34 襲撃
お試しにと作ってみたオセロなどが好評だったので、進たちは石を増産する。
大人たちはおしゃべりをしつつゲームに興じてそれで満足だったが、子供たちからは体を動かす遊具もほしいという声があがった。
ナリシュビーの女王やノームの大人たちは我儘を言うなと注意したが、現状廃墟探索以外にやることのない進たちは何か考えてみると請け負った。
進がすぐに思いついたのは、サッカーといった球技だったが、ボールは作れない。どういったものか説明し、フィリゲニスたちが作成可能か聞いてみたが、三人も無理だというのでほかに考える。そして思いついたのはグラウンドゴルフとボウリングだ。ゲートボールも思いついたがルールを知らないので、グラウンドゴルフになった。
どういったものか説明し、道具をそろえるのに必要な素材も説明する。本格的にやる必要もないので、素材も廃墟にあるものでよかった。
使うものは、取り壊した廃墟の石材だ。邪魔にならないよう廃墟の片隅に置いていたものが再利用できる。
「俺とラムニーで良さげな石材を運んでくるから、二人は形を整えてくれ」
進が頼み、了解とフィリゲニスたちが頷いたので、早速グランドゴルフのボール用によさげな大きさの石塊をフィリゲニスたちのところに運ぶ。
それをフィリゲニスたちは、魔法を使って球体に整えていく。真球を目指す必要もなく、ほどよく滑らかな球体になったら完成だ。
「こんなものでいいのかしらね」
さくっと仕上げたフィリゲニスが進に見せる。
表面はツルツルではなくサラサラといった感じで、多少歪みもあるのだが、素人の手作業で真球は目指せないので、これで良しとする。玉によっていろいろと癖があるだろうが、それもまた味となるだろう。
玉の表面を少し削って数字を割り振っていく。
ひとまず十個作り、次はボウリング用の玉作りに移る。これも魔法で整えて球体にしていく。穴を開けると強度が落ちるかもしれないので、穴は開けないことにした。その代わりに大きさは子供でも扱えるよう、直径二十センチ以下のものだ。
ボーリングの玉も十個作って、数字を刻み、合計二十個の玉に進が頑丈になるようにと品質アップの魔法をかけていく。
次は土で涙滴型のピンを作っていく。こっちは数が必要なので、魔法を使うフィリゲニスたちが作業している間に、進たちは畑の土変化や池の清浄化といった日常的にやっている作業をすませることにする。
ラムニーに警戒してもらいつつ池に行き、魔法を使って、芋畑に向かう。
青々とした植物が一面に生い茂るそこには、最近虫の姿も少しずつみられるようになった。今のところは芋に悪さしているわけでもなく、葉がいくらか齧られる程度の被害ですんでいるため、この程度ならと放置状態だ。
「これでよし」
「ススム! 空!」
魔法を使い終えて頷く進の腕をラムニーが引っ張る。ナリシュビーたちが羽をこすらせて警告の音を発し、それに気づいたラムニーが進に声をかけたのだ。
その声につられて空を見る。そこには黒い鳥の姿があった。クラゼットが廃墟の上空に到着したのだ。
「魔物が接近してるのか?」
「うんっ魔法を使おうとしている感じもするらしいです」
「なんのために?」
「そこまではわかりません」
フィリゲニスたちに合流した方がいいとラムニーが言い、そうだなと頷いて進は移動を始める。
走り出してすぐに廃墟のどこかから爆発音のようなものが聞こえてきた。走る二人は思わず首をすくめる。
「攻撃してきた!?」
「そうみたい!」
続いてすぐ近くが攻撃されたのか、衝撃で起きた風と土埃が横殴りに吹きつけてくる。
移動するには適さない状況になり、二人は廃屋の影に一度身をひそめる。近くで爆発が起きても壁を盾にできると考えたのだ。
再び強風が廃墟を駆け抜けていく。
「またか」
「しばらくここを動けないですね」
上空は土煙で見えづらく、クラゼットがどこにいるかわからない。じっとして耳をすませていると、ガラリという音が頭上から聞こえてきた。
盾にしている壁の上部が崩れたのだ。咄嗟に進はラムニーを押して一緒に避ける。
押し倒した形になった進のすぐ近くに壁の一部が落ちた。
それにひやりとしたものを感じつつ、ふーっと安堵の溜息を吐いて、間近にあるラムニーの顔を見る。
「大丈夫?」
「は、はい」
意識している相手が密着した状態で、ラムニーは顔を赤らめている。
うるさいほどにどきどきとした鼓動を感じながら、ラムニーは感情のままにもっとくっつこうとしたところで、離れたところから大きな音が聞こえてくる。
「今度は遠くかな?」
「みたいですね。今のうちにほかの壁を盾にして移動しましょう」
