31 廃墟に帰還
倉庫から出て作業をしているノームたちの注目を受けつつ、避難所になっている倉庫に向かう。
ゲラーシーか昨日話したノームがいるかなと思っていると、進たちに気づいたマリヤが声をかけてくる。
「皆さん」
「マリヤさん、でいいんだよな?」
「はい。お礼の品を受け取りにきたのでしょうか」
そうだと頷くと、準備しているので倉庫にどうぞと促される。
「長の代理が話があるそうなので、会っていだけませんか?」
前を歩きながらマリヤが言ってくる。
進たちは了承し、倉庫の一角に置かれた品を確認する。
その間にマリヤが長の代理を呼んでくると言って離れていった。
準備されたものは種が三種類、金属製の鍋とフライパンが三つずつ、金属製ナイフ五本。ほかに金槌や釘といったあれば便利なものも準備されていた。
「なにか頼みがあるのかしら」
金槌などを見てビボーンが考えを口に出す。
「報酬を多めに渡して心象を良くして、頼み事をやりやすくといった感じ?」
進の考えを肯定するようにビボーンは頷く。
「頼み……どんなことだろ」
「現状から考えると二つかしらね。里が落ち着くまで傭兵として雇いたい、もしくは口減らし。倉庫に避難しているときに、蓄えをかなり消耗したと考えられるから、生き残った人たち全員は食わせていけないのかもしれない」
「傭兵は無理ですよね。廃墟の方をずっと離れていられませんし」
ラムニーの確認に、三人は頷いた。
本拠地を放置して、こっちの守りに力を入れるというのは頷けない提案だった。
頼みについて予想していると、二人分の足音が聞こえてきた。
マリヤと老齢のノームが近づいてきていた。
「はじめまして、コンドラートと申します。長が死に、一時的に代表として動いている者です」
進たちも挨拶を返し、名乗る。
「この度は里の危機を救っていただき、さらに仲間の保護もしていただいて、感謝に堪えません。そちらはやっていただいたことに比べると少量になりますが、お礼です。お受け取りください」
「里が被害にあって、お礼を出すのも厳しい状況でしたでしょう。こちらはありがたく受け取らせていただきます」
魔物そのもののビボーンから配慮する言葉が出て、コンドラートたちは驚いた表情になるが、すぐに頭を下げる。
そして申し訳なさそうにコンドラートは続ける。
「いろいろと世話になっていて、ずうずうしいと思いますが、頼みを聞いていただけませんでしょうか」
進たちは予想が当たったと思いつつ、ひとまず聞くだけならと返す。
「昨夜ゲラーシーから聞いたのですが、廃墟に村ができているとか」
「村というにはまだまだ小さなものですが、たしかに人が集まっていますね」
「綺麗な水があり、土も良いものがあると聞いています。今後の発展が期待できそうだと思います」
それでとビボーンは先を促す。
「いくらか人を受け入れてもらえないでしょうか。今回の被害で、生き残った者たち全員を養っていくのは厳しいのです」
「その可能性はあると、こちらでも話しました。ですがこちらも今後の発展は見込めるといっても、まだまだスタートしたばかり。余裕があるとはいえないのです」
「そこをなんとかなりませんか」
「……一つお聞きしたいのですが、こちらに人をやるとしてどのような者を予定していましたか? 怪我がひどい者、もう生い先短い者、そういった者ばかり選出していませんか」
ビボーンが聞くと、コンドラートは気まずそうに少し詰まる。
できるなら働けない者を村から出して、働ける者で再建をという考えがあったのは事実だ。
長ならばそういった損だけを押し付けるような判断はしなかっただろうが、コンドラートは代理なためそこら辺の判断はまだまだだ。
「そういった人ばかりでは、こちらとしても頷けないのですよ」
「……はい」
