42 大妖樹、根付く
森から帰ってきた進たちは作業中の住人に挨拶をしながら中央の拠点に戻る。ローランドたちも一緒だ。
荷物を置いて、挿し木用の枝を溜池に浸す。少し待てば半日もせずに根が出てくるということなのでそのまま放置だ。
進たちが帰ってきたことをナリシュビーたちから聞いた女王とゲラーシーが中央の建物にやってくる。
「おかえりなさいませ」
「おかえり」
進たちはそれぞれただいまと返し、留守中になにか変わったことはあったかと尋ねる。
「これといって特に。池に魔物が近寄ってきた程度です。それも襲いかかってくるようになことはなく、水を飲んだら去っていきました」
「ノームは決めたことを予定通りにやっていた。種などは手に入ったのか?」
「もらってきた。成長促進の方もなんとかなる。新しい住人がやってくるけど、詳しいことは夕食後にでも話そう」
そうしようと女王とゲラーシーはそれぞれの持ち場に帰っていく。
「ボウリングを一戦しながら今後について話し合いたい」
そう言うのはローランドだ。
気に入ったんですかと進が聞けば、笑いながら肯定する。これまでにない遊びなのでまだまだ遊び足りないのだ。
進たちとしてもテストプレイで修正するところがみつかるのはありがたいので反対せず、レーンのあるところまで移動する。
進たちの誰か一人も一緒にやることになり、進が参加する。
友達とボウリングをやったことはあるが、ローランドたちのプレイを見ていると経験なんぞ役立たないとわかる。
スコアはボロボロだろうなと思いつつ、玉の重さなどを確認していく。
フィリゲニスはスコアをつけて、ビボーンは審判、ラムニーはピンの配置といった感じでばらけてゲームが始まる。
「よっし、いくぞ!」
ローランドが第一投を転がす。
それを見ながら進は今後についての話をガージーに聞く。
「今後がどうとか言ってましたが、なにを話そうとしたんですか?」
「グローラットの飼育場の位置を決めようと思ったんだ」
ゴガンッとピンの倒れる音がすると、ガージーはそちらが気になったようで視線を向ける。倒れたピンの数を確認しつつ続ける。
「ある程度広いところが良く、外れに作ると魔物に狙われる。かといって居住区に近いと糞尿が匂うだろうし、鳴き声がうるさくもあるだろう」
「次はガージーだぞ」
「ええ、いきますよ」
ローランドに呼ばれて話を中断し、レーンの前に立つ。
ローランドがガージーのかわりに話を続ける。
「飼育場についてだが、俺の羽を一枚置こうかと思っている」
「するとどうなるんです?」
「匂いに警戒して魔物の接近を抑えられる。これには欠点が三つある。匂いは時間がたつにつれて薄れていく。俺の匂いにグローラットが委縮して増え方が緩やかになる」
ピンの倒れる音がして、ガージーが話に加わる。
「欠点の二つ目は利になると思う。山からこっちに移った飼育員がこちらの環境に慣れるまで、グローラットの数が少ない方が管理しやすいからな」
「こっちの生活やグローラット管理に慣れたら、いっきにグローラットの数を増やせるというわけだ」
「そして最後の欠点だが、ローランド様の匂いが完全に消えると、ローランド様が去ったと考えて、魔物たちが一斉にやってくる可能性がある」
「小物なら私とビボーンでどうとでもなるけど?」
「むしろいっきに叩いたら、廃墟に近づくことを警戒させるきっかけになるかもね」
置いた羽の匂いがなくなることも利点があるとフィリゲニスとビボーンが判断し、二人が言うならと進も賛成した。
ラムニーがピンを並び終えたのを見て、進がレーンの前に立つ。
とりあえず通常のボウリングと似たような投げ方でやってみようと、ボールを手のひらに乗せる。
「せーの、よっと」
振りかぶって転がした玉が微妙に曲がっていく。そして後方三つを残す形になる。
改めてやってみた感想は、子供に遊ばせるにはもう少し玉を軽くした方がいいかもなというものだった。
「それが正式な投げ方なのか?」
「俺がいたところだとこれに近い感じでしたね。でもこっちのボウリングと向こうのボウリングは微妙に違うから投げやすいやり方でいいと思いますよ」
「それでも一度はやってみるかな」
残りの三本めがけて進が玉を転がすが、外して終わる。
