144 決着
「思いと力が集いて形となる、なによりも硬く鋭く、切り裂き貫く、我が誇りの爪。グロリアスクロウ」
鉤爪状にしたローランドの右手に魔力が集中し、手を覆うように半透明な白いガントレットが現れた。指先には鋭い爪がある。
ただ硬く鋭さを求めたそのガントレットは手に出現しただけだ。いわば強力な武器を手にしただけであり、それを当てるのはローランド自身の技量に依存する。
当てるのは先ほどまでの戦闘を見れば難しいことではないだろう。
下方にガントレットを構えたままローランドが魔王へと走る。
ローランドのガントレットを見た魔王は自身を確実に殺せるものだと判断し、右腕に力を集め掲げる。掲げたその腕にひびがいっきにはしり、暗く赤い光が漏れ出した。そしてバンッと弾けるような音がすると、右腕全体がエネルギーでできた刃となった。
魔王の身長よりも長いそのエネルギーの赤い刃を、迫るローランドへと振り下ろす。
「これが奥の手ってところか」
振り下ろされたエネルギーの刃を、振り上げたガントレットで受け止める。
魔王は渾身の力を込めて振り下ろし続け、ローランドは刃を握りつぶそうと手に力を込めていく。
じょじょに爪が刃に食い込んでいき、同時にガントレットがどんどん薄れていく。
刃とガントレットの接触でそれらを構成する魔力が散っていき、ローランドと魔王に小さな切り傷を作っていく。
このままではガントレットが消える方が早いなと冷静に判断したローランドは握りつぶすのを止めて、刃の振り下ろされる方向をそらすように力を加える。
ただ真っすぐに振り下ろすことのみ考えていた魔王は、ずらされた力の方向を修正できず、床に刃を叩きつけることになる。
盛大に床が壊れ、足場が不安定になる。そんな状態でローランドは体勢を安定させていて、片足を下げた。
赤い刃を振り下ろし隙だらけとなった魔王の横腹に、ローランドの蹴りが命中する。
魔王は体をくの字に曲げた。
さらに隙を晒した形になった魔王へと、ローランドは再度魔法を使って、今度は腕ではなく足に魔力をまとわせ、魔王の腹に魔力の爪を叩き込む。
鋭い爪は魔王の腹に刺さり、背中へと突き抜ける。明らかな大ダメージの影響か、魔王が出していたエネルギーの刃が揺らぐ。
ローランドは突き刺したままの魔王を上空へと蹴り上げる。
魔王はされるがまま空へと上がっていった。
それを見ながらローランドは両腕を翼へと変える。その翼から二十枚ほどの羽が抜け落ちた。黒い輝きを放つそれら一つ一つにローランドの魔力がふんだんに込められていた。
「お披露目しよう、長きをかけて力を得た羽、抜けて舞う、我が力の一部、とくと味わえ。フェザーサラウンド」
地面に落ちていた羽が魔王を追って高速で空へと飛んでいく。
魔王を中心として羽が点在し、その羽に蓄えられた魔力が別の羽へと高速で移っていく。一度移って止まることはなく、次々と魔力が移っていく。その魔力に触れた魔王に切り傷が生じ、落下が止まり上下左右に振り回されている。
やがて魔力の軌跡が残像として残って、魔王は魔力の線に縫い留められる形になった。
「終わった」
いくつもの魔力の線に体を貫かれたまま動かない魔王を見て、ローランドが終わりを宣言する。
それを聞き、フィリゲニスは準備していた魔法を発動させる。
「エタニティプリズン」
フィリゲニスの手の中にあった呪銅の矢が魔王へと飛ぶ。
それと同時に進たちの耳に悲痛な声が届いた。
「魔王様!」
上半身のみで必死な表情のシェンが魔王へとぶつかる勢いで飛んできた。
まだ残っている魔力の線で体が傷つくことをいとわず、シェンは魔王のそばまで移動し、迫る矢の盾になる。
受け止めることに勝算はあった。矢から感じられるものは自分が慣れ親しんだものだったのだ。
しかし矢はシェンに刺さり、止まることなく貫いて魔王の心臓に刺さった。
「馬鹿なっ」
受け止めるどころか、盾としての役割も果たせないことにシェンは驚き、ごっそりと削られた命を必死に繋ぎとめる。
魔王に当たることを目的として発動した魔法に動かされているので、シェンが盾になっても矢が止まることはなかったのだ。加えて実力もフィリゲニスの方が上なのだ。万全の状態であっても困難であろうことを、現状の状態でなすことは不可能だった。
矢が刺さった時点でローランドは魔法を解いた。
魔王とシェンは力無く地面へと落下してくる。
魔王死亡を証明するには肉体があった方がいいだろうということで、ローランドが風で魔王たちの肉体を受け止めた。
ゆっくりと床に落ちた二つの遺体に命の気配はなく、抜け殻だとわかる。
「これで終わりだな」
そう言うローランドはあちこちに擦り傷や打撲跡がある。それらを気にする素振りは見せず、すっきりとした表情だ。久々に本気で動けて楽しかったのだ。
そう思えるほどの余裕がローランドにはまだあった。
「そうみたいだね。矢はどうするんだろ」
「ヴィットラに渡すことになるんじゃないかしらね」
ふと疑問に抱いたことがあり、進はそれを口に出す。
疑問とは矢が壊れたら魔王たちの魂が解放されるかということだ。
それに対してフィリゲニスは肯定する。作った魔法は魂を傷つけるものではなく封じ込めるもの。矢の中には魔王たちの魂が捕らわれた状態だ。
「だったら運ぶときに折れないように保護した方がいいんじゃないか」
「折れても私たちの責任じゃないんだけどね。まあそれくらいはサービスしてあげましょうか」
