126 襲撃
暑さ真っ盛りという季節にローランドが娘と孫と連れて村にやってくる。
訪問の報告を受けて池に向かっていた進たちは、池から家へと向かっていたローランドたちと会う。そしてそのまま家に招く。
ローランドと一緒にいる者たちは、クロセーヌやその子供たちといったいつも遊びにくる面子ではなく、進たちにとって初めて見る顔だった。
娘の外見は二十歳手前くらいで、青みがかった黒髪を顎辺りで切りそろえている。たれ目がちでおっとりとした雰囲気だ。アイボリーホワイトのサマーセーターに青のロングスカートという服装だ。
彼女の腕の中に似た毛色の子供の烏がいる。赤子なため人間に変身はできないのだ。
家に入り、リビングの椅子に座ってローランドが用件を話すため口を開く。
「今日は少し頼みがあってきたんだ」
「なんでしょう? 初めて見るそっちの二人に関係しているんですか?」
進がそう聞くと、ローランドは頷いた。
「当たりだ。一番下の娘でフェマルと孫のラダスだ」
「フェマルです。お初にお目にかかります」
「初めまして」
フェマルが一礼し、進も頭を下げ返す。
「この子らをここで二十日くらい預かってくれないか」
「山の方が過ごしやすいでしょうに。わざわざこんなところに連れてこなくても」
村のことを卑下するわけではなく、純粋に村よりも山の方がいろいろと人手もそろっていて過ごしやすいだろうと思ったのだ。
「今あっちは息子の結婚でごたついてな。そんなところに赤子を置いておくのも落ち着けないと思ったんだ。ここは落ち着いていて、暑さに対処できるし、風呂といった清潔に過ごせるものもそろっている」
「ここに二人を置くだけでいいんですか? いろいろと世話を焼いてくれといった要望もあります?」
「世話役は置いていくからそこまでしなくていい。過ごしやすい環境を借りたいだけだ」
「それなら大丈夫かな」
近くにいるビボーンたちにも確認し受け入れを決めた。
ローランドは嬉しそうに笑い、フェマルはお世話になりますと軽く頭を下げた。
すぐにリッカが使える部屋に世話役などを案内し、そこに荷物が運ばれていく。リッカは案内したあとその部屋の温度を中枢機械で調整し、冷えすぎない適温に設定する。
部屋が整い、ローランドたちは帰っていく。残ったのはフェマルたちと世話役一人と護衛二人だ。護衛は一応という感じで、その役割は世話役の手伝いが主になるだろう。
フェマルたちは村になにがあるのか知るため散歩に出ていく。イコンが説明役についていった。
そうして日が傾く前に帰ってきて、夕食前に風呂に入りにいく。その間に世話役が夕食のためキッチンに姿を見せる。
手伝いではなく、ラダスの食事を作りにきたのだ。ついでに粗悪な素材を使っていないかの確認もあった。フェマルの口に入るものが悪そうなものだったら口出ししようと思ったが、そういったことはなく大人しくラダスの食事を作るだけになった。あとリッカの手際が自分よりも上だったのがなにげにショックだった。
「お風呂上がりました。次の方どうぞ」
タオルに包まれたラダスを抱いたフェマルがリビングに入ってくる。
「誰が入る? 俺は夕食のあとでいいかなって思うけど」
「じゃあ私が入ってきましょう。食事は始めてていいわよ」
食事を取る必要のないビボーンがそう言い、風呂へと向かう。
世話役がラダスの食事を持ってきて、それをフェマルがスプーンで少しずつラダスの口の中に流し込んでいく。乾燥させた木の実や穀物を砕いたものにお湯を加えたもので、定期的に診察し足りていないと思われる栄養の割合を多くしている。
「そういったふうに与える形っていつまで続くんですか?」
食事を与える光景を見ていたラムニーが聞く。
「あと一年くらいはこのままですね。一年経過したら狩りに連れ出せるようになって、私たちが手本として仕留めた獲物を食べるようになり、そのうち自分でも狩りをしようと動き出します。だいたい生まれてから五年くらい経過すると変化する術を覚えて、私たちと同じものを食べるようになります」
