17 空回り
緊張した感じのラムニーを三人は不思議そうに見る。
気負っている様子だとビボーンとフィリゲニスは気付いたが、どうしてそうなっているのかまではわからない。
だから仲間から離れた慣れない生活が始まるので、気負っているんだろうと推測する。
時間がたてば気負いもなくなるだろうと今後について話すことにする。
「予定では海に行くんだったけど、ラムニーの体調が戻るまで待つ? 待つなら廃墟探索でもして時間を潰すってことでいいと思うの」
ビボーンの提案に、それでいいかなと思ったのは進とフィリゲニスだ。回復しないうちに動かすと、回復が遅れて辛かろうと思ったのだ。
しかしラムニー自身が否定する。
「もとから決まっていた予定があるなら、私のことで遅らせるのも悪いです。どうぞ予定通りに動いてください。文句など言わずついて行きますので」
「しっかり休んだ方がいいと思うのだけど」
「十分に休ませていただきましたから」
やる気に満ちた言葉に、それならと三人は海に行くことにする。
今日は準備を整えて、出発は明日だ。
拠点から出て、フィリゲニスが口を開く。
「移動は土で作った馬車でやろうと思う。振動がものすごいことになるだろうから、布切れを敷きつめて振動を和らげたい。だからこれから探すのは布よ」
「馬もゴーレム?」
そう聞いた進にフィリゲニスは頷いた。
試しにとサラブレッドより少し大きな土の馬が現れる。ラムニーがぽかんと口を開けて驚きの表情を浮かべた。
その馬にフィリゲニスがぽんと手を置く。
「本物の馬ほど速くないけど疲れることも餌も必要ないから便利よ」
「これに土製の荷車を引かせる感じかしら」
「ええ、その荷車にススムの魔法をかけてもらったら長持ちすると思うの」
話を進める三人に、ラムニーはますます役立たなくてはという思いを強くする。
こういった魔法は故郷では見られず、それをこともなげにやったフィリゲニスとそれを当然のように受け止めた進たちを見て、これくらいは出来て当然なのだろうというハードルがあるように思えたのだ。
「早速布を探しに行ってきます!」
頑張るという意思を込めて大きな声で言い、ラムニーは歩き出す。
一人は危ないわよ、というビボーンの声に一人での探索はなれていますからと返す。
そしてすぐ近くの原型を留めていない建物に入って、ぐらついていた柱に触れて崩れたそれに悲鳴を上げた。
「ちょっと大丈夫!?」
心配そうに駆け寄ってきた三人に、ラムニーは涙目で頷く。
「だだだだ大丈夫です! こんなことへっちゃらです」
「探索になれていても、体調が万全じゃないんだから俺たちと一緒に行動した方がいい。たまに魔物が入り込んでいることだってあるんだ」
ほらと差し伸べられた進の手を取って、ラムニーは立ち上がる。
さすがに魔物との遭遇も考えられると聞かれては一人で行動する気は起きず、ラムニーは三人と一緒に探索を始める。
ここには薪になりそうな朽ちた木材くらいしかなく、それを回収し外に出して、別のところを探索する。
次の標的としたのは屋根のない壁と床のみの廃屋だ。
地下倉庫の入口があるかもということで、ぼろきれ以外に階段を探し、ラムニーが入口らしきものをみつけた。
「こ、ここにありました! ここです!」
「元気がいいわねぇ」
微笑ましそうにビボーンが言う。
地下への入口は天井から落ちたらしい瓦礫が入り込んでいた。
大きいものはゴーレムに任せようと、二体のゴーレムが瓦礫を運び出す。それが終わるまで少し休憩し、粗方瓦礫が撤去されてから地下を覗き込む。
「私が行ってきますんで、皆さんはまだ休んででください! ではっ」
「あ、ちょっと」
休憩が必要なのはラムニーだろうと止めようとしたフィリゲニスの声を振り切って地下へと降りていく。
そしてすぐに悲鳴が上がる。脆くなっていた石の階段が崩れたことで床まで転げたのだ。
「あら」
「元気がいいのは良いことだけど、空回り気味ねぇ」
「ひゃあああああっ!?」
「今度はなにかしら」
