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26 ナリシュビーの引っ越し

「泉としては使えそうにないか。残念だ」


 穴の底を見て、進は溜息を吐く。


「ここまで掘ったし、埋めるのはもったいない。池から水路を引いてここに流れ込むようにしない? 火事とか緊急時に町中で水を使えるようにしておいたら便利と思うし」

「それも魔法で可能?」

「ええ」

「じゃあやろう」


 泉ではなく溜池へと変わった場所の縁から池へと、フィリゲニスが魔法で側溝より少し大きめの穴を掘っていく。ある程度掘ると次は穴を押し固める。

 その水路が壊れないように、進が質を上げていく。池まで三分の一といったところまで来て、進の魔力が尽きかけたので今日のところは作業を終える。

 住居に戻り、溜池を作ろうとしていること、水路を作って池から水をひこうとしていることをビボーンたちに伝える。


「裏の井戸、枯れてはなかったけど、たくさんの水が出るわけじゃなかったのね」

「池からの水と元井戸から出てくる水で使いすぎなければ、日常的に使えるとは思うけど、使い過ぎないようにしたい。フィズとも話したけど、緊急時に使えるようにしておきたいんだ」

「いいんじゃないかしら」

「私もそれでいいと思います」


 賛成をもらえたので、進とフィリゲニスの予定は明日も水路作りに決定した。

 ビボーンたちは明日も掃除の予定だ。

 日が傾き、四人は夕食の準備を始める。

 廃墟に来ていたナリシュビーたちは日が傾く前に洞窟へと帰っていった。

 数日経過し、水路を作り上げ溜池に水が溜まり、住居の修繕や芋畑の拡張を行う。

 ナリシュビーたちは毎日やってきて半壊ですんでいる一軒の建物を修繕する。掃除をしたあと、床は土とよその石床を持ってきて埋めて、天井や壁に開いた穴は布で塞ぐ。そうしてその建物が使えるようになると女王たちが廃墟にやってきた。

 いつも進たちが使っている部屋に女王を通す。


「数日ぶりでございます。池の水や植物を確認させていただきました。報告を受けていましたが、実際にこの目を見るとまた感動してしまいました」


 目の端にうっすらと涙を浮かべて女王が言う。

 わかると頷くのはここまで旅をしてきてこの大地のことをよく理解しているビボーンとラムニーだ。

 進とフィリゲニスもこの土地で生きていくのは大変とわかっているが、まだわかっているつもりという部分が大きい。


「今日から花畑の選定や住居作りといったことと同時に皆様のお手伝いをさせていただきます」

「わかったわ。今のところやってもらいたいのは、食事用の魚をとってくること、海水をとってくること、廃墟探索の三つ」


 ビボーンの言葉にわからない部分があったようで、女王が首を傾げる。


「海水が必要なのですか?」

「調味料を作るためにね。あとは塩作りにも。調味料はそっちにも回せるから、少しは食事の幅が広がるでしょ」

「それはとても楽しみです。次に探索はどのようなものを探せばよろしいのでしょうか」

「特にこれといったものはないわね。木屑でも燃料になるし、私たちは役立つかもしれないものを探していたわ」

「そういう感じですか。でしたら壊れた物以外をどこか一ヶ所にまとめて置くようにしましょう」

「それでお願い。探索は特に急いでいるわけじゃないから、そっちの用事を優先していいわよ。しばらくは住居作りとかで忙しいでしょうし」


 いいのかと聞き返す女王に、進たちは頷きを返す。住みよくするために労働力を欲したのは確かだが、急いでやろうというほどでもない。魚の確保ができるだけでもありがたいのだ。