「狩りに連れだせるようになるってことは、飛ぶのに問題なくなるってことですよね。あちこち好きに飛んで手がかかるようになりますか」
「そうらしいですね。山でも子供たちが好きに飛ぶようになって慌ただしい声が聞こえてくることがあります」
「少し前に同族の子供たちが似たようなことしましたよ。どこでも子供に振り回されるのはかわらないんですね」
同意するフェマルは笑みを浮かべ、つられるようにラムニーも笑みとなる。
ラダスの食事が終わったタイミングで、リッカが夕食をテーブルに並べだす。
世話役がラダスを受け取って、フェマルも一緒に夕食をとる。
夕食を取りながらも会話は続く。
「旦那さんはこちらにこないのでありますね」
「あの人は結婚式の準備に忙しくて。今回の結婚は、彼の一族が紹介した遠くの一族とのものなんです。だから彼も無関係ではなく、向こうとのやりとりだったり案内だったりで山にいる時間が短いんですよ」
「そうだったんですね。ちなみにどこの一族なのですか」
「南のフタラスアという国にある谷を縄張りにした鷲の一族ですね。人間に押されていて、助力を夫の一族に求めたことが発端だそうです。その話が夫を通じてお父様にまで届いて、向こうの長の娘を親族として加え、戦力を派遣しようということになったと聞いています」
「政略結婚ですか」
食べながら話を聞いていた進はどこにでもある話なのだなと、リュンたちのことを思い出していた。
「そうですね。私も似たような結婚で夫とは仲良くやれていますから、兄も結婚相手と仲良くやれるといいと思っています」
「そういった結婚も出会い方の一つということでありますか」
「私のように上手くいくならありだと思いますね」
話してばかりだとせっかくの料理が冷めるということで食事を進めていく。
食器の片付けをリッカと世話役が行い、フェマルは再びラダスを抱く。
「村を散歩していましたが、なにか不便に思うところはありました?」
「特にはないと思いましたね。不便というより景観が単調に思えました」
「あー、景観には気を使ってませんしねぇ。もっと時間が経過すれば、瓦礫が片付いて、緑も増えて他国の農村と似た感じになるかと」
「今後この地域の環境は良くなると聞いていますから、期待できますね。そのときを楽しみにしましょう」
「環境は順調に回復していってほしいですね。でも春直前の寒さが長引くとかあったし、まだ油断はできないと思います」
「あのときは少し驚きました。例年と違って長引きましたから。特に生まれたばかりのこの子に影響がでないかと心配になりました」
それは心配になるだろうと聞いていた全員が同意する。
「今日ここを見て回って、落ち着いた場所とわかったのでそういった心配をしないでいいのは嬉しかったです」
「ここ最近は特に大きな騒動もなかったから帰るまでは大丈夫だと思います」
その発言がフラグにでもなったか、フェマルたちがやってきた五日目の昼前にガースたちが動く。それに進たちは気付くことはなかった。
その日も進たちはいつもと同じようなスケジュールで仕事を行っていた。
収穫と魔法をかけるために進たちは外に出て、フェマルたちは三時間ほど家で過ごし、ラダスが外に出たがったので散歩に出た。
畑を回って土に魔法をかけて、もう一時間ほどで昼食という時刻に進とラムニーとイコンはゴンッというなにかが落ちた音を聞く。
何事かと思った次の瞬間に、その音はあちこちから聞こえてきた。同時に悲鳴も上がる。
「石!?」
急ぎ周囲を確認すると拳ほどの石が空から降ってきていた。
どうしてこんなことにと原因を探る前に、石に当たらないところに避難しようとラムニーたちに声をかける。
廃墟の物陰に移動しどうにか石の直撃を避けられるようになっても、石はまだ降ってきていた。多くはないが、それでも気楽に歩き回れるものではない。
「なんだこれ」
竜巻に巻き上げられた魚が落下してくる現象を聞いたことがあったが、それだろうかと進が思う。
