131 試し
「どういったことを話しましょうか。普段のことでもいいんですかね?」
進が向こうでの暮らしを聞きたがったファガレットに聞く。
少し考え込んだファガレットが要望を口に出す。
「最初からでお願いします。捨て去りの荒野に放り出されて、どのように生きてきたのかは女神ヴィットラも把握していませんでしたから」
「最初からというと……見覚えのない土地に出て、人がいるところを探して、犬型の魔物に襲われて、持っていた食べ物と酒でなんとか気をそらして、そこらにあった岩で殺して、今拠点にしている廃墟にたどりついたという流れですね」
「最初からずいぶんと苦労さなったのですね。ちなみになにか格闘技を習っていて最初の魔物をやりすごしたとか」
「いえなにも習っていませんね」
「その状態で魔物との戦闘ですか」
よく生きていたなとファガレットは心の中で思う。
その後にビボーンと出会い、助けられ、生活環境を整えていき、フィリゲニスの復活、ラムニーとの出会い、捨て去りの荒野で生きていた虫人やノームたちとの出会いと続き、波乱万丈の生活を送ってきたという感想しか浮かばなかった。
最初に遭遇した魔物に襲われはしたものの、その次には親切な魔物に出会い世話になった。魔物の協力を得てなんとか暮らしてきたのなら、ローランドへの警戒のなさもなんとなく納得はできた。
「女神ヴィットラから与えられた魔法があったとはいえ、よく生活が続いて、村ができましたね」
「運の良さもあったんでしょう。いろいろと出会いの運が良かった」
「運が良いなら捨て去りの荒野に放り出されることはなかったろ」
ローランドの突っ込みに、そりゃそうだと進は笑いつつ素直に頷いた。
話がローランドとの出会いにさしかかるくらいで、ホルドミットが小さめの荷車をひいた兵と戻ってくる。
「お待たせしました。これらの素材の強化をお願いできますでしょうか」
荷車の中にはなんらかのインゴットが六個と反物が三つと木材が一つ入っていた。
どれもかなりの価値がありそうだと道具使いとしての感覚が訴えてくる。
インゴット一つの重さは五キロぐらいか、色は銀、青、黒の三種類。それら一つ一つに質を高める魔法を使っていく。次に手にとった反物も手触りがとても良い。木材も良いものだとわかったが、イコンの枝の方が良いものと感じた。
魔法をかけるとインゴットと反物にわずかに色の深みが現れたが、鍛冶師や道具使いでなければ違いはわからないだろう。
荷車を引いた兵が道具使いなようで、ホルドミットは質を確認してもらう。その兵から質の上昇を保証してもらい、ホルドミットは進に頭を下げる。
「ありがとうございます。お礼はなにがよろしいでしょうか」
「果物の種とか薬草の種とか香辛料の種、ぱっと思いつくはこれくらいか。フィズはなにかある?」
「魔法作りのための道具ね。これはお礼というより必要経費でしょうけど」
どういったものが必要なのかフィリゲニスが告げていき、ホルドミットはすぐ用意しますと頷いた。
「あとはお礼の方として、色のついた糸や紐や布といったものでいいんじゃない?」
「それらはあって困るものじゃないしな」
「承知しました。ほかには、ああそうだ。勇者様の武具を神殿で準備しているのですが、ススム様はなにかしら必要でしょうか?」
「武器はいらないと即答できるけど、防具はどうなんだろうね」
「私はあなたのそばから離れるつもりはないし守り切る。だからいらないんじゃないかしら」
「そっか。というわけでなしでいいですよ」
フィリゲニスを信頼した返事に、ホルドミットとファガレットは迷いを見せる。
Ωの職号持ちとはいえ、激戦が予想される魔王やその幹部との戦いで進を守り切れるのか疑問だった。
しかしそれを問うのは信を向けている進と自信を持っているフィリゲニスへの侮辱になるのではと言い出せずにいる。
それを見抜いたローランドが試してみればいいと助けを出す。
ローランドから助けられるとは思っていなかったホルドミットたちが素直に驚きを示す。
「親切から言ったわけじゃない。このままだと魔王討伐で進の護衛として余計な人員が付きそうだったからだ。それらにあれこれと口を出されるのは不快だ」
「そうですか。しかし試すとはどうやれば?」
「とりあえず、数で来られた場合の対処と実力者への対処でいいだろう。数はここにいる兵に囲まれた状態でやればいい。実力者は俺の攻撃を防げるかやってみるか」
「私はそれでいいわよ」
