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20 二つ目の石碑

 小屋に戻ってきた二人にビボーンはおめでとうと声をかける。なんのことかわからないラムニーは首を傾げた。


「もしかして夜に起こしたか?」


 やっていたことを聞かれていたかと進は気まずいものを感じる。

 そんな進に対してビボーンは苦笑といった雰囲気をまとわせて頷いた。


「出て行くときにね。聞こえてきた声とかで何があったのかはわかっているわ。酔いが覚めても仲違いしている様子はないから、おめでとうって言ったの」

「そっか。ちなみに夜の時点で止める気はなかったのか?」

「昔から男女のことには関わらないようにしているからね。止めた方が良かったのかしら」

「いや、いずれこうなっていた気もするし」


 フィリゲニス側が積極的で、進も拒絶していたわけではないから遅かれ早かれこうなったのだろう。


「昨夜なにかあったんですか?」

「あー……どうしよう」


 言っていいものか迷い、フィリゲニスを見る進。今後もやることはやるだろう。そのときにばれる可能性はあり、今のうちに言っておいた方がいいのかと思ったのだ。

 フィリゲニスは特に迷うことはないだろうと結論だけを告げる。


「私たちは夫婦になったのよ」


 フィリゲニスにそう言われてラムニーはまた首を傾げる。


「夫婦ってなんでしょう?」


 この地で生きるナリシュビーには夫婦という言葉になじみがない。彼らの生態は蜂に似ている。つまり子供を産むのは女王のみで、ラムニーたちは働くことのみを生涯のものとして生きている。

 女王と番になる相手も、愛情はほぼなく仕事として子種を提供している。

 ほかの地に住む蜂の虫人はこうではない。女王の子があとを継ぐのはナリシュビーと同じだが、ほかの者たちも子供を産み育てるのだ。

 ナリシュビーがこうなのは、厳しいこの土地で自由にやれる余裕がなく、生態を蜂に近づけて生まれる人数の調整をしているからだ。

 三人から夫婦について説明を受けたラムニーは、他種族の概念としてそんなものがあるのだなと納得した様子を見せる。


 朝食を終えた四人は、フィリゲニスの感覚に従って移動していく。

 三時間ほど海岸沿いに移動して、ここから先は海から離れるということで、昼食用の魚を昨日と同じ方法でとる。その魚を魔法で出した氷を使って氷締めして持ち運ぶ。

 昼頃になると四人の目の前には岩山があり、その麓に洞窟の入口が見えた。


「ラムニーはあの洞窟の内部について知っているのかしら」


 フィリゲニスに聞かれて知らないと首を振る。

 正確にはそこにはなにもないから、入って調べなくていいと先輩から聞いていた。魔物が入り込んで繁殖している可能性もあったが、一人で入ってそれを調べても返り討ちに合うだけなので、放置していた場所だ。


「先輩から調査とかしなくていいと聞いてました」

「しなくていい、か。仕事に慣れている先輩たちがやっていたのかしら」

「そうじゃないみたいです。先輩たちもあそこには入ったことはないと言ってました」

「放置する理由があるのかしらね。警戒しておきましょう」


 フィリゲニスが注意を促し、三人は頷いた。

 入る前に魚を焼いて食事をすませて、洞窟そばにゴーレムと荷車を置いて、中に入る。夕食用の芋は袋に入れて持ち歩く。そうしないと魔物や獣に持っていかれるのだ。

 警戒用の魔法を使って、洞窟に足を踏み入れる。

 洞窟の中は外よりも気温が低い、人が三人くらいは余裕で横に並んで歩く広さもあった。

 入ってすぐに自然にできたものではないなと思えた。壁や地面は荒れてはいるが、ある程度平らなのだ。魔法か人力かはわからないが岩山をくりぬいた感じだろうと、四人は推測する。