進は音が聞こえてきた方向を見ながら体を起こす。
離れることを少しだけ残念に思いつつラムニーも立ち上がると、先ほどよりも少しばかり進との距離を詰めて寄り添う。
二人でこそこそと移動していると、これまでとは違った音と光が発せられた。
「今度はなんだ!?」
もう一度同じような音と光が発せられた。
それらの発生源はフィリゲニスたちのいる方角で、魔法で攻撃しているのだろうと考える。
連続した音と光が上空でなにかとぶつかる音がしている。
「鳥の魔物の魔法とぶつけているようです」
「今のうちに合流だ」
合流してなにができるかわからないが、ここでじっとしているよりいいだろうと二人は駆けだす。
「フィズ! ビボーン!」
「二人とも無事だったのね! 良かったわ」
上空を警戒しているフィリゲニスの代わりに、ビボーンが嬉しそうな声音で無事を喜ぶ。
「すぐ近くで爆発したときはびっくりしたけど、無事だよ。破片がぶつかったことと煙で汚れたくらいだ」
「魔物は今どうしていますか?」
「反撃に驚いたのか警戒している感じね」
「倒せそうですか?」
「フィズ次第かしらね? 私には無理」
三人がフィリゲニスを見ると、空を見たまま口を開く。
「倒せる魔法はある。でも当てられるかどうか。機動力は向こうの方が上だし。あと大きな魔法は一分くらい準備がいるから、その隙に攻撃されると思う」
石碑を全部壊して全盛期の力と勘を取り戻せたら、フィリゲニス一人で余裕をもって倒せるのだが、現状は難しいと言わざるを得ない。
「大きな魔法を使おうとすると気づきますか?」
「気付くと思うわ。あれはそれなりに強い魔物だし、知性もあるでしょ。魔力の動きにも気付くはず」
「大烏公関連の魔物だろうし、そんじょそこらの魔物より聡いでしょうね」
ビボーンの口から出た大烏公という単語で、それに関する知識を進は思い出す。
「なんで北の主が部下に廃墟を攻めさせているんだか」
「私もさっぱりよ。フィズ、あれを倒せそうな攻撃は一度だけ? それとも魔力の余裕はあるかしら」
「二発くらいは撃てるわ」
「だったら一度撃ってみたら警戒して帰っていかないかしら」
「準備の間に攻撃されるけど、それはどうするのよ」
「そっちは私とススムが受け持つわ」
俺も? と進が首を傾げる。
「障壁の魔法で向こうの攻撃を防ぐから、その障壁の質をあなたの魔法で上げてほしいの」
「ああ、そういうことか。やるよ」
ビボーンは障壁展開後に、攻撃魔法の準備をお願いと言って詠唱を始める。
「力には力を、力を変じて壁へ、我らを守れ、なにものも防ぐ壁。グレイトウォール」
詠唱が終わると同時に半透明の黄色の壁が出現した。厚みはないが、縦横三十メートル以上の壁が、進たちの頭上五メートル辺りに浮かぶ。
「硬く、崩れぬ、変化せよ。ハードチェンジ」
出現した障壁が丈夫になるように進が魔法を使うと同時に、フィリゲニスも魔法の詠唱を始める。
「風よ風よ、鋭くあれ、刈り尽くせ、まとわりついて、獲物を逃がすな、なにもかも切り裂いてしまえ」
そこまで詠唱したフィリゲニスは魔法の名前を告げずに、空を見上げる。
そばにいた進たちにはフィリゲニスから発せられる雰囲気が重く感じられる。
それをクラゼットも感じたのだろう。邪魔しようと連続した衝撃音が頭上から響く。クラゼットの魔法はビボーンの魔法で遮られ、そよ風も地上に届かせることはない。
放った魔法が遮られているとわかったクラゼットは一番威力の高い魔法を使うため、準備を始める。
クラゼットが嘴を開き、そこに風が集まっていく。フィリゲニスの準備が整う前に、クラゼットの魔法の完成の方が早く、彼の嘴から竜巻のように渦巻く風が吐き出される。
障壁にぶつかった魔法はそのまま破ることはないが、大きく震わせる。
「この感じだとそう長くはもたないわね」
守りが破られるというのに余裕を感じさせるビボーン。
破られるまでにフィリゲニスの魔法が完成するとわかっているのだ。
障壁の質を上げていなければ、ぶつかって数秒で破られていただろう。
そうして障壁が消えて、クラゼットの魔法が地上に届くよりも前に、フィリゲニスが完成させた魔法の名を告げる。
「ボレアスストロウム」
数えるのも馬鹿らしいほどの風の刃が空へと放たれる。
クラゼットの魔法は、風の刃に飲み込まれ散らされてあっという間に消え去った。
風の刃はクラゼットへと迫り、体毛を切り裂いていく。クラゼットの体毛と血が地上へと降り注ぎ、クラゼット自身もぐらりと体勢を崩す。だがなんとか立て直して空高く舞い上がっていった。