「とれなかったか」
進の悔しそうな顔からは接待プレイなど考えていないことがわかる。ローランドたちも手加減されても楽しめないので、本気でやるのは正解だった。
進がレーンから離れて、ローランドがレーンの前に立ってピンが並ぶまでに転がす素振りを行っている。
「羽を置くことに決まったんでしたっけ」
飼育場に関しての続きをガージーに聞く。
「そうだな。あとは飼育場の作りだが、俺たちの身長よりも深い穴をある程度広げたものをいくつか作りたい」
「広いものを一つだけじゃ駄目なんです?」
「暮らす場を制限すると、グローラットはその広さに合わせて子供を産む数を制限する傾向にあるんだ。広いものを一つよりは、ある程度の広さのものをいくつかという方が管理しやすい」
「匂いに委縮することもあって、最初はかなり緩やかに増えていくことになりそうですね。こっちに来る魔物が生活に慣れるという面ではその方がいいかもなぁ」
フィリゲニスたちを見ると、それでいいんじゃないかと頷きが返ってきた。
ガゴンと音が聞こえてくる。
「ローランド様、投げ方はどうでした?」
玉を持たずに投げ方の確認をしているローランドに聞く。
「まだなんとも言えんな。お前も試してみるといい」
「ええ、そうさせてもらいます」
その後もボウリングと並行して、グローラットの生態などを話してゲームが終わる。
結果はローランドの勝ちだったが、進たちと点数が離れてもいなかった。
接戦ということでローランドたちは満足できたようだった。
「楽しかった楽しかった。あとは飼育場の場所を決めて、今日はそれで帰るか」
片付けはラムニーがやるということで、任せて進たちは土地探しに移動する。
羽の匂いが抜けた頃に魔物の襲撃があるかもということで、畑の近くには配置できない。池から離れすぎるのも不便だろうと廃墟西側もなしということで、北か南に配置しようということになる。
どちらがいいかと考えて、南の方が少し池に近いため、そちらに配置することになった。
廃墟の南に開けたところを探し、瓦礫の撤去が少しだけでいい場所をみつけた。崩れかけの建物も近くにあって、それを修復すれば寝泊まりもできそうだ。
「瓦礫撤去はビボーンに任せて、建物修復はノームに、使えそうなものの探索はススムとラムニーとナリシュビーに任せる。それで私は穴掘りかしらね。どれくらいの広さを確保すればいいの?」
フィリゲニスに聞かれて、ガージーが風の魔法で地面にだいたいの広さを刻んだ。縦横十メートルを少し超える広さだ。深さは余裕をもって四メートルもあれば逃げ出せないということだった。
「穴の形はきっちり四角とかじゃなくていいのよね?」
「ああ。ただし斜面にすると逃げ出すので、壁と地面は直角にしてくれ。できるなら塀もほしいが木材が足りないだろうからな」
「塀もグローラットの逃亡阻止に必要なのかしら」
「いや、管理する魔物たちがうっかり落ちないようにだな」
「だったら土で作っておくわ」
こんなのでいいのでしょと、一メートルに満たない柵を魔法で作る。
それを見てガージーはOKを出した。
出入りを阻む頑丈さよりも、進行禁止の意味を持たせることが目的なので、土の柵で問題なかったのだ。
ローランドたちは今日の用事が終わったということで、日本酒をお土産にして帰っていく。
「私はゴーレムを使って瓦礫を撤去するわね」
ビボーンがやることを言い、進も探索のためラムニーたちを呼んでくることにする。
「じゃあ私は穴を掘り始める」
フィリゲニスとビボーンは瓦礫と土を集めるところを話し合う。
その会話を背に進はラムニーがいるであろうレーンに小走りで向かう。
ラムニーと合流し、手の空いているナリシュビーに声をかけて、飼育場近くの探索を開始する。
フィリゲニスたちもすでに作業を開始していて、ゴーレムや土でできた蛇が動いていた。
それぞれの作業を進めて、今日の仕事を終える。
夕食もすませて、中央の建物に女王とゲラーシーがやってくる。
「まずはこれでもどうぞ」
進はミードと日本酒を二人に渡す。
二人は礼を言って、一口飲み幸せそうに表情を緩める。
進たちもそれぞれコップに入っているものを飲み、話を始める。
