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28 ノームの怪我人

 進たちが夜の生活に気を付けることにしてからいくらか時間が経過した。

 廃墟での生活は滞りなく進み、ナリシュビーたちは喜びの声を上げる。畑に植えた種がいくつも土の中から顔を出したのだ。

 洞窟で種を植えても発芽せずに駄目になる種があった。しかし今回は発芽しなかった種がほぼないという状況で、芽の状態も青々として元気なのがよくわかる。

 今後に期待できると喜び、仕事に精を出す彼らの一人が客を連れて帰ってきた。

 どこの誰かはわからない。なぜなら怪我をして意識を失っているからだ。

 見捨てるのも忍びないと、連れ帰ってきて、上司である進たちにどうしようかと相談することになった。

 意識のない彼を見て、フィリゲニスたちはノームだと判断した。二十歳を過ぎたくらいの年齢で、腕や顔といった露出した肌に多くの擦り傷がある。

 精霊人族であり、土に関係した一族をノームと呼ぶ。ノームは平均身長が男でも百五十センチと小柄で、がっしりとした体格が特徴だ。

 精霊人族はほかにサラマンダー、シルフ、ウンディーネがいる。

 相談を受けた進たちは建物の修繕作業を一時中断して、気絶しているノームの診察を行う。


「ひとまず治療魔法をかけて、休ませておきましょう。それ以外にどうしようもないわ」


 粉砕骨折といった大怪我はないと判断したフィリゲニスの決定に進たちは賛成する。

 すぐにフィリゲニスが魔法をかけて、ナリシュビーの建物に運ばせる。

 ノームを見つけたナリシュビーの一人に残ってもらい発見当時の状況を報告してもらう。


「彼を見つけたのは、大地に二つの大きな穴が開いていたからです。見慣れないそれをよく見ようと近づいて穴のそばに彼が倒れていました」

「見回りをしていて、そういった穴は見かけたことはないの?」


 ないとナリシュビーが答え、ラムニーも同じように見たことがないと言う。


「どういった穴だった? 亀裂かなにかが掘った穴だったか」

「掘ったものだと思います。地面から出てきて、少し離れたところからまた地面に潜ったような斜めにできた感じでした」

「穴の大きさは?」

「人一人なら余裕で歩ける高さと幅でした」

「その高さと幅は狭くなっていたかしら。それともずっと変わらない大きさだった?」

「変わらない大きさのものが続いていました」


 魔物が開けた穴だろうと全員の考えが一致する。

 魔法でそういった穴を開けることも可能ではあるが、そこに開ける理由がわからないのだ。


「いつぞやラムニーから聞いた穿土蛇ってやつかもしれんね」

「そうかもしれません」


 正解は気絶している男が起きたらわかるだろうということで、穴がどうやって開いたのかの追及は止める。

 報告が終わったナリシュビーが出て行き、進たちも住居の修繕作業を再開する。

 そうして日が暮れて、夕食も終わった頃に気絶していたノームが目を覚ます。

 治療魔法で消耗した体力を回復させるため食事を取ったあと、進たちの建物にナリシュビーに付き添われてやってくる。

 ビボーンを見て警戒した男はナリシュビーに促されゲラーシーと名乗り、頭を下げた。


「あなたたちがここのトップと聞いた。助けてくれて感謝している」

「礼はあなたを見つけたナリシュビーと治療魔法を使ったこっちの子に言ってちょうだいな」


 そう言ったビボーンにゲラーシーは頷き、フィリゲニスに深々と頭を下げる。


「礼は受け取ったわ。それであなたはどうして穴のそばに倒れていたの? あとどこから来たのよ」

「俺は地中にある隠れ里に住んでいる。そこをたまに魔物が襲撃してくる。今回も大きな蛇型魔物の襲撃があり、そのときに俺は魔物の体に引っかかったんだ。連続した痛みに気を失い、魔物が地上に出たところで離れて地面に転がったんだろう。あのままだったらほかの魔物の餌になっていたかもしれない」

