43 高校生三人 遠出 前
神殿にいる琥太郎たちは現段階でできる鍛錬を終えて、魔物討伐に出る。
コロドムや指導をしている者たちが綿密に話し合って、神殿からそう遠くはない場所にいる琥太郎たちの実力にあった魔物が選ばれ、そこまで兵たちと一緒に向かう。
向かったのは北にある平原だ。近くに森があり、その森近くが琥太郎たちにあった場所だと、コロドムたちは判断した。
平原にテントを張り、十日ほどそこで戦う予定だ。兵が立てていくテントを見て、近くの村の住民は貴族などの狩りなんだろうと考えていた。
平原と森の魔物では、後者の方が強く、琥太郎たちは森の魔物と戦える。しかし森での動き方や戦い方を知らないため、森に慣れた魔物との戦闘は苦戦するだろうと考えられており、兵たちが森の魔物を外におびき寄せて戦うという流れになる。
一日目から八日目まで魔物たちと戦い、動きに慣れたら、兵たちと一緒に森で行動してみることになっている。
九日目に森に入り一泊し、十日目に森から出て帰還だ。
身支度を整えた琥太郎たちは、特定の魔物が好む餌などを持って森に入っていく兵たちを見送る。そばにはガゾートたちがいた。
「お三方、ここらの魔物についてはきちんと覚えているかな」
ガゾートに聞かれ三人は頷く。森や平原の魔物については、出発前にコロドムたちから講義を受けたのだ。
「一番強いのが、剣角の鹿だと聞いてます」
「強くはないけれど、毒を撒き散らすウォークマッシュも要注意だと聞いてますね」
「油蛙は攻撃すると体液で武器が傷むから、魔法主体の私が相手するのがいいとも聞いています」
琥太郎が言い、淡音と桜乃が続く。
「そのとおりだ。鹿の縄張りは森の中央からやや北辺りだから、引っ張ってくることはないだろう。出てくるとしたらファングドッグが一番可能性が高いはずだ。その次に大モグラだな」
「どちらもそこまで警戒する必要はないと聞いていますね」
淡音の言葉にガゾートは頷くが、それでも注意はしていてほしいと言う。
「初めて魔物を戦ったときも言ったが、向こうも生きたいと必死になる。その意志はときとして通常にはない強さを見せる。思いもよらない動きなども見せるから。余裕は持っても油断はしないように」
「わかりました」
ピーッとホイッスルのような音が森の中から響く。
「引っ張ってくるようだ。準備を整えてくれ」
深呼吸した琥太郎たちは戦闘へと意識を向ける。
琥太郎が前に出て、淡音は矢を矢筒から出し、桜乃は魔力の矢を飛ばす魔法をいつでも使えるように身構える。
三分もたたずに、森の奥から兵たちが走って出てくる。その背後から黒や白や茶色の毛を持つ犬が出てきた。事前に聞いていた情報でファングドッグだとわかる。
兵たちは琥太郎たちの横を駆け抜けていく。彼らに琥太郎たちはありがとうと声をかけて、ファングドッグに向かう。
最初に桜乃が攻撃して注意を自分たちに向けて、ファングドッグの足がわずかに止まったところで、淡音が矢を射る。
矢を受けて悲鳴を上げるファングドッグ、そのすぐあとに接近した琥太郎の蹴りを受けて別の一体も悲鳴を上げた。
そこからはファングドッグたちも一方的にやられるようなことはなく、突出している琥太郎を狙って攻撃をしかけていく。
琥太郎はそのまま殴られ役としてその場に居続け、淡音と桜乃が慎重に攻撃を当てていった。狙うのは一度琥太郎から離れた個体だ。琥太郎のそばにいるファングドッグを狙う度胸は、まだ二人にはなかった。
「ふー」
最後の一体が動かなくなり、琥太郎は大きく吐息を吐く。
運搬用の兵が倒れたファングドッグを運んでいく。
淡音と桜乃は琥太郎に近づいて、怪我の有無を尋ねる。
「防具のおかげで軽い打撲くらいだ」
ファングドッグは狙いやすい足元を中心に噛みついてきたが、厚めのズボンとレッグガードのおかげで痛みはあったが、怪我まではしなかった。
一方的に攻撃を受けて、ほぼダメージなしと確認できたことで気が楽になる。
