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140 前線の先へ

 魔王討伐が本格始動し、大神殿から各国へと連絡が飛ぶ。

 それに合わせて各国も動き出す。

 大烏公と大妖樹から物資提供なし、交易も不可というここに不満を抱いた者はいたが、それでも魔王軍全部を人間のみで引き受けなくてよくなったということだけでも良しとして本格開戦へ向かう。

 前線に近い国は真面目に兵を選別して物資を運ぶ。逆に前線から遠い大陸南部は欲を出して、大妖樹の森の守りが薄くなることを期待して少数の精鋭兵を派遣したりしたが返り討ちにあっていた。

 その大妖樹の森も魔王討伐のため動きを見せていた。基本強い者は森から遠くに行けない者ばかりなので戦力は出せないが、薬草などが大烏公の治める山に運ばれている。

 薬草を受け取った山はそれを加工し、魔王軍と戦うための物資として蓄えていく。

 物資の加工作業と同時にローランドは、連絡をとっていた魔物たちに進攻の日取りを伝える。

 各地へ空を飛べる大型の魔物が移動していき、北から攻める準備を整えていく。

 人間側にスパイを送り込んでいたリッチも、本格開戦の足音を聞き逃すことはなかった。

 リッチの関心は人間の兵が多く戦場に現れることへの対処ではなく、勇者が攻めてくるということに向けられる。

 人間も魔王軍を殺しているが、リッチとしては魔王さえ無事ならばそれでよいのだ。

 勇者の動きを知れるように前線へと小型の飛行できる魔物を飛ばし、勇者の進行ルートに強力な魔物などを置けるように情報収集に力を入れる。

 各々が動き出し、約二ヶ月という時間が流れる。


 琥太郎たちは大神殿の精鋭と一緒に前線へと戻る。

 前線は人間たちの頑張りによって、以前よりも前進している。代償として怪我人が増えたが、この戦いで最後と気合を入れて士気を保っている。

 怪我を前提にした前進だけではない。前線で戦い続け強くなった者たちの活躍もある。そういった者の中には操られた士頂衆の攻撃といった高威力の攻撃察知に特化して、遠距離からの被害を大きく減らした兵もいる。

 そんな活発化している前線で、琥太郎たちが目指すのは各国の精鋭と士頂衆が集まる陣地だ。

 大神殿一行の中には、人に変化したリベオも一緒にいた。そろそろ勇者が魔王討伐に向かうと聞いて、それをリッチも察知しているだろうと考え、そのリッチが現れるならば勇者のところだろうと推測したのだ。

 人間の軍が陣地を作っているところに到着し、大神殿に割り当てられた区画で荷を解いていく。リベオはそれを手伝わずに、周辺の偵察に向かう。


「久しぶりね、腕を上げたようで頼もしいわ」

「久しぶりです」


 士頂衆のカーマンとシャニアが大神殿の一行が到着したと聞いて顔を出しにきた。

 歩き方や雰囲気から以前とは違うとわかり、頼もしそうにしながらカーマンは隙を突くようにジャブを放つ。それを琥太郎は手のひらで受け、苦笑する。


「相変わらずですね」

「見た目だけかわったんじゃなくてしっかりと警戒もできているわね。いいことだわ」


 うんうんと頷くカーマンにかわってシャニアが口を開く。


「偉い人から聞いたのだけど、大烏公が魔王に挑むって本当ですか?」


 本当だと桜乃が即答する。


「二ヶ月ほど前に会って、魔王討伐について話しました」

「どうして参戦ということに? これまで大烏公や大妖樹が魔王討伐に協力したことなんて一度もないらしいのに」

「鷹時さんという勇者が作った村に、娘さんとお孫さんが数日滞在していて、そのときに魔王の軍勢が襲撃し、娘さんが怪我をしたそうです。それがきっかけなのだそうですよ」

「なんというか普通ね」

「話してみると強さ以外は、人間と似たようなものでした」


 知能があるならそういうこともあるだろうと流して、シャニアはなにかを探すように周囲を見る。


「ところで四人目の勇者はどこに?」

「大烏公と一緒に来ることになっていますね」

「そうなの。どういった人か聞かせてもらえるかしら」

「戦う人ではありませんね。環境がそうさせたということなのでしょうけど、作る人という感じです。戦うのは周囲の人たちがやるようです」

「大丈夫なのそれ」


 カーマンが少しばかり不安そうに言う。

 進がいなければ魔王の守りを破れないということはカーマンたちも聞いている。しかし戦えない者を連れて行っていいのか。進の身の安全を心配する思いもあるが、戦いの邪魔にならないのかも心配なのだ。


