129 被害と今後の予定
「どうせなら連れて行くのは戦場じゃなくて大神殿にしてもらえないかしら」
ビボーンがローランドに考えの修正を求める。
「理由は?」
「勇者としての役割を知りたいのよ。それがわかればただ突っ込むだけよりも魔王軍に痛手を与えることも可能かもしれない。女神ヴィットラと対話できるところだし、きっと勇者関連の情報はあるはずなのよ」
ほうと呟きローランドは良い話だと受け入れる姿勢を見せた。
「痛手を与えられるというのは魅力的な提案だな。連れて行くのはかまわないが、向こうが警戒して近づけるものかね?」
「ススムを前に押し出せばどうにかなるんじゃない? 探しているんだし、その人物が神殿に現れたら問答無用で追い返しはしないでしょ」
進だとわからないはずはないとビボーンは付け加える。
進に関してある程度の情報があるから、ディスポーザルまで探索の手が届いたのだ。
こちらから身分を明かし、向こうの情報と照らし合わせてもらえば進本人だとわかるはずだとビボーンは言う。
「もしススムだと向こうがわからなかったら?」
「そのときはさっさと引き上げて、ローランド様とススムが魔王軍の集まっているところに一度魔法を打ち込めばいいと思うわ。それで少しは溜飲が下がるでしょ」
「……そうするか。そのときに向こうの上層部が出てくるかもしれないしな」
あらかじめ大神殿に手紙を放り込んで来訪を知らせておけばいいかもしれないとビボーンは思いついたが、悪戯として処理される可能性もあるとして口に出すことはなかった。
「いつから行く?」
「村のことが落ち着いてから」
進が即答する。襲撃を受けて不安な雰囲気が漂っている現状を放置などできなかった。
「三日くらいは様子を見ていたいから、早くて四日後という感じでどうですか」
「そのつもりでいよう」
ひと段落ついて、そのタイミングで玄関からハーベリーの声が聞こえてきた。
「あ、話し合いの時間が過ぎてるのか」
慌てたように進は立ち上がる。フィリゲニスにもついてきてと声をかけて二人で玄関へと向かっていった。
それを見送り、ローランドはラダスの様子を見るためフェマルと一緒に部屋に向かう。
足早に食堂に向かい中に入った進は、そこにまとめ役が全員そろっているのを見て、遅れたことを詫びる。
どうして遅れたのかとゲラーシーが聞き、村に来たローランドに説明をしていたと返す。
「ローランド様の娘が滞在しているのは知っているだろう。彼女が日中の襲撃で怪我をして、それを知ったローランド様がやってきた」
「もしかしてあの異様な気配の主か?」
ゲラーシーの問いに進は頷く。
すると皆、納得したように頷いた。普段村で見るローランドは穏やかと言っていいが、やはり大陸に広く名を知られる魔物なのだと納得したのだ。
「とりあえずローランド様のことはおいといて、それぞれの被害報告を頼む。まずはハーベリーから」
「うちは軽傷者が多く、重傷と呼べるものは一人です。左足に石が命中し、骨折し歩行ができなくなっています。エトワールが処方してくれた痛みを軽減する薬のおかげでだいぶ楽そうですね」
「フィズ、回復魔法はああいった症状も対処できるのか?」
「そこまでいくと私では無理。切り傷だったりひびが入った程度ならなんとかなるけど、歩行ができないほどの骨折って骨が砕けたとかそんな感じでしょう? 専門の知識を持った人じゃないと間違った治療をすることになる」
「間違った治療とはどういったことでしょうか」
「そうね……たとえばぽっきりと綺麗に骨が折れたとするじゃない? それを治療するときに元の状態のように真っすぐじゃなくて、ずれた状態で骨がくっつくというのが間違った治療。その状態だと動いたときに痛みが発生するようになるのよ。骨が砕けた状態だと、知識なしで魔法を使ったらそんな感じで後遺症が残るようになるわ」
「それでも現状よりはましになるのならお願いしたいですね」
そう言うのはナリシュビーたちが飛べるからだ。移動の際に足に負担がかかりにくくできるため、後遺症が残る治療を選べる。
「それでいいなら魔法を使うわ」
「あ、リッカがそこらへんの知識を持っているかもしれないから、聞いてみてからにしないか?」
このままやるよりは一応聞いてみようと提案すると、フィリゲニスとハーベリーは了承する。
この調子でほかの場所の被害も聞いていく。重傷者はいるが幸い死者まではでなかったようで、ほっとした雰囲気が漂う。
ちなみに気絶していたルアだが、無事意識を取り戻し、今のところ体調におかしなところはない。少しでも不調を訴えていれば、ラジウスも話し合いに来ていなかっただろう。
「ローランド様の件なんだが、話した結果大神殿に行ってくることになった。どうしてそうなったかというと、まず魔王軍がどうしてここに来たかということからになる。俺を探して殺すつもりだったらしい」
「村長をですか? 魔王軍が狙うようななにかがあるんでしょうか」
ハーベリーが不思議そうに聞く。捨て去りの荒野を改善する能力はすごいが、魔王軍に関わるようなことではないと思う。この土地に来る前になにかしらの関係があったのだろうかと推測する。
「どうやら俺は勇者だったようだ」