「地中に隠れ里なんてあるのね」


 ビボーンが少し驚いたように言う。ナリシュビーもそうだが、意外と人間もこの地方にいたのだなと思ったのだ。


「ここも隠れ里ではないのか?」

「隠れてなんてないわよ。最近できたばかりの集まりってところね」

「ここはいったいどこなんだ? 地上で人が暮らせる場所なんぞないと聞いているが」

「ここは廃墟と言ってわかるかしら。ずいぶん長いこと人が住んでいなかった場所だけど、いろいろとあって暮らせるようになったところよ」

「廃墟……ああ、たしか聞いたことがある。隠れ里から西に何日も進んだところにかつて人が多く住んでいたらしきところがあると。腐った池がそばにあり、とても住めるようなところではないと」

「住めるようになったのはつい最近だけどね。そっちの隠れ里は規模は大きいのかしら。こっちはそう大きくはないわね」

「こちらもそう大きくはない。大きくする余裕がない。地上は暮らしにくく、さらに魔物が闊歩する。我らの祖先は地下へと追いやられ、そこでどうにか生きてきた」

「そもそもどうしてこんな土地で暮らしているのよ? あなたを助けたナリシュビーたちはここで暮らすだけの事情があったけど、普通のノームでしょ、あなたは」


 進たちも疑問に思う。ナリシュビーは蜂蜜が価値を持ったがゆえに狙われ逃げた。ゲラーシーは狙われるような種ではないだろうと疑問を抱く。見た目は普通だが、なにか特殊な進化でもしたのかとじっと見る。


「我らの先祖は流民なのだよ。何代か前の魔王に操られ、罪を犯し、処刑するほどではないが、町や村に置いておくこともできない。だから捨て去りの荒野へと捨てた。そういった者たちの一部が生き残り、集まり、集落を作った。だが地上での暮らしは先祖には困難で、地下へと生活の場を移した」


 納得したような反応をビボーンが見せる。対して進は不思議そうに聞く。


「罪を犯したといっても昔のことなんだろう? だったら荒野から出て行って問題なさそうだが」

「北と南にいる主たちの縄張りを通り抜けられないんだ」

「あー、それで移動できないのか。厳しい道のりなんだな」

「主の眷属や魔物が多いから、少人数ならかなり運が良ければ抜けられるだろうが、大人数だと目立って餌が来たと襲われるだろう」


 神殿に向かうために通ろうとしたところが危険に満ち溢れていると聞かされ、他人事のように進は驚く。神殿への関心が薄くなってきている現状、こんな反応が自然なものなのかもしれない。


「向こうは大変なんだな。こっちは魔物は少ないから楽なんだろうか?」

「狩りの獲物が少ないから楽とはいえないと思うわよ」


 ビボーンに指摘され、ああそうだなと進は頷いた。


「あなたは隠れ里に帰るつもりかしら」


 フィリゲニスに聞かれて、ゲラーシーはすぐに頷く。


「ああ、結婚を約束した恋人が待っている」

「それは絶対に帰らないといけないわね。でもまずはゆっくり怪我を癒しなさいな。完全には治っていないし、治療による体力の消耗もある。もう少し休まないと帰る途中で倒れるわ」

