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38 大妖樹

 少し時間が流れて、進たちがボウリング用の場を整えていると大妖樹の森に行くためにローランドたちがやってきた。

 ボウリング玉の転がり具合をテストしていたところを不思議そうに見てくる。


「それはなにをしているんだ?」

「遊びのために作ったもののテストですね」


 テスト用としてレーンはとりあえず一つだ。

 レーンは木材など無理なので、石材になっている。石を切り出したのではなく、フィリゲニスが魔法で一枚板に変形させた特別製だ。

 最奥は直立した壁ではなく、玉の勢いを殺せるように登り斜面になっていて、両端の溝に誘導できるような角度をつけている。溝も手前に下るようにわずかに角度をつけていて、落ちた玉が戻ってくるようにしている。

 地球のボウリング場のようにツルツルの床を用意はできなかったので、競技としては若干地球のものと違った感じになるだろう。

 床を滑らせるように投げるのではなく、転がすように投げなければ摩擦の関係で勢いがなくなったり、曲がりすぎたりするのだ。

 できるだけ摩擦が減るようにはしたが、それでも地球のレーンほどにはツルツルにするのは無理だった。


「どういった遊びなんだ? 見ただけじゃよくわからん」

「この玉を転がして、このピンを倒した数を競うんですよ」


 実物を見せて、簡単にルールを説明していく。


「投げて倒したちゃいかんのだな」

「それをするとピンも床も壊れますし。いちいち修理しなくちゃいけなくてめんどうだ」

「一度やってみたいな」


 進の持っていた玉を受け取り、ローランドは興味深そうに言う。


「これから出発でしょうし、遊ぶ時間なんてないでしょうに」

「少し遊んでいく時間くらいならあるさ」


 ということでフルではなく、五フレームのミニゲームをやっていくことになる。

 対戦はローランドとガージーで、進はピンを立てる係としてビット側に移動する。

 奥にいる進が怪我をしないように、ピンが壊れてしまわないように、全力で投げないよう忠告されてゲームが始まる。


「まずは真ん中を狙って転がしてみるか」


 力を入れすぎないようにと意識してローランドは下投げで玉を転がす。

 意識しすぎたのか、玉の勢いはそれほどなく、狙い通り真ん中を通ったものの六本倒れて第一投は終わる。四番六番七番十番のビッグフォーという形で残る。


「もう少しだけ強めでもいいか」


 ローランドは六番十番の二本めがけてボールを転がす。

 勢いは少し強めで、ピンめがけてまっすぐ進むかと思われたが、重心の関係でじょじょに曲がっていきガーターになる。


「第一フレームは六本! 交代!」

「むう、意外と難しいな」


 進がピンを立て、ビボーンが地面に倒したピンの数を記録する。

 次にガージーがボールを持って転がす。ローランドを見て、両端を残すと全部倒すのは難しいと思い、まずは片方を残せるように投げる。そのおかげか右奥の六番九番十番が残った形になる。そして二投目はその三本を倒してスペアをとった。

 ガージーがローランドを見て、ふっと笑みを浮かべた。

 それを見てローランドがイラッとした様子を見せたが、不敬と処罰する様子はない。こういった遊びの場ではある程度のなれなれしさは許しているのだろう。


「次はより多く倒す!」


 気合が入ったローランドだが、五フレームが終わって、負けという結果に終わった。


「もう一回やるぞ! 次はガージーに勝ーつ!」

「ちょこちょことミスのあったローランド様が、私に勝つことなどできますかね?」


 煽るガージーに燃え上がったローランド。それを見つつ進が出発しないでいいのかと聞く。


「向こうを待たせることになると思いますが?」

「うっ……もう一回。もう一回だけなら大丈夫だ!」


 本当だろうかと進はガージーに視線を向けた。そのガージーも乗り気だったので、疑問に思いつつももう一戦開始する。

 二戦目はローランドの勝利だった。だが圧勝というより、ガージーの点が低く、手を抜いたのではとローランドに追及されていた。

 そろそろ進たちが出発ということで見送りに来ていたナリシュビーの女王やゲラーシーは、圧倒的強者が見せる普通の様相を意外そうに見ていた。彼らはいつでも超然としていて、こういった遊びで熱くなったりしないと思っていたのだ。


「手加減なんてしていませんよ。玉選びに失敗しましたね。玉の動きが難しいです、これは。どれがどういった動きをするか覚えておかないと」

「本当か?」

「本当ですって。いつまでも疑っていないで出発しましょう。いい加減出ないと大妖樹様を待たせることになりますよ」

「むう、また今度勝負だからな」

「はいはい。皆さん、お待たせしました。少々夢中になってしまい、お恥ずかしいところをお見せしました」

「遊びでももっと余裕をもってやると思っていました」


 思わずナリシュビーの女王が言う。言ってから不敬かと少し慌てる。

 そんな女王にガージーは笑みを向けた。


「気を抜いているときは、大抵こんな感じですよ。いつも気を張るなど面倒なだけ。さて出発するので背に乗ってくれ」


 ガージーが変身を解き、その背に進たちが乗る。

 ローランドも変身を解いて飛び立ち、ガージーも続く。

 移動のついでに地理を把握しておこうと、進たちは周囲を眺める。

 ラムニーにとっては羽を失ってから久々の空だ。しかし以前と違いもある。それは魔物に襲われる不安がないということ。空はこんなに広く青いものだと、改めて感じられて、空を初めて楽しんでいた。

