145 成就
去っていったローランドたちを見送った琥太郎たちも移動することにする。
「それじゃ本陣まで頼む」
「おう」
リベオもここでやることはなく故郷へ帰るだけだが、その前に琥太郎たちから本陣まで届けてほしいと頼まれて、それくらいならと請け負っていた。
琥太郎たちを乗せて、氷の棺を掴んで空へと飛ぶ。
空から町を見下ろすと、解放された精霊人たちが戸惑ったり、城を見て騒いだりと人間らしい反応を見せていた。
リベオは本陣の端に着地し、琥太郎たちを下ろすとすぐに飛び去っていった。
ありがとうと手を振って見送っていると、琥太郎たちに気づいた兵たちが集まってくる。
「勇者様!」
「戻って来たということはもしかして?」
「監視していた精霊人たちが正常に戻りました。魔王は死んだのですか!?」
「魔王は死にました。こちらがその証拠となる遺体です」
琥太郎たちの肯定に、一瞬周囲は静かになってすぐに爆発したような歓声が上がった。
それに遠くの兵も気付いてなんだろうかと首を傾げ、魔王討伐の報を聞くと同じように歓声を上げる。
兵に囲まれつつ琥太郎たちは将軍に役割の終わりを知らせるため移動する。
将軍たちにも魔王討伐の報は届いており、テントから出て琥太郎たちを待ち受けていた。
「勇者たちよ、よくぞ無事に帰ってきてくれた。魔王討伐がなされたと兵から聞いたが、それは本当なのだろうか」
「はい。事前に決めていた通りに討伐が完了しました」
この言い方でローランドが倒したと将軍たちは理解した。
「こちらが魔王とその側近であるリッチの遺体となります。お引渡ししますので、埋葬などそちらでよろしくお願いいたします」
リッチは捨て置いても問題ないが、魔王が使っていた被害者である王の体は粗末な扱いをできないのだ。
「了解した。我らは各国へ報告したり、精霊人たちの王都に進むといった予定ですが、勇者様たちはいかがなさるおつもりで?」
「大神殿に帰ります。届けなければならないものがありますので」
魔王を封印したものだろうと将軍たちも察して頷く。
「わかりました。我らの大陸に平和をもたらしてくれたことに感謝を」
そう言って将軍たちは深々と一礼したあと兵たちに視線を移し、魔物に警戒しつつ疲れを癒すようにと指示を出す。
兵たちはその指示に従い動き出す。
大神殿から来た兵たちは琥太郎たちの帰還に同行するため、帰るための準備を始める。彼ら自身も休息が必要だったので、大神殿へと出発したのは六日後になった。
六日間全部を休息にあてられたかというとそうでもない。
シェンの呪いから解放された大物の魔物のいくらかが、復讐しようとシェンを探し周辺で暴れていたのだ。
琥太郎たちもその対処に協力した。それがなければ二日ほどで出発できていただろう。
琥太郎たちは大神殿の兵と共に来たルートを逆にたどって、一ヶ月以上かけて大神殿に戻る。
その頃には早馬や鳥を使った連絡で魔王討伐は大陸中に知らされていた。もちろん勇者が倒したということになっていて、その感謝の思いがヴィットラのもとにたくさん届いていた。
町の住人の歓声を受けながら、琥太郎たちはゆっくりと大神殿へと向かう。
投げかけられる感謝や偉業を称える言葉は琥太郎たちには届かない。それらが心の底から向けられたものとわかるため、自分たちの功績にすることを逆に申し訳なく感じているが、帰るためには必要なことだと割り切って表面上は笑顔で答えていく。
ゆっくりと進む馬車が大神殿に入り、琥太郎たちはほっと息を吐いた。
馬車から降りた琥太郎たちに、コロドムとガゾートとバーンズが近づいてきた。
「御役目お疲れさまでした」
「お疲れ様。無事に帰ってきてよかった」
「おかえり、よく頑張ったな。師匠はどうなったのだろうか」
それぞれが労いの声をかけてくる。
「ただいま帰りました。コテルガさんに関してはのちほど。悪い知らせではありませんので」
琥太郎がそう言うとバーンズはほっとしたように表情を緩めた。
「まずはこれを」
言いながら琥太郎は矢が入れられた石箱を差し出す。
魔王とシェンの魂が封じられた矢が入っていると説明を受け、コロドムたちは表情を引き締めて慎重に受け取る。
