135 撃退
転がっていくガゾートが心配ではあったが、琥太郎は兵にガゾートのことを頼みながら人狼に魔力を込めた飛び蹴りを放つ。空中にいる間に、もう一撃の蹴りを人狼の頭部に当てて、注意を自分にひきつける。
「サクラ! もう一度行けるか!?」
人狼に顔を向けたまま桜乃に聞く。
鎧が理由で魔法に耐えたのなら、鎧がない今ならばダメージが通るだろうと思う。
それに対して桜乃は首を振って答える。
「ごめんなさい、無理」
できるだけ制御したとはいえ、まだまだ使いこなせていない五節の魔法なので半分以上の魔力を持っていくのだ。
「アワは有効打だせるか?」
「まだ余裕はあるけど、正直倒せるところまではいけそうにない」
「じゃあ俺が頑張るか」
「いけるの?」
「隙が多い技だから当てるのが大変なんだけどね」
あれかと淡音たちも予想がついた。
過去の勇者の夢を見て、その夢に出てきた技の一つをガゾートたちと再現しているのを見たことがあるのだ。
「当てるための準備は私がどうにかやりましょう」
「私も五節の魔法は無理なだけで、まだ魔法は使えるから手伝うよ」
頼んだと琥太郎は言い、人狼の気を引く戦いに意識を戻す。
淡音と桜乃のもとに自分たちもなにか手伝えないだろうかと兵が集まる。
「魔法を使える人は合図を出したら使ってほしい」
「俺たちが使える魔法ではダメージは与えられませんよ?」
「視界を塞いでもらいたいからダメージはなくていいわ。桜乃はあいつの動きが鈍るような魔法を使ってほしいけどできる?」
「地面をぬかるみに変えるとかだとお兄ちゃんにも影響がでるよね……弱体化かな。体全体じゃなくて、どこか一ヶ所に集中するように魔法をかければ効くと思う」
桜乃の返答を聞いて、淡音はどうすればいいか考えていく。
「こういうのはどうかしら。兵士さんに魔法を使ってもらって視界を阻害。私がそこに高威力の攻撃を二連続しかける。それに耐えるか避けるかするでしょうから、耐えたら踏ん張る片足の弱体化。避けたら着地するタイミングで片足を弱体化して体勢を崩す」
「それでいこう」
上手くいかなければまた別の策を考えるということで、この案を人狼の攻撃を避けている琥太郎に伝える。
承諾の返事があり、淡音たちはしかけるタイミングを探る。
その間、琥太郎は人狼に軽い攻撃を当てて気を引き回避していく。一度でも攻撃を受けると大ダメージになりそうで回避にかなり神経を使っている。
そして琥太郎が攻撃を回避して下がったときに、今だと淡音が兵たちに声をかける。
次々と炎や砂や水が人狼の顔めがけて飛んでいく。
それを人狼は避ける仕草を見せるが、向かってくる数が多いため避けきれるものではなかった。
目的通りに人狼の視界を防ぎ、二本の矢に魔力を込めた淡音がその一本を素早く番えた。
「豪撃の矢!」
強い魔力を感じ取ったか人狼は避けようとしたが、それよりも矢が届く方が早く、腹部に矢が突き刺さる。
続いてもう一本を番えて射る。
人狼の対応は、一撃目で耐えきれると判断したようで避ける素振りは見せず、耐える様子だった。
「魔力は、阻害し、衰え、鈍る。パートダウン」
矢が命中する寸前に、桜乃の魔法が効果を発揮する。
力の入らない足では踏ん張れず、がくりと折れる。
そんな人狼の真正面に琥太郎が素早く移動し、正拳突きの構えをとる。動きを止め、しっかりと両足を広げ、右手を引く。
相手が動きを止めていなければ攻撃を受ける隙だらけの状態で、ほんの少し深呼吸して溜め時間をとる。
隙が多いのも納得の状態であるが、人狼は脅威を感じ取ったのだろう。
「オオオオッ!」
雄叫びを上げつつ崩れた体勢の状態で、煤のついた鉄球を琥太郎へと振り下ろそうと持ち上げる。
このままでは向こうの攻撃の方が早いと思い、中断しようとした琥太郎の耳に「そのままだ!」と聞こえてくる。
