23 女王の選択
「お、おお!?」
進が驚きの声を上げる。
質を高めたナリシュビーのローヤルゼリーが、金色へと変化した。
道具使いとしての感覚が、さらに価値が上がったことを訴えてくる。
すげーとビボーンたちに中身を見せる。
ちらりと中身が見えた女王が進に声をかけた。
「あ、あのすみません! 私にも見せていただけないでしょうかっ」
「どうぞ」
軽く渡された小瓶が、女王にとっては見た目以上に重く感じられた。
とろりとした金色のローヤルゼリーは、見ただけでこれまで自分たちが食べてきたものを超えているとわかる。
これが答えだと女王は閃いた。
今後正常化していく周辺にともない魔物も力を取り戻していく。その魔物に対抗するには、この上質のローヤルゼリーが必要だと断言できる。このローヤルゼリーを食べて力を底上げした子供たちを今代の子供たちが育て鍛える。育ち切った次世代たちは今の自分たちを超えたナリシュビーになっているだろう。その次世代と次世代の女王が子をなせば、彼らの力を受け継いだ子孫が生まれ、魔物に抵抗できるだけの力を持つ。
このローヤルゼリーのように黄金に輝く未来が女王の脳裏に浮かんだ。
「こ、このローヤルゼリーのようにほかのローヤルゼリーもこのように変化させることは可能なのでしょうか!」
「え、できますけど」
「ぜひお願いします。ナリシュビーの今後のためぜひ変化していただきたい!」
求められるなら土下座もするといった勢いで女王は頼み込む。
女王がなにを考えたのか察することができたのはビボーンとフィリゲニスだ。進とラムニーはなぜそこまで熱心にと疑問顔だ。
「女王、こういってはなんですが、対価は払いきれるのですか? ミードだけでかなりのものを出したでしょう」
「我らナリシュビーをそちらへ」
『え?』
ビボーンの問いかけに即座に女王は返し、驚きの声が重なった。
問いかけたビボーンだけではなく、話を聞いてた護衛と世話役のナリシュビーたちも驚いていた。
「ナリシュビーを?」
確認するように聞き返したビボーンに女王はしっかりと頷いた。
「はい。私たちはあなた方の下に就きましょう。この上質なローヤルゼリーには私たち自身を差し出すだけの価値と可能性があります」
「女王!?」
驚きと戸惑いを混ぜた声がナリシュビーたちから上がる。説明が欲しかった。あっという間に自分たち全員が他種族の下に就くことになりかけており、なにがなんだかわからなかった。
戸惑う仲間たちに女王は、自らの考えを話していく。改善されていく環境に、ナリシュビーがついていけるのか。それに大丈夫だと言い切れるナリシュビーはいなかった。
「次世代の子らに、この上質なローヤルゼリーを与えられるならば、そんな環境も問題なくなると私は判断しました」
言い終えて、お返ししますと進にローヤルゼリーを差し出す。
そして世話役に進たちが寝泊まりできる部屋への案内を頼み、護衛には各部署の長を連れてくるように頼む。
案内された部屋では、枯草の上にシーツを敷いて大きな寝床にしていた。
机もあり、そこに水差しが置かれている。
なにかあれば呼んでくださいと言ってから、案内した世話役は去っていった。
「驚きの展開になったな」
手にしたローヤルゼリーを弄びながら進が言う。
「予想外だったわね」
「たしかにそれは良い物だと思うけど、あの決断をさせるものだとはね」
フィリゲニスとビボーンが同意する一方で、説明を受けたラムニーはわりと納得できることだと言う。
「それがなくても、水や土の正常化を知られたら同じようになったと思います。ここでは手間暇かけて水をろ過しているのを見ましたよね? その手間がなくなればほかに労力を回すことができます。まともな土があれば、育てられる花の数が増えて、貴重である蜜をもっと多く採取することができます。それを可能にするススムと協力関係になろうとするのは十分に考えられたことでした」
衣食住の食をグレードアップさせることができ、それによって生じた余裕で衣と住も向上できる。生活が改善されれば、ナリシュビーの数も増える。一族の繁栄へと繋がる道筋が見えたのなら、上に立つ者として見過ごすことはないだろう。
