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130 大神殿へ

 予定していたとおり四日後にローランドがやってくる。いつも一緒のガージーはいない。結婚のあれこれで指示を出すため残しているのだ。ローランドも急いですませられる仕事は片付けてここにいる。

 でかける進たちを見送るためラムニーたちが池まで一緒に来ている。


「一緒に行くのはススムとフィリゲニスのみか」

「ビボーンにもついてきてほしかったですけど、襲撃のあとにあまり戦力を連れ出すのもどうかということで俺たちだけになりました」

「婆が動ければよかったんだがな」

「無茶を言うでない。向こうで熱くなりすぎてススムに迷惑をかけるでないぞ」

「わかっているよ。行くぞ」


 ローランドは大烏に戻り、背に乗れと声をかけてくる。

 進はフィリゲニスに運んでもらいローランドの背中に移動する。

 ローランドは地を蹴り、雲の高さまでいっきに移動し、そこから大神殿のある方角へと高速で飛ぶ。

 あっというまにディスポーザルが小さくなり、大妖樹の森が前方に見えてくる。

 本気に近い速度で飛んでいるようで、いつものガージーの移動よりかなり速い。

 大妖樹の森を超えて、アルザンズ国の北部を通り、コルンドズ国の南部を通り、大神殿のあるナソードに入る。

 通り過ぎた国で、高高度を飛んでいく鳥の魔物を見た者はそれなりにいて、なんだろうかと人々は騒いでいた。

 昼を少し過ぎたくらいで大神殿の上空に到着する。

 町の上空を旋回するローランドを見上げて、住民たちは何事かと指差し騒ぐ。住民たちからすれば、魔物がこちらを見定めているようにしか思えなかった。


「着いたな。人間に変化して、下に見える神殿の敷地内に降りるぞ」


 進たちの返事を聞いて、ローランドは変化し地上へと落下する。

 神殿の鍛錬場らしき場所に降りた進たちは、兵に囲まれることになる。魔物がいきなりやってきたのだから当然の反応だろう。

 兵は武器を向けて警戒しているが、騎士といった上層部から話を聞いている者はわずかな期待を持っていた。

 その騎士たちがなにか言う前に、兵の一人が槍を手に攻撃をしかける。魔王軍の魔物に故郷を滅ぼされて恨みを持つ兵だった。


「おおおおっ!」

「待てっ」


 騎士の制止を聞かずに、感情のまま兵は突撃して槍を突き出す。

 自身を狙っていると理解したローランドが一歩前に出て、手のひらで槍の切っ先を受け止める。槍は薄皮すら傷つけずに止まる。


「くっ。ならば何度でも!」


 槍を持った兵はその場から何度も攻撃をしかけて、そのすべてをローランドの手で受け止められる。

 ローランドは特に不快といった反応をせず、羽虫をあしらうように対応している。

 その兵の行動につられたように、魔物に恨みを持つ者が加勢しようと武器を握る。

 彼らが動く前に、今度こそ騎士が動く。


「攻撃を止めろ!」


 槍を持つ兵の肩を掴んで動きを止める。なおも攻撃をしかけようとするため、騎士はその兵を小内刈りに近い足技で転がした。


「誰かこいつを連れて行け」

「魔物を討伐しなくてよろしいですか!?」


 恨みを持つ兵から納得いかないという声があがる。


「客人の可能性がある。用件を聞かずに攻撃することは許さん」


 不満そうな兵たちに言ってから騎士はローランドへと体を向け、緊張した様子で用件を尋ねる。


「大烏公とお見受けする。まずは非礼をお詫びする。そしていかなる用でここに来たのかお聞きしたい」

「勇者を連れてきた。そして勇者に関しての話を聞きに来た」


 兵たちはなにを言っているのかと不思議そうだが、騎士はやはりと目を見開いた。


「上の者を連れてくるので、少々お待ちいただきたい。お前たちは攻撃をしかけるな。これは命令だ。破れば身分や立場に関係なく厳罰だ、覚悟しろ」


 ローランドの好きにしろという返事を聞いて、騎士は兵たちに声をかけてから急ぎ足で建物の中へと入っていった。

 進たちは兵に囲まれたまま、フィリゲニスの作った土の椅子とテーブルでくつろぎはじめる。

 制止命令は出たものの警戒したままな兵に武器を向けられて、フィリゲニスとローランドはともかく進は落ち着けないだろうが、少し前にローランドの怒りを感じたので兵の警戒くらいはなんでもなかった。

