32 歓迎会準備
「ただいま」
「お帰りなさいませ。少し予定よりも遅い帰りでしたね。なにかありましたか?」
進たちを出迎えたナリシュビーの女王は首を傾げて聞く。
「ノームたちの隠れ里が魔物に襲われていたんだ。それ関連で少し遅れた」
無事石碑を壊したことや隠れ里で起きたことを話す。そして移民を連れて帰ってきたことも伝える。
それを聞き女王は気の毒そうな表情を浮かべた。
「里を守る外壁が魔物に破られたのですか。それは大変でしたね。うちの洞窟も魔物に襲われたことはあるようですが、そこまでの被害が出たことはありません」
「ここもああならないよう注意しておかないとな。真正面からくるならフィズがどうとでもできそうだけど、不意打ちされると被害がでそうだ」
「あー、地中奥深くから不意打ちされると被害はでそうね」
対策を考えておこうとフィリゲニスはすぐに考え込む。正面からくるなら対処できるということを否定しなかったのは、自信があるからなのだろう。石碑もあと一つ。力の半分以上を取り戻した状態なのだから当然の反応なのかもしれない。
お願いと言ってから、進は女王との会話を続ける。
「連れ帰ってきたノームたちから、農作業や家作りや皿作りとかの知識伝授と実技指導がある。ナリシュビーたちはそれを習うことに抵抗とかはある?」
「ありませんね。土の扱いは向こうの方が上とわかっていますから。教わることでより良い物が作れるなら喜ぶ者もいるかと」
「ではナリシュビーたちに通知をお願い」
「承知いたしました」
「外で見回りにも聞いたんだけど、留守中になにかあった? 池の方は魔法をかけて綺麗にしてある」
「池の処置がすんでいるなら、これといって困ったことはなにもですね」
「花の方は順調に育っているのでしょうか」
ラムニーが気になったことを聞く。
「ええ、大丈夫ですよ。やはり日の下で育てているだけあって、洞窟で育てるよりも育ちがいい。良い土と綺麗な水がそろい、手を抜かずにきちんと世話をすれば花は健やかに育ってくれます」
「種もたくさん残してくれるでしょうか」
「期待していいと思いますよ。世話係がとても嬉しそうですから。今年は多くの花を見ることができて、来年はさらに多くの花を見られることでしょう」
良かったとラムニーが微笑み、女王も微笑む。
「あ、そうそう。向こうで魔物を倒した礼をもらったんだ。金属製の鍋とかナイフとか、作物の種とか。鍋とかは一式こっちでもらって、残りはそっち回すよ。種はノームたちの指導で植えてほしい。畑用の土は俺が魔法で準備する」
「食べ物が増えるのですか?」
「うん、収穫は先のことだけど」
「それでも食べられるものが増えるのはありがたいです」
ほかにはなにか伝えることがあるかと考えて、進は歓迎会でも開くかと思いつく。
伝えると女王は首を傾げた。
「歓迎会ですか?」
「ミードやほかの酒を出して、ちょっとした宴会を開いて、ナリシュビーやノームたちと騒ごうかという提案。打ち解けやすくなるんじゃないかと思ったんだよ。あとは留守を過不足なく守ってくれた礼でもある」
「ここが私たちの故郷でもあるのですから、守るのは当然です」
「それでも感謝はしないとね」
「皆喜ぶと思います」
進が示した感謝に女王も嬉しそうだ。ミードが飲めるからという理由もあるかもしれない。
「今日は外で食べようか。全員が入る食堂なんてないしね。フィズ、悪いけど土で長机と長椅子を量産してもらえるか」
「ええ、いいわよ。雑になるだろうけど、そこは仕方ないこととわりきってほしいわ」
「一晩使えればいいから雑でもかまわないさ。そういうことで料理は食堂の外に運ぶように手配をお願い。酒とジュースはこっちで準備する。醤油も必要かな」
承知いたしましたと女王は頷く。
「これで報告は終わりと思う。何か忘れていたらあとでまた伝えるよ」
「はい」
鍋などを女王の部屋に置いて、進たちは自分たちの家に戻る。