 フィリゲニスは壁に触れつつその感触を確かめ口を開く。


「確実に人工物よねここ。そんな場所に近づかないでいいって言っていたということは、ナリシュビーの上層部はここがなにか知っていたのかしら」

「彼らのご先祖様が調査したときになにかを見つけて、危険だから近寄るなと言ったのかもね。有用なものなら出入りが多くなるでしょうし」


 ビボーンにここへと出入りする誰かを見たことあるかと聞かれ、ラムニーは首を横に振る。


「とても大事なものを隠しているか、かなり危険かのどちらかかしらね」

「どちらにしてもここに入らないというわけにはいかないし、慎重に進もうぜ」


 ここにある石碑と同等のものを壊せば、フィリゲニスが力を取り戻せて、さらに環境が良くなるのだから見過ごすつもりはない。

 魔物を警戒し、基本一本道を進む。弧を描いた緩やかな下り道で途中に分かれ道はあるのだが、亀裂が広がったものであり本来の道ではないとわかる。それでもそちらを進んでみたが、すぐに道がなくなり、これといった発見もなく引き返す。

 延々と下り道を歩き、かすかに潮の香りがするようになる。

 海に繋がった地下水脈があるのだろうと話しながら、洞窟に入って約一時間半で最下層らしきところに到着する。

 空間の大部分が水に支配され、壁際に幅二メートルほどの通路がある。二ヶ所通路が途切れて短い橋がある。その部分は水が移動するための穴が壁に開いていた。格子がついていた形跡があるが、今は壊れてしまっている。

 廃墟の地下のような異臭はしない、水が流れているからだろう。その分、海へと汚染された水が流れて近隣の海や浜から生物が減少する原因になっていそうだ。


「ここにも石碑があるわね」


 ビボーンの視線の先に、水面から突き出た石碑がある。

 

「まずはここにも魔物が潜んでいないか調査しましょ」


 ビボーンが足元の石を拾って水へと投げる。進たちも真似して投げた。

 ぼちゃんと音がして波紋が広がってすぐに、水中から吸盤のついた触手が出てきて、四人のいる方へと叩きつけてくる。触手の太さは丸太ほどで、なかなかの大きさの魔物がいそうだとわかる。

 叩きつけによる被害はゼロだ。フィリゲニスとビボーンがすぐに反応し、進とラムニーの手を取ってその場から移動したのだ。


「触手を斬るから、三人はまた水の中に石を投げてちょうだいな」


 フィリゲニスが言い、三人はそれに従ってちゃぽんちゃぽんと石を投げいれる。

 鬱陶しいのかすぐに魔物からの反応があった。今度は三本の触手が出てきた。


「漂う風、集まりて、鋭くあれ。ウィンドスラッシュ」


 フィリゲニスから解き放たれたいくつもの風の刃が、振り上げられた触手を切り裂いていく。

 いくつかに切り分けられた触手が水に落ちていき、数秒後水中からザバンッと大きく水しぶきを上げてネイビーブルーの大蛸が姿を見せる。怒っているのか、十本ほどの触手を水中から出してぶんぶんと振り回していた。

 その大蛸へと、フィリゲニスがすぐに魔法を放つ。


「凍れよ水、そそり立て槍、無数に生えて、刺し貫け。ランスガーデン」


 水が鋭い氷の大槍となって、いくつも水上に生えた。氷の生み出す冷気が進たちのところまで届く。

 その氷の槍に大蛸は貫かれて、動きを封じられた。びくびくと体が動き、氷の槍から逃れそうとしているが、ダメージと血液流出ですぐに動きが鈍くなっていった。

 これをなしたフィリゲニスが少し緊張したように隣にいる進を見る。

 強力な魔法を使ったことで怖がられるかもと思ったのだ。進はすごいなと感心していて、ほっとした様子になる。


「ラムニー、この大蛸って食べられるやつ?」

「この光景を見て気にするところはそれですか」


 ラムニーは自分などでは到底実現不可能な光景を見て畏怖を感じてた。だが進の質問に力が抜ける。

 ビボーンはやはり食欲なんだなと呆れていた。


「ここまで大きいのは見たことはありませんけど、小型の同種は漁でとれることがあります。食べられないことはないけど、ぬめりとか硬さであまり好まれませんよ」

「毒は?」

「ありません」

「ぬめりは塩か片栗粉があればとれるはず。硬いのは身を解してないからじゃないか? 取ったときに何度も岩に叩きつけたりして筋肉をほぐせば柔らかくなるって聞いたことがある」

