139 手合わせ
「次の話題に移ってもよろしいですかな」
コロドムがローランドとファガレットに聞き、頷くのを見て続ける。
「次は大烏公には耳障りとなる話だと思います。あなたが魔王と戦うという話を聞き、協力する気になったと考えた者から縄張りにある素材の提供を求める声が出ました」
「それに応える気はないな」
ローランドの即答に、コロドムは予想していたと小さく頷いた。
「そうでしょうね。それは向こうもわかっていたようで、駄目ならば取引をといった声もありました」
「取引なぁ、お前たちは知らないだろうが、過去二回人間と取引をしたことはある」
今度は即座に断ることはなかったものの、反応はあまり良くない。
進たちは、ローランドたちが自分たち以外の人間と取引しているとは聞いていない。話題にあげたくない程度には、良い思い出ではないのかなと思う。
水人族との関わりはあるようなので、大陸の人間に対してあまり信用していないのかもしれない。
それでよくディスポーザルと取引をする気になったなと進は思うが、本格的なものではないので続いているのだ。ディスポーザルが昔の人間と同じ行動をとれば、取引はなくなるだろう。
「聞かなくてもわかりますが、どうなりました?」
「人間側がどんどん要求を強めてきてな。付き合いきれずに取引を止めたよ。またやっても同じことになるだろうな」
取引を求めてきたのは二回とも人間側であり、ローランドたちは強く望んではいなかった。だから人間側の要求が大きくなると止めることに否の声はでなかった。
それが原因で山に攻め込まれたりしたが、追い払っている。
「取引もなしということでよろしいでしょうか」
「やる気はないな」
今のところはほかの魔物やディスポーザルとの取引で事足りていて、どうしても人間たちと取引したいものなどないのだ。
「わかりました。そのように伝えておきますね。さて連絡することはこれくらいでしょうか。なにか皆さん、それぞれ聞きたいことはありますか?」
じゃあ私からとフィリゲニスが口を開く。
「リベオという白いグリフォンとなにかしら関係あるのかしら? あれの魔力の残滓がそっちの勇者たちから感じ取れる」
「リベオのことを知っているんですか?」
意外な名前を聞いたと琥太郎たちは少し驚いて聞く。
「以前うちの村に来たとき追い払ったわ」
「被害がかなりでたのでは?」
リベオの実力を知る琥太郎たちは心配そうに聞く。
「奇襲されなければあの程度なら被害はでないわよ。事実最初に対応した住民たちも時間稼ぎに徹したおかげで怪我なんてしなかったし」
「簡単に追い払えたという感じに聞こえるんですが」
「苦労はしなかったわ」
ね、と進に同意を求める。
「俺の手伝いはいらず、魔法で動きを止めたしな。抵抗もさせなかったし、苦労をしていないという言葉に嘘はない」
「そうですか」
やや呆けた感じで琥太郎はそう返す。
琥太郎たちはリベオとの再度の接触に成功しており、動機や目的などを聞いている。そして互いに実力アップのため手合わせをして、一対三でどうにか最近勝てるようになってきたのだ。
そのリベオに一人で完勝したと聞けば、実力差に驚くのも当然だろう。
「リベオとは鍛錬のための遠出で遭遇し、そのときは負けて、その後追いかけて何度か戦ううちに情報を交わすようになりました」
リベオとしても強い魔物を自分だけで探し回るよりも、情報をもらいそこに行く方が探索時間を減らし鍛錬時間を増やせて好都合だった。
そのことを琥太郎が話すと、フィリゲニスは頷く。
「あいつは今も鍛錬に励んでいるのね」
「はい、鍛錬をかかしていません。そんなあいつに勝ったということですから、そちらも強いのでしょう。そちらの実力を知りたくてあとで手合わせを願おうと思っていたんですが、しなくてもよくなりましたね」
これまでの鍛錬で、大烏公やΩの職号持ちにかなり近づいたのではと思っていた琥太郎たちは思い上がりだったと内心恥じる。
「手合わせか、やろう。俺はお前たちの実力がどの程度か気になるしな」
