18 海へ
昼食後に探索を再開し、布を探していく。
はりきりすぎないでいいと言われたラムニーは、午前中とは違って三人の指示を待って動くようになった。
三人も無理をしないラムニーの様子を見てほっとしていた。今は体を大事にしてほしかったのだ。
夕方までにある程度の布が集まって衝撃吸収に足りるかと首を傾げる。
試しに敷いてみるかと、フィリゲニスが荷車を作る。
荷車に敷き詰めてみると、全体に行き渡ってはいるものの衝撃吸収はできそうにないと思えた。
「我慢するしかないかしらね?」
「そうだな」
「移動の衝撃で骨が欠けちゃいそうねぇ」
仕方ないかと三人が思っていると、ラムニーがいいですかと声をかける。
「どうしたんだ」
「布だけじゃなくて、細かく砕いた木材の破片を敷きつめて、その上に布を敷いたら少しはましになるんじゃないでしょうか」
「おー、ありかもな」
フィリゲニスたちも感心したようにラムニーを褒めて、どうして思いついたのか聞く。
褒められてことで嬉しそうにしつつラムニーはどうして思いついたのか話す。
「午前中に地下への階段から転げ落ちたじゃないですか。そのときに下敷きになった木箱が少しだけ衝撃をやわらげてくれて」
「なるほど、失敗から学んだのね。うん、いいことだわ。あなたはあなた自身が思っているよりも役に立っているわよ。だからもっと気楽に過ごすといいわ」
ビボーンが言うと、ラムニーは首を傾げた。
「いいんでしょうか」
「いいんじゃないか。俺も魔法以外だと、そんなに役立ってないからな」
その魔法が規格外ではあるのだが、使い手の進はあまり重要性を理解しておらず気楽なものだ。
なにせビボーンもフィリゲニスも変質の魔法について知らない。魔王戦で必要になると知っていれば重要性を説いただろうが、彼ら自身も知らないとなると珍しい魔法とだけしか言いようがない。
だからこの世界のことは二人から聞くしかない進も、珍しいものとして受け取るしかないのだ。
「さっそく木材を集めて砕いていきましょ。朽ちかけの木材ならそこらにあるしね」
ビボーンが言い、三人は頷いて集めていく。
簡単に崩れるそれを四人で日が暮れるまで細かく砕き、一ヶ所に集めておく。
夕食は肉を解凍し、焼いてでた肉汁とミードを合わせたソースをかけた焼肉と茹でて潰した芋だった。
焼肉はミードを味付けに使ったことでラムニーにも好評だった。
ラムニーの体調を整えるため一日おいて、四人は海へと向かう。空にはぽつぽつと雲が浮かび、遠目にも黒い雲はなく移動中に雨に降られることはなさそうだ。フィリゲニスが作った荷車は屋根がないので雨が降らないのは助かる。
フィリゲニスが命じればゴーレムはその命令のままに動くため、御者いらずで楽なものだ。
揺れは馬車よりも大きかったが、地面自体が荒れたものではなかったので、がたんごとんと大きく跳ねることもなく進むことができた。
整備された道はないが草木などが非常に少なく、見晴らしがとてもいいので荒れた部分は簡単に避けられるのだ。たまに小石を踏んでがたんと揺れるくらいだった。
歩くよりも少しだけ速い移動で、昼になる少し前には海に到着することができた。
ゴミのない日本の砂浜より綺麗なところだが、蟹や海鳥といった生物の姿がほぼない。静かな浜だと進は感じる。
「フィズ、ここらへんに繋がりはあるのかしら」
「もっと北ね」
「北に行くんですか?」
故郷の近くに行くなとラムニーは思いながら聞く。
「うん、海で食料獲得以外にやりたいことがあるからね。一日くらいは移動する必要があるかもしれないわ」
「故郷の洞窟が近いんだったかしら。無事を知らせたいならそこまで移動してもいいけど」
ビボーンの提案に少しだけ迷った様子を見せたラムニーは、首を横に振った。
生きていることを喜んでくれるだろうけど、背中の羽がないのをみたら歓迎まではされないだろうと思えた。顔を合わせたら未練が生じるかもしれないし、三人と一緒に暮らすことを考えたら、このまま顔を合わせずにいた方がよいと思った。
「そう? 行きたくなったらいいなさいね? それでここらで休憩しようと思うのだけど、貝や魚はどうやってとっていたのかしら。すぐにとれる?」
「貝はそこらへんを掘ってました。ただし砂抜きする必要があるから、とってすぐには食べられないです」
砂抜きとはなんだろうかと首を傾げたのはビボーンとフィリゲニスだ。料理はあまりしてこなかったので知らない知識だった。
「貝は砂を体内にいれているから、ある程度塩水につけて砂を吐かせないと食べたときにじゃりっとするんだよ」
「へー、お店で出された貝はそんな処理がされていたのね」
「ススムの言ったとおりですね。砂抜きには一時間から三時間くらいかかります。魚の方は大きな網を準備します。その四隅にロープを結んで四人くらいでロープを持って、水中に網を放り込みます。そして十分くらい待って、網を引き揚げると数匹とれることがあります。ただし水中の魔物に襲われることがあるので、水上で待機中も注意が必要だそうです」
漁は見回りの次に危険な仕事だったのだ。短時間ですませれば襲われることはないが、欲張って何度もやっていると魔物から狙われる。
ちなみに兵の危険度はそこまでなかった。見回りや漁に従事する者と違って、戦う術をきちんと仕込まれるので戦える分だけ危険度は下がるのだ。