「そんな下処理が必要だったんですか」


 二人が話している間に大蛸は死亡し、フィリゲニスは魔法を消す。大蛸は力無く水中へと沈んでいった。このまま水生生物の餌になるのだろう。沈んでいく大蛸を進はもったいなさそうに見たが、荷物になるので持っていくわけにもいかないため諦めた。

 氷で石碑までの道を作り、四人で石碑に近づく。

 この石碑にも廃墟にあった石碑と同じように保護の魔法がかけられていた。以前は石材を劣化させたが、今回は保護の魔法を劣化させてみようと考えつつ進は魔法を使った。


「保護の魔法に干渉してみたけど、効果はでてるかな」


 外見上はどのように変化したのかわからず、魔法に長けた二人に聞く。


「出てるわね?」


 少し自信なさげにビボーンがフィリゲニスに聞き、頷きが返ってくる。

 あとは壊すだけと、フィリゲニスが周囲の水から氷の塊を十個以上生み出し、石碑にぶつけていく。

 氷は砕けて、石碑も破片を生じさせ、そのうちに石碑の上部が折れて水中に落ちていった。


「ん、繋がりが絶たれたわ」

「これで残りは二つか。どこにあるんだっけ」

「南と東。そこそこ離れているから、行くなら水と食料をきちんと準備しないとね」

「となるとしばらくは無理か?」


 今回は海が近くにあって、水も食べ物も容易に確保できた。それが難しいならば準備をしっかりしていないと途中で引き返すことにもなるだろう。

 話しつつ壁際の通路へと歩いていると、ラムニーが皆を止める。


「そこの穴から誰か来ます。私と同じナリシュビーです」


 ラムニーが指差したのは地震かなにかで壁にできた大きな亀裂だ。

 そこから感じられるものは慣れ親しんだ気配であり、それなりに近くまで接近していたため気づくことができた。

 四人が足を止めて、一分もせずに二人の女が穴から出てくる。


「人?」


 警戒していたらしい二人は、四人を見ると驚いた表情になった。だがビボーンを見ると警戒する様子も見せる。

 ラムニーに知り合いかと進が尋ねる。


「親しいわけじゃないですけど、顔見知りです。兵の長たちですね」


 その会話を聞いて、ナリシュビーたちはラムニーに視線を向ける。そこで同類と気づけたのだろう。


「お前は同類か。たしか見回り担当が一人帰ってこないと報告を受けたが、生きていたのだな」

「羽がないということはここを離れたのか」

「はい。魔物に襲われて羽をなくしましたが、この方たちに助けていただき、一緒に行動すると決めました」


 そうかと頷いた兵の長は、ビボーンは危険じゃないのか尋ねてくる。

 それに対しラムニーがまったくと返す。

 兵の長たちは一応信じることにしたようで、警戒を減らす。


「あなた方はここにはなんの用でこられた。ここは危険な場所であり、我らにとって大事なところ。あまり近づいてほしくはないのだが」

「危険というのが蛸の魔物なら倒したわよ」

「あれを倒したのですか?」


 フィリゲニスの言葉を聞き、ナリシュビーたちは信じられないといった表情を浮かべる。自分たちではどうにもできない魔物だったのだ。


「証明してみせよう」


 進が足元の石をいくつも持って、水へと投げ入れた。

 バチャバチャと派手な水音を聞いたナリシュビーたちは警戒態勢を取るが、いつまでも静かな水面を見て恐る恐る警戒を解く。

 いつもならばあれだけ派手な音を立てると蛸の魔物が縄張りを荒らされたと姿を見せる。それが姿を見せないことから本当に倒されたと理解せざるをえなかった。

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