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36 廃墟の今後について

「今後お前たちはどう過ごすんだ?」


 階段を上がりつつローランドが聞く。


「どうと言われても特にこれといった目標はないですよ。廃墟を住みやすくしたいってのが目標でしょうか」


 進がフィリゲニスに同意を求めて、頷きが返ってくる。

 フィリゲニスの望みは現在進行中で叶っており、それ以外にこれといった目標はない。


「あそこをか。移住者は募集しているのか?」


 いきなりどうしてそんなことを聞くのかと思いつつ進は首を横に振る。


「今のところはしていませんね。人数を増やす余裕がない」

「余裕がないとは?」

「食料でも住居でも足りていないものが多い。そんな状況で受け入れても皆が苦労するだけです。せめて来年に作物の収穫ができたら少しくらいはってところでしょうか。もしくは育てやすい魔物を捕まえて増やして、肉の入手が安定すればですかね」


 そんな都合よく簡単に増やせる魔物などいないだろうと思いつつ進は言う。


「その二つが達成されれば受け入れも可能ということだな?」


 やけに念を押してくるなと進は不思議がる。


「可能だとは思いますよ。やってきた人たちにとって住みやすいところかどうかは知りませんが」

「確認するが、魔法によって荒れた土を肥えた土に変えることができるのだったな」

「急に話題を変えますね。ええ、できますよ」

「いろいろと得になる話があるが、乗る気はないか?」

「そういう言い方だと詐欺っぽく聞こえるんですが」


 思わず進は眉をひそめる。


「ローランド様、私はあなたがなにを考えてそう発言したのかわかります。ですが彼らはこちらの事情を知らないので。きちんと説明が必要でしょう。よろしければ私から説明いたしますが」


 頼んだとローランドが言い、頷いたガージーが説明を始める。


「なぜ移住という話がでたかだが、単純に山にいる魔物の数が増えたからだな。うちの縄張りはローランド様が統治して以来、安定している。知性のある魔物の縄張り争いが減り、数が増えているということでもあるのだ。山は広いから手狭になっているわけではないが、食料面から見ると少しずつ余裕はなくなっている」

「だからといってこっちによこされても、さっきも言ったように余裕はないんだけど」

「移住はそれの解決にもなる。山の魔物にグローラットというネズミの魔物がいる。これは何でも食べて太りやすく増えやすいため、俺たちも食用として管理している。そのグローラットをそちらに渡し、管理している魔物を移住者に入れる」


 ネズミ肉を食べたことのない進は人間が食べられるのかと質問し、フィリゲニスが肯定する。


「私は食べたことがある。特別美味しい肉ではないけど、不味かった記憶もない。ただしネズミを増やすにも餌が必要でしょ。その餌の準備が不可能なのだけど」

「それに関しても解決策がある。ローランド様はおそらく大妖樹様に話を持っていこうとしているのでしょう?」


 ガージーが問いかけ、そうだとローランドが頷いた。


「あいつはここ数年体調が芳しくない。それは十分な栄養を得られていないからだ。それを解決できる奴がいる。大地から栄養を吸い取っても補充できるという奴がな。栄養さえとれれば体調を戻すのはあの婆ならたやすい」

「どうして南の主を気にかけるのかしら? このまま大妖樹が死ねば、あなたの支配領域が増えるだけでしょ」

「支配領域を広げるとか若い頃にさんざんやって飽きた。そしてこれ以上管理するところが増えるとか面倒だ」

「ローランド様は十分に広い縄張りを持っていますからね。管理の手伝いをしている私としてもこれ以上は手が回らないという意見に賛成です。あとは大妖樹様がいなくなったからといって、あそこが簡単に支配できるとは思えない」


 大妖樹も自身の体調は把握していて後継を決めているはずで、その後継にいろいろと魔物や人間への対応は仕込んでいるだろう。

 ローランドは以前森を攻めたときのことはしっかり覚えていて、大妖樹が死んだとしてもあのときの繰り返しになると考えている。そんな苦労をしてまで欲しい土地でもないのだ。


「あれが死ぬよりも、長生きして南側の人間に対する壁になってくれた方が得なのだよ」


 ローランドのその返答に、そんなものかとフィリゲニスは納得する。


「あれを助けることによってお前たちも得をするのだぞ。あの婆は植物の成長を促進することができる。作物の収穫がより多くより早くといったことになる。廃墟に婆の枝を挿し木すれば恩恵を受けられる。これでグローラットの餌もお前たちの食料も解決できるというわけだ。俺たちも婆が死なずにすんで、余計な防衛対策を考えずにすみ、縄張り内の魔物の数も減らせる」

「一つ問題があるでしょ。大妖樹がこの話を受け入れるかどうか」


 廃墟側と大烏公側だけで進めていい話ではないだろうとフィリゲニスが突っ込む。


「婆も死にたいわけじゃないから受け入れるだろうさ。人間からそういった話を持ち掛けられると怪しむだろうが、昔から付き合いのある俺たちならまずは話を聞こうという体勢になる。そこでススムが実演してみせれば受け入れる。見返りは婆にとっては難しいわけじゃないしな」