念のため兵たちからダメージや武具の確認を受けて、問題ないと判断されて次の戦闘準備が開始される。
ガゾートは森に向かう兵に、次は琥太郎が戦えるようなやつを頼む。
「具体的にはどのような魔物でしょうか」
「細かく注文するなら猪のような中型を一体だな」
「わかりました。できるかどうかわかりませんが、その方向で探してきます」
「頼んだ」
兵たちが小走りで森に入っていき、ガゾートは琥太郎へと顔を向ける。
「というわけで次の戦闘はコタロウ殿が戦うつもりでいてくれ。まあ見つからず別の魔物を連れてくる可能性もあるが」
「中型というと、ラッシュボア、ファーエイプ、ビッグマッシュでしたっけ」
「そのあたりだな」
ラッシュボアは大きな牙を持つ好戦的な猪で、ファーエイプは長く多い体毛を持つ猿で、ビッグマッシュは大きく育ったウォークマッシュだ。ビッグマッシュも毒を持つが、強くなることと引き換えに毒性を失ったのかウォークマッシュほど注意する必要もない。
兵が戻ってくるまで雑談しながら待つ。
三十分ほどで兵たちはビッグマッシュを連れて戻ってきた。
二メートルを超す巨体に、琥太郎は突っ込んでいく。一回殴りつけると、わずかに胞子が舞う。それを吸わないように、一回攻撃するたびに離れる。それがビッグマッシュからの攻撃を避けることにも繋がる。
試しに魔力を込めた攻撃も行い、たどたどしい魔力操作ではあったが確実なダメージを与え、無事倒すことができた。
初日を終えて、その後もトラブルなく予定は進んでいき、琥太郎たちはここらの魔物に慣れて、平野ならば兵のフォローなしでも問題なく戦えるようになっている。
これ以上ここで戦っても強くなれないということでもあり、森の滞在を経験すれば今回の遠出は成功で終わる。
ある程度荷物をまとめて、琥太郎たちと何人かの兵が森に入ろうとしたとき、これまでになく騒がしい森に足を止めさせられる。
「何事?」
思わず淡音が声に出す。
びくっとした桜乃は琥太郎の裾を握る。琥太郎はその手に自身の手を重ね安心させる。
「これはよそから魔物が流れてきた可能性があるな。縄張り争いで騒がしいんだろう」
ガゾートが予測を立てる。同行している兵も頷いた。
「申し訳ないが、森の滞在は中止だ。いつもと違う森での滞在など素人にはさせない方がいいからな」
琥太郎たちは素直に頷いて、森から離れようとするガゾートたちについていく。
そのまま拠点に戻り、兵が森の異変を知らせるため近隣の村に向かっていった。
琥太郎たちは荷物を置いて、今日の分の鍛錬を兵たちと行う。
そこに二人の女がやってきた。一人は小柄で琥太郎たちと似た年齢の少女だ。やや釣り目で、肩を越す赤い髪をショートポニーテールにしている。槍を背負っており、革製の赤鎧を身に着けている。もう一人は背中までの金髪をサイドテールにした二十歳半ばの女だ。濃紫のローブを身に着け、持つ杖は太陽を模した形状になっている。そして背に蝶の羽を持っている。
「ここに勇者たちがいると聞いて足を運んでやったんだけど? どいつよ?」
槍を背負う少女が腕を組んで居丈高に言う。
ガゾートがどこの誰だろうかと思いつつ聞き返す。わずかに記憶にひっかかるものもあり、表情は訝しんだものだ。
「君たちは?」
「銀槍カーマン・フォイド」
「急な来訪詫びますわ。シャニア・ベーメンです」
その名を聞いて兵たちの雰囲気がざわついた。それを見たカーマンは満足そうだ。
「士頂衆のお二人ですか。どうしてこのようなところに」
士頂衆という単語は琥太郎たちも聞いたことがあった。
この大陸で各国の強者を指し示す職号に関わるものだ。正確には戦いに関した高い技術を持った十一人を指し示す職号だ。
カーマンならば、カーマン・士頂衆・フォイドというのが職号込みの名前になる。銀槍はもともと持っていた二つ名だろう。
「訂正させていただきますわ。私は士頂衆から外れましたの」