そしてすぐにガゾートが人狼の鉄球に体ごと飛んでぶつかっていった。かなりの勢いで肩からぶつかったことで鉄球は止まるが、あれだけの勢いだと骨が折れていてもおかしくはない。
ガゾートの心配をしつつも琥太郎は古の勇者の技を放つ。
「地廻っ」
大地をしっかりと踏みしめ、足から腰へ、腰から肩へと力を伝え、掌打が当たる瞬間に合せて、手に込めた魔力を爆発させる。掌打という内部への衝撃と爆発した魔力という外部の衝撃。その二重の衝撃が人狼の体内で暴れ回り相乗効果となって人狼を襲う。
人狼の腹にはボコリと掌の形が残る。片足の弱体化もあって、人狼はその場に跪く。その顔めがけて、琥太郎は魔力を込めた足をおもいっきり振り上げる。
蹴られた人狼はかなりの衝撃を顎に受ける。一度空を見上げる形になってそのまま前のめりに倒れ伏した。
「コタロウ殿っ今のうちにとどめを」
そう言って地面に倒れたまま痛みに顔を顰めたガゾートが言う。
頷いた琥太郎はガゾートの腰にある大振りのナイフを借りて、人狼の無防備な首に刃を当てて力任せにかっきる。
首の痛みに意識を取り戻した人狼は身を起こし暴れるが、ダメージと大量の出血によって動きが鈍り、先ほどまでの勢いはまるでなかった。
しばらくすればまた地面に倒れて、そのまま動かなくなる。
念のため離れたところから石を投げつけて反応を探り、死んだと判断しその場にほっとした雰囲気が漂う。
緊張を解いて琥太郎はその場に座り込んだ。一度でもダメージを受けると終わるだろうという緊張は、これまでの戦いで一番の負担を与えていた。
そんな状況でダメージを負ったガゾートがどうなっているのか問いかける。
「ガゾートさん、大丈夫ですか」
「大丈夫と言いたいですが、厳しいですな。命がどうということはないんだが、皆さんにはもうついていけないでしょうな」
「そこまでひどい怪我を?」
「もともとあのグリフォンの体当たりを受けたときに、小さな違和感があった。体の芯に残るダメージを負ったらしく、少しずつ回復していたのですが、今日のダメージで深刻化したみたいだ」
今も喋るたびに痛みがはしっていて、治療にはかなりの時間を要すると推測できた。
「治療に専念して三ヶ月、鈍った勘を取り戻すのに月単位といった感じでしょうか。後遺症が残るでしょうから、元の強さにまでは戻せないでしょうな。それだけの時間があれば三人は俺の強さなど超えていく」
現時点でガゾートと琥太郎の身体能力は同程度になっていて、技量は琥太郎がやや劣り、経験でさらに劣るという状態だ。
数ヶ月あればその差はなくなるどころか、あっさりと超えられるとガゾートは確信している。
「本当は最後までついて行くつもりでしたが、ここで離脱することをお許しいただきたい」
ガゾートは倒れたまま詫びる。
「詫びなんて必要ないですよ。ゆっくり怪我を癒してください。それに模擬戦での指導は無理でも、知識面ではまだまだ頼りにしています」
「そういってくださるとありがたいです」
ガゾートは微笑み、休ませてもらいますと言ってから目を閉じる。
担架を持ってきた兵が近づいてきて、ガゾートは医務室に運ばれていった。同じように怪我を負った兵たちも運ばれていく。
人狼が暴れたのはそれほど長い時間ではないが、被害はかなり出ている。ガゾートを含めて大怪我を負った者が複数、周辺の建物も壊れて竜巻でも発生したのかというありさまだ。
呪いによって弱体化し、結界の影響を受けた状態でこれだ。本調子であったのなら、琥太郎たちは勝てなかっただろう。
「片付け手伝うか」
「そうしましょうか」
琥太郎の呟きに、近づいてきた淡音と桜乃が同意する。
兵たちは戦いで疲れているだろうと遠慮していたが、少しくらいは余裕はあるからとある程度片付けて、部屋に戻る。
翌朝、三人がいつもより遅めに起きて朝食をとった後に、コロドムがやってくる。