「すぐにでも女神ヴィットラに渡した方がいいと思います」
「そうしましょう。大神殿にファガレット様が待機していますから、すぐにでも儀式が行えます。といっても皆様が旅の汚れを落とす時間くらいはありますので、まずはお部屋に戻り、荷を解いて湯を浴びてはいかがでしょう」
そうさせてもらおうと琥太郎たちは嬉しそうにして、部屋に戻っていく。それにバーンズがついていった。
コロドムたちも石箱を最上階に置きに行こうと大神殿に入る。
部屋に戻って荷物を置きながら琥太郎は、バーンズにコテルガについて話す。
「師匠と戦ったんだな」
「はい。足止め目的だったから、主に攻撃を防いでばかりでしたけどね」
主に淡音と桜乃が牽制のために攻撃して、琥太郎は桜乃に飛んでくる矢の対処をしていた。
そのうち矢が尽きると接近戦が始まったが、そのときでも積極的には攻撃をしかけなかった。
そうして魔王が倒されてコテルガが解放されて戦闘が終わり、リベオが来るまで互いの事情を話していたのだ。
「魔王を倒した鷹時さんたちもやってきて、今後について話して、そのときにコテルガさんを捨て去りの荒野に連れて行くという話になりました。コテルガさんは理由に納得して捨て去りの荒野に行きました」
「事前に決めてあった通りになったんだな。向こうに行けば会えるということか」
「そうだと思います。あとコテルガさんが死んだ証拠として弓を預かってますけど、あれはどうしましょうか。弟子であるバーンズさんが持ちますか?」
「証拠として渡されたものだから、国に預けよう。その方がいい」
コテルガが死んでいたら形見として持っていたかったが、生きているとわかっているので執着はない。
「バーンズさんは捨て去りの荒野に向かうんですか」
「ああ、一度くらいは会いたいからな。その後はどうしようか……まあ、そのときになって考えよう」
魔王が倒れてやるべきこともなくなった。またコテルガのもとで修業に励むもよし、気ままな旅を行うのもよしだ。
ただししばらく精霊人族に対する視線が厳しいものになるかもしれないので、国元に留まり復興の手伝いをするのもありかもしれないと考える。
話しているうちに入浴準備も整い、一緒に部屋を出る。
バーンズは先に最上階に行くと言って琥太郎から離れていった。
琥太郎たちが入浴を終えて最上階に向かうとファガレットも含めて全員がそろっていた。石箱は台座に載せられている。
「お帰りなさいませ。大怪我などなく本当によかったです」
ほっとした笑みをファガレットが向け、琥太郎たちもただいまと返す。
「女神ヴィットラも皆様の無事と目的の達成をお喜びになるでしょう。さっそく呼びかけますので少々お待ちください」
ファガレットが祭壇へと跪いて、その後ろに琥太郎たちは移動する。
ティアラから出てきた光が祭壇に届いて、人の形となった。
「やったー!」
開口一番にヴィットラから歓喜の声が出る。両腕を突き上げて喜びを体で表してもいる。それだけではなく喜びの波動というのか、誰かが喜んでいるなと思えるものが、大神殿を中心に放たれて、ナソード国のほとんどの民がそれを感じ取れた。
「すごく喜んでいますね」
ここまでの喜びはヴィットラと付き合いのあるファガレットも初めてだ。
「そりゃそうよ! 千年単位の仕事がようやく終わったんだから喜ぶわ! しかも私が原因で発生した仕事じゃないのに、長引いて大変だったんだから!」
「お疲れさまでした」
「ありがとうっ。勇者たちも苦労をかけたわね」
「いえ、俺たちは最後は楽させてもらいましたから」
「それでもよ。これであなたたちの役目は終わり。帰還に必要な力は順調に集まっていて、必要分に足りているからいつでも帰ることができるわよ」
問題なく帰ることができると聞けて琥太郎たちはほっとした表情になる。
「世話になった人に挨拶したいのでもう少しだけこっちにいさせてもらいます」
「わかった。帰りたくなったら、召喚されたところに行けばいつでも帰ることができるからね」
「はいっ」
よかったわねと琥太郎たちを見てからファガレットは、呪銅の矢についてヴィットラに聞く。