原因を教えてくれたのはイコンだ。
「何者かが空から魔法を使っているようじゃ」
「魔法か。でも誰だ? 敵対している相手はいないだろ」
魔王たちがリベオを寄越してきたのは調査のためで、敵対ではなかった。だからか魔王からの刺客と思いついていない。
「わしもそこまではわからんが、明らかに殺意がある」
「これだけのことしておいて、殺意がないわけないよ」
悪戯ですまされるようなことではない。すでに怒りを感じているが、悪戯だとしたらその思いはさらに増す。
そんなことを進が思っていると、地上から魔力の矢が三十本ほど、空へと飛んでいった。
「フィズか」
「フィズなら空で魔法を使っている相手の居場所を特定できるじゃろ。すぐに石はやむだろうから、わしらは怪我人の確認をするぞ」
頷いた進とラムニーは石がやむのを待ってから動き出す。
まずは畑を回っていくことにする。
最初の畑に着く前に地上から再度魔力の矢が飛んでいた。今度は百本近い数が飛ぶ。一度目は魔法を止めるためで、二度目が本命だった。
「大丈夫か!」
スカラーたち魔物組の畑に到着し、すぐに大声で無事を確認する。
慌てふためいた様子のスカラーが近づいてくる。
「な、なにがあったんですか!?」
「わからん。誰かが空から魔法を使ったらしい。それよりも怪我人は?」
「二人です。それぞれ肩と足に直撃して気絶しました」
「その二人は今はどうしている。寝かせたままか?」
「はい、どう治療していいのかわからないので、治療ができる人を呼びにいってもらいました」
「そうか」
動かしていいのか進にもわからないので、そのままにしておこうと考え、イコンに避難場所を作ってもらえないか頼む。
「また石がふってきたら防げるように東屋を作れないか?」
「できるが、強度は保証できんぞ」
「俺が質を上げたら少しはましになると思う」
「うむ、それでいこう」
怪我人を寝かせているところに移動して、そこに東屋を作り、進が質を上げた。
「俺はほかの畑とかを見てくる。お前たちは治療できる奴の指示に従って動くように」
わかったとそこにいる者たちは頷き、それを見て進たちはほかの畑に向かう。
イコンには離れたところにいる者たちの確認を頼む。
飛んでいったイコンを見送って、次に向かったのはラジウスたち島組の畑だ。
「ここは大丈夫か!」
「村長! ルアが、ルアがっ」
泣いているラジウスが倒れたルアのそばから進を呼ぶ。
「どういった状況だ?」
動揺するラジウスの肩を持って、自分の方を見させて聞く。
「わかりません。石が降ってきたと思ったらルアが倒れて。頭からどんどん血が流れてもいてっ」
「頭に直撃ではない?」
「直撃はしていません」
「だとしたらかすったのか。たしか処置は清潔な布で押さえて止血だったはず。首にもダメージがいっているかもしれないから揺らすのが駄目だったはずだ」
ラムニーがすぐにハンカチを取り出して、ルアの血が出ているところを探して傷に布を当てる。
「ほかに怪我人は?」
「地面に落ちた砕けた石が飛んできて、切り傷を負った者が三人くらい」
近くにいた人間が進の問いかけに返す。
「その切り傷は深いのか?」
「そこまで重傷ではない、と思います。自分の手で傷口を押さえて、治療のため歩いて家に帰っていきました」
「歩けるなら大丈夫か。ほかに動ける者は帰って、各自の家の壊れたものなどの点検、その後片付けをする必要のない者はほかの場所の手伝いに回ってくれ」
「村長は?」
「俺はほかのところの確認に行くつもりだ。ああ、虫人かエトワールのところに行って、ルアを診察できる奴を呼んでくれ」
「わかりました」
怪我のない者たちがその場から離れて、進もこの場はラジウスとラムニーに任せてほかのところに行こうとしたが、誰かの着地音を聞き、そちらを見る。
リザードマン、虫の魔物が二体、蝙蝠の魔物、人型で筋肉質な鳥の魔物の合計五体が畑に着地していた。
感想と誤字指摘ありがとうございます