41 森からの帰還
朝になり、進たちは朝食を終える。イコンへの栄養補給も今日で終わりだ。
さっさとすませてしまうかと話していると、サイが虫の魔物を一体連れて戻ってきた。甲虫系統の魔物で、落ち着いた茶色の体色だ。頭部に角があり、カブトムシに似ていた。
フィリゲニスたちは少し警戒していたが、進は特撮に出てくる怪人みたいだなとずれた感想をもつ。
「御婆様。彼が話したいことがあると」
「なんのようかの?」
虫の魔物は声をかけられるとその場に両膝をついて跪いた。
「このたびは我々の群れの者が迷惑をかけてしまい。大変申し訳なく」
発せられた声は老いた感じだった。
「ああ、あやつらの関係者か。謝罪は受け取ったし、罰も既に受けておる。気にせず過ごすとよい」
「そう言っていただけるのはとても嬉しいのですが、止められなかった我らにも罰は必要だと思うのです」
「ふむ」
罰を求める魔物をイコンはじっと見る。
「わしが許しても、同族たちが責めるか」
魔物はビクリと体を揺らして、頷いた。
こうしてイコンから許しを得られたことで、この森で過ごすことに不都合はない。しかしイコンに反旗を翻すということをやらかした者たちに近しいということで、ほかの魔物たちからの視線が厳しく居心地の悪いものになっている。
だから彼らは罰を求めた。しっかりと罰を受けさえすれば、その視線がなくなるだろうと。
「罰か……」
イコンとしては動いた者たちはすでに死んでいるので、それで良しという考えだ。さらにその関係者に罰を与えないでもと思う。ちらりとサイに視線を向けると、彼女も困った感じだった。サイも警告はするけれど、罰まではと思っているのだろう。そもそもやらかした者には直接罰を与えているので、近しくとも反逆を考えていない者ならば罰を与える気はなかったのだ。
どうするかとイコンは考え、周囲に視線を向けて、進が目に入る。
「……そうだな。一つ思いついた」
「それはどのようなものなのでしょうか」
「思いついたが、ちょいと許可を得る必要があるものでもある。ススム、そちらの集団にこやつらを所属させてもよいだろうか」
「うちに?」
ここまで傍観者だった進たちは急に話を振られて驚く。
ビボーンがすぐに返す。
「すぐには無理でしょうね。食べるものがないから」
「それらが整えば大丈夫ということかの?」
「ええ、人手を必要としている状態だから住人が増えるのは歓迎よ。ただし暴れられるのは困るけど。あと環境が合うのか疑問なのだけど」
森で暮らしていた魔物たちが、荒地と言っていい廃墟でやっていけるのか、そこが疑問だ。
「わしもそちらに顔を出すからの、無意味に暴れるようなことはさせぬよ。環境に関しては、極端に暑かったり寒かったりしなければ平気じゃ」
「ススムたちはどう思う?」
ビボーンに聞かれた進たちは、暴れないなら問題はないと移住を認めた。
というわけでとイコンは魔物たちに視線を向ける。
「彼らの集団に一時的に所属ということで決定だ」
「この森を追放ということでしょうか?」
「いや、一時的と言ったじゃろ。ある程度彼らの住居が形になれば、ここに戻ってくることができる」
労役という罰だ。一時的に故郷を追放し、働かされることで罰を与えたということにする。
あとは同族たちから距離を取らせるという理由もある。ある程度時間が経過すれば、居心地の悪さも和らぐだろうと考えたのだ。
イコンも向こうに行くので、魔物たちの様子を見ていられる。なかなか良い提案ではないかとイコンは思う。
進たちが山の魔物を受け入れるという話を聞いていなければ、思いつかなかった提案だ。
「わかりました。それを受け入れます。出発はいつになるのでしょうか。あと彼らの住居までの道のりはどのようになっていますか?」
「出発は彼らの受け入れ準備が整ってから」
どれくらいかかりそうだとイコンに尋ねられ、進たちは顔を見合わせて話し合う。
「十日とかじゃ無理。一ヶ月二ヶ月くらい先かもしれない」
「ということらしい。移動は烏の坊やに頼んで、あちらに運んでもらおうか。ここから廃墟まで徒歩で向かわせるのはさすがにな」
到着までに脱落者が多く出そうなのだ。廃墟で働いてもらいたいのに、死なれるのは困るし、罰として厳しすぎる。
ローランドたちには食料や薬の素材を対価として渡して運んでもらうつもりだ。
「時期が来たら知らせる、それまで出発の準備を整えて森で過ごすように」
「はい」
頷いた魔物は沙汰を待っている同族のもとへと戻っていく。
木々の向こうに魔物が消えると、イコンが進たちに詫びる。
「朝から急に頼み事してすまんな」
「いきなり移住してくる魔物が増えたことは驚きだけど、どうしてまたそんな話に? なにかもめごとがあったみたいだが」
進の疑問に、少しだけ迷った顔をしたイコン。
「虫の魔物がちょいと派手に問題を起こしたのじゃよ。問題を起こした者たちはすでに死んでおる。じゃがそれでは納得できなかった者がいて、問題を起こした家族にも厳しい視線を向けておるようじゃ」
「死んで終わりじゃないって、どんだけ派手なことをやったのか」