 一時間ほど待つことなり、その間にローランドが兵を呼びつけて水差しとコップを持ってこさせる。

 水差しの水を進がリンゴジュースに変えて、それを飲みながらディスポーザルの復興状況などを話して待つ。

 しばらくして年配の神官と祈り巫女であるファガレットが騎士に連れられてやってくる。神官とファガレットの表情には期待と不安が現れていた。


「こんにちは」


 緊張した様子の年配の神官が三人に挨拶し、三人から挨拶が返される。


「大烏公が勇者様を連れてきたと聞いたのですが」

「俺が勇者らしいですね。そしてこちらが大烏公です」

「そちらの女性は?」

「妻ですね」


 年配の神官たちは少し驚いた様子を見せた。


「結婚なさっているので?」

「してますね。それがなにか?」

「いえ、ほかの勇者様は帰りたいと言っていたので、こちらでは結婚という話はまったくでなかったものでして」

「故郷に帰ることができたんですか。それをこちらに来たばかりの頃に聞けたら俺も結婚しようとは思わなかったでしょうね」

「今は帰る気はないのでしょうか?」

「ありませんね。こちらで得たものが多いので、それを置いて帰る気にはなりません」


 断言するとフィリゲニスがほっとした表情になる。


「そうですか」

「ちなみにそちらにいる勇者たちが結婚に関して話してないのはまだ早いと思っているという理由もありそうですけどね。俺たちの故郷では彼らの年齢はまだ適齢期ではありませんし」


 なるほどと年配の神官とファガレットは頷いた。

 ひとまず自己紹介をということで、全員が名乗っていく。年配の神官はホルドミットと名乗る。


「ススムのことを勇者として当たり前のように扱っているな? 本当に勇者なのかと疑わないのか」


 ローランドが聞く。


「女神ヴィットラから聞いて、こちらもいろいろと情報は持っているのですよ。たとえば大烏公あなた以外に大妖樹とも懇意にしているという話やΩの職号持ちもいる。捨て去りの荒野に村を作り、魔物と共に暮らしている。といったことをです。それらの情報と照らし合わせて、まず間違いないだろうと思っています」

「女神がそこまでの情報を与えたのか」

「ススム殿と申しましたか。それだけあなたは重要なのです」

「魔法が使えるだけで、強さはそこまでないんですが」

「あなたに求められるのは強さではなく、その魔法なのです。確認なのですが変質というものを与えられましたね?」

「ええ、俺に与えられたものはそれです」

「よかった。違っていたら本当に困ったことになっていました」


 勇者としての役割に関わる話だろうとローランドは興味深そうに視線を向ける。


「なぜ? 一応人や武具の強化くらいはできると思いますけど、ほかの人だってできるでしょう?」

「たしかにそれも助かるのですが、我らがあなたに求めるのは魔王がまとう結界を変質で変えてもらうということです」


 魔王がこの世界の人間から受けるダメージの大部分をカットできるということを知らない進は不思議そうだ。


「そこらへんの事情は知らなかったのですね。説明されなかったので?」


 ホルドミットがローランドに聞く。ローランドたちが魔王討伐に参戦していないのは知っているが、長生きしているので知っていると思ったのだ。


「俺もそこらへんの事情は知らなかったからな」

「そうでしたか。魔王はこの世界の住人から受けるダメージのほとんどを減らせるのです。我ら人間が協力して叩き出せるダメージでも軽傷になるかどうかという守りなのです。その守りは異世界から呼んだ勇者様ならばある程度無効化できるのですが、それだけだとまだ強く、そのため変質というものが必要になります。変質で魔王の結界を変えてしまい、もとから結界をある程度無効化できる勇者様がダメージを与えて倒すというのがこれまでの魔王討伐です」

