143 烏の王と魔王
「行くぞ」
ローランドが出発を告げる。
烏に戻ったローランドの背に進とフィリゲニスが乗り、リベオの背に琥太郎たちが乗る。
城からそう遠くはないところを合流地点にしたため、三十分も飛べば遠くに目的の町が見えてきた。
人間の軍も魔物の軍もまだ到着していないので、ぱっと見は穏やかな町だ。
「ド派手にいこうか」
「ド派手?」
風に流れてしまいそうなローランドの声が耳に届き、進は聞き返す。
「真正面から城に乗り込んで、歩いて魔王を目指すなんてめんどくさいだろう。だから引きずりだす」
人間軍の目撃者がいた場合、勇者のものではない攻撃が派手なことをしてしまうと活躍が薄れて集まる感謝に影響がでてしまうためできないだろう。だが到着したのが自分たちだけの今ならばできる。
「城を壊すってことか」
いいんだろうかと琥太郎は思うが、これまでの魔王との戦いで城などが壊れたことはあるため、それだけ激しい戦いだったのだなと思われるだけだ。
「壊すなら私がやろうか? 魔王との戦い前に消耗したくないんじゃないの」
「やってくれるなら頼む」
はいはいとフィリゲニスが返事をして、魔法の準備を始める。
進は琥太郎たちにデカい魔法が発動するから注意するようにと声をかけた。
「城下町には被害を出さないようにお願い」
進からのお願いにフィリゲニスは頷く。
操られた人間への被害を押さえる意味もあるし、フィリゲニスが悪く言われないようにという意味もある頼みだった。
「城の上半分を壊す感じでいいかしら、使うのは以前も使ったボレアスストロウム」
それならば城の瓦礫は町の外に吹っ飛ぶだろうと思って進は頷いた。
ある程度近づいたところでフィリゲニスは魔法を発動させる。
風の刃が城を切り刻み、そのまま吹っ飛ばしていく。
動いた魔力の大きさから疲れていないだろうかと心配した桜乃が、フィリゲニスに視線を向ける。そして少しも疲れていない様子を見て、自分との差を思い知った。
六節の魔法を完全に制御して、疲労がまったく感じられない。士頂衆のさらに上とはこういうことなのだなと、Ωの職号について理解を深める。
半壊した城のすぐ近くにまでいき、地上からいくつかの気配が感じ取れた。
一つはシェンだ。そのすぐ近くに大きな気配がある。地上から感じられる気配で一番大きなものであり、魔王なのだろうと全員が察した。
地上からシェンの魔法と魔力の込められた矢が飛んでくる。それをローランドとリベオは回避して、半壊した城の上に着地した。
「そっちからやってくるとは」
地上に罠をはっていたが、空からこられるとそれが無駄になってしまう。これまでの勇者との交戦経験が足を引っ張ってしまって空への警戒が疎かになってしまっていた。負わされた怪我の治療に時間をとられたことも準備不足の要因か。
そのことに舌打ちしてさらに言葉を続けようとしたが、フィリゲニスが魔法でシェンを拘束したことで言葉が止まる。
シェンは部下や城下町にいる人間の命をかなり吸ったのか、ローランドに負わされた傷は見えない。
「リベオ、それ邪魔になるだろうからよそに連れて行って存分に戦ってきなさい」
「了解した」
リベンジが目的のリベオには願ってもない命令であり、嬉々として頷く。
「こ、この程度!?」
力づくで拘束を破ろうとして簡単にはいかないことにシェンは驚愕する。
動けない間にグリフォンのままのリベオがシェンを掴んで飛び去っていく。
「それじゃススム、魔王に魔法を頼んだ」
「りょーかい」
緊張感のない返事をして、魔法を発動させようとした進に矢が飛んでくる。
魔王の守りに干渉する魔法使いを積極的に殺せと命じられていたコテルガの攻撃だ。