用心して三人が地下へと降りると、腰を抜かしたような体勢のラムニーがいた。ラムニーの下には潰したらしい木箱の残骸があった。
「どうした?」
「小さな魔物がいて驚いちゃって」
「入口が狭かったから入り込んでいたんだな」
急いで立とうとしたラムニーを、そのままでいいからと留めて、探索をしていく。
壊れかけた棚の下に、何枚もの服が入った木箱があった。魔物がかじったようで、着ることはできないが、馬車の床に敷くことはできそうだった。
木箱の質を上げて壊れないようにして運び出す。
それを持って次の探索場所へと向かう。数ヶ所を回り、どこでもラムニーは失敗を繰り返していく。
率先して動こうとするのは感心できることだったが、そのうちまた大怪我するかもと考えた三人はラムニーに動かないように言う。
それをラムニーはこれ以上の失態は見てられないから動くなというふうに受け取って、落ち込んだ様子で三人の後ろをついていく。
昼になって昼食のため、芋を植えている広場に向かう。
それを見てラムニーは池を見たときと同じように驚く。
「こ、ここは」
「俺たちが主食にしている芋が埋まってるところだよ」
「こんなに草がいっぱいだなんて、なにをしたらこんなに」
故郷の花を育てている場所よりも草が多く、生えている草も元気だ。こういった元気な草は遠目に見える危険な山などにしかない。ラムニーたちが行ける場所にはなかったのだ。
「魔法だよ。土を変えたんだ」
「そんな魔法があるんですか。葉っぱに触れてもいいでしょうか?」
好きにするといいと三人は言い、昼食用の芋を抜き始める。
ラムニーは近くにある葉にそっと触れる。洞窟の花畑は見たことはあっても触れたことはない。花畑の葉よりも緑が濃く、張りがある。ありのままの植物とはこういったものなのかと感動すら覚える。
次に土を少しだけ掘って手に持ってみる。洞窟の土と変わりがないように見えた。しかし目の前の景色がここと向こうの土は別物だと示していた。
この土があれば花畑ももっと多くの花を咲かせるのだろうなと思うと、どうにか持って帰れないかと考えてしまった。
そんな自分にラムニーは呆れる。この土は進たちのもので、持って帰るなどずうずうしい。それに自力で帰ることも難しいのに、なにを考えているのだろうと。
土をもとの位置に戻して、立ち上がる。
そのラムニーに進が声をかける。
「昼は芋がいい? それともミードがいい?」
「ミードでお願いします」
即答だった。またあれが飲めると思うと悩むことすらしなかった。
「でもいいんですか? 私はなにも役に立ってないです。ここに残るため頑張ろうと思って行動したけど、失敗ばかり。次こそはと気合を入れてもやっぱり失敗。正直このままだとここを追い出されると思ってました」
「もしかして気合が入っていたのは、役立つところをみせようと思っていたから?」
「はい。役立たずはいらないでしょう?」
そういうことなんだなと三人は納得した表情になった。三人は性格面でラムニーを審査していた。ラムニーは実務を見られていると考えていた。その違いに気づいて、なぜ気合が入りすぎていたか理解した。
「役に立ってくれたら嬉しい。それは嘘じゃない。ラムニーの持つ知識や技術に期待していた。でもそれ以上に見ていたものがある。それは俺たちと協調していけるかということ。性格が合うかどうかを重視していたんだよ」
ここで話しておかないと、一か八かで無理する可能性もあると考えて、進は自分たちの考えを口に出す。
うんうんとビボーンとフィリゲニスが頷く。
「性格が必要でしょうか? 女王、いえここではリーダーです。その存在の指示に従うことができればいいと思うのですが」
女王を絶対とする種としての考えが先に来ているので、進の言うことがいまいち理解できないでいる。
この生きづらい環境で自由にやると途端に余裕がなくなる。だから彼女の一族は女王の考えに従い、それを最優先のものとして生きてきたのだ。それが当然であり、性格を重視するといわれても首を傾げる。