「……ススムはどう思う? この話でキーとなるのはあなたよ。あなたが断ったら話はなしということになるのだけど」


 フィリゲニスから聞かれ、進は歩きながら考える。

 話に乗りたいか乗りたくないかのどちらかというと前者だ。ローランドの話が本当ならば、食料に目処がつく。食べ物が豊富な国から来た身としては、現状はきついものがある。食べ物の種類が増えて、食べる量にも困らないのはとても魅力的なのだ。

 心配な部分は森に行って、スムーズに話が進むかどうかということだろう。相手の本拠地に行って、敵対なんてことになればと心配になる。

 それらを言葉にして伝える。


「人間に敵意を持っている奴はいるだろうから、なくはないだろう。そのときは同行した俺たちが逃亡に手を貸す。約束しよう」

「昔からの付き合いのある向こうを優先しそうなんですけど」

「大妖樹と人間が争っているところに第三者として関わるなら婆たちの味方をするが、今回は最初からお前たちと一緒に話を進めるのだからそういったことはせぬよ。そもそも話をもちかけたのはこちらなのだから、土壇場で裏切るような真似はできん。それをすれば今後の交渉の場でも同じようなことをやるのではと思われる、むやみに信用をなくすような行為は面倒事を起こすだけだ」


 今の話どう思うと進はフィリゲニスを見る。

 フィリゲニスから見た感じでは、言葉通り裏切るような雰囲気はなかった。なので頷く。


「わかりました。その話に乗りましょう。ただしその話はのるんですが、移住に関して疑問が」


 なんだと聞いてくるローランドに、進は移住してきた魔物が暴れないかと聞く。グローラットの管理を放置して好き勝手やられるのは困る。


「そこに関しては大丈夫だ。そっちの女に逆らえないからな。魔物というのは強さを重視する。だから弱い相手に従うことはないが、強い相手に逆らう者もほぼいない。たまに気骨ある奴が逆らうが、移住させる奴にそういった奴は入れない。だからそっちの女がトップにいるかぎり、暴れるなと命じられれば意味なく暴れることはないさ」

「意味なく? 意味があれば暴れるってことじゃないですか」

「意味といっても、奴隷のように扱えば反抗するって感じだな。普通に扱うならあいつらも仕事をこなすさ」


 そんな扱いなら進も反抗する。納得できたように頷いた。


「納得したようでよかったよかった。いつ行く? 互いに早い方がいいと思うが」

「明日とかは無理ですね。池や畑に魔法をかけてまわらないと駄目なので」

「じゃあ事前に知らせておいて、スムーズにことが進むようにしておくか。ガージー、その方向で頼んだ」

「承知いたしました」


 返事をしたガージーが、進たちに顔を向ける。


「こうして知り合ったのだ。今後も交流はあるだろう。その交流で取引を望む者も出てくるだろう。なにかやり取りできる物資はあるか? こちらにないものを持っているなら、そっちにないものを交換というふうに考えるが」

「そんなものはない」


 即答した進は、ないよねとフィリゲニスに確認する。


「取引できる余剰品なんてないと思うわ。あ、でもお酒は渡せるんじゃない? 廃墟で作っているわけじゃないけど」


 反応したのはローランドだ。


「酒にはちょっとうるさいぞ。いろいろ飲んできたからな」

「じゃあ廃墟に戻ったら二種類飲んでもらいましょう」

「どういった酒なんだ」

「蜂蜜の酒と米を使った酒ですね。蜂蜜の方は少し薄いから気に入ることはないでしょうね」

「蜂蜜の酒も珍しいが、米の酒は飲んだことないな」

「そうなんですか?」


 フィリゲニスが以前言ったが、米は家畜の餌扱いなので、酒の材料として見向きされにくかったのだ。どこかで作られた可能性はあるが、大陸全土に広まることはなかったのだろう。

 ちなみに蜂蜜の酒が珍しいのは、蜂蜜が薬としても扱われるため、酒にするだけの余りがほぼないためだ。

 そういった説明を聞きながら階段を上がり、再び烏の姿になったガージーの背に乗って廃墟へと飛び立つ。

 空高くから見える大地は、当然ながら行きと変わらない。

 けれどもフィリゲニスの魔力によって汚されていた大地は、完全にその影響がなくなって自浄作用が間に合うようになる。崩れていた環境バランスが整って、風の動きも自然なものとなり、雲の流れも昔のものへと戻っていく。今よりも雨が降り、やがて川が蘇るかもしれない。

 長い年月、荒れ果てた大地が蘇るスタートを今日ようやくきることができた。

 ローランドや大妖樹といった昔からここを見てきた者たちには、そういった変化の小さな兆しは感じられていた。

 いつか進たち以外の人間も、この大地の復活に気付くだろう。そうなればここらに入り込んでくると予想できる。その前に重要地は押さえておこうとローランドは考える。支配地を増やすのは面倒といったが、それでも好条件の土地が空いているのを見過ごすのは惜しかった。

 大地の復活にはまだまだ時間がかかるので、じっくりと時間をかけて重要地を見定めていこうということで考えるのを一旦止めて、初めて飲む酒を楽しみにして飛ぶ。

感想と誤字指摘ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] 次なる目的地は大妖樹のところですかー 大妖樹自身は人間を嫌ってる感じはありませんでしたが、さてススムは気に入られるかどうか
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