 空の旅は三時間ほど続く。到着の一時間前には遠目に巨大な森が見えていた。近づくとその中央に一際大きな木が見えた。あれが大妖樹だとローランドが進たちに教える。


「この姿で降りられるところなどない。だから上空で人の姿になるが、お前たちを落とすわけじゃないから慌てないでくれ。こっちの魔法でゆっくりと落ちるようにする」

「ほんとに大丈夫ですか?」


 不安そうに聞く進に、私もフォローできるからとフィリゲニスが声をかけた。

 それならと進も少しは不安が晴れた様子になった。

 大妖樹の近くまで来たところでガージーが一声かけて、人に変化する。

 背に乗っていた進たちは自由落下とはならず、ゆっくりと落ちていく。

 フィリゲニスとラムニーの手を握って不安を晴らしていた進も、徐々に緊張を緩めていく。

 そのまま一行は枝の間を抜けて、地面へと降り立った。

 

「婆、見ているんだろう。姿を見せろ」

「婆と呼ぶでないわ、烏の坊や」


 ローランドが目の前の巨樹に声をかけると、幹をすり抜けて少女が出てくる。

 すぐに進が和装に反応する。


(大妖樹は日本に関連する? もしくは偶然? 俺をこっちに呼んだ存在だったりする?)


 初対面の男に熱心に見られた大妖樹は照れたようにはにかむ。

 そんな進と大妖樹の様子に気づいたフィリゲニスが、頬を少々膨らませて進の腕を取る。


「ススム? なにをそんなに熱心に見てるの?」

「ん? ああ、あの子の着ているものが俺の故郷に昔からあるものと同じなんだ。だから故郷となにかしらの関係でもあるのかと」

「たしかに変わった服よね」

「あれはこの大陸では見ない服装だな」


 ローランドも珍しいものだと頷いた。


「これかの? これは昔大陸外から流れてきた船に乗っていた服らしいぞい。それを気に入って身に着けておるだけじゃよ」


 くるりとその場で回転し、全体を見せる。

 大妖樹も着物そのものは見たことがない。たまたま服装の本を手に入れて知ったのだ。

 自身の魔力を糸となし、それを編んで、着物にしたものを着ているのだ。


「難破してきたんだろうな。外からくる方法なんぞ、それくらいしかないはずだ」

「そうじゃな。その船には生きている者はおらんかったそうじゃ。船自体もぼろぼろだったそうだ」

 

 もう五百年以上前の話だ。今も浜に船の破片が流れつくことがあるが、荷物などが流れついたのはそれが最後だ。多くの品が海底に沈んでいるのだろう。

 

「おお、そうじゃ。まだ自己紹介もしておらんかったのう。わしは大妖樹。イコンとも名乗っているが、大妖樹の方がよく知られておるな」


 進たちも自己紹介を返す。

 名乗った進にずいっと近寄りイコンは間近で見る。鮮やかな緑の瞳が興味深げに煌めく。近づかれた進は思わずのけぞる。


「お主が栄養を与えてくれるという。ほほう……うむ、よいな」


 警戒したフィリゲニスが進の腕を取って引き寄せた。


「お主は?」

「ススムの妻よ」


 そう言うフィリゲニスの背後で、ラムニーもそっと進の服の裾を掴んでいた。


「なるほど結婚しておったか。だがしかしそれもよかろ。わしは独り占めしようとは思わぬ。懐の深いところを見せねばな」

「あー、婆? もしかしてススムを気に入ったのか?」


 ローランドが聞き、おうともとイコンが頷いた。


「どこが気に入ったんだ。特殊なことはできるが、正直言って弱いぜ?」

「力の弱さなど気にならぬよ。わしやお前から見れば、多くの者が弱い分類じゃろうて。稼ぎがいいというのもプラスじゃが、独特な雰囲気が面白い。弱々しいのも逆に保護欲を誘うな」

「稼ぎってなんだよ」

「栄養豊富な土のことじゃが?」

「植物系の魔物ならたしかにそれが稼ぎに相当するか。独特な雰囲気ってのも、あんなところに住み着いた変わり者ってことなら納得か?」

「そっちが納得しても、私たちは納得してないんだけどね」


 認める気はないとフィリゲニスが言う。


「独占したいのはわかる。じゃからすぐに手を出すことはせんよ。幸いわしには時間があるからの、じっくりといかせてもらおう。まずはこうして一緒にいて、次に私的な会話かの? その後は握手から始めて、その次は手を繋いで散歩なんかいっちゃったりしてな! いやさすがにそれは大胆過ぎか!」


 大胆かと全員が首を傾げる。

 じっくりと言ったが、どれだけじっくり行くつもりなのかと疑問を抱く。


「すごーく奥手なのかしら?」


 ビボーンが小声でガージーに聞く。それにガージーも小声で返す。


「そうなのかもしれない。大妖樹様のああいったところは初めて見たので断言はできないが」

「あの感じなら夫婦になるのにかなり時間かかるわよね。その間になあなあで認められそうじゃない?」

「そこはもうあいつらの問題だろう」


 似たようなことをフィリゲニスも思っていた。このペースなら当分の間会話したり散歩するだけで満足するだろうと。その間に進も情が湧いて認めてしまうかもと。ならばその交流さえも邪魔すればいいと考えたが、その程度の交流も禁じる嫉妬深い女と思われると考えて、躊躇う。

 好意を向けられている進としては、見た目子供のイコンに手を出す気などまったくない。二股状態でさらに子供と結婚などとは考えられないのだ。

 見た目と年齢が一致しないというのはわかるが、それでも見た目に引っ張られてしまう。

感想と誤字指摘ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] 植物ならではなペースなんだろうか、それとも大妖樹が特別奥手なのか…… こんな場所じゃ出会いなんて滅多に無いでしょうしなあ
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