ハーベリーとガゾートは不思議そうに首を傾げる。捨て去りの荒野に移り住み、外部からの情報が入ってこないことで、そこらへんの知識に疎くなっているのだ。
少し驚いた様子なのはグルーズやスカラーで、一番驚いた様子を見せたのはラジウスだ。
「勇者は神殿に所属すると聞きました。それなのにどうしてこんなところに!?」
「俺にもそこらへんの事情はよくわからん。気づいたらこっちにいたからな」
気付いたらとはどういうことなのだろうかとまとめ役たちは首を傾げる。
「神官たちが勇者を神殿に呼び寄せる魔法を使った。それに対して魔王がなにかしてススムだけ捨て去りの荒野に放り出されたと考えておきなさい。細かい話をしても理解はできないし、する必要もないはずよ」
簡単に事情を説明されて、そういうものかとまとめ役たちは納得する。フィリゲニスの言うように、細かく説明されずとも大枠さえわかれば十分だった。
「そういうわけで魔王が俺を狙った。その巻き添えでフェマル様が怪我をして、報復を望んだローランド様。報復に勇者の俺を連れて、魔王軍を荒らそうと考えた。でもそのまま荒らすよりは、大神殿に行って勇者関連の話を聞いた方がより効果的な攻撃ができるだろうビボーンが提案し、それにローランド様がのった。という話の流れだ」
「疑問に思ったことが三つある」
ゲラーシーが続けていいかと言って、進は頷いて先を促す。
「村長の巻き添えでフェマル様が怪我したと知ってローランド様は、村長に怒りを向けなかったのか?」
「向けなかった」
「それに関しては、そもそも村に預けるという判断をしたのはあっちだから怒るのは理不尽と理解している。ススム自身狙われていると知らなかったし」
フィリゲニスの追加にゲラーシーたちは理解を示す。
「じゃあ次だ。村長が大神殿に行くと水や畑に支障が出てくるんだが」
「長期間村を空けることはないから大丈夫だ。俺自身長く留守にしたくないし、ローランド様もそこは配慮してくれた」
「最後にローランド様が大神殿に行って大丈夫なのか?」
大烏公が攻めてきたと思われて、攻撃されないかと考えた。そうなると大神殿とも争うことになりそうだった。
「こっちの話を聞いてくれそうにないなら、さっさと引き上げることにしてある。その場合は魔王軍の集まっているところに一当てして憂さ晴らしという方針だな」
「それなら安心、なのか?」
「魔王軍の注目がより集まることになるかもしれないが、逆に肉といった素材が確保できると考えるのもありだろう」
「そう気軽に考えていいものかと思いますが」
不安そうにラジウスが言う。今日のようにいきなり攻撃されては、また同じように被害が出る。そういう未来しか想像できない。
それに対してフィリゲニスが答える。
「気楽に構えるのは問題かもしれないけど、むやみに怖がることもない。陸路から魔王軍が来るのは無理で、警戒すべきは空。その空も北東と南東にある山や森を通るのは難しく、そのおかげで警戒する方向がかぎられる。今回は来るとわかっていなかったから奇襲を受けたけど、今後は魔法を使って警戒するから絶対とまでは言わないけど大丈夫と言える」
見回り担当のナリシュビーたちにも警戒度を上げるように依頼するとフィリゲニスが付け加え、ハーベリーは承諾した。
最後に明日の午前はいつもの仕事で、午後から皆で建物や畑の修復を行うことにすると予定を決めた。
話し合いが終わり、まとめ役たちには食堂で待ってもらい、進とフィリゲニスは一度家に帰る。
「おかえりなさい。話し合いは終わったのでありますか」
「大部分はね。リッカに聞きたいことがあって一度戻ってきたんだ」
聞きたいこととはなんだろうかとリッカが言い、骨接ぎといった骨折治療の知識があるか尋ねる。
「知識はありますよ。治療の補佐ができるようにという目的で持たされています。しかしなぜそれを聞くんですか」
「ナリシュビーの一人が粉砕骨折したようで、それの治療を魔法でしたいけど、フィリゲニスには知識がないから後遺症が残るということなんだ。そこでリッカがサポートすればフィリゲニスだけでやるよりましな治療ができるんじゃないかと話した」
「そういうことですか、知識があるだけで経験はないので本当に魔法だけよりましという結果になるかもしれませんよ?」
「ましになるならいいと思う。ハーベリーに聞いて、承諾されたら二人にやってほしい」
進の頼みに、二人は頷く。
リッカも連れて食堂に戻る。まとめ役と一緒にそれぞれの重傷者のところに向かうことになり、一人一人にフィリゲニスが魔法を使っていく。
進が魔法の強化をしようかと提案したが、この魔法は体力を消耗するので、そこも強化されて疲労の方が大きくなる可能性があると使用は却下される。
重傷者に魔法をかけてまわって、家に帰るとローランドは山へと帰っていた。
ビボーンが言うには、いつまでもいそうな雰囲気だったがフェマルに兄の結婚があるだろうと追い出されるように帰っていったということだった。
翌日から村の修復を行っていき、応急処置だが壊れたところの修理は終わった。あとはのんびりと修理していくことになる。冬だったらしっかりとやらないと駄目だろうが、夏場の今なら隙間風が入ってこようと問題はないのだ。
感想と誤字指摘ありがとうございます