「Ωの職号持ちである奥さんがそばにいますから大丈夫だとは聞いていますよ」


 それにシャニアが反応を見せる。


「Ωの職号持ちとは会ったのかしら」

「会いましたよ。話しただけですけどね。大烏公が言うには今の私たちでは絶対に勝てないということでした」

「初めて会ったときならいざ知らず、今のあなたたちはかなり腕を上げているわ。それでも勝てないと断言したの?」

「はい。あと何年か鍛錬すれば勝てるようになるだろうって話でしたね」

「そっか」


 シャニアから見て琥太郎たちが腕を上げたということに嘘はない。三人で向かってこられたら負けるだろうと見ている。

 その三人に完勝できるというフィリゲニスと自分との差がどれほどのものなのか気になる。

 黙り込んだシャニアのかわりにカーマンが琥太郎に手合わせを挑む。


「こちらからもお願いしたいところではありますけど、荷物の整理などがまだ終わってないので」

「じゃああとでならいい?」

「ええ」


 カーマンたちは離れていき、琥太郎たちは荷物の整理を手伝う。

 そうしていると勇者到着を聞いた軍のトップから顔合わせの連絡を受ける。

 コロドムと一緒に琥太郎たちはトップのいる大きなテントに入る。

 そこには各国の将軍と呼ばれる者たちと士頂衆がそろっていた。

 十六人が円卓を囲み、空いている椅子を勧められ、琥太郎たちも座る。

 四人が座ったのを見て、六十歳手前に見える獣人の老人が口を開く。


「ようこそ勇者殿。こうしてお会いできて喜ばしいですぞ。皆も同じ気持ちだと思う」

「ええ、活躍しているという話は耳に入ってきましたが、こうして姿を見ることができてほっとした部分がありますな」


 活躍の話は聞こえていたが、鼓舞するための偽りの情報という疑いをぬぐい切れなかったのだ。

 似たようなことを思っていた者は何人かいたようで、ほっとした表情の者が頷いている。


「しっかり鍛えられているところも安堵しましたな。まだ若いというのに同年代とは一線を画すものを感じるのはさすがです」

「これならばあなた方で魔王も討伐できるのは?」


 将軍の一人が言う。魔物任せにするより人で片をつけたいという意見の将軍だ。

 こういう意見の人がいるとコロドムたちに聞いていて、琥太郎は落ち着いて答える。


「今の俺たちではかなり無理をしてやっとでしょうから、討伐しようとは思いませんね。俺たちで魔王と戦うならもう一年鍛錬時間をもらうことになるでしょう」


 以前ヴィットラから聞いたことを参考に琥太郎は必要とする時間を算出する。


「それは余裕をもって挑める時間なのだろう? 今でもやれると先ほど言っていました。ならば挑む価値はあるはず」

「俺たちから言わせてもらえればそこまで無理をする必要も理由もないのですよ」

「なぜです? 人の手で平穏を掴んでこそ、大陸の今後もよりよいものになる。人の力は魔王を凌駕すると信じられる、魔物を蹴散らし人が繁栄する」


 これは魔王討伐後に魔物たちの住処を人間が切り取るという発言だ。こういったことは何度も行われてきた。

 今回も魔王討伐の勢いをもって魔物討伐を行うつもりだったのだが、魔王討伐を大烏公が成し遂げることによって、国の上層部に魔物への警戒心が高まって討伐への意欲が鈍る可能性を考え、勇者が魔王を倒すことを主張したいのだ。

 しかしそういった思惑は琥太郎たちには関係のないことだった。


「俺たちの目標は正確に言うと魔王討伐して平穏を取り戻すことではなく、自分たちの世界に帰ることです。無事に帰りたいので、安全に帰る手段があるならそちらを選びます」


 無理をして魔王に挑むということは、死ぬ可能性も高いということだ。

 琥太郎たちは三人のうち誰か一人が欠けて帰るということなどしたくない。三人無事で帰ることこそ、これまで頑張ってきた一番の目的なのだ。そのため魔王と戦わなくていいというこの流れは大いに助かることだった。


「ということなので勇者様を無理に魔王討伐に向かわせるのは大神殿としても反対です」


 コロドムが琥太郎の意見に賛成し、将軍たちを見て断言する。


「女神ヴィットラは魔王討伐のため勇者を呼んだのではないのか」

「その通りですが、同時に平和に暮らしていた勇者様たちをこちらに呼び出したことを詫びてもいます。彼らが安全に帰ることができる方法があるなら、そちらを選んでも女神ヴィットラはお認めになるでしょう」


 魔王が討伐されることが大事とコロドムたち大神殿の者は知っている。琥太郎たちがやらずともヴィットラの目的は果たされる。ヴィットラがそれで良しとするなら、コロドムたちもそれに従うまでだ。

 ローランドに任せることで、短くない時間を共に過ごした琥太郎たちが大怪我しなくてよさそうなのが嬉しいという思いもある。


「それに勇者がまったく無関係というわけでもありません。四人目の勇者であるススム様が魔王討伐に同行します」

「その勇者はどこに?」

「大烏公と一緒に行動しますね」

「魔物と一緒に行動して身の安全は大丈夫なのでしょうか」


 純粋に心配した意見が出る。


「大丈夫です。ススム様と大烏公と大妖樹は安定した関係だと聞いていますし、実際に親しそうに話しているところも見ていますから」

「そう見せかけているだけで、裏では脅迫されていることはありえるのでは?」

「そうならそうと女神ヴィットラから警告が入るでしょう。しかしそういったことは一切ありませんでした」


 進は魔王討伐の鍵の一人だ。そんな人物が脅迫されているなら、ヴィットラから忠告の一つでも入る。しかしヴィットラからのアクションはなにもなく、問題ない関係なのだろうとファガレットたちは受け取った。

