141 一度目の衝突
勢いを増し進む人間の軍にシェンも対応しようするのだが、北部からは魔物の軍が攻めてきており、そっちの放置もできず対応が遅れ気味になっている。
魔物までも敵対するという、これまでとは違う戦いの動きにシェンはどうしてだと思いつつも南北それぞれの指揮官に指示を出していく。
こうなった原因が、最初に魔王が進の大神殿出現を邪魔したからだとは、シェンはおろか魔王自身も気付いていない。
次々と勇者たちによる被害が大きくなっているという情報が入ってきて、一度自身が南に赴いて勢いを止めようと決断する。
ついでに勇者の誰かを殺害できれば儲けものと考える。
「魔王様、私は一度南に行って勇者たちを叩いて来ようと思います。よろしいでしょうか」
「許可する。成果を期待する」
「はっ。必ずや」
魔王から許可をもらったシェンは、北部の守りを固める指示を出してから、武装を整えすぐに南部に飛ぶ。
偵察用の魔物から勇者の行動を聞いて居場所を突き止める。
琥太郎たちの移動の速さに疑問は抱いていない。移動にグリフォンを使っていることはシェンも知っているからだ。もっともそれがリベオとは気づいていないが。偵察の魔物が白い魔物に乗っているとしか報告していないのだ。
琥太郎たちが留まっているという陣を発見したシェンは空高くからそこを観察する。
「今から突撃はちょっと危ないかしらね。勇者たちが陣を離れて、戦いを終え消耗したところで強襲しましょうか」
魔王の守りを崩すことのできる勇者が戦場に同行していないことは、偵察の魔物から得た情報から知っている。
本音としては戦場に出ていないそちらを殺したいが、情報がまったく入ってきておらず、人相がわからないため逃がす可能性が高かった。
だから人相のわかっている三人の方を始末もしくは大怪我を負わせ、ここではない人間の軍の本陣を荒らして城に帰還というプランで行くことした。
機会を待っていると琥太郎たちが動き出す。
順当に戦闘をこなし、ここらのトップと戦い始めたのを見て、これまでの勇者の中では下の方ではないかと思う。
「あの程度で魔王様に挑もうとはあまく見られたものね。そのつけをここで払うことになるわよ」
魔王を甘く見られた苛立ちから怒りの雰囲気を放ちつつ、戦場へと高速で移動する。
人間からも目視できる距離になったところで、魔力の矢を放つ。
真っ黒な矢が琥太郎たちに迫り、それに気づいた桜乃が放った矢がぶつかる。相殺しきれなかった矢が琥太郎たちに当たりはするが、威力は弱まっていたのでたいしたダメージにはなっていない。
「ここらのトップか」
警戒した表情で琥太郎が言う。淡音も桜乃も似た表情だ。かなり強い魔物だとわかるのだ。ローランドには及ばないが、それでも魔物の中で上位なのは間違いなかった。
「なめないでもらえるかしら、私は魔王様の第一の家臣。魔王軍を束ねる者。そしてあなたたちを殺す者よ」
シェンの発言で誰なのか三人は察した。
「魔王のそばにいるというリッチ」
「あら、人間がこちらの情報を得ているとは意外ね。正解よ。当たったところで意味はないのだけど」
情報の出所など気にせず、戦闘を開始する。
シェンは空中に浮いたまま魔法で攻撃をしかけていく。それだけで琥太郎は防衛行動しかできず、あとは桜乃と淡音を相手するだけでいいのだ。
桜乃と淡音の攻撃を避けて、魔法で打ち破り、シェン優勢で戦いを進めていく。
「昔の勇者は私に手傷を負わせた者もいたけれど、あなたたちはやはり歴代の勇者の中で最弱ね」
「そんなことは知っている」
突きつけられる事実に琥太郎は怒りや焦りを見せることなく、桜乃と淡音の盾となる。
