13 高校生三人 2
「はい、目を開けてください。今日の瞑想は終わりです」
桜乃の部屋で、四十歳半ばの女が思い思いに座っている琥太郎たちに声をかける。
琥太郎たちは目を開けて、大きく深呼吸した。
予定通りここ数日、三人は魔力制御の指導を受けていたのだ。
「サクノ様は魔導の祝福があるので、魔力の扱いに関しては問題ありませんね。このまま私と魔法の講義をしましょう」
「はい」
「コタロウ様とアワネ様はまだ自身の魔力を感知できていない様子。このまま瞑想を続けていくことになります。習得が特別遅いということはありませんので焦らずいきましょう」
「わかりました。魔力の感じ方というのはこれ以外にあるんですか?」
淡音が思ったことを聞く。習得を急いでいるわけではなく、ただたんに疑問を抱いただけだ。
その疑問には琥太郎も興味深そうだ。
「瞑想が正当手段ですね。ただし過去には魔法にかなり熟練した人が他者の魔力を操って、魔力の感知を助けたという話があります」
「今そういったことをできる人はいないのですか?」
一人いるかいないかだと女は首を振った。心当たりのある人物はいるのだが、その人物がそういった技術を持っていると聞いたことはないのだ。
「並みの魔法使いがやろうとしても、少しも魔力を動かせず終わるだけです。過去そういったことをやれたと記録に残る魔法使いは数百年前にいた美貌の職号を得た方のみ。伝説に名を遺すΩの職号を持った人もやれたはずです」
「歴史に名を遺す人じゃないとできないのか。サクラもいずれやれるようになるのかな」
魔王討伐をやり遂げたら、歴史に名を刻むのは確定だろう。そのときには技量もかなり上がっているはずと考えて、琥太郎は言う。
しかし女は難しいでしょうねと否定する。
「魔王討伐を成し遂げて、その後も修練を積めば可能となるでしょう」
今は魔王討伐用の鍛錬をやっていて、通常の魔法使いへの教育は後回しにしている。魔王討伐がなく、通常の魔法使い教育を桜乃が受けたら、十年くらいの修練でできるようになるだろう。
神の祝福があっても難しいというよりは、神の祝福の時点で戦闘方向に偏っているのだ。対魔王に呼ばれた存在なので当然なのだろう。
「しかし美貌の職号ね。世界から称されるほど綺麗な人だったとかすごいわね。その上で魔法にも優れていたとか神様に愛されていたのかしら」
淡音が言い、桜乃もすごいねと頷く。
「神に愛されていたかどうかはわかりませんが、女性人気は非常に高かったようです」
「女性に人気があったということはその人は男だった?」
琥太郎が聞くと、淡音が宝塚系の美人だったかもしれないと口に出す。
女は「宝塚系?」と首を傾げつつ、美貌の職号持ちについて話す。
「宝石すらも負けるほどの輝きのある容姿だったと。ただし本人は自身の容姿をそれほど大事には思っていなかったようで、怪我など気にせず強い魔物の討伐にも出ていたそうです。怪我をしないよう当時の女王や貴族の女当主から町に留まるよう命じられ、それを嫌っていずこかへと姿を消したと記録に残っています」
「監禁されたとか怖いことになってそうだ」
「どうなのでしょうね。そういった説も残っているようですが証拠はなく、数ある推測のうちに一つにすぎません」
琥太郎と淡音は講義をしてくれた女に礼を言い、部屋を出る。そのままそれぞれの戦闘指導担当のもとへと向かう。二人とも今は武器の扱いと筋トレと体力づくりくらいで、戦闘技術の本格指導はまだ始まっていない。
残った桜乃はどのような魔法があるのか、魔法の使い方、魔法を使って起きた問題など座学を受ける。彼女も日常で使える魔法を実際に使う程度で、戦闘用の魔法はまだ実際に使っていない。
今はこちらの生活になれて、こちらのことを知ってもらうための時期だとコロドムが判断して、調整しているのだ。
この調整に関してゆっくりすぎないかと疑問の声も上がる。しかし進が見つかっていない現状では、三人だけで魔王討伐を実行することになる。そうなるとしっかり丁寧に育て上げなければ魔王に勝てない可能性があると考えた。そのため基礎からじっくり育てて万全の強さを持たせたいとコロドムは説得し、遅いのではという意見を消している。
今日の講義や鍛錬が終わり、栄養も考えられた食事や湯浴みを終えて、琥太郎の部屋に二人が集まり、今日やったことなどを話す。そこにコロドムがやってきた。
「こんばんは。歓談中のところ失礼します」
琥太郎たちはこんばんはと返して、椅子を勧める。
コロドムが座ったところで用件を聞く。
「なにか急ぎの連絡ですか?」
桜乃の言葉に、コロドムは頷いた。