「網も釣り竿もないし、私なりのやり方で魚をとろう」
どのような方法でやるかわからないが、進はできるだけ穏便な方法でやるように頼む。
「あまり派手にやるとここらを警戒して魚が近寄らなくなるから、攻撃魔法を叩き込むのはやめといてくれ」
「派手にやるのは駄目かー。だったら海水をえぐりとって波辺にぶちまけようかしら」
念動力で海水を浮かばせて浜辺までもってこようという感じだ。
それなら大丈夫かなと進も反対しなかったので、早速魔法を使う。
「見えざる手、動け、意のままに。サイコキネシス」
四人が立っているところから数十メートル離れたところに、ざばりと水の塊が浮かぶ。
それが勢いよく浜へと飛んできて、そのまま地面にぶちまけられた。びちびと跳ねる三匹の魚と一緒に、ウツボのような青い魔物がうねうねとしていた。
「ラムニー、あの青いやつは食べられるの?」
進が聞くとラムニー微妙な顔になる。
「食べられないことはありませんが、臭みが強くて食料には向いてないです」
「倒して強くなる糧にするか。そのあとは肉をウナギのものに変えよう。ラムニーが倒す? 陸に上がった状態なら噛みつきに注意すれば倒せるだろうし」
ウツボはウナギ目だったはずと思いつつ聞く。魔物だからその分類は無視されて変化できないかもしれないが、鯖くらいの魚が三匹いて、この魔物が食べられなくても困らないため変化しなくても困らない。
「倒していいならやらせてもらいます」
強くなる機会は大事なので、ラムニーも乗り気だ。
進は持ってきていた折れた剣を渡す。
借りた剣を持ってラムニーは魔物の正面に立たないようにして、剣を振り下ろしていく。
魔物の牙は鋭く、体も太めではあるが、水中から引きずり出されれば、そのポテンシャルはまったく発揮できず、ろくに反撃もできずに倒された。
剣を返してもらった進は魔物を剣で突いて、しっかり死んでいることを確認し、魔法をかける。あまりやる気もなかったためか、変化することはなかった。
「この死体どうしよ。なにか利用できる?」
「牙がなにかに使えるくらい? ほかにはこれを餌に魔物をおびき寄せることもできるかしら」
生産に関する者ならばいろいろと利用法を思いつくのだろうが、四人はこの魔物に関する知識はないためどう扱えばいいのかわからず、牙を抜いて海に返す。ほかの魔物の餌となるだろう。
三匹の魚はラムニーの知識にあるもので、はらわたを抜けば食べられるものだとわかる。
魚をさばいたことがある者は進以外にいなかったので、土で台を作ってもらってさばいていく。
進も慣れているわけではないため、不格好な三枚おろしになったが、食べるのに問題はないだろう。
よく洗ってぶつ切りにしたあと調理はフィリゲニスに任せて、進は海水から醤油を作る。塩水をつかったためか、水から作るよりも味が濃くなった。大豆か麦があれば食べなれた醤油へと変化させられそうだ。
それらは見つからないだろうから当分は完全な醤油を味わうのは無理だろうと思いつつ、焼きあがった魚に醤油を垂らす。
「私も食べてみていいですか?」
「いいわよ」
ほどよく冷めたものを一切れ、ラムニーに渡す。
それにラムニーが噛り付き、小さく感嘆の声を漏らす。洞窟で暮らしているときに食べた魚とは違う味が新鮮だった。
「故郷で食べたものより、こっちの方が好みです」
「故郷ではどういった味付けだったんだ?」
「塩かハーブかハーブソルトの三種類でした」
ナリシュビーが手に入れられるハーブは一種類のみで、味に幅を持たせることができなかった。
ハーブは花をつけないタイムによく似たもので、風邪の予防にも効果があるものだ。
「塩も手に入れることができているんだな」
「作り方はこっちに来る前から知っていたそうです」
ナリシュビーは揚浜式で細々と作っているのだ。塩作りだけに人数を割くわけにはいかないので、どうしても細々としたものになってしまう。
話しながら昼食を終えて、皆で貝の採取をしていく。
土製の熊手をフィリゲニスに作ってもらって、砂浜をかいていく。
「貝もそこまで多くはとれないわね。繋がりをたてば、ここらの環境もましになるのかしら」
「少しずつ回復するでしょうね」
ある程度、砂を掘り起こして、顔を出した貝を拾っていく。四十五分ほどでアサリくらいの大きさの貝が六十個見つかった。
貝を探している間に、海水を土の器に入れて、高火力の炎で煮詰めて、塩を確保しておく。そうしてできた塩はにがりを抜いていないので苦みがあったが、品質を上げる魔法を使うと苦みはなくらないものの、大きく減った。
「あとは砂抜きだっけ」
「そうそう。海水を入れられる箱をお願い」
頷いた進が貝を入れられる箱作成を頼む。
「わかったわ。ちなみにこの貝はどう食べるの?」
「酒蒸しかお吸い物にしようと思う。手持ちの調味料なら、それくらいしかできないしな。ラムニー、これって毒はあったりするのか?」
「うん、でも取るのは簡単。砂を吐かせたあとに貝を開いて、スプーンとかでちょいっと取れます」
「確かに簡単そうだ」
フィリゲニスが作った箱に集めた貝を入れて、一度洗ってから海水を交換し、荷車の片隅に置く。
四人も荷車に乗り込んで海岸にそって北上する。下が砂地のおかげで速度は落ちたが揺れは格段に減った。
急ぐ旅というわけでもないので速度が落ちたことは気にせずに、波を音を聞きながら進み、夕暮れ頃に馬車を止める。