「しかし怪我人や年寄りも条件次第では受け入れましょう。そう多くはありませんが」
「条件とは?」
「技術と知識を持った者。つまり体を動かせずとも指導ができる者ですね」
ビボーンはコンドラートから視線を外し、進たちにこの条件ならば受け入れ可能かと確認する。
「ビボーンが言うように多くは無理だろうけど、少しくらいなら大丈夫かな」
進が同意し、フィリゲニスとラムニーも頷いた。
なるほどと頷いたコンドラートはどれくらいの人数まで受け入れてもらえるのかと尋ねる。
「体を動かせる者が五人、怪我や老いで動きづらい者が五人。といったところでしょうか。こちらとしても働ける人がほしいので、後者のみというのは避けていただきたい。これが無理なら、こちらとしては受け入れ拒否もやむなしです」
「わかりました。里の者と相談してみます」
働ける者が村を出るのは痛いが、不利益だけ押し付けることで拒絶されるよりもましと思えた。
「私たちは用事をすませたので、あまりこちらに長居する気はありません。持ってきた食料の問題もありますからね。ですので決定は早い方がありがたい」
「でしたら今日中に結論を出すので、明日まで待っていただけますか?」
「それくらいなら」
食べられそうな魔物を一匹もらっていく許可をもらい、進たちはお礼を持って隠れ里を出る。
コンドラートは相談事がある旨を、里の者たちに知らせて話し合いの場を設ける。話し合いは特に異論など出ず、進たちが求めた方向でまとまった。
ノームたちが話し合っている間に、進たちは地割れの底の水を念動力で地上に運び、水の補給をして、里を出る者たちが乗る荷車を作ったり、周辺の地理確認をしてすごす。
そして翌朝、進たちは隠れ里に向かう。
倉庫にいたノームに声をかけて、コンドラートを呼んでもらう。
やってきたコンドラートは進たちを見ると頭を下げて、皆で出した結論を話す。
「働ける者五人、怪我人など五人という昨日の条件でよろしくお願います」
「わかりました。彼らの出発準備は整っているのしょうか?」
「はい。昨夜のうちに荷物をまとめることになっています。呼びに行ってもらっているので、すぐに集まるかと」
二十分ほどで里を出る者が集まった。彼らは私物と廃墟に戻るまでの食料を持っていた。
ゲラーシーとマリヤがいて、ほかには五人家族と若夫婦と老女の十人だ。五人家族は祖父、服の下に包帯を巻いた夫、妻、子供たち。若夫婦の夫は小さな怪我だが、妻の方は片足をなくしている。老女はどこか怪我している様子はない。
健康な者が六人だが、老人や子供という労働力として十分な働きができるかどうかわからない者を入れて、調整したのだろう。
ゲラーシーが進み出て、頭を下げた。
「俺たち十人がそちらに移り住むことになった。よろしく頼む」
「はい。いろいろと足りていないところですが、それでよければ歓迎します」
ビボーンが返し、受け入れる意思を見せる。
「すぐにでも出発しようと思いますが、知人への挨拶がまだなら待ちますよ」
「挨拶はすでにすませている。いつでも出られるぞ」
では出発しようと歩き出す。
里を出る者たちは不安といった者が少しはあるようで、足取りは軽くはなかった。
そんな表情は地上に出て、並ぶ荷車などを見て驚きへと変わったのだが。
「出発前に怪我している人はこっちにきてちょうだいな。治療の魔法をかけるわ。怪我したままで旅はきついでしょ」
「そういった魔法も使えたのか」
ゲラーシーがそう言い、それをノームたちに知らせなかったのはなぜだと聞く。この魔法があれば苦しむ人は減らせたし、再建に向けて動ける人も増えたはずだと思ったのだ。
「怪我人が出たことはあんたたちも知っていただろう?」