ローランドの乗り気な姿勢に、琥太郎は若干困った顔になる。
「善戦できるかどうかもわかりませんよ?」
「鍛えた勇者がどれくらいなのか知りたいだけだから、善戦とかは考えなくていい」
「最上位を知るのは良いことだと思うので、こちらとしても問題はありません」
ローランドとの戦いを経験しておけば、魔王討伐が始まって強敵とぶつかっても怯んだりしないだろうと琥太郎は考える。
それでいいかと淡音と桜乃を見れば、頷きが返ってきた。
「模擬戦の手続きをしてきます。なにか話したいことがあればご自由にどうぞ」
コロドムはそう言って部屋から出ていく。
ファガレットがまっさきに口を開いて、前回からどう過ごしていたのか進たちに聞き、それをきっかけとしてそれぞれの過ごした日々を話していくことになる。
一時間ほどで準備は整ったようで、戻ってきたコロドムの案内で、鍛錬場へと移動する。
鍛錬場は模擬戦の余波に備えてか結界が張られていた。
隅には座って待機できるように椅子などが置かれていて、そこに進とフィリゲニスとファガレットが座る。ガージーはローランドから少し離れたところに立っている。
最初は琥太郎だけで挑むようで、ローランドを前にして一人で構えている。開始の合図で突っ込んでいく。
ローランドは琥太郎に合せるようで、魔法は使わず格闘で対応している。
琥太郎とローランドの動きを比べてみると、粗がないのは琥太郎だ。動きは洗練されていて、格闘を正当な技術として身に着けていると素人が見てもわかる。
しかしその技術をローランドは身体能力と経験を用いていなしていた。
これは当てるのもおそらく無理だろうなと戦っている琥太郎は考え、一撃だけどうにか当てようという方向で考え出す。
そうして少し時間が流れ、琥太郎の攻撃がローランドに受け止められる。
これまで全部躱され、弾かれていたものがまともに受け止められたことで琥太郎は満足したように引く。
今度は休憩して三人で挑むという様子だ。
「最後だけなんで受け止めたんだろ」
どうしてかわからないという進に、フィリゲニスが説明する。
「予備動作が少なくなって動きが読めず、回避が間に合わなかったと思う」
「予備動作っていうのは、腕を振りかぶったり、地面を踏みしめたりとか? 俺が知っているもので近いものは無拍子っていう技術だけど」
漫画で見た技術だったなと思いつつ聞く。
「その認識で間違いないわ。そういった動作がかなり省略されて、これまでの攻撃とタイミングが違っていて受け止めるしかなかった。でも当たったとしてもダメージにはならなかったでしょうね。ローランドの余裕の表情を見ればわかるわ」
「すごい技術を成功させてもなお届かないのか」
「生きてきた時間の差はそれだけ簡単に埋められるものではないということなのでしょ」
そういったことを話しているうちに休憩が終わり、琥太郎たちが三人で挑む。
今度はローランドも魔法を使い、飛んでくる魔法や矢を撃ち落とし、魔法で三人を攻撃して、接近戦をしかけてくる琥太郎の相手をこなしている。
淡音と桜乃の援護で気がそれることがあるのか、先ほどよりも琥太郎の攻撃がかすることが増えている。
やがて三人が息の合った連携を見せて、琥太郎が勢いの乗った一撃を当てることに成功する。
それで一瞬気が緩んだ琥太郎の腕をローランドは握って投げ飛ばした。
軽々と空中を舞った琥太郎を心配して隙をさらした淡音たちにも風の塊をぶつけて、地面に転がす。
ここで模擬戦終了となり、琥太郎たちは差をはっきりと認識した。互いに全力ではなかったが、ローランドは攻める気が少なく、積極的に攻撃されていたら自分たちはずっと守ることしかできなかっただろうと。
そういった感想を持った琥太郎たちだが、まだまだ伸びる余地はある。三人が数年間真面目に修行して三対一を挑むことができれば、ローランドに届きうるだろう。
その可能性をローランドは感じ取り、神から与えられた力の将来性に感心する。
「これだけ強くても魔王を殺すことはできないんですか」
