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40 夜の秘め事

 大妖樹が地面から出した根にひっかけられたハンモックで進たちは寝ている。ローランドとガージーも泊まっていて、ナッツをつまみにして進が変化させた日本酒を堪能していた。

 進の寝顔を、椅子型にした根に座り、イコンが飽きもせずに眺めている。

 気持ちよさそうに寝ている進に触れてみようと手を出しかけてひっこめる。そしてまた眺めて、触れようとして止める。一晩中そんなことを繰り返していた。

 ニコニコと楽しそうな表情から、進への好意が本物だとわかる。

 フィリゲニスも好意を持つのは早かったが、イコンはそれ以上だ。

 これには理由があった。

 女神ヴィットラが召喚された者たちに与えた幸運が原因だ。

 もとから出会いを求めていたイコンに、第一印象を良くするという幸運が見事に刺さって現状となっている。

 与えられた幸運は強制力というほどのものもないので、イコン側の求める心の強さが大きな要因だろう。

 寂しさを抱えていたフィリゲニスも同じくらいの速度で好意を抱きそうなものだが、封印された経緯で多少ながら人間に警戒心を持っていたため即座に惚れるなんてことにはならなかった。

 イコンが結局眺めたままで朝日が昇り、森の中も明るさを増していく。

 大妖樹のそばでは人間にとって過ごしやすい空気で満ちており、進たちは心地よい目覚めを迎えることになる。対照的に南東側から侵入している無謀な人間が深い眠りについている。

 そんな物騒なことになっていると感じさせない笑顔でイコンが進におはようと挨拶している。

 進たちが果物などで朝食を取り、一緒にイコンも朝食を取りたいということで、地面に二回魔法がかけられた。

 朝食が終わると、暇だろうということで、イコンの案内で散歩に出る。

 ローランドたちは仕事があるということで一度北の山に帰っていった。護衛はイコンがやってくれると確信を抱いたので任せた。


「案内といってもそれほど見どころなんてないのじゃがな」

「この森を安全に歩き回れるだけでも十分だと思うわ」


 ここらの危険性を熟知しているビボーンが言う。ビボーンの知るこの森は、奥へ一歩踏み込むたびに寿命が削れていくと言われるほど、人間にとって厳しい環境なのだ。このように森林浴ができるとは思ってもいなかった。


「そんなに危険なところなのか」

「私が聞いた話だとこんな普通の森じゃないわよ」

「人間の客を迎えるということでここらは環境を変えておるからな。ありのままにするとススムやラムニーなどは一時間もせずに死体となって転がっておるじゃろうて」

「環境変えすぎて、イコンたちには不快な状況になってないか?」

「多少過ごしにくさはあるが、不快とまではなっておらんよ。人間でいうなら、暑い寒いといった差じゃろうか」


 むしろたまにはこういった環境も刺激があって良いものだと、森の住民からは好評だった。

 森のどこになにがあるのかイコンに説明を受けながら、進たちは北エリアを中心に歩いていく。南は兵たちへの対策のせいで進たちは近づけない。

 

「少し行ったら泉があるからそこで休憩にしようかの」


 泉のそばに座り、進たちは今後大烏公とどのように交流していくのか聞かれる。

 それに対して特にこれといった回答はできなかった。特別な交流は考えていないのだ。


「外と交流するよりも、廃墟の生活環境を整える方が先だからねぇ」


 ビボーンの返答に、進たちは頷く。


「ここに来たのも作物の成長を促進してくれるようになるって聞いたからですので。そういえば成長促進は魔法かなにかでやってもらえるのかしら」

「わしの力を注いだ枝を持っていって、廃墟に根付かせるのだよ。その枝を通して、わしの力が廃墟に広がって作物に影響を与えるのじゃ」

「ここと廃墟はそれなりに離れているけど、大丈夫なの?」

「根付かせてくれれば大丈夫」


 名の知られた魔物は伊達ではない。きちんと自身の一部が大地に根付いたのなら、森から廃墟の距離くらいは力が届くのだ。さすがに大陸の東端とかは無理だが。

 枝がある程度成長すれば、力のやり取りも楽になる。枝の成長も進がいれば問題ない。土の栄養をガンガン吸って大きくなれるのだ。


「たしかお主らの食べ物を増やしたり、食料用ネズミの餌のため、作物を増やしたいという話じゃったな」

「はい、そういったスケジュールですわ。成長促進はどれくらい収穫の時間を縮めることができるのでしょう?」

「普通なら四分の一ほど縮めることができる」

「普通なら?」

「大地に負担をかけすぎぬよう、早くしすぎないようにしておる。しかしススムがおるなら話は別じゃ。いくらでも栄養を準備できるから、半分ほどに縮めることが可能だと考えておる」