「そちらの箱に魔王たちの魂を封じたものが入っているということですが、封印が壊れたりはしていないでしょうか」
「大丈夫よ。しっかりと封印がされている。ただ少しだけ魔王の魂が封じきれず漂うことになっているけど」
シェンの盾になるという行動は無駄ではなかったのだ。
呪銅の矢は最初に刺さったシェンの魂を食らい、その後に魔王の魂も食らったのだが、魔王の魂全てを食べることはできず、ほんの少しだけ魔王の魂は封印から逃れることに成功した。
しかしその程度の魂ではこれまでのように人間をのっとるということはできない。
「え、それは大丈夫なのですか!?」
「あの程度なら人間たちの魂に入り込んでも、少し魔力が強くなって悪人になりやすい程度だから問題ないわね。異世界の法則が働くこともない。放置していれば、そのうち消えてなくなる」
悪人などこの世界に何人もいる。それが一人増えるのは誤差だ。人間社会に影響を与えるかもしれないが、魔王のように世界に影響を与えるのは無理だ。だからヴィットラとしては放置でいいという判断だった。
ファガレットたちとしては善人が悪人になるのは思うところがある。かといって魔王の魂の欠片を探すあてもない。どうにかできないかと思うのだが、なにもよい考えは浮かばなかった。
そんなファガレットたちにヴィットラはフォローのように声をかける。
「悪人になりやすいというだけで、絶対になるわけじゃないのよ。魔が差す機会が増えるという感じね。きちんとまっとうに生きることもできるから、入り込まれた人間の頑張り次第では影響を抑えることも可能」
「できることはその人物の自制心に期待することだけですね」
「そうね」
心配するファガレットたちに、ヴィットラはそればかり考えても仕方ない、ほかに考えることはあると告げる。
「それはなんなのでしょう」
「もう一つの大陸の動向。魔王が封じられたことで、この大陸を覆う風の壁はもう必要なくなったわ。風は大陸から出ることを邪魔していたけど、外から内に入ることも邪魔をしていたの。それがなくなったら向こうは接触してくるわね」
「はるか昔に関係を絶たれた者たちとの接触ですか。向こうはどのような人たちがいるのですか?」
「文明はこっちよりも進んでいるわよ。人間同士の大きな戦いで文明が後退したこともあるから、大昔ほど発展した文明ではないけどね。それでも空を飛ぶ乗り物とかあるし、高速で水上を移動する船もある。魔導大車っていう何時間も一度に五百人を運べる魔法仕掛けの乗り物もある。武器も魔導銃っていって遠距離攻撃専門のものが主流。それ一つで子供でも狼を殺せるわ」
進や琥太郎にとっては空を飛べるものはヘリコプターで、船はエンジンのある船、魔導大車は機関車だ。魔導銃は拳銃などをイメージすればいい。
ほかにラジオのようなもの、懐中電灯、冷蔵庫といったものもある。
ワークドールもいるのだが、増産はされていない。コアの材料が貴重で、あちらの大陸にはもうないのだ。
「上手く想像できませんが、こちらとの差がかなりあるらしいとはわかりました」
敵対すればこちらが蹂躙されて終わりではないかと、ファガレットたちは悪い方へ考える。
「技術は向こうに圧倒的なリードがあるのはたしか。でも便利な道具に頼りがちになって、個人としての強さはこっちの方が強いのよ」
同じ年齢でも、こちらの人間の方が体力も筋力もあり、頑丈で速い。
向こうで一番強い格闘家は、こちらの士頂衆に挑んでも全敗するくらいの差はある。
魔王が知識や技術を消していったので、その分のリソースがフィジカル面に向けられ鍛えられていったのだ。
個人の差を覆す武器があるので、油断すれば全滅になりえる。そのため敵対すれば互いに痛い目を見るだろう。
「私は人間同士の戦いには干渉しないから、やっと得られた平穏を続けたいのなら上手く交渉しなさい。あなたたちが向こうを知らないように、向こうもあなたたちを知らないの。今後どんな付き合いになるのかは、最初の接触で決まるかもしれないわ」
質問よろしいでしょうかとコロドムが聞き、ヴィットラは許可する。
「ありがとうございます。聞きたいことは二つです。風の壁はいつなくなるのか、しばらく風を維持できるのかということです。お答え願えるでしょうか」