「わしを殺そうとしたのだよ」
そこまで派手なこととは想像しておらず、進たちは絶句した。この森の支配者たるイコンに、どれほど不満があったら力量差も気にせず戦おうとするのかと。
「植物系の魔物以外は冷遇していたのか?」
「いんやそういうことはないぞ。むしろ関わらせなかったからじゃないかと思うておる」
昨夜サイにも話したことを進たちにも話す。話しながらいい機会だと考えた。
自身が森の外に目を向ければ、森の中へと注意を払う機会が減る。サイなどもいるのでそれだけで森の状況が揺らぐことはないが、それでも注意が行き届かないところもでてくるだろう。そういった場所の見回りといった作業を虫の魔物たちに割り振って活動の場を与えようと考えたのだ。
サイにそれを伝えると、早速虫の魔物たちに知らせてローテーションや見回りの場所を決めておくように知らせてくると言って離れていった。
「これで上手くいってくれるといいがの」
「見回りなら失敗しても修正効くんじゃないか」
「そうだの」
いきなり結果を求めるのではなく、少しずつ改善していけばいいとイコンは長い目で見ていくことにする。
長寿の種族の長い目はかなりの年数をかけそうであり、それだけ時間をかけるなら成功する可能性が高いだろう。
不意に周囲が暗くなる。進が空を見上げると、ローランドたちが人へと姿を変えているところだった。
地上に降りてきて帰る準備は整っているか進たちに聞く。
「魔法をかけて、持って帰るものをまとめたら帰れますね」
「それじゃまずは魔法か?」
そうですねと進は頷いて、地面に魔法をかける。豊富な栄養をイコンは吸い取り、また進が魔法をかけていく。
大妖樹全体に葉が茂り、全盛期ほどではないが、それに近い姿となる。
幹の中にあった外からは見えない亀裂なども塞がり始めていて、注がれた毒も打ち消されていき、活力ある雰囲気を放ち出す。
そういった雰囲気を感じ取ったか、森の植物たちが歓喜の声を上げるようにざわめいた。
「婆、以前の感じに戻ったな。これで人間どももまた警戒態勢に戻るだろうさ」
「また元気になれるとはね。ありがたいことだよ」
イコンが腕を振ると、バキンと音が聞こえてきて、一メートル弱の枝がゆっくり落ちてくる。
「これを拠点に植えておくれ」
「畑の近くとかがいいのかしら」
ビボーンが植える位置を聞くと、どこに植えても成長促進の効果は届くので、進の住んでいる家のそばがいいと答えた。
それを聞いてフィリゲニスは入り浸るつもりだなと思ったが、どこに植えても入り浸りそうだし反対しても無駄だと口を閉ざしたままだった。
拠点の溜池のそばに植えることにして、種などと一緒に持って帰ることにする。
まとめた荷物は植物の魔物がリレーで森の外へと高速で運んでいった。ここでガージーの背に乗せるには狭いのだ。
「俺たちも外に向かうか。魔法で空に飛ばすぞ」
いくぞとローランドが声をかけて魔法を使う。
途端にポーンと進たちが空へと放り出された。くるとわかっていても、空中に吹っ飛ばされると驚くもので自力でどうにもできない進とラムニーはあわあわした様子で焦りの表情を見せている。
二人が慌てている間にガージーが四人の下で変身を解く。
ぼふんとガージーの背に落下して一息ついている間に、森の外へとすぐに到着する。
「スリリングだった。こんな機会がまたあるなら、別の手段がほしいよ」
「そうですね」
地面に降りて進とラムニーはほっと息を吐く。
「手荒じゃの。二人とも大丈夫だったかい」
飛行速度についてきていたイコンが労わりの声をかける。
「そう何度も経験したいことじゃないな」
そう言いながら進は周囲を見る。運ばれた荷物は見当たらない。
荷物は急ぎで運ばれているとはいえ、まだ到着していないようで近辺の風景を見ながら時間を潰す。
森から出ると廃墟と同じように荒れた光景が広がる。骨もちらほらと見える。この骨は森に入った魔物のものだった。森から逃げ出すだけで力尽き、ほかの魔物の餌となった。森の中のことを知らない魔物は、森の中の生き物たちにとって餌でしかなかったのだ。
そんな森で森林浴をしたと進が人間たちに言っても信じてもらえないだろう。
ボウリング以外にどんな遊びがあるのかといったことを話題にして暇を潰しているうちに、荷物が届く。それをガージーの背に載せる。
「ではまたな」
すぐに会えるためか軽い感じでイコンは進たちを見送る。
「私としてはもうずっと会えなくていいんだけどね」
「そう言うな。これから長い付き合いになるのじゃから、仲良くやっていこうではないか」
フィリゲニスの言葉を笑って流す。
まったくこたえないことにフィリゲニスは溜息を吐いて、ガージーに乗る。
進たちもそれぞれイコンに声をかけてガージーに乗った。
ガージーが羽ばたき空へと舞い上がる。
あっという間に飛んでいった進たちをイコンは見送り、見えなくなると森へと向く。早く枝が根付かないかとわくわくしながら高速で飛び、本体に帰っていった。
感想と誤字指摘ありがとうございます