試される側のフィリゲニスが即答し、やってみることになる。
最初は数への対処になる。
「こっちは楽だわ」
十五メートルほどの間を空けて兵に四方を囲まれた状態でなんでもないように言い切るフィリゲニス。
あまりに余裕の表情で、兵たちが手を抜くことを期待しているのかとホルドミットたちは考える。しかし開始の合図を出した次の瞬間には余裕の理由を悟る。
開始を告げられて武器を持っていない兵たちが動こうとして、その前に兵よりも大きなゴーレムがずらりと出現し前進する。ぎょっとして動きを止めた兵へとゴーレムはどんどん歩を進める。
我に返った兵は隙間を見つけてそこを通り抜けると、二列目のゴーレムを見ることになる。そして三列目の準備が終えて出現したところも見た。
並ぶゴーレムからは重圧感が放たれており、とうやっても前進を止められそうにないと思えた。
「終わり、終わりです!」
ホルドミットが中止を宣言して、ゴーレムが土に戻る。
ゴーレムをあれほど作って疲れてるだろうと思いながらフィリゲニスを見ると涼しい顔で、これだけで実力差を感じ取れる。
「え、ええと二戦目なのですが、やれるのですか?」
「体力魔力ともに余裕よ」
だろうなと進とローランドが同意したことで、ホルドミットは続けることにする。
兵たちを離れさせて、フィリゲニスとローランドが向かい合う。フィリゲニスのそばには護衛対象の進のかわりに土人形が立っている。これを砕かれるとフィリゲニスの負けということになる。
その二人から離れたところで、ホルドミットが開始を宣言する。
「では小手調べだ」
ローランドがすぐに風の刃を三つ飛ばす。それをフィリゲニスは同数の風の刃で相殺する。
「数を増やすぞ?」
「どうぞ」
涼しい顔でお好きにとフィリゲニスが返した。
五つ、八つと風の刃が増えていき、十を超えてもフィリゲニスは撃ち漏らすことなく対処する。たまに風の刃ではなく、氷の塊も飛んだが、フィリゲニスは同じもので撃ち落としていた。
「次にいこうか」
そう言うとローランドはフィリゲニスを中心に弧を描くように移動し、魔力の矢を次々と飛ばしていく。
それに対してフィリゲニスは魔力でできた紫の剣を振って、矢を切り飛ばしていく。
ローランドが一周し、フィリゲニスは少しだけ息を弾ませていたが、土人形はいまだ傷一つつくことなく健在だった。
「接近戦でいくぞ」
宣言してローランドは拳に魔力を込めて、フィリゲニスへと急接近する。
かなりの速度だったがフィリゲニスはしっかりと反応し、剣を消してかわりに白っぽい魔力の盾を生み出して拳を防ぐ。
ローランドはすぐに反対の拳を振るい、フィリゲニスは魔力の盾を動かしてそれも防ぐ。
次々と拳が振るわれて、フィリゲニスは盾を動かし防いでいく。しだいに盾が透明になっていって、砕け散る。即座に新しい盾が生み出されてローランドの拳を防ぐ。
「楽しくなってきた。さらに上げていくぞ」
「そろそろ終わりでいいと思うのだけどね」
「どうせならススムにすごいところを見せたいじゃないか」
「そう言われると私もやる気になるわね。全て防ぎきって、私の方がすごいと見せつける」
「どこまでやれるか見物だな」
目に見えてローランドの動きのキレが増す。さらに拳だけだった攻撃が、蹴りも追加される。
それに対応するようにフィリゲニスの盾も増えて、細かく動いて攻撃を防いでいく。
楽しげなローランドに対して真剣なフィリゲニス。余裕があるのはどちらかなどわかりきっていた。
やがてローランドは一瞬だけ常人の目には捉えきれない速度で動く。次の瞬間、四つの盾がいっせいに砕けて、焦った表情のフィリゲニスが土人形の前にシールドを張ろうとするが間に合わず、土人形は砕けた。
「接近戦ではこちらの方が上だな」
「負けたんだから素直に認めるわよ」
悔しそうにしながらもフィリゲニスはローランドの言うことを認めた。
勝負が終わってぱちぱちと一つの拍手が場に響く。すごいと感心した表情の進が拍手していた。
「最後のローランド様の動きもすごかったけど、その前の連撃を防ぐフィズもすごかったよ。俺には無理だな」
「おう。すごかったろう」
進の賞賛にローランドは機嫌良く笑い、フィリゲニスは疲れたと言って進の腕を抱いて寄り添う。
「これだけやれれば護衛に関して文句などでないだろう?」
「は、はい」
ホルドミットはすぐに頷いた。ここで首を横に振ったら、フィリゲニスたち以上の強さの者を連れてくる必要がある。そのような人材は神殿にはいないのだ。