「昨夜のことについて報告にきました」
「かなり被害が出たようですけど」
心配そうに桜乃が聞く。
「建物や物の被害はどうにでもなりますが、人の被害は正直痛いですね」
「ガゾートさん以外にも怪我した人たちが多かったみたいだから」
「できるだけの治療を行っていますが、兵としては引退する者が多数でしょう」
少数だが死者も出ている。すでに埋葬されていて、葬儀は片付けのあとだ。
「ガゾートさんの容体はどうなんですか?」
「今は熱を出して寝込んでいますが、命は大丈夫だと医者が判断しました」
琥太郎たちはほっとしたように息を吐く。
「あの人狼はなぜここに来たのでしょう? まともな状態でもないみたいでしたし」
「そこについては詳細は不明ですが、魔王軍の仕業と考えています。これまで野生の魔物が突撃してくる事例などありませんでしたから」
「魔王軍ですか。かなり強かったですけど、魔王軍はあれが通常だったりするんでしょうか」
「それはありませんね。もしそうなら人間はもっと追い詰められています」
コロドムは断言する。戦う人間ではないが、いろいろと入ってくる情報で、魔王軍の強さはある程度知っている。強い魔物などがいるのは事実だが、強いものばかりでもないとも知っているのだ。
「推測も混ざりますが、あれはかなり上の方だと思います。一体で大神殿に突撃できるのだから、それくらいは強くないと暴れる前に死んでいるしょうし」
「そうなのですか?」
「退去結界というものがありまして」
「ああ、それはガゾートさんに聞きました」
「そうでしたか。あれは弱い魔物なら痛みでショック死するくらいには強い痛みを与えるのです。あの結界が発動していて、それであれだけ暴れるのですから、あの人狼はかなりの強さを持っていたのだとわかります。普通の人狼はもっと弱いものですしね」
人狼はそこらに出てくる魔物ではないが、珍しい魔物でもない。
戦闘報告は探せばいくらでもある。その情報から人狼の平均的な強さはわかっているのだ。それと比べて昨日の人狼は格段に上だ。
「あの人狼を倒したことで、兵たちの期待が上がっています。勇者はこれだけの強さを得ているのだと。昨夜の出来事は大神殿を攻められるという不安をもたらしましたが、あの勇者たちならばという希望も生み出しました」
遠征に同行している兵たちかの話しや鍛錬している様子から琥太郎たちが強くなっているのは知っていたが、改めて昨夜の戦闘で実感することができたのだ。
この出来事は町や各国へと伝えられ、勇者活躍の話題の一つとなって皆を元気づけることになるだろう。
「昨夜の件に関してはこれくらいとして、今後について話しましょう」
「ガゾートさんが同行できないということはわかっているけど」
「ええ、そうですね。いよいよ前線に向かってもらうことになります。武具が完成してからですけど」
行っても大丈夫だろうとガゾートたちは判断したのだ。
「前線と一口に言っても場所によって状況が違うと聞きます。どういったところに行くことになるんでしょ」
「操られた士頂衆のいないところですね。まずは前線の環境に慣れてもらい、魔物との戦闘が活発なところに行くという予定です」
「これまでと同じように神殿の兵も同行するんですか?」
「はい。交渉などは彼らに任せて、魔物討伐と鍛錬に集中してもらいます」
これまでと同じだなと琥太郎たちは頷く。
「だいたいの予定はこのような感じになっていますね。明日明後日に出るということはありません」
「わかりました。今日は片付けを手伝おうと思いますが、問題ありませんか?」
「大丈夫ですよ」
コロドムに許可をもらい、三人は片付けの手伝いと鍛錬を行うため部屋を出る。
二十日ほど大神殿に滞在し、その間に葬儀に参加したり、武具を受け取って習熟訓練を行い、前線へと出発することになる。
感想と誤字指摘ありがとうございます