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16 ラムニーのこれまで

 三人に受け入れてもらえてほっとする。

 ここから追い出されたら本当に行く場所がない。故郷に帰るしかないんだけど、仲間に受け入れてもらえるかどうか以前に、徒歩でたどりつける自信すらない。食べ物なし水なし、慣れていない土地での徒歩移動は、行き倒れるか魔物に殺されるかの二つに一つだ。

 さすがにまた別の誰かに助けてもらえる奇跡を願うのは無茶だろう。

 怪我はしても、羽さえ落ちなければまだなんとかなった。本当に羽が落ちたことが悔やまれる。

 大量の綺麗な水を発見して浮かれてしまい、魔物の奇襲に気づけなかった自身を戦闘中に責めていた。

 怪我をして、羽もなくして、もうダメだと思ったときに助けてもらえて感じた安堵とそれよりも大きな驚きは、今でもはっきり思い出すことができる。

 ここに人間がいることが驚きだもの。こんな生きにくい場所に好き好んで移住する人間なんていない。どうしてこんなところにいるのかと驚くのは無理もないと思う。

 そして気絶から覚醒して、あの人間二人と魔物が一緒に過ごしていることも驚かされた。

 話してわかったけど、ビボーンがとても理性的だから一緒にいられるのでしょうね。

 さらにそれらの驚きをかき消すほどの衝撃。ミードだ。生まれ初めて飲んだそれは、幸せを液体にしたらこれなんだろうと思えるくらいの代物だった。

 一口飲めば、自身に足りていなかったものはこれだと思える充足感があり、少しずつというルールを忘れていっきに飲んでしまった。仲間が飲んでも同じ反応を示しただろう。それくらいミードは私たちにとってすごいものだ。女王様だってこんなもの飲んだことはないと思う。

 仲間にもこんなものがあるんだと知らせたい。でも今の私では無理だろうし、体が完全に治っても知らせるのは難しいだろう。いつかの機会があれば、伝えたいものだ。この生きづらい場所で少しでも楽しみが増えるのはよいことだと思う。


 私の故郷は北の海岸方面にある洞窟だ。この地方のナリシュビーは皆同じ生まれだと思う。ごくまれに新天地を求めて旅立つナリシュビーがいるらしいけど、誰一人として帰ってきた者はいない。だからナリシュビーは私の故郷にしかいないのだろうと思う。

 ラ周期に生まれて、ムニーっとしていたから私はラムニーと名付けられた。

 私たちの人数は百人に満たず、女王様をトップとして必死に生きてきた。

 成人すると女王様や子供の世話係。故郷を守る兵。食料を集める係。物作りの係。見回りの係。そして花畑を管理する係。これらに向いているものに割り当てられる。

 一番人気があるのは花畑の管理だ。洞窟には日当たりの良い場所があって、そこで花を育てているのだけど育ちはあまりよくない。それでも安全で、蜂蜜をひとなめとはいえ試食できるのだから皆、そこで働きたがる。

 逆に人気がないのは見回りだ。これは才能がない者が割り当てられるもので、死亡率が高い。はっきり言ってしまえば役立たずで切り捨ててもよい者が割り当てられる。

 見回りは避けようと皆小さなうちから勉学を頑張る。私も頑張ったのだけど才がなく、見回りに割り当てられてしまった。

 私をそこに割り当てた女王様も死んで来いとは口に出さなかった。この仕事も重要なものだから頑張ってほしいと言っていた。

 でも同じ仕事についている疲れた様子の先輩からはいつ死んでも良いように覚悟しておけと、一番最初に教えられた。

 次に教わったのは空から私たちを狙う魔物、地上から私たちを狙う魔物、そういったものの存在を教えられた。ほかにはうかつに地上に降りないように教えられ、どういったことに注意して見ていくか教わって、一人で送り出された。先輩たちも一人で別の場所を見てくるらしかった。

 そうして始まる緊張感に満ちた見回りの日々。襲われることはたびたびあった。空は私たちだけのものではないのだ。私たち以上に上手く飛べる魔物はいくらでもいた。なんとか追跡を振り払ってバテバテになって洞窟に帰り、報告して疲れをとって、また洞窟を出る。

 行って帰ってを繰り返していく日々で、先輩が一人帰ってこなかった。さすがに先輩たちは疲れた表情を沈痛な面持ちに変えて、その先輩が行った方角に祈りを捧げていた。いつか私が死んだときも同じように祈りを捧げられるのだなと思いつつ、私も祈る。せめて死後まで苦しまずにいられるようにと。

 死んだことを疑わないし、ショックも大きくない。いつかこうなると見回りをしていれば、いやでも理解させられるからだ。

 また同じ日々が始まり、あるとき水面を覗き込むと、そこには先輩と同じく疲れ果てた自分の顔があった。

 洞窟で過ごし笑う余裕のある仲間を見て、それを羨ましく思うのは見回りを始めたばかりの頃だけだった。今の私が思うことは、魔物に襲われず安心して眠りたいということだった。

