142 合流
人間軍と魔物軍と魔王軍が動いていたとき、進たちはどうしていたか? 村でいつもの生活を続けていたというのが答えだ。
これはローランドと最初から決めていたことだ。
ある程度の戦況が見えるまでは、進たちは待機。戦況が膠着するか攻め時とわかれば、ガージーが戦場まで運ぶということになっていた。
そして冷たい風が吹くようになって、そろそろ本格的な冬がやってきそうだという時期に、ガージーが村にやってくる。
「ローランド様からそろそろ動くとの連絡があった。出発の準備をしてもらいたい」
「今すぐですかね?」
「いや色々と準備もあるだろうから明後日の朝に出発という予定だ」
「わかりました。準備しておきます」
「頼んだ」
ついでに持ってきた交易品を急いで交換し、ガージーは山へと帰っていく。ローランドから留守を預かっているため、長居する気がないのだ。
ガージーが帰り、進たちも留守にするための準備を整えていく。
お土産のうどんも忘れていない。麺と載せる肉を出発の朝に受け取れるように料理人たちに予約しておく。
ほかにそれぞれのまとめ役を集めて、魔王討伐戦に出発することを伝える。
参加自体は以前に伝えてあるので、驚かれることはなく無事帰ってくることを願われる。
住民の中には心配する者もいたが進はさほど不安を抱かなかった。自身の役割は魔法を使うことだけで戦わなくてよい。そして魔王を倒す使命を負った勇者を圧倒したローランドがいて、そこに追従できるフィリゲニスもいるのだ。頼もしい味方のおかげで絶望感は皆無だった。
出発当日、ガージーがやってきて、進とフィリゲニスは荷物を持って、ビボーンたちに玄関先まで見送られる。
進の荷物はうどんといった食材と調理器具とどんぶりといった食器、フィリゲニスは布に包んだ呪銅の矢だ。
「じゃあ行ってきます」
「行ってくるわ」
軽い挨拶には悲壮感などない。だから見送る側のビボーンたちも不安を抱かずに見送ることができている。
「あまり時間かけないでね? 池の水が汚れちゃうわ」
「怪我には気を付けてください」
「まわりの魔物が無理を言うようならわしの名前を出していいぞ」
「無事の帰還お祈りしているであります」
それぞれの言葉に進たちは頷きを返していく。
両者ともちょっとそこまでといった感じで別れをすませる。
池まで移動した進たちはガージーの背に乗って北東へと向かう。
ガージーは森に行くときよりも速く飛ぶ。そのおかげで夕方前にはローランドが陣地としている大陸北の海岸に到着する。
そこには様々な魔物がいた。人間そのままの魔物、鳥型、獣型、虫型、形の定まらぬ者といった感じだ。
人間が魔物に連れてこられたことで周囲の魔物たちは捕虜なのかと考える。それにしては拘束されていないし、人間たちに緊張感などもなく、内心首を傾げる。
注目を集めつつ進とフィリゲニスはガージーの後ろを歩く。ガージーはローランドの気配のある方向へと歩いている。
「少ないな」
陣にいる魔物たちを見てガージーはそう漏らす。
「少ない? それなりに数がそろっていると思うけど」
「事前に声をかけた各地をまとめる魔物たちの数から考えると、今ここにいる数は少ない」
誰に声をかけるのかはガージーも考えたのだ。参加の意志を伝えてきた集団の長の数も知っている。それらから推測して、もっと騒がしくなければおかしくないかと思うのだ。
「戦闘に出ているだけじゃないのかしら」
「まあ普通ならそうだが……ローランド様に聞けばいいか」
少しばかり歩いてテントに到着し、そこに入る。
ローランドは椅子に座り、落ち着いた様子でお茶を飲んでいた。
「ローランド様、二人を連れてきました」
「おう、ガージー。お疲れさん」
「いえ、戦況はどのようになっているのですか?」
「予定通りといったところじゃないか?」
ローランドたちは魔物の軍勢をもって城を攻め落とすという考えはなく、魔王軍の戦力を外に出して、魔王との戦いに邪魔が入らないようにするという考えで軍を動かしていた。
人間の軍も似たようなものだ。自分たちが囮となって魔王の護衛を減らして、勇者たちが魔王のもとへとたどり着きやすいようにという考えで動いている。
