137 魔王戦への準備
魔王討伐に向けて動き出したが、進の生活はさほど変わっていない。
いつものごとく畑仕事や魔法をかけてまわり、その中に魔法干渉の鍛錬が加わっている。
ヴィットラからは現状で魔王の守りに干渉できると言われたと聞いているが、念のため干渉の訓練をしておいた方がいいだろうとビボーンたちから言われて、それに従うことにしたのだ。
昼食を食べた進は、フィリゲニスによって魔法をかけられた地蔵のような石人形を持って、裏庭に移動し、大妖樹に背を預けて座る。
これから始めるのは石人形にかけられた守りの魔法に干渉し、それを強化したり、弱体化したり、守りを一ヶ所だけに集めたり、守りを持続させたりといったいろいろなことだ。
魔王の守りを弱体化させるというのが進の役割だが、相手側も抵抗するだろうということで、弱体化だけではなく相手側の駆け引きに対応できるように、様々な魔法干渉を経験しておこうという目的だ。
「じゃあイコン、今日もよろしく」
「うむ」
イコンは基本的におかしなところがあれば助言するコーチ役だが、たまに石人形に魔法をかけて邪魔をするという役目も負っている。
それによって魔法のバランスに波を起こし、進の鍛錬難易度を上げるのだ。
あとは日によって石人形に魔法をかける人物も違っている。フィリゲニスがかけた魔法ばかり干渉していると、それに慣れてしまうだろうということだった。
進が地面に置いた石人形に干渉を始めて、それをイコンが眺めつつたまに小さな魔力を石人形へと飛ばす。
イコンの魔力が触れた石人形の表面に波紋が生じた。石人形を実際に歪めているわけではなく、魔法の揺れがそう見せているだけだ。
「よっ、ほっ、こうだ」
弱体化を維持していた進は、乱れそうになる魔力をどうにかやりすごす。最初は波紋をやりすごせず、魔法を解いてしまっていた。
波紋は進からの干渉ですぐに治まる。
「おー、だいぶ上達したな」
「こればっかりやっているからなー」
「と落ち着いたところで、もう一度じゃ」
話しながらイコンがいくつもの魔力をタイミングをばらばらにして石人形に飛ばして再び波紋が起こる。
それも進は上手くやりすごす。
「うむ、うまく維持できておるな」
進は安堵の溜息を吐く。
「今後も練習を続けて、感覚を忘れないようにしないとな」
「そうじゃの。練習しなければ少しずつ感覚を忘れていく。もっとも魔王戦くらいしか使い道はない技術であろうが」
「だなぁ」
魔王が特殊であって、普通の魔法の守りならばフィリゲニスやローランドは力技でどうにでもできるのだ。
進が今やっていることは、変質という魔法の使い手がほぼいないことや魔王の復活が阻止されるということからも、後世に残ることのない技術と知識となることが確定している。だから理論的なものは考えず、感覚のみで鍛錬をやれて気楽でもあった。
練習は三時間ほど続けて、魔力がほぼすっからかんとなった時点で終わる。
家に戻り、少し休んでいるときにリッカからラムニーが倉庫の整理に行っていると聞いて、手伝いに向かう。
夕方になり、ラムニーと家に戻ると皆が居間に集まって寛いでいた。
ただいまと言いながら進たち空いている椅子に座る。
すぐにビボーンが話しかけてくる。
「イコンと話していたのだけど、魔法の習熟がかなり進んでいるそうね」
「干渉に関してはだいぶ上手くなったと思うよ」
「ちょっと見せてもらおうかしら」
そう言うとビボーンは自身に守りの魔法をかける。
「力を注ぎ、纏う力、かきみだす。インタラプト」
ビボーンの纏う守りに干渉して、弱体化させようとする。
それにビボーンが抵抗しようとして、それに進も対応し弱体化に成功する。
「こういった感じなのね。本番でもこの魔法なのかしら」
「本番だと五節の魔法を使うよ。今回のはこっちの世界の魔法に干渉するもので、そのままでも変質のおかげで効果はあるはず。でもどうせなら効果的なものを使いたいということで専用に考えてある」
異なる法則を持つものに使って練習などできないので、ぶっつけ本番になるしかない魔法だ。
発動自体はしているし、こちらの魔法に試して効果が出ているのも確認している。だからまるで効果がないなんてことにはならないと断言できる。