「四人目のことについてわかったことがあるのでお知らせに」
三人は表情を引き締めた。こちらに来ているかもしれない同郷の存在であり、自分たちが帰るのに必須の存在についてだ。真剣になって当然だ。
「女神ヴィットラと祈り巫女が短いながらも話すことができ、こちらに彼も来ていることが確定しました」
「来ていたのか。変質の能力が俺たちに現れていないから来ている可能性は高かったけど確定したんだな」
「でも一緒にいない。ではどこにあの人はいるのでしょうか」
淡音の問いかけにコロドムは困ったように首を振った。
「不明なのだそうです。少なくともこの国にはいないと女神ヴィットラは断言しました」
召喚関連で消耗した女神ヴィットラは世界中に捜査の目を向けるのは難しく、国内で力の反応を探すので精一杯だった。
「不明ってことは一人でどこかに放り出され、今でもどこかで事情を知らずに過ごしていると?」
自分たちよりも厳しい状況にある四人目について考えた琥太郎は大丈夫かという思いが湧く。この世界について講義を受けて、日本で過ごすよりも危険だとわかっている。そんなところで一人で過ごして、五体満足でいれるかどうかも危ぶむ。
「そうなりますね。状況はわからないそうですが、生きていることは確定しているそうです。もし死んでいれば与えた力が女神ヴィットラのもとへ戻るのだとか」
「よかった、生きているんですね。大変でしょうけどこちらが見つけるまで無事でいてほしいです」
安堵する桜乃に頷き、琥太郎はどうして一人だけ違う場所に出ることになったのか尋ねる。
「皆様を召喚するときに魔王が干渉したらしいです。それで一人だけお三方から離れていったとのことですね」
「召喚を察知して、邪魔もできるのか」
魔王の技量に驚くとともに琥太郎は安堵も少しだけする。邪魔をするということは勇者を恐れている証拠ではないかと思えたのだ。迫る魔王との戦いに希望を持つことができて、無謀なことをやろうとしているのではないと思うことができた。
笑みをこぼした琥太郎に、コロドムが尋ねる。
「なにか喜べる情報がありましたか?」
「魔王は勇者を恐れているのだろうと思えたので」
話を聞いて思ったことを説明すると、淡音と桜乃も納得し安堵する表情を見せる。
「コタロウ様の言うとおりだと思います。ただし四人がそろったらと言わせていただきますが。ところでお三方は行方不明の彼の顔を知っていますか? 探すのに似顔絵があればとても助かるのですが」
「知り合いというわけではないので。顔も良く見えなかったし」
そう言って、それでもわかることをコロドムに伝える。髪の色、背の高さ、二十代でスーツを着ていること。買い物袋を持っていて、この世界にはないものを持っているであろうこと。
それらをコロドムはメモ帳にしっかりと書き記していく。
書き終わったのを見て、琥太郎は四人目がおおよそどこら辺にいるのかわかるか聞いた。
「さっぱりだそうです。神殿のある国内ならなんとかわかったそうですが。どうにか大陸南部にいてくれればと思います。逆に魔王の影響が一番濃い最北と捨て去りの荒野にはいてほしくないですね」
「最北はたしかビフォーダ国でしたか、精霊人族中心の国だと聞きましたね。ですので今回の魔王と魔王軍は魔法中心なんだと習いました」
桜乃が言うと、コロドムは頷く。
「捨て去りの荒野は、国境付近に強力な魔物が多く、そこをどうにか通り過ぎても荒野のみで動植物がとても少なく、飲み水の確保も困難でしたか」
「過去何度もあそこへと新天地を求めて向かった者がいたそうですが、どこまでも続く荒れた土地に加え、飲み水に適しない水などになんの希望も見いだせず、失望を抱いて帰ってきたと聞いていますね。帰ってこれただけでも奇跡ですよ」
そんなところに出現して生きていられないだろうと三人は思う。コロドムたちも同じ考えだ。
「そんな場所ですが、捨て去りの荒野のどこかには希望に満ちた都があると信じる人はいるのですよ」
「理想郷というやつですね。私たちの世界にもそういった話はありました。なにかしらの証拠などがあるんですか?」
淡音の質問にコロドムは首を横に振る。
「そういったものはありませんね。そういったものがあってほしいと浪漫を持つ人物が作った話なのだと思います」
辛い現状から抜け出したいと逃避として夢想する者もいるのだろう。
用件を終えたコロドムが去り、残った三人は四人目について話す。どうか無事でいてくれと思うと同時に、自分たちが一人いずこかに出現することがなくよかったとも安堵してしまった。
合流したら労わり、仲良くやれるよう心がけようと決める。