「予定通りというには少々魔物の数が少なくありませんか?」
「ああ、それは向こうの攻勢が激しく被害が大きかったからだな。側近というリッチが出てきた」
敵味方入り乱れる戦場に出現したシェンは、最初に広範囲高火力の魔法を使い、敵味方関係なく殺したのだ。それで死んだ魔物を魔法で操って魔王軍側の戦力を増加した。
「なるほど。今はどうなっているんでしょうか」
「俺がリッチを追い払ったから落ち着いているな。殺してしまうつもりだったが逃げられた。その後前線に出てきてないから、療養中なんだろうさ」
「ローランド様から逃げ切ったのですか、あなどれませんね」
「ここで死ぬわけにはいかないという執念を感じさせたな」
シェンは大怪我を負った状態で無理矢理離脱した。体中傷だらけでそのまま命を散らしてもおかしくない状態で動いたため、ローランドがその根性に感心した隙をついたのだ。
「リッチはたしか他者の生命力などを吸い取って回復するのでしたね。となると城内や城までの戦力は減っているかもしれませんね」
「かもしれんな」
人間軍の方で暴れて補充する可能性はないとローランドは考え肯定する。それができるほどの余力はなかったように見えたのだ。既に操っている魔物や人間からの吸収がせいぜいだろう。
聞きたいことが聞けたガージーは山についての情報を話して帰っていった。
「じゃあ俺たちも行くか」
ガージーの気配が遠のいてローランドは立ち上がる。
「琥太郎君たちと合流するんでしょう? どこにいるのか知っているんです?」
「おう。連絡用の鳥の魔物を向こうにつけてある。それの反応を追えばいい」
そろそろ魔王討伐だとその魔物を通して連絡をしてあるため、琥太郎たちもリベオに運んでもらって移動をしている。
ローランドは部下に魔王のところに行くと告げてテントを出る。
部下たちはローランドの強さを信頼しているようで、心配する様子を少しも見せなかった。
いつもよりサイズを小さめにしたローランドの背に乗せてもらい、進たちは日が傾き始めて茜色へと変わり始めた空に上がる。
向かうのは南東の小山、その山頂だ。到着するとそこには琥太郎たちはすでにいた。魔物に見つからないためか、明かりをつけていなかった。
ローランドという大物にリベオは少し緊張した様子だ。
琥太郎たちに挨拶し、進は早速約束のうどんを作っていく。麺をゆでて、つゆを温めて、肉を温めるだけの簡単な作業だ。周囲にうどんつゆや温めた肉の匂いが漂う。
久しぶりの日本食に琥太郎たちの視線はうどんに固定される。
「ほい、完成」
我慢できないという表情の琥太郎たちにどんぶりを渡す。
『いただきます』
琥太郎たちは声をそろえて言い、つゆを一口飲んで、懐かしいという表情を浮かべる。
ちゅるちゅるとうどんをすする姿を見たあと、進はローランドたちにもうどんを渡す。
「リベオはどうする」
別にいいと断ろうとしたが、その前にローランドが美味いから食っておけとすすめると受け取った。
箸を使い慣れていないリベオには爪の隙間の大きなフォークを渡す。
進とフィリゲニスの分もできあがる。
少しの間、うどんを食べる静かな時間が流れた。
初めてうどんを食べるリベオはなんだこれといった表情でどんぶりを持つ。湯気とともに鼻に届く匂いが悪いものではないため、フォークに麺をからめて口に運ぶ。手が止まることなく食べ続ける姿からは、それなりに気に入ったのだとわかる。
「ごちそうさまでした」
満足という感じで琥太郎たちはつゆまですべて飲みきった。
この味をまた味わうため、生きて日本に帰るのだと気合が入る。
「そういえば鷹時さん」
「なんだい」
呼びかけられたので箸を一度止めた。
「鷹時さんはこちらに残ると言っていたでしょう?」
「ああ、結婚したしこっちで生きていくつもりだぞ」
「向こうに残した人たちに手紙かなにか届けるなら力になりますよ」
「手紙か……いや手紙はいいや。ただ一度だけ俺の家の墓に行って、そこに眠る両親に元気だということ楽しくやっているということを伝えてもらえたらありがたい」
贅沢を言うなら祖父母に手紙の一つでも送りたいが、頼んだ琥太郎たちに迷惑がかかる可能性があると思ったのだ。