勇者たちが遺した武具を介して見た夢で、先代たちとの実力差はわかっているのだ。今更そこを突かれたところでなんとも思わない。
「知っていて魔王様に挑もうとしたの……やはり魔王様をなめているとしか思えないわ。そのような愚劣な輩は魔王様の御前に立つ資格もない! ここで死になさい! 恐れ憎しみ、魔力を得て、蛇となる、獲物を見定め、食らいつくせ。ブラッディバイト」
黒い魔力でできた五匹の大蛇がシェンの周囲をたゆたう。
怒りの目で琥太郎たちを睨みつけ、黒い蛇たちに突撃の指示を出そうとしたシェンだったが、それを邪魔されることになる。
「ようやく会えたな!」
シェンがいることを察したリベオが高速でぶつかったのだ。
リベオは人間たちの戦いには協力せず、周辺を飛び回りシェンの出現を待っていたのだ。
「……リベオ!?」
死んだと思っていた者が攻撃をしかけてきたことで怒りが消え、かわりに驚きの雰囲気が発せられた。
「なんで生きているの。私の呪いで死んだはず」
「あんたの呪いは別の奴が乗っ取った。そのおかげで自由を得て、あんたを殺すために鍛えることができた!」
「私の呪いを!?」
信じられずリベオの呪いに干渉しようとしたがなんの反応も返ってこず、呪いが自身の制御から離れてしまっていると確信を持つ。
そちらに気を取られているシェンを地上にいる三人が見逃すわけはなかった。
淡音と桜乃からシェンを取り囲む蛇へと攻撃が飛ぶ。
咄嗟に反応したが、三匹の蛇がかき消された。
「私としたことが」
そのことで冷静になり、状況を確認し撤退も視野に入れる。
鍛えたリベオがどれくらいの強さかはわからない。だが自身の優位性である飛行状態をリベオも有していることで、一方的な展開にはならないとわかる。
リベオに気を取られていたら、また地上から攻撃が飛んでくる。その攻撃で大怪我なんぞしたくもない。
(鍛錬したといっても、死んだと思われた時間から今日までで私を超えることはないでしょう。ですが退却を邪魔できる程度の実力は持っているかもしれない。ここは実力を正確に測ることからやりましょうか)
残った二匹の蛇を地上へ向かわせ、三人の間を飛び回るように操り、シェン自身はリベオへと飛ぶ。
地上では高速で飛び回る二匹の蛇を対処しようとする琥太郎たち、上空ではぶつかりあう魔物たちという様相が見られる。
その状態は長続きしなかった。琥太郎たちが一定行動しかしない蛇の動きに慣れて、消し去ったのだ。
当然シェンはそれに気づく。もう少しリベオの実力を測る時間はほしかったが、ここらが潮時だろうと考えてリベオから距離をとった。今の戦いから推測するに、退却の際に攻撃をされても大きな被害は受けないだろうと考える。
「勇者を始末できなかったことは残念だけど、退かせてもらうわ。その前に人間の邪魔はさせてもらうけど。消えぬ焔、冷たい炎、降り注ぎ、燃え尽き、残るは灰のみ。バーンアウトレイン」
「その隙は逃さねえよ! 風よ押せ、わが身はともに、閃き駆ける。ストレートラン」
シェンが魔法を使い始めて、リオベも同時に魔法を使いながらシェンへと迫る。
三節のリベオの方が早く魔法が発動する。
リベオは風の後押しを受けて、さらに速度を増して魔法を発動し終わるタイミングのシェンにぶつかった。
これは油断だった。以前リベオに勝っていて、鍛えたところでたいしたことはないと見下していたのだ。
ぶつかられた状態でも魔法は発動する。しかし不完全でもあった。空に現れた黒い炎の欠片は人間の陣地全体を包むはずだったが、少しずれたところへと降り注ぐ。
シェンにそれを見る余裕はなかった。リベオに肩を噛みつかれながら、後方へと勢いよく飛んでいるのだ。
地上では琥太郎たちがそれを追っている。