自分たち用に確保した鍋やナイフを片隅に置いて、水で濡らした布で体をふいていく。進とフィリゲニスは互いにふきあったが、ラムニーは別室で一人でふいた。
ある程度汚れを落として、自室で雑談しているとビボーンが帰ってきた。
「家と畑の位置が決まったわよ」
「案内をお願い」
頷いたビボーンに先導されて、中央から少し離れたところに向かう。
「最初は隅に居を構えようとしたんだけど、魔物が出るからともう少し中央よりにしたのよ」
「なんで隅に」
「畑を町中に作るのはどうかってことと、水の確保が簡単だから」
「水かー」
「小さい溜池を畑の近くにも作る? 家の裏にある緊急用とは違って、畑仕事に使える用の」
フィリゲニスの提案にそうしようかと進は頷き、のんびり歩いているとノームたちが魔法で簡単な家を作っている姿が見える。
一時的なものなのだろう、装飾などない立方体の単純な箱に入口が一つという家だ。
魔法がまだ十分に使いこなせない子供たちは小さな瓦礫を一ヶ所に運んでいた。
「ゲラーシー、畑の位置を教えてくれ。土を変えるから」
「わかった」
作業から離れたゲラーシーがこっちだと進たちを呼ぶ。
家のすぐそばにゲラーシーが立つ。
「ここから四つの畑を作ろうと思う」
畑一つの広さはこれくらいだとゲラーシーは歩いて縦横の長さを示す。
一面は高校などの教室一つより少し大きいくらいか。今は瓦礫が転がっているので、まずはそれの除去からなのだろう。
今年は収穫の多さよりも指導を重視するので、広い畑を作らないとゲラーシーは言う。広すぎると管理だけで手一杯になり指導どころではなくなる。
「それでいいか?」
「畑仕事に関してはそっちが詳しいし、特に口出しするつもりはないかな」
フィリゲニスたちも同意見なようで異論を口に出すことはない。
「そういった計画の方が来年以降良い成果が出ると思っているんだろ?」
「絶対良い結果が出るとは断言できないけどな」
天候の移り変わりや獣被害があるのは進たちも理解できるので、断言できないという言葉も弱気と受け取ることはなかった。
「少しずつ作業を進めてくれ。土は今日変えた方がいいか? それとも瓦礫を運び終えたあとの方がいい?」
聞いたがすぐに、進自身が決めた。
「今日変えてしまおう。その方が土が柔らかくなって、埋まっている瓦礫を動かしやすくなるだろうし」
ゲラーシーに確認すると頷きが返ってきたので、四面の畑予定地に魔法を使っていく。
ゲラーシーは色が変わった土に触れて、少し掘って地中の方も変化していることを確認する。
そのゲラーシーに溜池の作成を伝え、どこにあった方がいいか尋ねる。
「池を作ってくれるのか」
「さほど大きくはないけどな」
池の位置を決めて、そこにフィリゲニスが穴を掘る。
その時に出た粘土をノームたちが欲する。陶磁器を作るのに使いたいのだそうだ。
陶磁器の前に窯作りが先だが、その窯にも粘土を使うのであれば助かる。
「粘土の質はどうなんだ? 枯れた土地だから粘土も同じように質が悪かったりするんだろうか?」
進が聞くと、ゲラーシーは粘土に触れてみて質を確かめる。
「いいとはいえないな」
「だったらそれも質を上げてみよう」
確保してある粘土に進が魔法を使う。ぱっと見は大きく変化はでてこない。だが触れているゲラーシーには違いがよくわかった。
ゲラーシーは老女と子供たちを呼んで、土遊びついでに粘土でブロックを作るように指示を出す。老女はブロック作りのアドバイスと子供がどこかに行かないように監督役だ。
遊び始めた子供たちのことを老女に頼んで、ゲラーシーはもう少し粘土を確保するため穴に降りる。
早速粘土を掘ろうとするゲラーシーに進は歓迎会を開くことを伝える。
「豪勢なやつは無理だけど、酒やジュースはでる」
「酒も飲めるのか」
「二種類しかないけどな」
それでも嬉しそうなゲラーシーに途中まで水路を作ると言ってから、フィリゲニスと協力して水路を池へと伸ばす。