誰にもばれないようにポストに投函しても、どこに人の目があるかわからない。目撃者や監視カメラなどで琥太郎たちが出したとばれるかもしれない。
琥太郎たちが出したとばれて事情を聞かれても、異世界など説明できるものではない。
せっかく日本に帰ることができたのに、異世界関連で面倒事を起こすのは申し訳ない。だから墓参りくらいが安全だろうと思ったのだ。
了承してくれた琥太郎たちに、墓のある場所を教える。
「人間の方の進み具合はどんな感じだ? こっちはリッチが攻めてきて、それなりに被害が出たが」
食べ終わったローランドが琥太郎に聞く。
「こちらもリッチが攻めてきましたが、被害はそんなに出ていませんね。むしろ操られた精霊人族によって仕掛けられた罠が軍の進みを遅くしています」
罠の近くに精霊人族がいて、足を止めた軍を攻撃してくるが、操られているとわかるため対応に苦慮していることも進みを遅くしている。
精霊人族は人間軍に明確な敵意を持っているのだが、それは操られているからだとわかっているので軍の人間たちは積極的に殺そうとはしていない。
昔は積極的に殺していたが、正常に戻ったときに恨みが残り、魔王とは関係なく大陸の情勢が荒れたため殺すよりも無力化を目的にしているのだ。それに今回殺せば、次自分たちが魔王に操られた場合、殺しても構わないと判断される可能性がある。種族が絶える可能性にも繋がりかねないため、魔王に操られた者の殺害は極力避けるようになっている。
操られた側はそんなことは関係なく殺そうとしてくるので戦後にどうしても恨みは残ってしまう。
「無力化した精霊人族をよそへ運ぶ労力なども必要とあって、軍の戦力はどんどん減っている状態ですね」
「そちらが参戦して北にも戦力を割いているため、昔よりは順調らしいと大神殿の人たちや将軍たちは言っていました」
淡音と桜乃が言う。
いつもと違って魔王軍も動揺しているということかなと、進は感想を抱いた。
「さほど大きく動揺はしていないだろうがな。魔王軍の動きに大きく乱れはなかった。ほかになにか情報はあるか?」
琥太郎たちは顔を見合わせて少し黙る。
「最近のことですが、強い魔物や人が減っていたような気がします。操られている士頂衆もここ最近攻撃をしかけてきたという情報は入ってきていません」
「それは倒されたからではなく?」
進が聞くと、琥太郎たちは首を横に振った。
「遺体が見つかっていません。遺体が発見できなくなるほどの攻撃を加えたという報告もありませんから、死んでいたら遺体や遺品が発見されると思うのですよ」
「北はどうだったんでしょうか」
淡音がローランドに聞く。
「さっきも言ったが、こっちはリッチがほかの魔物たちとともにやってきた。それで被害が大きくなり、俺が出てリッチを追い払った。そのあとは以前の戦いに戻ったが、こっちの戦力が落ちたため強い者は置かずともよいと考えたか、強者はいなくなっていた」
「北と南の両方ともから強い人間や魔物がいなくなったのなら、城で待ち構えているのかもしれないわね。もしくはリッチの回復に吸いつくされたか」
フィリゲニスが推測する。
ガージーも同じ話をしていたなと進は思い、城の危険度を上昇させる。
それを口に出すと、ローランドとフィリゲニスは問題ないだろうと言い切った。
「リッチ以下の強さしかないやつばかりだろう。強敵とは言えんさ」
「ローランド相手に逃げるしかなかった魔物よりも下の強さしかないんだから、余裕をもってあなたを守れる。心配なんてしなくていいわ」
「頼もしいな」
自分は大丈夫だが、琥太郎たちは大丈夫ともかぎらないので身を守るように言うと、三人はしっかりと頷いた。
出発前の休憩は終わり、城へと向かうことになる。
武具の再確認など準備を整えている琥太郎たちを見て進は、彼らはここで待っていてもいいのではと思ったが、本人たちがそう言い出さないのでついてくるのだろうと思う。
琥太郎たちも残っていいのなら残っていただろう。しかし残れと言われないので、最初に決めた方針のまま予定通りの行動をするつもりなのだ。予定から外れた行動をして帰れなくなるのも嫌なので、予定から外れる行動をする気がないという理由もある。
感想と誤字指摘ありがとうございます