シャニアが言い、ガゾートを含めて兵たちが驚きの表情を浮かべた。
「魔法関連で新たな士頂衆が誕生したのですか?」
シャニアは主に火と土を操る魔法使いで、鋭い石を攻撃によく使っていることから刃石の二つ名で呼ばれている。
「そうなのでしょうね。少し前に職号がなくなりまして」
「しかしどの国からも新たな士頂衆誕生の話は聞こえてこないのですが」
傭兵ならば名を広めるため隠すようなことはせず、貴族やその部下もまた同じくだ。
といっても全員が全員、公表するわけではない。強さや技術を極めたいという求道者は士頂衆の職号を得ても関心を示さず、誰にも言わないということが以前もあった。
「魔王との戦いが起きている今、戦力は少しでも欲しい。名乗りでてほしいものですな」
「そうね。私としてもどこがその人に劣るのか気になりますし」
少し悔しげにシャニアが言った。いつか誰かに追い抜かされることはわかっていたとはいえ、少なからずプライドが傷ついたのだろう。
「こっちの自己紹介は終わったわ。勇者は誰なのよ?」
「彼らですね」
ガゾートが手で琥太郎たちを示す。
「ふーん」
カーマンは無遠慮に三人を眺めて鼻で笑う。
「はんったいしたことないじゃないの。これで魔王に挑めるのかしら」
「いや、たいしたことなくて当然でしょう。鍛え始めて三ヶ月も経過していないのですから。これから成長していく彼らのやる気を削ぐようなことはやめていただきたい」
ガゾートが即座にフォローを入れる。やる気が削がれて成長が遅くなり、本格的に魔王軍戦へと参戦できる時期が遅れると、前線の被害が増すのだ。ただでさえ進がいないことで遅れが生じるのだから、そういった事態は避けたい。
「なによ、本当のことを言っただけでしょ。それに三ヶ月でこの程度なんて才能ないわ」
「その年齢で士頂衆とまでなったあなたと比べての話でしょう。誰もが皆、あなたほど才能にあふれてはいないのです。むしろ彼らはよくやっている方ですよ。自分ができるから、ほかの人もできて当然と押し付けるのはよくないと言われたことがありませんか?」
カーマンが詰まる。師匠からそういった話はされたことがあるし、各地でたまに手合わせするとその相手から言われることもある。
それは助言のつもりで放たれた言葉だが、カーマンは努力が足りないことの言い訳だと考えている。
強くなることだけに執心してきたカーマンは人生経験が足りず、そこらへんの理解が及ばないのだ。
だから自身のできる方法で認めさせようとする。
「勝負よ。実際に戦ってみれば私の言っていることが正しいとわかるわ!」
「さすがにそれはないですな」
「カーマン、私もそう思いますよ」
ガゾートに続いて、シャニアも止めた。
シャニアも若い頃は似た感じだったが、十年ほど多く年を取っているだけあって自身と他人との差は理解できている。あとはカーマンの性格的に手加減が難しいとも理解している。胸を貸すという方向での勝負ならやる価値はあるだろう。しかし単純に勝ち負けのみを求める戦闘は、かけだしの琥太郎たちになんの利益にもならないのだ。おそらく短時間で勝負がついて、学べるものがない。
「どうしてもやりたいなら、私があなたにデバフの魔法をかけるのでそれでやりましょ」
「……仕方ないわね。その状態で勝てばいいのよ」
「勝ち負けの問題じゃないのだけどねぇ」
カーマンが勝ち負けにこだわるのも事情があるのだ。
カーマンの見た目で侮られることがあるということと、先代からの士頂衆継承がスムーズにいっていなかったのだ。
そのため力尽くで認めさせる必要が何度もあり、これが正しい方法だとカーマンは認識していた。
「まあ、弱体化した状態なら学べるものもあるでしょう。やりすぎだと思ったら、止めてもらえると助かります」
ガゾートが頼むと、シャニアは頷いた。
そう言った会話を気にせず、カーマンは背の槍を振り回し、いつでもやれると示す。
感想と誤字指摘ありがとうございます