「それでも協力関係を飛び越して、下にというのは思い切ったことだと思うけどな」
「女王が言っていた、今後に流れに乗り遅れないためにもチャンスがあるなら乗るべきだと考えたのでしょうね。悪いことではないと思う。私たちにはない技術を持った人たちが良い関係でいてくれるのだから」
フィリゲニスは女王の判断に賛成した。廃墟の生活環境を整えるなら、ナリシュビーたちという労働力はありがたいと思うのだ。
「部下とか配下とかそういったのができて、どうすりゃいいんだ?」
「難しく考えなくていいんじゃないの? 村ができて、村人が増えたとかそういった感じでいいわ。軍隊とかそういった厳しいものじゃなくて、もっと緩い感じの集団の上になったって考えておきなさいな」
「それならって、なんか俺がトップって感じの言い方な気がする」
ビボーンの言葉に頷きかけて、ちょっと待てと疑問を発する。
「当然。あなたの魔法が女王にあの判断をさせたのだから。女王は私たちの下に就くでしょうけど、メインはあなただと思うわ」
「強さとか知識の多さなら、フィズとビボーンなのに」
「この環境を良くしていくという点だとあなたもたいがいよ」
そう言われるとなにも言い返せず、進は別の話題に移すことにする。
「これを飲もう。水差しがあるし、薄められる」
水差しの中身を確認して、小瓶に少しだけ水を注ぐ。
とろりとしていたローヤルゼリーがさらりとしたものになる。
それを一口飲み込む。見た目は蜂蜜だったが、甘さは控えめで酸味の方が強かった。
力がつくと女王は言ってたが、すぐに変化が起こるようなものではないようで、現状は胃がぽかぽかする程度の変化だ。
「はい、フィズ」
渡されたローヤルゼリーを飲んだフィリゲニスは、ラムニーに渡す。
「私もいいんですか?」
確かめるように聞き、頷きが返ってくると一口飲む。そして残ったものをビボーンに渡す。
「私は飲めないから、骨に擦りこむのを手伝ってくれないかしら」
頷いた進たちは全員でビボーンの全身に塗り込んでいく。
もらったローヤルゼリーを全部使い、することがなくなった四人は雑談をしながら夜を過ごす。
◇
進たちが出て行き、すぐに各部署の長が女王の部屋に入ってくる。やってきたのは兵の長、生産の長、運営の長の三人だ。
呼んだ者たちが集まって、女王は口を開く。
「自由時間に呼び出して、ごめんなさいね。どうしても伝えたいことがあったの」
「どのようなことなのでしょうか」
運営の長がすぐに聞き返す。
「お客様を迎えたことはすでに知っているわね。彼らにお礼としてローヤルゼリーを渡しました」
「本当にローヤルゼリーを渡さなければならなかったのでしょうか。あれは子供たちにとって大事なもの。別のものでも良かったのではと思いますが」
運営の長が言い、女王は首を横に振る。
「皆が満足するような飲み物を大量にもらい、あれ以外のなにを返せるというのですか」
「それは、そうなのですが」
「私はあれでよかったと確信しています。そのローヤルゼリーですが、先ほど渡しました。すると人族の男ススム殿がローヤルゼリーに魔法をかけて、よりよいものへと変えました」
どういうことなのだろうかと長たちは不思議そうな顔になる。
「そのままの意味です。私たちが口に入れたことのあるローヤルゼリーよりもさらに上質なものへと作り変えることが可能なのです」
「そのようなことありえないでしょう。同族ならまだしも、人族があれをどうこうなど」
「それを見たのは私だけではありませんよ」
女王があの場にいた者たちに同意を求めるように顔を向ける。次世代の女王や護衛たちが頷いた。
本当なのかと生産の長が聞くと、再度頷きが返ってくる。
「知らせたいこととはこのことなのでしょうか」
「これもですが、本題は別です。作り変えられたローヤルゼリーを見て、私は彼らの下に就くことに決めました」
女王の発言に長たちは心底驚く。
問いただそうとする三人を手のひらで止めて、そう決めた理由を話す。
将来のことまで考えての発言に、反対一色という感じではなくなる。
特に兵の長は賛成の色合いが強い。逆に運営の長からは反対という雰囲気が漂う。