「助けてもらったうえに、滞在まで許可してくれるのか。ありがたい」


 話はここまでとして、ゲラーシーを帰す。

 すぐにやる気に満ちたフィリゲニスが進たちに提案する。


「ゲラーシーを隠れ里まで送ろうと思うけど、どうかしら」

「そこまでするのか?」


 怪我治療で十分だろうと進は思う。


「待っている結婚を約束している相手にきちんと届けないと! 帰る途中でゲラーシーが倒れたらその人が悲しむもの」


 結婚というものを重要視していたフィリゲニスは、他者のものであっても結婚が駄目になるのは避けたいのだ。


「ゲラーシーが気に入ったとかじゃなくて、そっちかー。隠れ里は東だっけ。じゃあついでにそっちにある石碑を壊そう」

「そうね。それがいいわ。ビボーンたちに相談せず決めちゃったけど、いいかしら?」

「問題ないわよ」

「はい。遠出する準備しないといけませんね」


 芋と凍らせた魚を食糧として準備し、水の準備も必要かもしれない。

 出発前に一度ナリシュビーの見回りに東へと行ってもらい、川などがあるか報告してもらうことにする。ついでにゲラーシーを運んだ大蛇が近隣にいるかどうかも調べてもらう。

 そうした今後の予定を話して、準備を整えていく。

 翌日、午前中の廃墟探索から帰ってきた進たちは歩いているゲラーシーを見かける。怪我を心配してかナリシュビーが一人付き添っていた。


「すごいですな、ここは!」


 進たちを見つけたゲラーシーは駆け寄ってきて興奮した様子で言う。


「綺麗な水があれほどあるのも驚きましたが、なにより畑の土! あれほどに肥えた土は生まれて初めて見る! 主たちの山や森ならば見かけるのでしょうが、こんなところで見ることになるとは思いもしなかった! 私たち土の扱いが得意なノームでも、あれほどの土は作り出せません。かなりの工夫がなされているのでしょう。正直、あの土を全て持ち帰りたいくらいだ。しかし少しばかり不思議なのは、この土を良くしてもあの土にならない気がするんだ」

「そうなのか」


 魔法で土を作り変えているのはナリシュビーたちも知っていて、それを伝えていないということはなにかしらの考えがあるのだろうと進は話さずに聞き返す。

 ナリシュビーたちに深い考えがあるわけではない。魔法を使っている進の許可なく話すことではないと考えただけだった。


「まあ、俺も土のすべてを知っているわけじゃない。海が近いというし海産物を組み込んで作れるかもしれないな」

「隠れ里の土はどういった感じなんだ? ここみたいに枯れているのをノームとしての工夫でどうにかしている感じなのか?」

「だいたいそんな感じだ。ここらよりはほんの少しましな土なんだが、それでも作物を育てるには不足している。それを狩った獲物の肉片と骨や育てた作物の屑を混ぜ込んで、魔法も使ってましな土にしている」

「その土を使った作物の出来は?」

「太陽の光が足りず、あまりよくないな。魔法の明かりでどうにかしているんだが、光量が足りないらしい。かといって地上で育てると魔物や獣に荒らされるし、それらを呼び込む原因にもなる」

「この大地で生きていくのは本当に厳しいな」


 まあなとゲラーシーが頷いた。


「ほかにここらで気になったことはあるのか?」

「ほか……ああ、中央の建物の壁がちょっとな。あのブロックはどうなっているんだ?」

「あれはフィズが魔法でブロックを作り、俺が魔法で強化した」

「あー、それでか。土や砂を固めただけで工夫がみられないブロックが、あそこまで頑丈になるのは違和感があったんだ。良ければ世話になっているからあの壁の修理くらいはやろうか?」


 どうすると進はフィリゲニスたちを見る。今のところ困っているわけはないのだ。

 話し合って、修理よりもそのやり方を教えほしいということになる。ナリシュビーたちの廃屋修繕に役立つだろうと考えた。

 それを伝えると、ゲラーシーは頷いてナリシュビーたちに指導するため付き添いと離れていった。

 進たちは崩れにくいブロックの作り方とその積み方といったものを教えてもらえるかと思っていた。だがゲラーシーはモルタルやセメントに似たものの作り方、レンガの作り方といったところから始めて、それらを組み合わせた壁などの作り方という本格的な指導を行う。

 ゲラーシーからすれば命を助けてくれた相手なので、簡単にすませる気はなかったのだ。それでも先祖から受け継いだ高等技術までは教えていないので、本気の指導ということはなかった。

 ナリシュビーも土は扱ってきたが、専門家といえるノームに敵うわけはなく、彼からの指導はありがたかった。

 出かける準備は数日かかり、その間にゲラーシーは完全に回復していく。

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