だがそれはローランドの飛ばした魔力で軌道をそらされてどこかへと飛んでいった。
「まだ護衛がいたか、勇者たちこのまま見ているのも暇だろう? あっちの足止めをしろ。ほかのあれより弱い護衛は俺が片付けておいてやるから」
足止めだけならと琥太郎たちは了承し、バーンズから聞いていた容姿そのままなコテルガへと走っていく。接近する琥太郎たちへと牽制の矢が放たれるが、今の琥太郎たちならばその程度は問題なく対処できた。
本気でやる必要性を感じたコテルガは、迫る三人から距離を取る。魔王は離れるなという命令を下さなかったので、そのまま四人は瓦礫の向こうへと消えた。
その様子を見ながらローランドは十枚の羽に魔力を込めて、隠れている魔王の護衛へと飛ばした。気配を感じられなくなって満足そうに頷く。
「ほかに邪魔はいないな。これで思う存分やれる。それじゃ今度こそ頼んだ」
進は片手を魔王へと向ける。今日のために生み出して習熟させた魔法を使う。
「異なる法則、触れられぬ守り、授かりし力、魔力を乱せ、その身を晒せ。インターフィアランス」
進から魔力が発せられ、魔王へと届く。幾重にも重ねられた布をはぎ取るような感触に、魔法が無事発動したことを知った。
静観していた魔王がここでようやく動く。
これまで世界に対して壁一枚隔てて存在していた魔王は、直接自身に触れられる気持ち悪さを感じた。
それは過去何度か経験のある感触であり、自身に滅びをもたらす接触だった。
ここで死んでもまた次があるといっても、滅びを好んでいるわけでもない。当然魔法に抵抗し、原因の排除を考える。
魔王は魔法を使っている進へと向かう。その動きは速く力強い。足元の瓦礫が移動だけで砕けるほどだ。
その進行上にローランドが割って入った。
「お前の相手は俺だ。さあ、魔王という者の強さがどれくらいか体験させてもらおうか」
邪魔だと魔王から発せられた魔力を、ローランドは同じように魔力を発して相殺し、魔王の顔面を殴る。
分厚い布ごしに殴ったような、顔から伝わる異常な感触にこれが魔王の持つ守りかとローランドは思いつつ拳をさらに振りかぶる。
顔を殴られた衝撃でのけぞっていた魔王も同じように拳を振りかぶって、迫る拳に叩きつけた。
ガンッという硬いものがぶつかる音が周囲に響き、同時に弱い衝撃が周辺を走り抜ける。
ローランドは手に感じる痛みに少し目を丸くして、表情が引き締まる。しかし口元が少しだけ笑みをかたどっていた。正真正銘の全力の戦いが始まることに心が震え、楽しくなってきたのだ。
何度も拳と足がぶつかりあり、そのたびに衝撃が周辺にはしり、小さな瓦礫が揺れている。
弱者では到底起こせない現象だろう。
「さすが頂点」
進は魔王の抵抗をいなし押さえつけ、魔法を維持しながら最高峰の戦闘を感心しつつ眺める。観客気分で危機感はまったくなかった。
「始まったばかりだけど、どっちが優勢かわかる?」
進に聞かれてフィリゲニスはローランドだと断言した。
「見た感じ、ローランドが与えているダメージは減少しているけど、それでもしっかりとしたダメージになっているわ。進が守りを崩している現状でもあの威力を減少させられるんだから、平常時の魔王は無敵と言ってもよかったのでしょう」
「ローランド様が受けているダメージは? 同じように殴り合っているけど先にダウンとかしないのか?」
「現状が続くなら大丈夫よ。たしかにダメージは入っているけど、持ち前の頑丈さと魔力でローランドもダメージは減らせているから」
進の目には格闘戦に見えるが、フィリゲニスにはローランドたちの魔力の揺らぎも感じられていて、どちらが優勢なのかわかる。
