかれる。蔓を植える者と、収穫した芋を運ぶ者だ。
ナリシュビーの何人かに芋運びを任せて、進たちは蔓を植えていく。
「雑に植えてもどうにかなるのが、この芋のありがたいところだよな」
「畑を耕して、植える間隔や植え方なんかにも気を付ければ収穫量や味をもっとよくできるということでもあるのう」
「そこまで気を付けるのはもうちょっと人が増えたりしたときかな」
人が増えたら、専業で農業してくれる人も出てくるだろうが、今は専門でさせられるだけの人がいない。
蔓を植えるはしから、土地に残る栄養を吸って徐々に蔓が伸びていく。
「何度見てもすごい成長力じゃの」
「植物系のトップみたいなイコンでもそんな感想を持つのか」
ナリシュビーたちが空を飛びながらジョウロで畑に水をあげて、そのあとに魔法を使われた途端にグングンと育っていく芋のツルを見て、イコンが感嘆する。
「植物の魔物ならば納得できるが、こやつらはただの植物じゃ。それがここまでの成長力を得たのは素直に感心するぞ」
「俺は、ここまでの成長力を得ないと生き残れなかったこの大地のやばさに驚きだけどな。今後はましになっていくからよかったよ」
「暮らしやすくなるってことですもんね」
ラムニーも今後を思って嬉しげにしている。
「たった一人の感情で広範囲の大地が汚染されていたとはのう。驚きじゃて」
イコンがいくつか立てた予測の一つに大昔の魔法実験失敗というのがあった。それが当たってはいたが、その根底にフィリゲニスの感情が大きく関わっていたと聞いてイコンもさすがに驚いた。たった一人の感情がここまで大地を汚せるものなのかと。
「偶然が重なった結果だろうけどね」
「偶然だとしても驚かされる結果には違いないがの」
二時間ほどかけて作業を終わらせ休憩を入れて、ナリシュビーはほかのナリシュビーの手伝いに向かっていく。
進たちもフィリゲニスたちの様子を見るため、畑から離れる。
向かうのは、ボウリング用に確保した土地だ。レーンを五つほど設置できる広さを確保している。完成しているレーンは三つで、今は四つ目を作成中だ。
「フィズ、ビボーン。そっちはどんな感じ?」
「そっちは収穫終わり? お疲れ。こっちはレーンを設置しているわ」
そう返してくるフィリゲニスはゴーレムたちに命じて、レーン用の石の板を運ばせているところだった。
地面のならしをひとまず終えて、レーンの設置と微調整をやっているところだ。
石板の傾きがひどいと、また地面のならしからやり直しになるが、なんとか問題なくやれているようだった。
「二人はいいわね、午前中から一緒にいれて」
恨めしそうにフィリゲニスがラムニーとイコンに言う。
「できることが違うのだから、一緒にいられない時間があっても仕方なかろうに」
宥めるようにイコンが言う。最近のフィリゲニスは少しイラついているようにも見えていて、煽るような口ぶりにならないよう注意していた。
そのイラつきは進も感じていて、理由はなんだろうかとラムニーやイコンに相談している。
そして一緒にいる時間が減ったからだろうと簡単に答えが出ている。
進はないがしろにしているつもりはないが、ラムニーが我慢していたときと比べたらたしかに一緒にいる時間は減っていて、不満も溜まるだろうと納得はできた。
しかし一緒にいるには、やれることに違いがあって難しい。それでも仕事が詰まっているわけではないため、ボウリング関連の仕事が終えれば時間は取れる予定だ。
ちなみにラムニーは今のところ得意なことがないため、補佐として動けるので進と一緒に行動できる。イコンは植物の成長が仕事で、どこにいても常に仕事をしているようなものだから、進と一緒にいてもさぼっているとは言われない。
「昼からは一緒に仕事だからさ」
「うん」
楽しみだと頷いた。
昼からは池や溜池の清浄化、廃墟探索といういつもの作業で一緒に行動できるのだ。
昼食まであと一時間ほどあり、倉庫の整理でもやっておこうと進たちはその場を離れる。
ナリシュビーたちが探索で集めてきた物が倉庫の中に並ぶ。どういったものがあるかの確認などをして、種類分けをしていく。そうしているうちにカーンカーンと昼を鳴らせる音が廃墟に響く。
昼食を終えて、予定通りに探索に向かう。フィリゲニスは二人きりではないことに少しだけ不満があったようだったが、それでも進の隣で楽しそうにしていた。
その様子を見つつ、進は一つ計画を立てる。
そして夜になり、今日はフィリゲニスと一緒に寝る番で寝室に入り、ベッドに腰掛ける。
土を盛り上げて固め、その上にローランドからもらった布や綿を敷いた簡単なベッドだ。
「誰にも邪魔されない夫婦の時間! いろいろと楽しみましょう!」
「その前に」
抱き着こうとしてくるフィリゲニスを止める。
フィリゲニスは素直に止まってなにかしらと首を傾げた。
「今やっているボウリング場の作業が終わったらなんだけどね」
「なにか別で急ぎの作業でも入ってきた?」
また別々の作業なのかとフィリゲニスは少し嫌そうにする。
そうじゃないと首を横に振って、進は続ける。