「はー、早い」


 感心したように言った進は、芋の収穫がさらに早まりそうだと思い、一応今後飢えることはなくなりそうだと確信を持つ。

 あの芋だけではなく、これから植えるものもナリシュビーが植えた花も収穫が二倍になるということだ。あそこに住む者たちにとって朗報だろう。


「今後住人が増える予定なので、収穫が増えるのはとてもありがたい」


 ネズミ管理のため山から魔物がやってくるといった話をする。


「魔物も受け入れるのか」


 ビボーンが頷く。


「暴れないことを条件にしていますけどね。戦えない人もいますから」

「俺とかラムニーとかだな。ほかにもわりといる」

「ススムも戦えないのかい。そういったところも保護欲をさそうねぇ」

「私が守るから大丈夫」


 進はフィリゲニスに抱き寄せられた。


「おぬしがそばにいられないときもあるじゃろ。人手は多い方がよい」


 ないと言いたかったが、先の廃墟襲撃のことを思い出しフィリゲニスは悔しげに小さく唸る。


「消極的賛成も得られたようじゃ。これで廃墟でも大手を振って一緒に行動できるのう」

「一緒に行動できんの?」


 進の疑問にイコンは頷く。

 今出している体のように、枝が根付けばそれからも体を生み出せるのだ。

 といっても本体が生み出す体ほど力はないし、作物成長に特化させるつもりなのでさらに戦闘力は落ちるだろう。しかし意思は本体と同調させるので本人のものだ。

 戦闘力を持たせてもいいが、作物成長に特化させた方が進は喜ぶと考えている。


「行動範囲はどんな感じなんだ?」

「そうさの……廃墟に植える予定のものから一日離れるということはできんじゃろうな。徒歩十時間くらいの距離が行動範囲じゃないかの」

「廃墟の中は自由に動けるって感じか。この森の中も似たような行動範囲なのか?」

「この森には、いくつも枝を植えておる。だから森の隅々までいけるぞい」


 それらの枝も今では立派な木として成長している。一番古いものだと千年以上というものもあった。

 今回の人間の侵略でそれらが二本切り倒されており、高品質な素材として運ばれていた。本体の弱体化の影響を受けていなければ、最上品質の評価を受けていただろう。

 休憩は終わり、さらに周辺をうろつく。

 昼食も散歩先で食べる。植物の魔物が仕留めた兎を使い、肉料理に適したハーブなどをイコンの許可をもらって採取し、調理する。

 ハーブ焼きと果物を食べて、昼からは廃墟に持って帰る種や苗を探しつつのんびりと来た道を帰る。

 イコンに聞けばなにがあるのかわかるため、採取は楽だった。

 収穫の早い作物やハーブや香辛料といった味に関わるものだけではなく、油がとれる植物も紹介してもらえたのは運が良いといえるだろう。いっきに料理方面の幅が広がっていく。サトウキビかテンサイがみつかればさらに嬉しかったが、それはないということだった。

 サトウカエデはあるが、進の変えた土はそれが育つに適した土壌なのかイコンが調査したあとに植林することになる。

 食事方面以外では木綿が取れる植物ももらえることになる。これでクッションの数が増えるだろうし、冬用の衣服も準備できそうだった。

 夕食時にも地面に魔法をかけて、イコンは一緒に食事を取る。ますます大妖樹に葉が茂り、森の魔物や外の人間に元気な姿を見せつける。

 この地の支配者の復活に、植物も植物の魔物も歓喜していた。


 ◇


 深夜。皆が寝静まっている時間に、森の中を走る十以上の影がある。暗いなか草むらを駆け、段差を飛び越え、木々の間をすり抜けていく。低空飛行で飛ぶ者もいる。

 森の中を動き慣れた者たちで、その姿は人型ではあるが、人間ではない。

 枝と木の葉を通り抜けた月明りが彼らを照らした。その容姿は、複眼と関節肢を持つという虫の魔物のものだった。特撮ものに出てくる怪人がイメージしやすいだろう。

 人間と比べてその表情は読みにくいが、それでも必死という雰囲気は感じ取れた。


「まさか大妖樹が復活するとは」

「せっかくあそこまで弱らせたというのに」

「あのまま朽ちてしまえばよかったものを」


 魔物たちは口々に大妖樹へと怨嗟を口に出す。

 彼らは大妖樹の支配下にあることを不満に思う者たちだ。

 イコンが彼らを冷遇しているというわけではない。虫の魔物にも現状に満足している者はいる。しかし自分たちが上でないと我慢ならないという者はいるのだ。

 

「この森はいつまでもあれのものではない」

「そうだ。自由を我らの手に」

「弱っている今が最後のチャンスだ。完全に回復する前に我らの手で大妖樹を切り倒すぞ」


 魔物たちが「おう」と返事をする前に、女の声が響く。


「まずは見事と言っておきましょうか」


 声のあとにふわりと上空からサイが降りてきた。着地に合わせて金の髪がふわりと広がり、元の形に戻る。

 虫の魔物たちは一斉に足を止め、すぐにでも戦えるような体勢を取る。


「まさか御婆様にも悟らせないように害をなすとは」

「虫を使えばどうとでもなった。地下から毒をもった虫に根を齧らせたのだ。ほんの少しずつ齧らせれば大妖樹も気づくことはなかった」


 幹に近い根を齧られればイコンも気づくことができたが、虫が根の先を齧る程度なら気づかなかったのだ。小さな虫が自身に近づくのはいつものことなので放置していたという理由もある。