「出発前に話したことは問題ない。作物の種や苗はもらえたし、作物の成長促進もしてもらえるわ」
ビボーンの発言に女王たちは嬉しげに頷く。
「作物は収穫の早いラディッシュや水菜、ニンニクといった味の幅を広げるものももらってきたから、食事がもっと楽しみになるでしょうね」
「ワタももらったし、油がとれるものももらってきたから、油絞り用の道具をどうにか作ってもらえないか。道具だけ作ってもらえれば、あとはフィリゲニスたちのゴーレムに作業してもらうし」
「俺たちがやってみようと思う。ようは思いっきり押しつぶせるものを作ればいいんだろう?」
「そうだね」
まかせなと言うゲラーシーに進も頼んだと返す。
「木綿は冬の対策に必須だし、油は料理以外に軟膏にも使えるし、明かりの確保にも使える。今から収穫が楽しみよね。ほかには果物の種なんかももらってきたから、甘いものも食べられるようになるわよ」
「ハチミツ以外の甘いものなんて初めてですね」
「ノームのところも野菜の甘さ以外に、甘いものなんぞなかったな。女子供が喜ぶぜ。しかし野菜ならともかく、果物の育て方なんぞノームは知らんぞ」
「ナリシュビーもですね」
「それに関しては頼りになる者が移住してくるわ」
新しく住人が増えるのかと聞いてくる女王たちにビボーンは頷いた。
「やってくるのは大妖樹と森にいた虫の魔物たちよ」
「大妖樹?」
聞き間違いかと再度聞いてみるが、ビボーンの口から出た名前は同じだった。
そんな大物が来て大丈夫なのかと女王たちは不安な表情を見せる。
それに大丈夫でしょと言ったのはフィリゲニスだ。
「ススムを気に入っているから、ススムが嫌がるようなことはしないわよ、きっと」
「なんでススムが気に入られたんだ」
「栄養豊富な土を提供できたり、雰囲気だったり、弱くて保護欲を誘うとか言っていたわ」
女王たちも土の提供は納得できるが、雰囲気や保護欲に関しては意味がわからないといった表情を見せる。
強者の考えることはよくわからないと追及しないことにして、魔物に関して聞く。
「虫の魔物だよ。詳しいことは俺たちもわかっていない。でもそのトップたる大妖樹が来るから暴れるようなことはないと思う」
「大妖樹はススム殿を気に入ったからなのでしょうけど、その魔物たちはどうしてここに来ることになったのですか?」
「んー、話していいと思う?」
進はフィリゲニスたちに聞く。
「いいんじゃないかしら。あれらが直接悪いわけじゃないとはいえ、変に隠すと悪い方向に勘繰られるでしょうし」
フィリゲニスの返答に、そっかと納得し進は虫の魔物たちが来ることになった理由を話す。
大妖樹を抹殺しようとした魔物がいることに、女王たちは無謀なことをと考えを一致させた。
「身近にいると俺たちとはまた違う考えを持つものなんだろうか」
「そうかも、いやそれでもさすがに大妖樹に挑むのは無謀としか言いようがないと思いますが」
ゲラーシーの言葉に一瞬同意しかけた女王はやはりないと首を振った。
身近にいるからそのすごさをよく理解できるのではというのが女王の考えだ。
実際には大妖樹という存在に慣れてしまい、表立って動くこともないので見くびった。強さを持たない以外に、身近過ぎた故に恩を仇で返すというような真似をしたのだ。
反旗を翻した魔物たちの考えなどが理解できなくても無理はない。庇護されてきた魔物たちと独立独歩だった女王たちでは生き方からして違っているのだから。
「馬鹿な真似をした。そんな感じで納得しておけばいいよ」
「そうですね」
「話を進めるよ。その魔物たちはまだ来ない。受け入れ準備が整ってないからな。受け入れるのは山の魔物が来たあとになると思う」
「彼らの家も準備しておいた方がいいのか?」
ゲラーシーの質問に進は少し考えて首を横に振った。
「森の魔物がどんな暮らしをしていたか知らないから、大妖樹が顔を出したときに聞くことになると思う。家を準備するにしても動くのはその後かな」
ビボーンたちに確認して頷きを見たあと、進は話を続ける。
「大妖樹だけど、枝をもらってきて裏の溜池に浸してある。根が少しでてきたら、そのまま溜池近くに植えることになっている。根付いたら顔を出すと言っていた」
「わかりました。容姿はどのような感じですか?」