そう進が言うと、聞いている者たちはほっとしたような雰囲気を発する。
「魔王戦で鍵になるから、それを聞けて安心だわ」
「俺はそんな感じだけど、フィズはどうなってる?」
「呪銅の核の解析は終わっているわね。それをもとに魔法を作って、形にはなっているわ。近いうちに使ってみて修正部分とかの確認をしようと思っていたところよ。ちなみに使うのは二つの魔法よ。魂を捕まえるものと魂を封じるもの」
捕まえて封じるということを一つの魔法でやるより、二つにわけた方が強力だった。
「魂を捕まえるってどんなふうになるんだ。そもそも魂は見えないし捕まえたってわかるものなのか?」
「そうね、わかりやすく説明するなら以前リベオを捕まえたときがあるじゃない? あんな感じかしら」
突撃してくるリベオを見えない手で捕らえたときのことを進は思い出す。
「あんなふうに見えない手で倒された魔王の体から出てきた魂を捕まえる。そして呪銅の核を利用して魂を封じる。呪銅の核は矢の形に整えてあるわ。捕まえている魂へと呪銅の矢を飛ばして封じる。こういう流れの予定。それと魂がわかるかどうかだけど、おそらくそれだと思えるものは感じ取れているわ」
倒した魔物の体からなにかしらの力が抜けて散りながらいずこかへと流れていくのを感じ取れていると、フィリゲニスは言う。
「おそらくあれが魂なんだと思う」
それを感じ取れているというのが、ヴィットラが依頼した理由の一つなのだろう。
「魔力が流れ出ているわけではなく?」
好奇心からビボーンが聞く。
「魔力も含まれているけど、魔力ではないなにかなのよ」
「こっちの世界には幽霊はいないのか? 俺のいたところだといるとはされていたけど」
「魔物としてゴーストと呼ばれるものはいる。それは魔力核という物質を持っていて、それを砕けば死ぬ。魔力そのものの魔物であって、魂が魔物化したものじゃないわ」
ゴーストと魂と呼ばれるものは別物だと思うとフィリゲニスは言う。
「そっか。イコンは長生きしていて魂は感じ取れたことはあるのか?」
「わしはない」
きっぱりと断言した。長生きしているからといって感じ取れるようなものではないのだろうと付け加える。
「今その姿は魂の状態というわけではないんだよな?」
「そうじゃの。交流しやすいように作り上げた魔力体。本体は木で、魂と呼べるものも本体に宿っている」
人型のラジコンという感じだ。現状自我はこの体に宿っているので、ラジコンそのままというわけでもない。
VRMMO小説のように肉体は眠った状態で、キャラクターを操っているという状態に近い。
「リッカは博士たちからそこらへんの話は聞いたことはある?」
「博士たちも死後について話していたことはあったであります。ですが明確な答えは出していませんでした」
魂というものが存在するのならば、死後にワークドールの空っぽの核に宿らせることができれば、人は生き続けることができるのではと戯れで話していたことを思い出す。
本気で検証する様子ではなかったとリッカは話す。
「魂を確認できなかったからなのか、なんらかの理由で不可能と結論付けていたのかはわからないであります。本業はワークドール関連なので、研究している時間を惜しんでいた可能性もありますが」
リッカの言うようにワークドールを中心として研究していたので、博士たちは魂に関しては興味を持っていなかった。リッカたちに魂が発生していれば興味をもったかもしれない。だがリッカたちに自我は生じていても魂は発生していない。リッカたちが持っているものは様々な力を一つにまとめた際に偶然生まれた疑似魂と呼べるもので、自我を育む土壌は備えていたが、魂とはまた違うものだった。
魂は魔力の源でもあるため、魔力を生みだせないリッカたちの持つ疑似魂は人間や魔物とは違うものだ。
「魂がどんなものなのか、明日にでも感じてもらいましょう。グローラットを屠殺しているところに行けば、魂はいくらでも掴めるでしょうし」
「掴んでもらってわかるものかな?」
進が首を傾げ、ビボーンたちもどうなんだろうかと疑問顔だ。