兵の長たちの仕事は当然ながら一族を守ること。環境が良くなって、それに取り残されるとまずいというのは納得できた。魔物たちと直接戦うのは彼らであり、現状魔物の力量がよく理解できているのも彼らだ。魔物が元気になったら対応が難しくなると容易に推測できた。
「私は反対です! 他種族の下に就くなど! どのような扱いをされるかわかったものではない。むしろあちらを取り込めばいいではないですか。数が少ないのだから、武を持って抑え込むことは可能なはず」
「それはもっとも愚かな選択ですよ」
女王は運営の長の意見を即座に切って捨てる。兵の長は同意だと頷いた。
「そうですね。その選択だけはない」
「お前も言うのか」
「何十年も悩まされた地下の魔物を倒したのは彼らだ。人数を揃えてもあれをどうにもできなかった我らより、あちらの方が強いということだ。そんな者たちに武を持って迫る? 冗談にしか聞こえん。私は部下に無駄死にしろと言う気はない」
「で、でしたらあやつらに同行している仲間を向こうに渡すことと引き換えに同盟でも結べばっ」
「それも無理ですね。ラムニーはすでに私たちとの縁を切り、向こうの仲間になっています。その彼女を利用しようなどとすれば反感を買うだけですよ」
「ですがあそこまで育ったのは、我らの力があってこそ。その恩を今このときに返してもらう、それは認められないのですか」
認められないと女王は首を振る。
それはこれまで事故で羽を落とした者たちに下した決定を馬鹿にするものだ。
事故であっても羽を落とせばこことは関係が絶たれる。これまでずっとそうしてきた。例え羽を落とした者が泣いて頼み込んでも、彼らと仲が良い者が必死に頼んでも、ナリシュビーたちは受け入れなかった。
ずっとそうやってきたのに、自分たちの都合のため、これまでのルールを捻じ曲げるということは、羽を落とし住処の外で死んでいった者たちに恨まれても仕方がないことだ。
「一族のためになるなら、決まりなど変えても良いではないですか!」
「一族のためになるなら恥知らずになることを受け入れて、決まりを変える。それは場合によってはありでしょう。ですが先ほども言ったように、彼らは我らよりも強い。こちらの言うことに彼らが従う必要はないのですよ。決まりを変えたところで無意味です」
女王から見て、進たちがナリシュビーの力を強く欲していたら交渉の余地はあったのだ。
だがナリシュビーたちの住処に来たのはただの偶然で、ここに留まる意味はなく、協力を絶対欲しているというわけでもないと女王は見ている。
実際は廃墟再建にナリシュビーがいたら便利だとは思っているが、それを伝えてなどいないので女王は交渉できると思っていない。
もっとも交渉の余地ありと見抜いていても、運営の長の提案には乗らないのだが。進たちに喧嘩を売るような真似は怖くてできないのだ。
女王は一族の者たちよりも種としてランクが一つ上な状態だ。だから一族よりもフィリゲニスとビボーンの力が見抜けたし、蛸の魔物をどうにかしたという話をすぐに信じられた。圧倒的な差が感じられていて、進とラムニーという足手まといがいても守り切れるだけの力があるとわかっている。そんな相手に挑んでも、反撃で一族が壊滅するだけだとわかっているのだ。
兵の長も戦闘に携わるものとして、女王ほどではないにしても力の差は感じ取れていた。だから武をもって迫ることを拒否したのだ。
「運営の長よ。そこまでにしておきなさい。女王は決めたのだから。女王に従うことが我らだ。女王がより良い未来を選んだことを信じ、ついていくしかありませんよ」
生産の長が運営の長に言い聞かせるように発言する。
味方がいないことを悟って、運営の長は渋々と頷く。
「不安があるのはわかります。この選択が一族を窮地に追い込む可能性がないとは言いません。ですが逆に繁栄への道へ繋がる可能性もまたあるのです。私はそちらを欲し、可能性があると信じた。すぐに結果はでないしょうが、あなたも信じてもらえるととても嬉しい」
「……わかりました」
一応といった感じで運営の長は受け入れた。
女王と運営の長が良い意味で裏切られるのはそう遠い未来ではなかった。
感想ありがとうございます