「ではそのように動かせていただきます。なにかほかに連絡事項はありますか?」

「裏に溜池を作ったけど、そちらはあまり使わないでほしいわね。緊急時に使えるようにと作ったものだから、そのときに水がないのは困るの」

「承知いたしました」


 さらにほかにはと聞いてくる女王に、ビボーンは思いつかなかったようで、進たちに聞くが首を横に振られる。


「とりあえずはこれくらいね。なにかあればおいおい伝えていくわ」

「では花畑の候補地をいくつか選んだので、同行して使用許可を出せる場所をお願いします。そして土を肥やす作業もよろしくお願いします」


 進たちは女王たちと一緒に住居を出て候補地へと向かう。

 候補地は三ヶ所だ。ナリシュビーが修繕した建物のそば。そこから百メートル以上離れた瓦礫などない空き地。池の近く。

 建物のそばは管理が簡単だが、瓦礫の除去から始める必要がある。池の近くは、魔物によって荒らされる可能性がある。空き地は特に問題はない。

 すぐに畑を作るなら空き地だろう。土を肥えさせれば、ある程度耕して種を植えればいい。

 最後に来た池のそばで、どこが良いか女王が聞いてくる。

 少しだけ考え込んだビボーンが答える。


「案内してもらった三ヶ所のどこも使用許可だせるわ。ひとまずはすぐに植えることのできる空き地にしておいたらどう? 種の植える時期が今じゃないなら、建物そばの整備をやってしまうのもいいと思う。ここ池のそばはあまりお勧めはしないわね。水やりは楽でしょうけど、魔物もくるところだから」


 作業中に襲われる可能性があると締めくくる。

 その助言に女王は少し考えて空き地を使うことにする。

 畑用の水をフィリゲニスが魔法で作った箱に確保し、それをゴーレムが運ぶ。

 容易く難度の高めな魔法を使うフィリゲニスを見て、女王は感じ取った力量差は間違いではなかったと確信する。


「じゃあここの土を変えていこうかね」


 空き地に到着し、そこの土全部に進は魔法を使う。

 いっきに土の色が変わって、女王たちはどよめく。

 その場に女王たちは屈んで、土を確認していく。つい先ほどまでの硬い枯れた土と違って、黒々としたふかふかな土に、これなら花の育ちもよさそうだと嬉しそうだ。


「ひとまずここだけだけど、ほかの土地が準備できたらそっちにも魔法を使う。あとは土の栄養がなくなったと思ったら声をかけてくれれば、魔法をまた使う」


 土の栄養を勢いよく吸う芋と違い、花ならば魔法をかける頻度は高くないだろうと思いながら言う。


「ありがとうございます」


 女王が一緒にいたナリシュビーたちに作業開始を告げると、すぐに動きだす。

 女王はしばらくその作業を見ていくということで、進たちは自分たちの作業を行うためその場を離れる。

 夕方前には女王を含めてほとんどのナリシュビーたちが洞窟に帰っていく。向こうの荷物をまとめる作業にも人手が必要なのだ。

 畑管理に残るナリシュビーもいて、それらは労働力が必要なとき進たちに従うようにと女王から命じられていた。

 一日二日と時間が流れるほどに、ナリシュビーたちは修繕した建物を増やし、そこに滞在するナリシュビーも増える。

 人が増えたことで廃墟は集落と呼べる程度には発展を見せ始めた。

 人が増えて廃墟探索をする人数も増加し、見つかる品も増える。それらは廃屋の一つを倉庫として使うことにしてそこに集めている。フィリゲニスが応急処置でがわだけ整えたのだ。

 まれに金貨や宝石も見つかっているが、現状使い道がないのでガラクタと一緒にしまいこんでいる。見つかって嬉しいのは金属製の武器だ。ナリシュビーたちは鍛冶技術を持っていないので、武器や調理器具は黒曜石といった石器なのだ。

 見つかったそれらは進が質を上げて、ナリシュビーの兵や見回りに貸し出すという形になっている。見つかる武器のほぼ全ては壊れているが、それでも石器よりもましなので、心強い武器なのだ。

 

 廃墟は少しずつ住みやすくなっている。その一方で人間関係はというと、そちらも少しずつ変化が生じていた。

 ラムニーの我慢できる期間が迫ってきているということだった。

 できるだけ進の近くにいようとしたり、進を眺める時間が増えているのだ。

 夜這いといった行為をする気配はなく、進が話し相手をすれば気晴らしになるようで、もう少し時間があるだろうなとフィリゲニスは見ている。

 フィリゲニスが探索の終わった廃屋解体をするというので、それに同行せずラムニーの相手をすることにした進は声をかける。


「家の地下掃除をしようと思うけど、ラムニー付き合ってくれるか」

「はい、喜んで!」


 ぱあっと輝くような笑顔で頷く。

 家の地下なら安全だろうと、ビボーンも解体の補助に向かったので二人で作業だ。

 フィリゲニスがいない今がチャンスだとラムニーが考えることもなく、真面目に掃除する。一緒にいて雑談できるだけで満足そうだった。

 ちなみに暗めの地下ではラムニーが魔法で明かりを確保している。こういった簡単なものはフィリゲニスから教わって使えるようになっている。以前よりも魔力が増えたため発動がスムーズにいくらしい。