「いつまで噛みついている!」
衝撃の魔法を発動させてリベオの顔へと叩きつける。それでリベオの口が緩み、解放された。
シェンはちらりと人間の陣地を見て舌打ちをすると、そのまま退却する。
肩は重傷ではない。だがこのまま戦ったところで目的は果たせそうになかった。
去っていくシェンに魔法と矢が飛ぶが当たることはなかった。
「魔王様にお詫びしなければ。大口を叩いたというのに情けないっ」
リベオという想定外のことがあったことを言い訳にせず、シェンは自身が悪いと結果を受け入れる。
叱責は当然のものとして、城に帰るまで今後の動きを考えていった。
そして城に到着し、まっすぐに魔王のもとへ向かい、両膝をつき詫びる。
「申し訳ありません、勇者討伐と人間の軍足止めの両方を失敗しました。いかなる罰もお受けします」
「なにがあった?」
そう問う魔王の口調には怒りも落胆もない。
それはシェンの能力の高さを知っているからだ。これまで魔王軍をまとめ動かしてきたこと、シェン自身の実力、それらから判断して勇者討伐は失敗しても、軍の足止めは失敗しないだろうと確信を持っている。
「死んだと思っていた呪いをかけた魔物が生きていて、勇者との戦闘中に攻撃をしかけてきました。それの実力を見誤り今回の失態に繋がりました」
「そうか。罰はない。お前の役割に励め」
「ありがとうございます。今後の働きで今回の失態は返上してみせましょう」
「勇者の実力はどうであった」
「私が見てきた勇者の中では最弱です」
シェンが魔王に見出されたのは数代前の勇者の時代であり、そのときから生き残って復活した魔王を支えてきた。
幾度も勇者の戦いを見てきたそんなシェンが言うのだから魔王も信じる。
「弱いか」
「はい。しかしその状態で進軍を開始したこと、北部での魔物の動き。それらからいつもの勇者とはなにか違うのかもしれないとも思えます」
断言はできないし、余計な情報かもしれないが、それでもシェンは欠片でも不安な情報があれば伝えておこうと口に出した。
「これまでで魔物が攻めてきたことはあった。しかし今回のように組織だったものではない。人間と行動を合わせたこともない」
「手を組んだ可能性がありますね。どうやったかはわかりませんが」
シェンはこれからどう動くか考え出す。それを魔王は静かに待つ。
「南の人間が城に到着するよりも北の魔物たちの到着の方が早いと思います。城の戦力を北に向かわせ、魔物たちを潰そうと思います」
成長しきっていない勇者を含めて人間たちが進軍したのは、先に到着するであろう魔物たちに魔王軍や魔王を消耗させて、人間たちは万全の状態で戦おうとしていると考えた。
ならば頼りの魔物を城の戦力を使い潰してでも壊滅させて、人間の狙いが外れて戸惑ったところを叩こうと決める。
ついでに城下町に住む戦力にならない精霊人族を使って南部に罠をしかけて、人間軍の消耗を誘うことにした。
シェンはそれらを魔王に伝える。
「好きにやるがよい」
「はっ」
魔王の許しを得て、シェンは気合に満ちた表情で立ち上がる。
玉座の間から出て行くシェンを魔王はいつもと変わらぬ表情で見送る。
過去と違う流れということに魔王からは焦りなどは感じられない。ただ静かに勇者を待ち受けるのみだ。
これまで同じことを繰り返してきて、今回失敗してもまた同じようにやればいいと考えていた。
シェンの敬意も思慕も魔王は気付いているが、だからなんだという代物でしかない。
シェンが死ねば便利な奴がいなくなった。ただそれだけで終わる。
この世界に捨てられたときから続く不具合がそうさせるのだ。
魔王が永遠はないと知るまでもう少し。
感想と誤字指摘ありがとうございます