ビボーンとラムニーは水路作りにやれることがないので、周辺の探索を開始した。
水路作りは一時間ほどで止めて、進たちは探索しているビボーンたちに声をかけて、歓迎会の準備のため中央に戻る。
ナリシュビーの住居近くの広場に、フィリゲニスとビボーンが机と椅子を作っていく。
できあがった長机と長椅子に進が魔法をかけていき、ラムニーがそれらをだいたいの位置に置いていく。
配置は二列で、五角形になるように置いていった。中央は調理用のスペースとしてかまどが作られていて、酒とジュースが入る甕もそこに置く。
「久々に魔力が空になりそうだ」
机と椅子に魔法をかけ終えて、あとは酒とジュースを作るだけだが、いつもより多く魔法を使っているので、もうそろそろ魔力が空になると感覚でわかる。
「体調など大丈夫ですか?」
「倒れるほどじゃないな。少しだけ気分が悪くなるかもだけど」
「宴会が終わったらゆっくりと休むといいわ」
そうさせてもらうとビボーンに返し、長椅子に座る。
そろそろ夕方という時刻で、料理担当のナリシュビーたちが調理に使う器具を運んでくる。
ミードとジュース用の水も甕に注がれる。
その甕にビボーンが冷凍の魔法をかけて水を冷やす。夏である今はよく冷えた飲み物が美味しいだろうと気を利かせたのだ。
そのまま四人は長椅子に座って、夕食開始まで待つ。
暗くなり始めて、ラムニーが魔法であちこちに明かりをつけて回る。
ナリシュビーたちが集まり、そのナリシュビーに呼ばれて来たノームたちも長椅子に座っている。
各机には焼いた魚やグレイビーソースもどきがかかった肉、芋団子とキノコのおすましもどきが置かれていく。
魚は塩か醤油をかけるか選ぶことができるように、小瓶が机に置かれている。
「飲み物を配るから甕の前に並んでちょうだい」
柄杓を持ったナリシュビーが声をかけるとナリシュビーたちが歓声を上げて動き出す。
ノームたちはそこまで喜ぶことかと戸惑っていた。
そこに進が近づく。両手にコップがあり、片方にはミード、もう片方には日本酒が入っている。
「あんたたちはまず試飲だ。子供たちはコップを持ってジュースの列に並ぶといい」
子供たちが立ち上がり、大人には好みの酒を選ぶといいと言って、コップをノームたちが飲み回せるように机に置く。
ノームたちは少しずつ酒を飲んでいく。
ゲラーシーは試飲を終えて、疑問に思ったことを聞く。
「なんでナリシュビーたちはあんなに喜んでいるんだ? 種族的に酒好きなのか?」
「酒好きじゃなくて、ハチミツ好きなんだ。ミードはハチミツからできた酒だから、彼らにとってはごちそうなんだよ」
以前の住居だとハチミツが満足に作れず、満足に食べることができなかったのだと説明するとノームたちは納得したようだった。
「ノームはナリシュビーみたいに、特定のなにかが好きということはあるのか?」
「そういうのはないな。食べられるものが限られているから俺たちも知らないだけかもしれないが」
「そっか。今後しばらくはわからないままだろうな。新しい作物とか仕入れる予定はないし。ああ、そうだ。そこの小瓶だが、中身が黒いやつも調味料だ。使いすぎるとしょっぱくなるから注意な。最初は少しだけ魚にかけてみるといい」
「これはなにからできているんだ」
「本来は醤油は大豆と塩だな。これは魔法で海水を近いものに変えただけだが」
ノームたちが試飲を終えたのを見て、ミードが好みならばコップを持って列に並ぶように言い。日本酒が好みならばそれが入った水差しを持ってくるので分け合うように言う。
ミードを好んだノームがコップを持って立ち上がり、列の最後尾に並ぶ。
残った日本酒好みの人数を見て進は、彼らが二杯ずつ飲めるくらいの水を水差しに入れて、水を日本酒に変えて机に置いた。
「一人二杯ずつくらいの量があるから」
「ありがとう」
ゲラーシーたちの礼を聞いてから進は机に戻る。