土や砂を払い落しながら琥太郎は聞く。
「そうらしいな。それだけあれの守りが厄介ということなんだろう」
「あなたでそうなら、たしかにこの世界の住人では手が出せないんだろうな」
「だがススムがいるからな。どうにでもなるだろうさ。そのススムを守るためフィリゲニスも同行する。負けはないだろう」
「ちなみにフィリゲニスさんと俺たちが模擬戦をしたらどうなりますか」
「十回やって十回全てフィリゲニスの勝ちだ。あれは遠くから魔法を使うだけの魔法使いではない。強者との戦い、遠近両方の戦い、複数との戦い、それらの経験を存分に積んでいる。彼我の力量差を見抜く目も持っている。お前が近づいても攻撃をしのがれて魔法で吹っ飛ばされ、離れた位置にいる二人からの攻撃もしのいで魔法で吹っ飛ばす」
ただ強いだけの魔法使いが人々に恐れられて封印などされない。強いだけなら人質を取って飼い殺しといった選択もとれる。だがフィリゲニスは人質を一人で見つけ出し助け出せる力を持っていて、制御不可と考えられて封印するしかないと思われたのだ。
「まあそれは今のお前たちであって、数年かけて鍛え上げたお前たちならば勝てるだろうな」
「数年後ですか」
「それも三対一の話だが。ススムがフィリゲニスと一緒にいれば、どれだけ鍛えても勝ちはなくなる」
「十年とか二十年鍛えてもですか?」
「お前たちからの攻撃さえしのげば、その間にススムがお前たちの肉体も武具も弱体化させて鍛錬した時間が無駄になるからな」
なるほどと琥太郎たちは納得する。二年弱という短期間で自分たちをここまで強くした才と同等のものを進も持っている。その進が向こうに加勢するならそうなって当然だろうと思えたのだ。
「さてそろそろお暇するか」
ローランドが進に帰ると声をかける。
「はいな。帰る前にそっちの三人にお土産だ」
小型の壺を指差す。
その二つはなんなのだろうかと思っていた琥太郎たちは、自分たちに準備されたものだったのかと思いつつテーブルに近づく。
「お土産ですか?」
「こっちは醤油。こっちはみそ汁。日本食は久々だろうし、気合が入るんじゃないかってな」
興味が出たといった琥太郎たちは醤油を少量手に垂らして舐める。
懐かしそうに三人の表情が緩んだ。
「本当に醤油だ」
「焼き魚にかけたり野菜炒めに使えるだろうさ。みそ汁の方は温めて素揚げ野菜にかけたりしてさっさと飲んでくれ」
「ありがとうございます。しかしどうやって作ったんですか?」
味噌とか一から作った苦労話でも聞けるのかと思ったが、進の返答に琥太郎たちは驚く。
「海水や水に変質の魔法を使った」
「そんなこともできたんですか!? 強化とか質を上げたりといったことしかできないと思っていました」
「最初からできたわけでもないけどな。最初は醤油もみそ汁も味が薄かった。何度も魔法を使っていくうちに日本で食べていたものに近づいていった」
「そういった方面でも練習は必要なんですねぇ」
そう言ったあと桜乃は日本食は作っているのかと聞く。
「うどんとか芋の煮っころがし、あとは日本食と言っていいのかわからないけど照り焼きも作っている」
「照り焼きはうちの山でも好まれているぞ」
「ああ、いいですね」
食べたいとわかりやすく桜乃の顔に現れていて、進は無理もないと思う。
「魔王討伐で合流するときにうどんを食べられるよう準備しといてやろう。それを楽しみに二ヶ月間へたこいて死なないようにな」
「ありがとうございます」
嬉しげに桜乃が礼を言い、琥太郎と淡音も続く。
用事を終えた進たちは帰っていき、琥太郎たちも軽く鍛錬をするためにその場で動き出す。
今日は間食などせずお腹を空かせるつもりだった。焼き魚とみそ汁が楽しみで、お腹を空かせてさらに美味しく食べるつもりだったのだ。
そうして夕方になり、琥太郎たちの頼んだメニューがテーブルに並ぶと、日本食に近いものを堪能していく。
久々の醤油と味噌は懐かしく美味いと思えるもので、明日からの気力を満たしてくれるものだった。
感想と誤字指摘ありがとうございます