わからないならわからないで仕方ないとフィリゲニスも苦笑する。自身でも魂関連は確信を持ってこうだとえる知識がないのだから、強くは言えないのだ。
翌日、畑仕事を終わらせて、昼食前にグルーズたちの飼育場に向かう。
進たちに気づきなにか用事かと聞いてくるブルたちに魔法の実験をしたいと答えて、屠殺小屋の裏手に回る。
「フィズは今も魂をこの場に感じている?」
「ええ、弱々しいけどね」
フィリゲニスが肯定したことで、ここにたしかにあるのだと信じた進たちは気配などを探るがやはりさっぱりだった。
それを見てからフィリゲニスは魔法を使うと宣言する。
「見えぬもの、されど確かにあるもの、しかと掴め、食い込み放さぬ逃れられぬ。サムシングバインド」
フィリゲニスの魔法が発動し、魔力がそこに留まる。
「捕まえたわ」
ここらへんよとフィリゲニスが指差して教える。
そこに進たちは近寄って魔力以外のものを感じようとしたがわからない。
「魔力を感じる才覚とはまったく別のもの、もしくは特に優れた魔法への才が必要なのでしょうね」
そうビボーンが結論付けて、進たちもそうなのだろうと同意する。
「魂を感じ取るのに、フィズクラスの才が必要なら感じ取れない人が多くても無理はないよな。魂に着色するような魔法でもあれば感じ取れるきっかけにでもなるかなと思ったけど、今後使わないような魔法を作ってもらうのもなぁ」
「そんな魔法は必要ないじゃろ」
「だよな」
捕まえる方の魔法は一応完成しているとして、封じる方はどうなのかという話になる。
「そっちも試してみるから、そこらへんの石をくれるかしら」
ラムニーがすぐに足元の石を拾ってフィリゲニスに渡す。
「これでいいんですか? 本番では呪銅を使うと聞きましたけど」
「魔王の魂を逃がさないためと魔法強化のため呪銅を使うの。一時的に封じるのなら、こういった石で十分なのよ」
すぐに魂が抜けても現状なんの問題もないしねと言ってから、魔法を使う。
「散りゆくもの、飲み下し、入り込むは腹の中、それはお前の檻。ソウルボックス」
フィリゲニスは石を捕まえてある魂へと投げた。それにグローラットの魂が入ったのを感じとる。
石を拾い上げると、いまだ魂はそこにある。
「入ったわよ」
渡された進はいろいろな角度からそれを見て、ビボーンに渡す。
「道具使いの感覚として、ただの石ころとは違ったものだってのはわかった。価値のあるなしだから、魂の有無とはまた違うかもしれないけどさ」
「なんとなくただの石ではないとは思うんだけど、それ以上はわからないわね。たくさんの石の中に混ざっていたら見過ごすと思うわ」
ビボーンと同意見なのはイコンだけで、ラムニーとリッカはそこらの石としか思えなかった。
皆で確かめているうちに魂は石から抜け出る。
「本番でも魂が留まる時間はこんな感じ?」
「いえ、もっと長いわよ。さすがにこれは短すぎるしね。今使った魔法は四節だけど、本番は六節のソウルプリズンって名付けた魔法を使うわ。あとここから改良していくから、ソウルボックスも魂が留まる時間はもっと長くなる。その改良の影響で本番に使う魔法も強化される」
進が魔王の守りを弱体化させるためだけの魔法を作ったように、フィリゲニスも魔王専用の魔法を作っていた。
「二人とも順調ということでいいわね。ついていけない身としては安心よ」
そう言うのはビボーンだ。相手にアンデッドの運用が得意なリッチがいることで、ビボーンは留守番することになっている。
ビボーンが操られてしまい向こうにつかれるととても困る。戦力としても相談役としてもだ。
魔王戦に向かうのは進とフィリゲニスだけだ。リッカはついていけるかもしれないが、戦いを好んでいないので遠慮した。
ローランドという特級の戦力が向かう時点で、あまり戦力は必要ないためリッカが留守番でも問題ない。
「ここから慢心してなにもしなかったら危ないかもしれないけどな」
「それをわかっているんだから問題ないでしょ」
きちんとやっているのかビボーンたちが確認だったり注意をするだろう。
周囲からの協力もあるので進とフィリゲニスが鍛錬や改良を放り出すことはない。
感想と誤字指摘ありがとうございます