いろいろなものが魔王よりもローランドの方が優れていて、そのうえ頼りの守りも薄れているのだから劣勢にもなるだろう。
短時間の戦いで魔王もローランドの方が上と察して、このままでは負けると判断する。
「来るわね」
魔王の魔力や気配が変化したことを見て取り、フィリゲニスがいつでも進を守れるように警戒する。
来るとはなんだろうかと進が口に出す前に、魔王の気配が強くなる。
これまでは奪い取った王の体が壊れないように気遣っていたが、そのような場合ではないと自壊を覚悟して戦うことにした。
同時に姿にも少し変化が現れる。不健康な三十代の男という見た目が、バンプアップしたように少し肉体が膨らみ、肌の色も赤みが強くなる。魔力の流れも激しさを増し、魔法への抵抗もより強くなる。
「おっと。まあこのくらいは」
進は変化した魔力に対応し、魔法をかけ続ける。この日のための練習が実を結んでいる。
「やっとその気になったということか」
強さを増した魔王を前にして、ローランドの表情に焦りなどない。むしろ楽しみだという雰囲気すら漂わせた。
それをどう思ったかはわからないが、魔王はローランドへと掴みかかり、ローランドはそれを受け止める。
両者ともその場に留まり、互いの手を掴んで押し続ける。先ほどまでならローランドが押し込んだだろうが、今は互角といった様子だ。
少しそのままだったが、魔王が口を開いて、そこから魔力を放出する。
口に集まる魔力の流れを感じ取っていたローランドはしゃがんでそれを避けた。それは体勢を崩すことでもあり、魔王がローランドの手を掴んだまま振り回し、瓦礫まみれの床にローランドを叩きつけた。
それで起きた振動が進たちにも感じられ、その後にひびが入っていく音も聞こえてくる。
すぐに床が崩れて、その場にいた全員が階下に落ちる。
体勢を崩した進はフィリゲニスに支えられ、怪我をすることはなかった。魔法も維持したままだ。
最初に階下に落ちたローランドはすでに起き上がっていて、砂煙の中で降りてきた魔王と戦いを再開する。
戦いは激しさを増し、余波が周辺の瓦礫を吹き飛ばす。城の破壊も進み、あちこちが崩壊していく。
「決着が着くころには城は全部崩れているかもね」
そんなことを言いつつ、飛んでくる破片などをフィリゲニスは魔法でガードしていく。
「ほかのところで戦っている琥太郎君たちにまで被害が及ばないといいけど」
「生き埋めにならなければ大丈夫でしょ」
琥太郎たちも鍛えているのだから、余波で死ぬことはないとわかっている。
かすかに聞こえてくる、こことは別の戦闘音が無事な証拠だろう。
三十分ほど戦闘が続いて、ローランドと魔王のどちらもダメージが見て取れる。だが両者ともにふらつくようなことはなく、戦闘の続行は可能だろう。
進の目にはどちらも互角に見えていて、まだまだ戦闘は続くと思えた。そんなときローランドが一瞬見失いかけるほどの速度で動き、魔王の顔を手で掴んでそのまま床に叩きつけた。
魔王も反応しきれなかったのだろう、避けるそぶりもなかった。
魔王の顔を掴んだままのローランドは上へと魔王を放り投げ、床を蹴ってその魔王に追いつき、殴りつけて床へと叩き落した。
漫画みたいな動きだなと進が思っていると、フィリゲニスがそろそろ決着が着くと言って呪銅の矢の布を取り払う。
「呪われた遺物よ、飲み下し、飢えを満たせ、入り込むは腹の中、それは開かずの檻、一人のための檻」
フィリゲニスが封印のための準備をしている間に、ローランドも魔法の準備を整える。
魔王はふらつきながら立ち上がり、呪銅から感じられる異様な気配に気を取られてしまってローランドの邪魔をできない。
感想と誤字指摘ありがとうございます