「二日くらい、南の調査に出ようと思っている。それに二人で行かないか」
フィリゲニスがこてんと首を傾げた。
南の方になにかあったかと考えて、特になにもなかったはずだと記憶を掘り起こす。
ガージーという巨体の背から見た光景なので細部まではわからなかったが、急ぎ確認したいことはなかったはずだと思う。
「私はなにも気づかなかったけど、ススムは気になったものがあったの?」
「いや俺もなにも気づかなかったよ。調査というのは口実。なにか見つかればいいなとは思うけど、本当の目的は二人で出かけること」
南の方は空からしか見ていないので、しっかり見てきたかったと思うのも事実なのだが、目的の大部分はフィリゲニスと二人の時間を作るということだ。
きちんとフィリゲニスのことを気にしていると行動で示せば不満や不安は晴れると考えたのだ。
目的を告げると一瞬きょとんとしたフィリゲニスは、ぱあっと花開くように笑顔になってこくこくと頷いた。
「早く終わらせないと」
「手は抜かないでよ」
「もちろん」
楽しみだと何度も言いながらフィリゲニスは進に抱き着いて、たまにキスしたりしてそのまま眠る。
安らかな寝息を立て始めたフィリゲニスを見て、進はほっとする。
語ったことに嘘はないが、一つ言っていなかったこともあった。不満を晴らすためか夜が激しくなっていた。デートの誘いはそれを落ち着かせるためでもあったのだ。
進も気持ち良いことが嫌いというわけではないのだが、このまま不満を溜めていくと身が持たなくなるかもと思えて落ち着かせる必要があると考えた。
進も寝ることにして、フィリゲニスの温かく柔らかい体を抱き寄せる。
次の日から気合の入ったフィリゲニスの働きぶりで、ボウリング場の作業は順調に進んでいった。
なぜだろうかと首を傾げていたビボーンに、フィリゲニスはデートの約束をしたことをわくわくとした表情で話し、微笑ましそうな雰囲気を向けられていた。
ボウリング場は三日後に完成し、夕方と夜の自由時間に大人も子供も一緒に遊ぶ光景が見られた。
ナリシュビーの女王も次世代の女王や世話役と一緒に楽しんでいる。ノームたちも仲間内で楽しんでいる様子が見られた。
「これで完成よね? ね?」
「そうだな。約束は忘れてないから、そんな詰め寄ってこなくていいから」
デートが楽しみすぎてキラキラとした表情で接近したフィリゲニスを止める。
「女王たちには伝えてあるし、明日の朝から出発できる」
「楽しみすぎて今日眠れるかしら」
「魔法でどうにかできるんじゃないのか」
「できるけど、魔法でどうにかするとよく眠れたって感じがしないのよね」
「せっかくのデートなんだから不調で楽しめないとかならないようにね」
そうビボーンに言われて、フィリゲニスは頷いた。
だが翌日、少し眠たげなフィリゲニスがいた。楽しみ過ぎてなかなか眠れず、魔法を使ったようだった。
出発前に池と畑に魔法を使って、食料と水を荷車に積み込んで、ラムニーたちに見送られて廃墟を出る。
「どういったルートで進む?」
進の隣に座って腕を組みながら聞くフィリゲニス。
「目的地もないし、まっすぐでいいんじゃないか?」
「じゃあそれで」
ゴーレムにまっすぐ進むことを命じて、気温操作の魔法を自分たちの周囲に使って、ゆっくりと変わる風景を見ながら雑談をしていく。
誰にも邪魔されず二人で過ごせることをフィリゲニスは満喫しているようで、常に上機嫌だ。
雑談を続けて、たまにキスしたりして夫婦としての時間を過ごしているうちに日が傾いてきた。
近くに水溜まりでもあるかなとフィリゲニスが俯瞰の魔法を使う。
「あ、向こうに泉みたいなのがあるわ」
「そっちに行こう」
ゴーレムが進路を変えて、二十分ほどで泉に到着する。二メートルほどの幅の泉で、ここも悪影響を受けていて水が濁って底が見えない。それでも貴重な水ということで、魔物の足跡がいくつもあった。
さっさと魔法を使って水を綺麗にすると意外と底が深かった。
「意外と深いわね。どこまであるのかしら」
フィリゲニスが魔法で光を生み出し、それを泉の中に放り込む。
沈んでいく光は十メートルほどで止まった。そしてその光が消える。
「あら? 消えるの早すぎるわね」
「すぐに消えるように調整してあったわけじゃなく?」
「そういったことはしてないわ。魔力を吸収したり散らすようななにかがあったのかしら」
もう一度光を泉の中に放り込んだ。
その光も底に到達し、すぐに消える。
「なにかあるわね」
「魔力を吸収するような鉱石とかあったりするのか?」
「うーん、魔力を遮断する合金なら聞いたことはある。吸収する鉱石に関してはない。私が封印されたあとにできたものかもしれないけど」
「さてさて、どうしようか。このまま放置でもいいと思うが」
「気になるけど、二人きりの時間を無駄にしたくないし放置かしらね」
地下のなにかよりも、二人の時間の方が圧倒的に大事だった。
二人の意見が一致したことで探ることはせず夕食の準備に入る。
しかしすでに地下のなにかは動き出していた。
感想ありがとうございます