 もともとここ数年イコンは調子を崩していて、そこをチャンスと見た虫の魔物たちは、いっきに毒を盛らずに一年以上の時間をかけて少しずつ毒を盛っていったことで弱らせることに成功していた。

 この計画立案も毒虫の用意も森から離れたところで行われていた。森の中で立案すれば、植物の魔物たちは気付くことはできた。気づかれると予想できていたので、虫の魔物たちは鉱石を集めるといったふうに用事を作り、森から離れたのだ。

 少し行動がおかしいなとサイも思ったが、たまには変わった行動もするだろうと流していた。気づけたのはごく最近のことだ。人間の軍がやってきて、この魔物たちが落ち着きをなくし隙を見せたことで気づけたのだった。


「人間どもがあのまま森を荒らして、そのまま大妖樹とも対決してくれれば我らは労せず森を手に入れることができたというのに」

「あのままいけばこの森は人間たちが手にしていたと思うのだけど」


 サイが予想を口に出す。


「さすがに大妖樹と対立して人間どもも無傷とはいかんだろうさ。疲弊したところを我らが強襲すればよい」

「その後さらにやってきた人間の軍に蹂躙されそうだけどね。まあ、それを言っても意味ないわね。あなたたちはここで終わりだもの」

「たがか一人で我らに敵うと思うてか。大妖樹の前に切り刻んでくれよう」

「私だってそれなりに長生きしているのよ? あなたたち若造くらい容易く蹴散らせるわ。かかってらっしゃい、お馬鹿さんたち」


 嘲笑い、手招きするサイに虫の魔物たちが飛びかかっていく。

 サイの本体はここにはなく、本体を使った攻撃はできず、ほかの植物の魔物に助けを頼んでもいない。魔法のみの戦いになる。

 されど苦戦することはなかった。

 風が虫の魔物たちを叩き伏せ、土の牙が彼らを捕らえ、氷の槍が彼らの胴を貫いていった。長く生き、力を蓄えたのは伊達ではないのだ。

 虫の魔物たちはほぼ同時に絶命することになった。

 残った死体は土の中に取り込まれていき、地中で押し潰され栄養となる。


「私に勝てないのに、弱っていたとはいえ御婆様に勝てるわけがないでしょう。なぜそれがわからないのかしら」


 心底不思議そうに首を傾げた。


「もう何年もわしが戦うところを見せなかったからじゃろ」

「御婆様」

「近年はおぬしたちが前に出て、それで十分じゃった。だからあやつらはわしの力が大きいとわかっても、どれだけ大きいのかわからなかった。その差を理解していればこんなことはせんかったろうに」


 イコンは悲しげに魔物たちが埋まったところを見る。

 

「差を理解できないほど弱いことが原因じゃありませんか」

「そう言ってやるな。森の争いは我らが対処すればどうにでもなった。それゆえに彼らは強くなる機会を得られず、むしろ奪われて弱体化してしまった」


 イコンはもう少し同族以外にも任せるべきだったかと反省する。


「それにしても御婆様。本当に毒を盛られたことに気づかなかったのですか?」

「虫に葉を食われるのも、樹液をすすられるのも、根を齧られるのもいつものことであろ。いちいち気にせんわ。お主でもそうじゃろ?」

「まあ、そうですね」


 イコンの言うように虫が本体に近づくのはいつものことなのだ。


「虫の魔物の処遇はいかがなさいますか」

「放置でよい。動いた者はおぬしが処分した。それで終わりじゃよ」

「ほかに似たようなことを考えている者がいるかもしれませんよ?」

「動いた者はわしが弱っているから動いたのだろうよ。元気になった姿を見せれば、動けようもないさ。それにまた毒を盛られても元気になった状態ならば無効化できる」

「二度目はないと警告するくらいはよろしいですか」


 敬愛する長を害されてこのままになにもせずにいたくなかった。少なくとも植物の魔物たちは今回のことに怒りを抱いているとはっきり示したかったのだ。

 

「好きにするとよいさ」


 頷いたサイが飛び去っていく。

 それを見送ってイコンも本体へと飛ぶ。進の寝顔観察に戻ったのだ。

 森で起きた問題は、客である進たちに知られることなく終わる。

感想と誤字指摘ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] 大妖樹の不調はそもそも調子が悪かったことに加えて虫の魔物のちょっかいが合わさった上でのものだったんですねー 人間が手を出してこない領域を自分らから減らそうってのは同族からも恨まれてそうだなー…
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