「今のところ我慢はどんな感じなんだ?」

「まだまだ大丈夫ですけど」

「けど?」

「夜になって別の部屋にいる二人の声が聞こえてくると、なにか体の奥が熱くなる感じがします」

「へ、へー」


 少し気まずそうに進は顔を背けた。声を押さえているつもりだったが、今日からはもっと防音に気を付けようと決める。


「き、きちんと寝れてる?」

「はい、目を閉じていればそのうち熱さも引いて」

「それはよかった」


 ラムニーに寝不足の様子はないが、隠しているだけかもと疑う。

 ラムニーの顔をしっかりと見ると隈などない。本当にきちんと眠れているようで安心する。


「ラムニーって子供の作り方の知識ってあるのか?」


 自身に起きた状態を理解していないラムニーに、性に関する知識はあるのだろうかと聞く。


「ないです。私たちは女王のため群れのため働くことを求められ、そこらへんの知識は与えられませんでしたから」

「じゃあ、我慢ができなくなってもどうすればいいのか知らなかったりする?」

「はい。でもそこらへんの知識はススムが知っているから教えてもらえとビボーンが言っていました」

「そっかー」


 無知な少女を自分色に染められるのかと少しだけ興奮してしまう。

 そんなエロ漫画みたいなことを考えた自分に馬鹿なこと考えてんなと自分自身で叱る。

 ラムニーが知識不足だとわかったので、進が自制しないと馬鹿な方向に突っ走る可能性がある。それを認識した進は馬鹿をやれないようにフィリゲニスに見張っててもらおうかと思ったが、他者の情事を見て喜ぶ趣味もないだろうと、頑張って自制する方向で行くことにする。

 

「すぐにって話でもないし、まだ気楽に構えてていいか」

「なんの話ですか?」

「今のラムニーにはあまり関連しない話だな。そのままでいてくれるのが一番なんだが、本能が求めてそうはならないらしいし」


 一応は受け入れているがやはり複数婚というのは戸惑うのだ。

 いつまでも結婚に関した話をしてないで話題を変えることにする。


「我慢している以外で、体の調子はどうだ? 変化してからある程度時間が経過しているから以前と違ったところが発見できたりした?」

「以前より調子いいくらいですね。小さな頃からこれくらい動けたなら見回りではなく兵として採用されたかもしれません」

「魔物との戦いに備えた兵なんだよな?」

「はい。たまーにですけど、腹をすかせた魔物が洞窟近くに来ることがあったので、それを撃退するために日々訓練しているナリシュビーがいます」

「どういった魔物がいるのか教えてくれ。俺は獣みたいな魔物とトカゲの魔物くらいしか戦ったことがないんだ」

「その二つ以外に私が見たのは、鳥の魔物と転がるなにかくらいです」


 転がるなにかとはなんだろうかと進は首を傾げる。

 ラムニーもよくはわからなかった。緑色の一メートルくらいのなにかが転がっていたのを見たことがあるだけなのだ。岩にしては丸すぎる感じだったし、そもそも坂を転げ落ちるのではなく平地を転がっていたので岩ではないと判断した。


「ほかには昔の見回りが穿土蛇という、土の中を移動する大きな蛇を見たとか」

「そんなのがいるのか。魔物もこの大地でわりと生きていけているんだなぁ」

「そうですね。魔物なりに適応しているんだと思います」


 そのまま雑談を続けて、昼食前まで掃除を行っていく。

 昼食に戻ってきたフィリゲニスに進は、こっそりと睦言がラムニーたちに聞こえていたことを知らせる。

 フィリゲニスも睦言を聞かれて嬉しがるような性格ではなく、恥ずかしそうな顔になって魔法で防音すると進に返したのだった。

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