「また同じものを使う準備をしておくわ」
フィリゲニスが詠唱していき、重圧を放つ。
それにクラゼットは気付いたようで、もう一度受けると危ないと判断して廃墟から離れて行った。
「逃げたわね」
魔法の準備を継続し、飛び去っていくクラゼットを見ながらフィリゲニスが言う。逃げたと見せかけた可能性を考えて、中断しないでいるのだ。
しかしクラゼットが戻ってくる気配はなく、遥か彼方に消えるとフィリゲニスは魔法を解いた。
「被害が出ていないかナリシュビーとノームに確認しないと」
いつもの雰囲気に戻ったフィリゲニスを見てもう大丈夫なのだろうと判断した進が言い、そうねと三人が頷き動き出す。
人的被害は軽いものだった。怪我人は出ていたが、魔法ですぐに治る打撲や擦り傷といったものだ。フィリゲニスの治癒魔法を受けて、安静にしておけば大丈夫だ。
ほかの被害はというと、まず進たちが住む中央の建物が半壊。使っていない部分だったので、住み続けることに支障はない。ほかに探索していない廃屋のいくつかが壊れ、ナリシュビーとノームが共同で修理していた建物が全壊といった被害だった。
「人間への被害が少なくて良かった」
安堵したように言う進に、ナリシュビーの女王とゲラーシーが頷いた。
「魔法で治る怪我でしたからね。私も安堵しています」
「こっちもだ。しかしあれは北の烏だったな? なんでここを襲ってきたんだか」
「私はわかりませんが、ススム殿たちはなにかしらの推測はできていますでしょうか」
女王とゲラーシーが進たちに視線を向ける。
それに対して進たちは首を横に振る。
「見当もつかないわ。ただの気紛れだって言われても、そうなのねと納得しちゃう」
ビボーンの言葉に進たちは同意する。
クラゼットと言葉を交わしていないので理由など知りようがないし、この廃墟に北の烏たちが欲するものがあるとも思えない。
綺麗な水は捨て去りの荒野では貴重だが、大烏公たちがいる山ならばいくらでも手に入るものなのだ。食料も山の方が豊富で、なんの目的なのか皆目不明だった。
「また来ると思うか?」
不安そうに言うのはゲラーシーで、女王もまた同じような表情だ。
今回はフィリゲニスが撃退できたとはいえ、群れでこられたら撃退も難しいだろうと考えた。
「狙いがわからない以上、また来る可能がないとはいえないわ」
「どうしたらいいと思う? 最悪ここを捨てる覚悟も必要かもしれないと思うが」
ゲラーシーの放棄発言は無理もないことだった。
ここと向こうでは戦力が違いすぎる。迎え撃つよりも逃げた方が賢いのだ。
「逃げる場合は、それぞれ古巣に戻る。俺たち四人は捨て去りの荒野から出るって感じかな。いやビボーンは残る?」
「ここに執着しているわけじゃないから残る必要もないんだけど、いまさら外に行くのもね。地下でまた寝て過ごそうかしら」
ビボーン的には人としての生をまっとうし、今はもう余生という感じなのでまた新たな人生を求めて動き出すというつもりもない。
「また襲撃してくると決まったわけではないけれど、逃げる準備はしておいた方がいいということですね。せっかく良い住居を得たと思ったのですが、このような形で手放さなければならない可能性が生じてしまうとは」
心底残念そうに女王が言う。ゲラーシーが溜息を吐きつつ同意する。
「俺たちも故郷に戻りづらくはある。しかも道中魔物に襲われる心配もしないとな。本当に気紛れで襲いかかってきただけで、今後のちょっかいはないと思いたいよ」
「一度くらいならちょっかいかけられても大丈夫でしょ」
一人不安を抱かすに平然としていたフィリゲニスが言う。進たちの注目が集まる。
「ススムがいれば、私の魔法の強化ができる。群れでくるならば動作が制限されて、こちらの攻撃を避けるのも難しくなりそうよね? そんなところに今日のものより強い広範囲高威力の魔法が叩き込まれたら死屍累々。それで向こうも本気になるかもしれないけど、手を出せば痛い目を見ると知ることにもなる」
「希望はあるのか」
「あちらが最初から全力で来ないかぎりはね」
フィリゲニスは大烏公のことを知らないが、かなり強い魔物だということはわかる。そんな魔物が配下全員を引き連れてくると、さすがに厳しすぎることになるのはわかるのだ。
今後どうするか話し合い、必要な荷物をまとめておき。警戒態勢で過ごすことにした。
見回りのナリシュビーたちには北に注意してもらい、ノームたちは逃げ遅れたときのため、地下に隠れられる空間を急いで作ってもらうことにする。
そんな決定が意味をなさなくなるのは翌日のことだった。
感想と誤字指摘ありがとうございます