「いつなくなるのかということなら、今解除してしまえば数日でなくなるわよ。維持はもちろんできる。三ヶ月くらいなら勇者たちの集めた力で維持できるし、彼らに許可をもらえたら力を維持にあてるのもあり」
ヴィットラにどうすると聞かれた琥太郎たちは帰還になにか影響ができるのか聞き返す。
「でないわ。影響がでるようなら提案しないわよ」
「ちなみに維持を提案されなかったら、なにか使い道はあったんですか?」
桜乃に聞かれて、特にないと返す。
「いつもなら次召喚する勇者のために使えるようにと考えるんだけど、もうその必要はないからね」
その返答に琥太郎たちは、この大陸のためになるなら維持に回してもらって問題ないと言う。
世話になった人たちがそれで少しでも助かるのならという琥太郎たちに、コロドムたちは感謝の言葉を送る。
淡音がなにか気づいたように口を開く。
「感謝で得られた力というなら鷹時さんにも聞く必要があったのかもしれない」
「あー、実際に魔王討伐に動いた人だから力の使い道に口を出す権利はあるか」
琥太郎と桜乃もたしかにと同意する。
「あとで聞いておくわ。もう魔王関連で力を使う必要はないし、あそこにいる彼にも声を届かせることができるから。彼にも無関係ではいられない話題だろうし、なんらかの反応はあるでしょう」
「無関係ではない、ですか?」
「もう一つの大陸から人が来るとしたら、西からだからね。大陸の西にある捨て去りの荒野に上陸する可能性もあるのよ」
「なるほど」
「彼がどういった判断をしたかは、ファガレットに伝えるわね」
そろそろファガレットの魔力が尽きるということで儀式の終わりが近づく。
こほんと一度咳払いして、ヴィットラは雰囲気を引き締める。
「最後に勇者たち、改めて礼を言うわ。この短いとは言えない時間をこの世界のために使ってくれてありがとう。この世界で様々なことを経験して、来たばかりの頃とは心境の変化があるでしょう。それに関してもフォローするわ。でも完全に元に戻るということはない。あなたたちがここにいて、いろいろな人と出会い、いろいろなことを経験したというのは変えられない事実だから」
言ってはいないが、体のあちこちにできている怪我の跡を消すというフォローもある。
「心境の変化に関してフォローがあるのはありがたいです。どうしようか考えていたことですから。あとはまあ、自分たちでどうにかするしかないでしょう」
淡音がそう言うと、ヴィットラは感謝と詫びを伝える。
「コタロウ、アワネ、サクノ。あなたたちの人生はまだまだ続いていくのでしょう。その人生に幸福が多くあることを遠い世界から祈っています」
人型の光が小さな光に戻って、ファガレットのティアラへと飛ぶ。
台座にあった石箱もいつのまにか消えていた。
ヴィットラが回収したそれは、ヴィットラによってさらに封印が強化されて、誰の手も届かない海底のさらに底に安置される。
石箱は世界が終わるそのときまで誰にも気づかれず、静かな時の中をあり続けることになる。
「魔王について片付いたら、次は大陸についてですか。まだまだ忙しい日々が続きそうです」
コロドムが言うと、皆が頷いた。
「各国へ隣の大陸について報告をお願いします」
コロドムから頼まれて、集まっていた者たちは急ぎ足で神託の間から出ていく。
残ったのは琥太郎たちとファガレットとコロドムとバーンズだ。
「勇者様たちはゆっくりと休まれてください。長い鍛錬と討伐を終えて、ようやく得られた平穏をご堪能ください」
「少しだけ申し訳ないけどそうさせてもらいます」
手伝えることがないため、琥太郎たちは甘えさせてもらうことにする。
琥太郎たちは帰るまで三日間ゆっくりと過ごすことになる。
最後だから町を歩き回るのもいいかもと思った三人だったが、住民に囲まれて見物どころではないだろうといつまでも賑やかな町を外壁の上から見て中止する。一度馬車の中から見て回ったあとは、大神殿の敷地内で穏やかに過ごしていた。
そしてファガレットがヴィットラからの返事を持って、大神殿を訪ねてくる。