 時間が流れてなんとか死なずに後輩が入ってくる時期を迎える。

 後輩はかつての私みたいに不安そうにしていて、そんな後輩に私はいつでも死んでいいように覚悟しておけと、先輩から受けた言葉を後輩に贈った。


 後輩が入っても私がやることは変わらず、今回は廃墟方面の見回りに向かうことにして洞窟から出る。手には粗末な槍。腰には保存食と水筒。少ない荷物を持って飛び立つ。

 あの廃墟は私たちがここに住み着く前から廃墟だったらしい。もとは人が住んでいたのだから、住みやすいんじゃないかと思われたそうだけど、とても人が住めるような場所ではなかったらしく、先祖たちは廃墟から離れた場所にようやく今の洞窟を見つけたそうだ。

 私たちの仕事は洞窟の近くにいる魔物の早期発見、遠くにいる強そうな魔物の発見、洞窟よりも良い立地探しの三つだ。

 私は強そうな魔物をはるか遠くに見つけたことくらいしかない。先輩たちもたまに洞窟近くにいる魔物の発見をしたことがあるだけで、強そうな魔物が洞窟に接近したことはここ百年近くないらしい。良い立地探しは洞窟に住み着いてからゼロだって言っていた。

 だから私たちは立地探しはせず、洞窟近くの見回りが終わったら遠出はするけど、自分の命を第一に動く。見つからないものを真剣に探す気は起きないのだ。

 先輩もそれでいいと言ってくれるし、代々そういった感じでやってきたんだそうだ。

 廃墟を目指した私は遠くから素早く近づいてくる魔物に警戒しながら空を飛び、遠目に煌めくものを見た。

 廃墟には何度か足を運んでいる。でもその煌めきは初めてだった。位置的には池がある場所だってわかった。でもいつもならもっと太陽の光の反射は鈍いはず。なんだろうかと興味を惹かれて、向かった私が見たのは綺麗に澄んだ水だった。

 薄汚れて飲むどころか近づく気にもなれない池の水がここまで綺麗なのは初めてで、驚きながら近づいてみた。物陰に魔物が隠れていることに気づかずにだ。

 近づいても池からは異臭などもせず、そのまま飲めそうなくらい澄んでいた。

 ここらではまともな食べ物はもちろん貴重だけど、綺麗な水も貴重だ。洞窟の近くにも小川があるけどそれは濁っていて、ろ過してようやく飲めるものになる。

 なにもせずに綺麗な水なんて生まれて初めてだ。池のほとりに立って、指を一本触れさせた。痛みなんか感じなかったし、ぬめりなんかもなかった。指先についた水をなめても、何の異常もなかった。

 サンダルを脱いで、浅瀬に入る。貴重な水にこうして入るなんてすごく贅沢だと思いながら水をすくおうと屈んだ。そのときに魔物から奇襲を受けた。

 大量の綺麗な水に気をとられて、魔物が近づいていることすら気づけず背中や腕や足に攻撃を受けて、羽が根本から千切れた。

 なんて馬鹿だと痛みと共に思った。問題なく飲める水なのだ、魔物や獣にとってもありがたいものであり、それらが集まっていてもおかしくはない。そのことを攻撃を受けてようやく気付けた。

 武器はあるけど、正直当てられる自信すらない。振り回して近づけさせないようにすることで精一杯だ。でも怪我しているから、そんな体力がいつまでも続くわけはない。

 ここで私は死んでしまう。簡単に予測できる未来で、だがそれを受け入れるのは嫌だった。もっとお腹いっぱい食べたかったし、幸せだと思えることを体験したかった。

 それでも私に目の前の魔物に抗う術などなく、諦めが胸中に満ちる。

 そんなとき光がいくつも飛んできて、魔物たちを貫いていった。

 助かったと思う前に何事かと思い、光が飛んできた方向を振り返ると人族がいた。私に敵意を向けていない彼らを見て、私は助かったと安堵して怪我の痛みもあって意識を手放した。


 目が覚めて、会話して、とても美味しいものをもらい、治療もしてもらえた。

 私のこれまでの人生でここまでの不運と幸運が一緒にきたのは初めてだった。

 幸運がまだ続いているならとここで暮らすことを望む。

 幸運はまだ続いていたようで、様子見という条件はついたものの放り出されることはなくほっとした。

 受け入れてもらえて、新しい日々が始まる。これまでとはまったく違った生活になると思う。

 これからなにが起こるのか、どうやって過ごしていくのか、予想もつかない。

 そもそもきちんと受け入れてもらえるのかどうかもわからない。役に立って嫌われないようにしなくては。

 ミスなんてしたら追い出されちゃうんだろう。失敗ゼロなんて緊張するけど、やらなくては駄目だ。

 頑張ろう。頑張らないといけないんだ。まだまだ生きていたいんだから。

 一度幸運で拾った命。それをまた失いかけたとき、再度幸運がやってくるとはかぎらない。

 だから捨てられないように頑張るしかない。

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