「なるほど」


 進はフィリゲニスの力を奪っていた石碑にかけられていた魔法に干渉したようなものなのかと納得する。


「ということはススムさえいれば、勇者を同行させずとも俺たちでどうにかできるのか」

「魔王にも護衛はいますから、そう簡単にはいかないのではと思いますが」

「俺のところにも強い者はいるし、魔王に迷惑をかけられている強い魔物に声をかければ戦力は整う」


 それで行くかと今後の予定を立て始めたローランドに、ホルドミットは焦りを見せる。

 進がいて、ローランドが動けば、討伐が達成されそうだと思ったのだ。

 琥太郎たちが動かなければ、勇者への感謝が集まらず帰るという望みが叶わないのだ。それに魔王の魂を捕らえようとしているヴィットラの考えも台無しになる。


「お待ちください。こちらにも予定というものがありまして、どうか討伐はこちらがメインでやらせてもらいたい」


 土下座も辞さないという心持でホルドミットは頼み込む。

 それに対しローランドは不思議そうだ。


「なぜ止める。そっちにも悪い話ではないだろう? 魔王軍との戦いで生じる人間の犠牲が減るというのに」

「それはそうなのですが」


 ホルドミットは琥太郎たちの事情やヴィットラの考えを話す。


「帰還を望む勇者に、魔王の復活を阻止か。それは俺を止めるわな……条件をのむならすぐに動くのは止めてやるが」

「無茶なものは勘弁願いたいのですが」

「無茶ではないさ。そちらは勇者が倒したと周囲に認知できればいいのだろう? 勇者が魔王を倒す必要はない」

「それは、そうですね」

「だったら勇者は魔王との戦いの場に同行はしても、手を出すな。戦いはこちらによこせ」

「……それは場合によるとしか言いようがありません」


 魔王との戦いが兵たちが見守る視界の広い場所で行われると、勇者が戦っていなかったという話が兵たちを通して一般人に広がるのだ。それでは感謝がヴィットラに集まらず帰ることができない。

 ホルドミットがそう言うと、フィリゲニスが魔法で誤魔化せばいいと言う。


「魔王との戦いのとき、魔王が勇者との戦いに集中するため邪魔が入らないように結界をはったという名目で視界をふせぐ結界をはればいい」

「それならまあ」


 今鍛えている琥太郎たちの努力が無になるが、魔王戦で大怪我を負う危険性も減らすことができる。これまでの勇者の中には魔王に殺された者もいる。今回もそうならないとはかぎらない。であれば琥太郎たちよりも強いローランドに任せるというのはありだった。


「一応はその案に乗る形でいいとは思いますが、いろいろと準備があるので討伐戦はかなり先になります」

「準備とは?」

「一つは勇者がいると民に広く知らしめるため、各地で戦ったり、前線に出て魔王軍を倒して見せる必要があります。十分な活躍を見せるためには、もう少し鍛錬が必要になります。そして魔王復活阻止のための準備も必要です」

「復活阻止の準備なんて必要なんですか。女神がえいやと簡単にやれそうだけど」


 進が聞くと、余裕がないのだと返される。


「世界そのものの維持などに力を使い、その上で勇者召喚や勇者に力を与えるといったことでギリギリなのだそうです。だから魔王の魂の捕獲は、そちらにいるというΩの職号持ちに依頼したいのです」

「フィズ、そんなことできるのか?」

「やったことないから、これから魔法の構築を始めないと駄目ね」


 できないとは言わないところに最高峰の魔法使いとしての矜持を感じさせる。

 そんなフィリゲニスを、ホルドミットとファガレットは意外といった表情で見つめる。もっと年齢を重ねて見た目からして威厳のある人物を予想していた。伝説に名を残した人物の若さに驚くほかない。


「なにか?」

「もしかしてあなたがΩの職号持ちなのですか?」


 人に疎まれ封印され、怒りと恨みで捨て去りの荒野が生まれるきっかけとなった人物が目の前にいることに、わずかながら警戒を抱く。


「そうよ。フィリゲニス・Ω・グラシャリネス・タカトキ。これで納得できるでしょ」


 Ωを名乗りに使い、なんの問題も起きていないことから二人は信じた。


「本当なのですね。改めて魂を捕らえる魔法をお願いしたい。それと勇者様たちの指導も頼めないでしょうか」

「魔法に関してはやるわ。今後長く魔王のちょっかいが続くのは迷惑だし。でも指導は断る」

「どうしてでしょう?」


 人嫌いだからだろうかと推測する。


「ここに滞在することになるのでしょう? そんなことをすれば夫と離れることになるじゃない。そんなのは嫌」


 思ったよりも普通の理由で逆に意外だった。


「ススム様も滞在なされば」

「村を放置する気はないから俺も滞在しませんよ」

「あそこはススムの魔法に依存している状態だ。神殿に長期滞在なんぞする気はないとここに来る前から言っていたからな」


 そういえばそうだったとヴィットラの言葉をホルドミットは思い出す。


「わかりました。無理強いする気はありません。かわりと言ってはあれですが、いくつか強化してもらいたい素材がありまして。もちろん礼はさせていただきますのでお願いできませんか」

「それくらいなら」

「すぐに手配します。少々時間がかかると思いますので、飲み食いできるものも持ってきます」

「私は手配したものが届くまで、ススム様が向こうでどのように過ごしてきたのかお聞きしたいです。コタロウ様たちも気にしていたので、話してあげたいのです」


 ファガレットが言い、進は承諾する。

感想ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] ススムの役割の説明にΩの職号持ちへの依頼は魔王討伐と復活阻止に必須でしたし、神殿側も二人が同時に来てくれたことは助かってそうですねー しかし今にも殴り込みそうなローランド様だけは予想外だった…
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