「この魔法は使えば簡単に治るというわけではないのよ。怪我人の体力を消耗する。ノームたちの中には致命傷を受けた人もいるんでしょう? そんな人たちに使ったら逆にとどめを刺しかねないの。だから下手に希望を持たせないよう黙っていた。付け加えるなら、そこまでやると貸しが大きくなって返しきれなくなるでしょ? 私は誰彼構わず助けるような善人じゃないから、きっちりと報酬は取り立てるわよ」
「俺からは報酬をとらなかったじゃないか」
「あなたの事情に私がやる気を見せたからというのと、ここに壊すべきものがあったからよ。あなたが一人身だったら、治療して一人で帰したわ」
いつまでも問答しても仕方ないでしょうとフィリゲニスは怪我をしている者たちに魔法をかける。
「さっきも言ったけどこの魔法は怪我を癒すにあたって体力を消耗するの。だから怠くてもそれが正常だから、慌てなくていいわ。あと欠損部分を復元するものでもない。傷口を塞ぐという結果になるからね」
フィリゲニスの魔法を使った結果を聞いて、怪我人たちは頷く。痛みがなくなるだけでも嬉しいのだ。
魔法がかかったのを確認し、脛の半ばから下を無くした女が口を開く。
「報酬をしっかり取り立てると言っていましたが、どう返せばいいのでしょうか?」
「まじめに働いてくれたらいいわ。無理して動けというわけじゃなく、できる範囲でさぼらずにやってちょうだいな」
「わかりました」
もしかすると足が不自由でも無理矢理働かせされるのではと心配していたが、フィリゲニスの言葉でほっとした表情になった。
「そっちの荷車に乗ってちょうだいな。揺れるから酔わないように気をつけて」
ビボーンに示された荷車にノームたちが乗る。
進たちが乗る方には以前のように衝撃吸収用の木屑を敷いてあるが、ノームたちの方には敷いてはいない。連れ帰ることになると予想していなかったので、そこまで準備できていないのだ。
怪我がある程度治るまでは速度を落として進むことにして、出発する。
行きでかかった日数と距離から、速度を落としても水はなんとか足りると見ている。足りなくなっても半日くらいの我慢ですむはずだった。
道中魔物との戦闘を少ないながらやって、食料の確保をしつつ進み、廃墟が遠くに見えてくる。
一見綺麗に見える大きな池にノームたちはどよめきを見せる。
「おかえりなさいませ」
見回りをしていたナリシュビーたちが進たちを見つけて降りてくる。
「ただいま。なにか変わったことはあっただろうか」
「これといってなにもです。池の水が異臭を放ちだした程度でしょうか」
「わかった。魔法を使って綺麗にする」
「おねがいします。それでそっちのノームたちはなぜ一緒にいるのでしょうか?」
「移民だ。詳しいことはあとで話そう。土の扱いに長けた人たちだから、そこらへんの実技や指導をしてもらうつもりだ。仲良くしてほしい」
頷いたナリシュビーたちは見回りに戻る。
移動を再開し、池の近くで一度止まる。近づくと底の方の濁りがひどくなっていて、異臭もたしかにある。
進が池に魔法を使うと、濁りも異臭もいっきに消える。
さらに眩しく光を反射する池をノームたちは幻ではなかろうかといった心持で見ていた。
ついでに水の補充をしてから、廃墟の中に入る。
ノームたちは廃墟の様子を珍しそうに見ていく。魔物に襲われた故郷のように崩れた建物ばかりだが、それは道中に話してあったので悲壮感はない。
中央の建物に到着し、ノームたちは荷車から降りる。片足を無くしたノームには土製の松葉杖が与えられて、一人で立っている。
「じゃあ俺たちは早速、寝床と畑にする場所を探す」
ノームたちの代表としてゲラーシーが言う。
それにビボーンが同行する。廃墟探索やナリシュビーの住居探しで見て回ったので、良さげな場所に案内できるのだ。
離れて行くノームたちとビボーンを見送って、進たちは鍋などを持ってナリシュビーの女王に会いに行く。