「リーダー言われても、誰だ? 頼りになるのはビボーンと思っているが」
「私はリーダーって感じではないのだけど」
肉体があったときは集団に指示を出すこともあったが、進んでやっていたわけではない。そのため自分がリーダーにと言われても微妙に納得しがたいものがあった。
「じゃあ強いフィリゲニス」
「私は封印前も一人で行動することが多くて、集団行動はなれてないのよ。だからリーダーって言われても戸惑いがねぇ」
「俺もトップって感じじゃないし。リーダーいるのかってのが現状なんだ」
進は集団での行動には慣れているが、率先して動くようなことはなく、引っ張ってくれる人についていくというのが普通だった。
「そのような感じで上手くやっていけているのですか?」
「まあ、なんとか」
ここで過ごし始めてそう時間は経過しておらず、いろいろと足りないものもある。だが大問題といったことはまだ起きてはいない。
そう伝えるとラムニーはそうなのかと頷き、考えを改めることにした。三人の誰かがトップではなく、三人がトップでその下に自分ということに。一番最初の配下ということで納得する。
生まれてから得てきた常識で、どうしてもトップを置かないとすっきりしないのだ。
そうしたいことをラムニーは三人に話す。
「それでラムニーがすっきりするならいいのではないかしら」
フィリゲニスが賛成して、ほかの二人も頷く。
話が終わり、お昼の準備を始める。
今日は芋を輪切りにしてフライパンで焼いてさっと塩を振って食べるつもりだ。
そうしようと思った進はふと水を醤油に変化させられないかと考える。ミードなどができたのだから醤油も可能じゃないかと考え、実際にやってみる。探索して見つけた小皿に入れた水が黒に近い褐色の液体へと変化して、少し味見してみる。すると味が薄かった。
「なんでだ?」
「どうしたの」
すぐ近くで火の魔法を維持していたフィリゲニスが聞く。
「水を俺がよく知っている調味料に変化させたんだけど、味が薄いんだ」
「ふーん、それは力量が足りてないのだと思うわ。調味料の製作過程が複雑だったり、使われている材料が多かったりして、魔法だけで変化させられる許容範囲を超えた」
「以前出した酒も手間暇かけられたものだったんだけどな」
「だとすると好みの問題かもね。以前の酒は好きだったから自然と魔法使用に力が入った。今回の調味料は好きじゃなかったからいい加減になった」
「好きじゃないってわけでもないんだけど、力の入れようは違ったかもな」
祖父と飲んだ酒はとても美味しくまた飲みたいという思いは強かった。醤油に関してはそこまでの思いはなかった。
「いくつか材料を揃えて、そこから変化させたら上手くいくと思う。ところでどんな味か私にも味見させてちょうだいな」
「どうぞ。いっきに飲むものじゃないから舐める程度な」
小皿を渡すとフィリゲニスは言われたとおりに少しだけ口に含んだ。
「あー、もとの味がどんなのかはわからないけど、薄いのはわかる。まあ、いつもとは違った味だしこれでもいいじゃない?」
「そうすっか」
フライパンで焼いていた芋に、薄味の醤油を流し込む。うっすらとだが醤油の焦げた匂いが漂った。
それを焦げ付かないようにフライパンを揺らしつつ、疑問を抱いた。水からワインやシードルはいけるのかと。果汁を加工したものがワインで、水分は含まれているが水は使われていない。水を原材料としていないから、この変化も魔法の許容範囲とやらを超すかもしれないと思う。
水をコップに入れて、魔法をかけてみると変化しなかった。
「今度はなにをやろうとしたの?」
「ワインを作ってみようとしたんだ。そしてできなかった。こういった変化も許容範囲を超すんだな。そして葡萄を見つけてそれをジュースにすればやれるってことか」
なるほどなーと、自身の魔法について一つ理解を深める。
醤油をからめた芋は焼けて、いつもとは違った味で進もフィリゲニスも満足する。