幼い外見で、見慣れない服を着ていて、枯れ葉色のポニーテールだと説明する。
そのような少女が出歩いているのを見て、仲間が粗暴な態度で絡まないように警告しておくと女王たちは頷く。
なにがイコンの気に障るかわらかないので、それが良いとビボーンも頷いた。
「ほかになにか連絡することはあったかな」
首を傾げた進に、ゲラーシーは種などはどういった扱いにするか聞く。
「どういった扱いというと?」
「今のところ畑仕事はノームとナリシュビーの共同作業だ。俺たちで種を管理するのか、畑の準備が整うまではそっちで管理するのか。畑ができた後はどうするのか」
「種に関しては、畑ができるまではこっちの部屋に置いておくよ。でも苗はさっさと植えてしまわないと枯れちゃいそうなんで、そっちに渡すってことでいいんじゃないかな」
フィリゲニスたちはそれでよいと同意する。
「農作業が本格的に動き出すと、いちいちこっちに種を取りに来るのも手間だろうから、そうなったらそっちに任せていいんじゃないか?」
「わかった。なにも問題なければそれでいく」
「苗は今持って帰る? それとも明日の朝人をそろえて取りに来る?」
「一人で持ち帰れるなら持って帰るが」
一人では少しばかり多いので、明日の朝取りにくるということになる。
「私からも質問よろしいでしょうか」
「いいよ」
「作物の成長を促進するという話ですが、速度はどれくらいなのでしょうか」
「栄養を準備できる俺が協力すると二倍になるという話だった」
「畑が半分の時期で空くということですか、空いた畑に時期に合わせた作物を植えたら収穫は単純に二倍。うっかり収穫時期を見誤らないようにしなくてはなりませんね。遅れると作物が駄目になることもありえますし」
「急ぎ収穫する必要のあるものは皆でやることにした方がいいか」
「そうした方がいいと思います」
ひとまず話し合いはここまでとなる。
もらってきた種や苗の収穫時期や育成に関する注意事項などは、イコンも交えて話した方が確実だろうとまた後日話すことになった。
話し合いのあと、体をふくための水を壺に入れるため進とフィリゲニスが溜池に行く。そのついでに枝の様子を見る。
「あ、少しだけ根のようなものが出てきてる」
「あら、ほんと。明日には植えて問題なさそうね」
そして翌朝、朝食後に溜池に行くと昨夜出ていた根がちょろちょろと伸びてきていた。
枝を水から出して、溜池周辺の土を進が変化させる。
そのあとはフィリゲニスが魔法で穴を開けて、二人で枝を植える。
途端に枝がひとりでに揺れた。黒い土がじょじょにもともとの荒れた土に戻っていく。同時進行で、細い枝が成長していく。溜池の水を吸っているのか、水位がほんの少しずつ下がっているようにも見える。
完全に土の栄養がなくなる前に、進が魔法を使う。それを三度繰り返すと、枝は二メートルほどの木に成長し、そこで静かになる。
「急成長はこれで終わりみたいだな」
「さすがに本体と同じくらいまでは成長しないわよね」
あとは二人にできることはなく、イコンの仕事だろうとその場から離れる。
今日も芋収穫や飼育場近隣の探索といった作業のためそちらへと向かう。
二人が去って一時間ほどして、木に一つの実がなった。それはドングリよりも少し大きくなると粉々に砕けて、緑の光を放つ。夜ならば目立ったかもしれないその光は人型をとり、イコンの容姿になる。
イコンは進の気配を探り、気配のする方角へと飛んでいった。
見つけた進に嬉しそうに声をかけるイコンと渋い表情になったフィリゲニス。
ラムニーやビボーンはナリシュビーたちに誰なのか聞かれて説明する。
ナリシュビーたちはあれがイコンの分身なのかとちらちらと見ていた。あまりまじまじ見ては不快に思われるだろうという考えだが、ちらちら見るのも似たようなものだった。
イコンはそういった視線も仕方ないとスルーして、進に構っていた。
イコンはずっと進のそばから離れず、離れたのは夜に進とラムニーがいちゃつき出したときだ。手を取って寄り添うくらいで過激なことはやってなかったのだが、それでも刺激が強かったらしい。
その話を聞いたフィリゲニスは夜の時間を邪魔されなさそうでよかったと安堵した表情になるのだった。
感想と誤字指摘ありがとうございます