進も風の維持には賛成し、三ヶ月ほど大陸を囲む風は維持されることになる。
この風が止まる前に、各国の別大陸への対応を決める必要がある。
各国が忙しく手紙や人のやりとりをしている中、琥太郎たちは世話になった人たちへの挨拶と武器に鍛えた力を移す作業を終える。
召喚されたときに着ていた学生服に袖を通した三人が、送還のための建物の前にそろっている。力を武器に移したことで、体格が以前のものに近くなっていて、制服が着られないという事態にはならずにすんでいた。
「見送りありがとうございます」
琥太郎たちが、見送りに来ているコロドムたちに頭を下げる。コロドム、ガゾート、バーンズ、ファガレットは当然として、一緒に旅した兵や大神殿であれこれと世話してくれた使用人もいる。
「見送りくらいは当然です。たいへんお世話になりました。女神ヴィットラもおっしゃられていましたが、これからの人生に幸有ることを願っています」
「こちらで経験し、乗り越えてきたことがあれば、多少の苦難はなんともないと思います。幸せな人生を送ってみせますよ」
戦いなどきついことも多かったが、それゆえに乗り越えてきたことで判断力や決断力といった心の強さも得ている。
その強さはきっと今後に役立つだろうと思うのだ。
「琥太郎の言うようにこちらで得たものは無駄にならないはず。まあ、少しばかり覚悟が決まりすぎと言われるかもしれませんが」
淡音は苦笑を浮かべる。
「お兄ちゃんとお姉ちゃんの言うように、この経験は今後生きていくうえで必ず役に立つと思います。そして私たちを根気よく指導してくれてありがとうございます。日頃の世話もとても助かるものでした」
桜乃が見送ってくれている皆に頭を下げる。
兵や使用人たちは別れに寂しさを感じているが、三人はやっと帰られるのだからと極力寂しさなどは心の奥にしまいこんで微笑みを向けている。
「そろそろ帰ります。皆さんはこれからも大変かと思いますが、どうかお元気で」
「別の大陸との交流が上手くいくことを願っています」
「皆さんのことを忘れず、遠くから健やかに過ごせることを願ってます」
それぞれ別れの言葉を口にして、三人は建物の中に入る。背後からは別れの言葉がいくつも聞こえてくる。
三人の視線の先にはほのかに光を放つ魔法陣がある。
ここから出るときは不安ばかりだったが、今は希望が胸にあふれ、ほんの少しだけ寂しさがある。
魔法陣の前まで来ると三人はコロドムたちを振り返る。さよならと手を振ると、彼らが振り返してくれる。それを見ながら三人は魔法陣に足を踏み入れた。
魔法陣の光が明るさを増して、建物の中を光で染める。
外から見ていたコロドムたちからは中が見えないほどの明るさになり、その後光が消えると魔法陣の上には誰もいなくなっていた。
琥太郎たちが眩しさに閉じていた目を開くとそこは何度も通った帰り道だった。
空は暗く、電灯の明かりが道路を照らし、周囲の家からはテレビの音などが聞こえてくる。
「帰ってきたんだね」
嬉しさと安堵と寂しさを混ぜて桜乃が言う。
「帰ってこれたなぁ」
「ええ、やっとね」
自然あふれた向こうに比べるとこちらは空気は悪い。しかしその空気の悪さがとても懐かしく落ち着く。
家に帰ろうと琥太郎が口に出すと、淡音と桜乃は頷く。
ゆっくりと道を歩いて、それぞれの家へと続く道で別れる。
三人はそれぞれの家の玄関を開き、万感の思いを込めて「ただいま」と口に出し、家に入っていった。
それぞれの親はどことなく今朝と違ったように思える三人に首を傾げることになる。
翌日から以前の暮らしに戻った三人は、ヴィットラが記憶や精神状態などを調整してくれたおかげで向こうとの差にさほど苦労せずに日常生活を過ごすことができた。
そうして休日になると、進との約束を果たすため鷹時家の墓参りをするため出かけていった。
見つけた墓を軽く掃除をして、手を合わせて進について報告する。
これで異世界関連でやることは終わり、心残りなく日本での日常を送れるようになる。
墓地から離れつつ、なにか新しいことに挑戦してみようかと話しながら三人は、これからの日常に思いをはせていく。
感想と誤字指摘ありがとうございます