加えて本気を出しているようには見えなかった。あれだけの戦いをしてこの場が荒れていない。そんな気遣いをできる余裕があったということなのだ。まっとうに鍛錬をした一年後の琥太郎たちでも二人に勝つのは無理ではないかとも思う。
ホルドミットたちから怯えの感情を読み取って、ローランドはこれで戦いに関してあれこれと口を出されることはないだろうと考える。ついでに山へのちょっかいも減るかもしれないとも。
「ちなみになのですが、ススム様自身の戦闘能力はいかほどなのでしょう」
ファガレットに聞かれ、進はたいしたことないと手をぱたぱた振って答える。
「変質に特化しているから、魔法はそれ以外に使えないし、武具の扱いに熟達してもないですよ」
「女神ヴィットラは、身体能力は高いとおっしゃられていましたよ」
「それは認める。この世界に来たときよりかなり高くなっています。それを戦いに生かす訓練はしていませんが。戦いになったら避ける逃げるという方向でたまに鍛錬していますね」
さっきの試合を自分がやるとしたら、どちらもすぐに距離を取って相手の身体能力を弱体化させたり、武具を劣化させて戦闘にならないようにすると説明する。
その戦い方にフィリゲニスとローランドは生き残るにはそれが一番だろうと理解を示す。
「変質の能力者ということもあるし、毎日多くの魔法を使っているから熟練訓練にもなっている。そんなススムの魔法を常人は抵抗できないし、それなりの強さの兵も同じでしょうね」
「ああ、そこは納得できます。女神ヴィットラが現時点で魔王に効果があると言っていましたから」
魔王に効くならば鍛えた兵では抵抗不可能だろうとファガレットたちは理解を示す。
話題は強さに関してからディスポーザルの現状といったことにかわり、お礼の物資が届くまでそういった話が続く。
「現在ススム様たちは捨て去りの荒野で生活していますが、ほかの土地に村を作ることは可能なのでしょうか」
無理だろうと進たちは声を揃えた。
「無理ですか」
「今俺たちがあそこで暮らせているのは魔法でなんとかしているから。そんな俺たち以外にも暮らしている人はいる。彼らは昔からあそこにいて暮らし方を学び、知識を蓄えた。しかしその暮らしは楽じゃない。水が悪い、土地に栄養がない、行商人もこないからよそから物資も得られない。そんなところに好んで移住してこようと思う人はいないと思いますよ」
「そこで暮らしている人たちはどうしてそこに村を作ろうと思ったのでしょうね」
「逃げたと聞いていますよ。魔王に操られたことで行き場をなくした人たちが捨て去りの荒野に安寧を求めたのだと」
「ああ、そういうことでしたか」
今回だと精霊人族たちがそういった行動にでるかもしれず、一層のフォローを各国に頼む必要があるなとファガレットは思う。同時にフォローではどうにもならない人もいるだろうと思う。バーンズの師匠であるコテルガだ。操られているとはいえ前線で何人もの人間を殺していて、恨む人が多そうだった。
「厚かましいかもしれませんが一つ頼みたいことが」
「とりあえず話を聞いて判断しますよ」
「ありがとうございます。今回の魔王討伐が終わると、そちらで保護してもらいたい人たちがいまして」
「行き場をなくした精霊人族たちの受け入れというのは難しいですよ。思うところがあるという理由ではなく、村の規模の面からたくさんの人間を受け入れられないのです」
「ごく少人数ではいかがでしょう」
「数人とかならまあ大丈夫ですが」
「操られている人間の一人に士頂衆がいまして、彼は前線で多くの人間を殺しています。彼は操られる前に功績を立てていて、恨みから迫害されるのはいかがなものかと思うのです。彼が行き場をなくしたら、そちらで静かに暮らさせてもらいたいのです」
「その人が納得したらいいと思います。ところで士頂衆ってなんです?」
ローランドが、戦いに関して高い技術を持つ十一人だと説明する。
「元から名を馳せていた者がそうやって目立つことをやっていれば、事情があっても恨みを抱く奴はいるだろうな」
「まあ、わからないでもないです」
操られていたと説明されても感情が納得できないだろうなと進も思う。
再度本人が村に来ることを納得したら受け入れますと進が言い、ファガレットは礼を言う。
ほかにもちょっとしたことを話しているうちに物資が届く。それらの確認をして、そろそろ帰ろうということになり、進たちは神殿から去っていく。
感想と誤字指摘ありがとうございます