 ヴィットラの発言を疑う気はないのか将軍たちからそれ以上の追及はなかった。


「討伐は大烏公に任せて、我らは魔王軍による被害に対処し、戦後について考えればいいと思いますよ。操られた精霊人族たちの扱いなど、頭を悩ませることはあるでしょうから」

「それはそうなんだが。大烏公は魔王を倒せるんだろうか。強いとは聞くが、その強さを見たわけではないからな」

「私たちは三人がかりで負けましたし、Ωの職号持ちも負けたと聞きますよ」


 淡音がそう言うと、将軍たちは黙る。

 三人が強いとは最初に言ったことで、その三人に完勝できるのなら実力を疑うこともできない。

 三人の実力をおおまかに把握していた士頂衆たちも、ローランドの強さに少し驚いた様子を見せる。予想していたよりも上だったのだ。

 まだまだ強い者はいるのだなと世界の広さに思いをはせる。


「魔王戦の話はもういいのではないでしょうか。私たちにできることは鷹時さんや大烏公たちが勝つことを祈ることだけです。それよりも今一番厳しい戦いをしているところを教えてもらえないでしょうか。私たちはそこに行って被害を減らしたいと思います」


 淡音の発言に、将軍たちは大烏公のことはひとまず置いておくことにして、望む情報について話す。

 厳しい戦いをしているところは一ヶ所だけではなく、いくつかある。

 その場所の情報と、印をつけた地図をもらい琥太郎たちはテントから出て行く。

 残った将軍たちはせめて琥太郎の血をこちらに残せないか話し合うが、子供を残して帰ることができる性格ではなさそうだから難しいだろうと予測し、積極的に動くことはしないことにした。

 勇者についてはそれくらいで、戦場について話し合うことにして話題は援軍や物資の移動に移っていった。


 テントから出た琥太郎たちは自分たちのテントに戻る。そこにやってきたカーマンとの約束を守るため、模擬戦をやろうと陣の外に出る。

 カーマンの持つ槍が銀の軌跡を描き、琥太郎はようやく馴染んだ新品のガントレットでそれを弾いて前へ前へと踏み出す。

 互いに戦いに使う武具を持ち出して、遠慮なく戦っている。本当に殺してしまうわけにはいかないため本気ではないが、大丈夫な範囲で出せるものを全て出して戦っている。

 その様子を遠目に見ていた兵たちは士頂衆と互角の戦いを演じているのは誰だろうかと囁き合う。そして神殿の兵から勇者だと聞き、さすがだなとその強さに安堵感を抱いた。

 その模擬戦でカーマンは満足感と不満を抱く。

 琥太郎が強くなったことは戦いがいがあり嬉しい。しかし必死さが減っているのは不満であり心配だった。


「今のままだと危ないかもしれないわよ」

「そうですか? 強くなったと思うんですが」

「たしかに強くはなっている。そこは私も認める。身体能力でいえば私と並ぶか超えているかもしれない。技量と経験はまだまだだけど。でも以前よりも飢餓感というのかしら、必死に強くなろうって気概がない。気の緩みが感じられて、うっかり奇襲や偶然の一撃で死んでしまいそうよ」

「そこまで緩んでますか」


 しまったなと頭をかく。


「そう言うってことは自分でも少しは自覚があったのね」

「以前ほどの熱心さはありませんでした。魔王に挑まなくてよくなって、気が抜けたんでしょうね」

「その気持ちはわからないでもないけど、戦わなくていいわけじゃないでしょ。帰る前まで気を抜くのは止めておきなさい」


 カーマンも琥太郎たちに無事に帰ってほしいのだ。

 そのためのアドバイスに琥太郎は感謝し礼を告げて、もう一度模擬戦を頼む。

 それをカーマンは快諾し、再び模擬戦が始まる。

 そこから離れたところで、桜乃とシャニアの実力確認も行われている。

 淡音はバーンズがいないため、それぞれを見守り、熱が入り過ぎたら止められるように備えていた。

 翌日から琥太郎たちは神殿の兵と別行動する。リベオに運んでもらい、地図に印をつけてもらったところへと向かったのだ。

 その近隣を担当している陣地の近くで下ろしてもらい、陣地に入る。そこのトップに将軍たちからの紹介状を見せて、強い魔物と戦い撃破し、また別のところへと向かう。

 魔王軍の指揮官やトップが倒されたことで勢いを弱めたところへと人間の軍が進み、一歩一歩魔王へと近づいていく。

感想と誤字指摘ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] 呼び出されて魔王を倒さないと帰ることができないから戦ってるだけですもんねえ わざわざ安全マージン切ってまで戦ってやる義理なんぞありませんからね
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