矢に合ったサイズの石の箱を魔法で生み出し、そこにクッション代わりとして土を半分注ぐ。その土の上に矢を置いて、さらに土をかぶせていく。そうして蓋として石の板を置き、四つの石のベルトで蓋と箱を固定する。
進がその箱の質を上げて、頑丈にした。
ここまですれば抱えて落としても矢になんの被害も生じないだろう。この状態で矢を壊すには、わざと箱を砕くしかない。そのような事態になれば、フィリゲニスの言うように三人に責任は生じないはずだ。
「あとはこれをコタロウたちに渡せば帰れるな」
「そうだね。三人とも無事だといいけど」
リベオもどうなったんだろうかと思っていると、その当人が飛んできて着地する。それなりに傷だらけでふらついているが、傷がもとで死ぬようなことにはならないだろう。
「ああ、そいつらは死んだのか」
倒れ伏し動かないシェンと魔王を見て、リベオは言う。
「なかなか苦戦したようだな」
「あんたから受けたダメージを完全には回復できていない状態で、このありさまだ。まだまだ鍛え方が足りなかったということだろうな。それでも多少は気が晴れた。山に戻ってのんびり暮らすか」
シェンと魔王が死んだのなら、もう鍛える必要もない。強くなりたいという願望があるわけではないので、故郷に戻って以前と同じように暮らすことを望むのだ。
リベオは琥太郎たちに別れを告げると言って、その場から離れていく。
進たちも呪銅の矢を入れた石箱を琥太郎たちに預けるため、その場から移動することにした。
石箱は進が持ち、魔王とシェンの死体はフィリゲニスが念動力で運ぶ。
琥太郎たちはすぐに見つかった。そばにはリベオとコテルガがいる。コテルガから敵対する意志が感じられないので、魔王の支配から完全に脱しているとわかる。
「無事の勝利、おめでとうございます」
琥太郎たちが進たちに労いの言葉を送る。
「そっちも特に怪我なさそうでよかったよ。そちらの精霊人も支配がなくなったようでよかった。確認なんだけど、コテルガという名前で合ってますか?」
「ああ、そうだが。そちらは?」
「彼らと同じく勇者として呼ばれた者ですね。こっちは妻と大烏公です」
大烏公と聞いてコテルガは目を見開き驚いた。
「セブガ山のグリフォンと手を組んでいたことでも驚いたが、大烏公までとは。そういった大物が動くほど、魔王は強大だったということか」
「大烏公が動いたのは、身内を傷つけられたからですよ」
勘違いを進が訂正すると、コテルガはパチリと一度瞬きして意外だという表情を表に出す。
「人間のような動機だ」
それは自分たちも抱いた感想だと琥太郎たちが同意した。
「そんな事情でローランド様が魔王と戦い、勝ったのがついさっきですね」
「魔王の魂は封印できたのですか?」
淡音が聞く。大事なことだと琥太郎たちも気にした様子だ。
「ここに来たのはそれも関係している。この石箱の中に魔王の魂を封じたものを入れてある。これを渡すから大神殿まで運んでくれ」
進が差し出した石箱を琥太郎は受け取る。落とさないようにしっかりと抱きかかえる。
「落としても大丈夫なようにしてあるけど、乱暴に扱っていいものでもないよ」
「それはわかります。これを俺たちに渡すということは大神殿には一緒に行かないんですか?」
「村を放置できないしね。俺たちの仕事は終えた。あとは国や神殿の仕事だろう」
これ以上魔王関連でできることはないという進に、琥太郎たちは頷いた。
琥太郎たちも役割は果たしたのだ。あとは帰るだけであり、以後の復興などに関わるつもりはない。
「あともう一つ用事がある。コテルガさんにだけど」
「俺に?」
「ええ、あなたは魔王に操られて派手に動きすぎた。操られていたとわかってはいても恨みを抱く人は必ず出るというのが大神殿の考えです。それでうちの村で引き取って生き延びてもらいたいという話になっていますね」
琥太郎たちはそんな話が出ていたのかと少し驚いた表情になり、コテルガは操られている間に自身のやったことを思い返して納得できると頷く。
「俺としては詫びて回りたいが、神経を逆撫でしたり辛い記憶を思い出させるだけなのだろうな。このまま姿を消す方が穏便にことを進められるのはわかる。だが村に引っ込んだところで情報は漏れてしまうのではないか?」
「俺たちの住む村は捨て去りの荒野にあるので情報の秘匿性はかなり高いですよ」
「あそこに人が住めるのか?」
ひどい環境で暮らすことが課せられた罰なのだろうかと考えつつ聞く。
「贅沢なんかはできませんが、人並に暮らすだけなら大丈夫ですよ」
「女神ヴィットラも人が暮らしているのは確認しています」
琥太郎がフォローするように言う。
「そうか。世話になる。コタロウ、アワネ、サクノ。これを持っていってくれ」
コテルガは愛用していた弓を三人に差し出す。自身が討たれた証としてその弓を託す。自分が死んだと世に広まれば、殺してしまった者の縁者が抱える無念などを多少は晴らせると考えた。
それを説明されて琥太郎たちは神妙に弓を受け取った。
「魔王とリッチの死体もそっちに渡しておくわ。討伐の証拠として必要でしょ」
「手間をかけて申し訳ないのですが、腐ることのないように氷で包んでもらえないでしょうか」
桜乃の頼みに、それくらいならとフィリゲニスは魔王とシェンをひとまとめにして氷で包み込んだ。
それに進が魔法をかけて、溶けにくくする。
話すこともやることも終えた進たちはコテルガと一緒に、ローランドに乗せてもらって村へと帰る。
感想と誤字指摘ありがとうございます