124 会話
「捨て去りの荒野という厳しい環境で生きているのですから、鍛えられて当然なのでは?」
進がヴィットラの想定以上の強さということを聞いてファガレットは思ったことを聞く。
「魔物を倒してまわれば一応おかしくはないのだけど、それにしては技量が育ってないのよね。具体的に言うと、身体能力と魔力は三人の勇者の倍とまではいかずとも五割以上ある。でも技量は三人よりも下。どうやったらああ育つのか」
ナリシュビーのローヤルゼリーの上質版などヴィットラも見たことがないので、強くなった経緯が不明だった。
詳細な調査ができたら原因もわかるが、使用した力ではそこまではわからなかったのだ。
「Ωの魔法使いと仲が良いらしいですし、過保護に鍛えたのでは? 弱らせた魔物と戦ってばかりいたとか」
「それだともっと弱くなるはず。遠くから見ただけだと詳細はわからないわね」
「特に不調そうといった様子ではないですよね? 元気だとおっしゃられていましたし」
「そうね。怪我病気はないわ」
「だったら事情はこちらに来てもらってから聞くことにしましょう。今は元気とわかれば十分です」
そうだなと神官たちが頷くが、ヴィットラが「こっちに来るかしら」と疑問を発して、どういうことだろうかと首を傾げる。
「来てもらえるととても助かるのですけど、来ない可能性があるのでしょうか?」
「村の根底を支えているのは彼の能力なわけだし、こっちに来たら村の運営が滞ることになる。それがこっちに来ない理由の一つ。さらに彼は魔王がいることを知らない可能性がある」
「え、魔王について知らないって」
「四人の勇者を呼ぶときに、魔王に邪魔されて彼だけ捨て去りの荒野に出ることになった。そのときに彼に話しかけたのだけど、時間がなかったから能力があることくらいしか話せなかったの。それすら意識が朧気だったからまともに伝わっているか怪しい。彼はどうしてあそこにいるのか事情を把握していないわ。そして捨て去りの荒野には魔王も手を出さない。出しても意味はないとわかっている。だから魔王というものがいるとわかっていても、それが今存在し動いていることを知らないかもしれない。魔王による被害も出ていないでしょうし、魔王に関わるより村を守る方が大事と考えるかもしれないの」
「村が大事なのはわかりますが、大陸全土の一大事なのですから説明したら来てくれるのではないでしょうか」
「たしかにまずは説明が必要でしょうね」
フォローはしたが、それが進に伝わっていないかもしれない。そうなるとヴィットラは呼び出して僻地に放り出した無責任な存在になる。だとすると協力したいとは思えないかもしれず。そうではないと知ってもらうためにも説明は必要だろう。
「さっきも言ったけど村の根底を支えているでしょうから、無理にこっちに呼ばない方がいいわ。魔王討伐までまだ時間はあるからゆっくりと説得するか、討伐のときにだけ来てもらえるようにした方がいい。幸い今の彼なら魔王の防御をなんとか崩すだけの実力はある。こっちで鍛えずとも役割は果たせる」
ヴィットラが課した役割は果たせるのだが、人間たちがやってもらいたい武具の強化などは無理だろう。
「捨て去りの荒野へと使者を送る必要がありますね。海人と取引をやっているようですから、彼らに連れて行ってもらうのが確実ですね」
「頑張ってちょうだい。もしかしたら今回で魔王との戦いが終わる可能性もあるから」
「魔王が完全に討伐されるということでしょうか」
「可能性があるってだけよ、期待しすぎないように。Ωの魔法使いが人嫌いなら協力は無理でしょうしね」
「鍵になるのはΩの職号を持っている魔法使いなのですね」
「彼女の魔法の才は現在過去未来その全てで最上位。魔王の魂を捕らえる魔法を生み出せるかもしれないの。捕まえてしまえば、なんとかなるからね」
魔王の守りが厄介なのは事実だが、一番厄介なのは、肉体を滅ぼしても魂が逃亡し、どこかに隠れて魂にまで受けた傷を癒すところにある。
ヴィットラですら捕まえられない隠密性と逃げ足で、どうにかこの大陸に隔離するので精一杯だった。
魔王はほかの神が担当する異世界出身で、世界の法則などの違いから捕獲に手を焼いているのだった。
手を焼く原因として、魔王自身の希薄さにある。ほかの神に捨てられ、世界を越えた時点で消耗が激しく、魂に癒しきれない傷を負っている。そのせいで自身に与えられていた人間への敵対者という役割を果たすことを優先する人形のようになっており、気配が掴みづらいのだ。
初期に逃げられたことでヴィットラは倒すことは人間に任せて、倒された瞬間に魔王の魂を捕まえることに集中することにした。
しかしこの世界の人間では強さと異世界の法則のせいで対等に戦うこともできなかった。
そして対抗手段として、異なる法則持ちには異なる法則持ちをと勇者たちの召喚許可を自分たちをまとめる神から得たものの、誘拐同然にこっちに呼ぶことは申し訳なく思っていた。
詫びる思いを抱きながら何度も魔王を捕まえようと動いて、少しずつ追い詰めていき、今日を迎えたのだ。
「勇者の三人は強くなることだけを考えてちょうだいな。それがあなたたちに私が望むこと。勝手に呼び出しておいてなにを言っているのかと思うかもしれないけどね」
琥太郎たちも最初はなぜ自分たちがと思っていた。しかしこっちで過ごすうちに世話になっている人に情がわいて、困っているなら助けたいという気持ちも持っている。
「ただ強くなるだけなら簡単とは言いませんけど、まだやれる範疇なので頑張ります。ただどれくらいの強さを目指せばいいのかわからないのが、少しばかり不安といいますか」
「そうねぇ基礎はしっかりとしているし順調にいけば二年もかからないでこれまでの勇者が魔王に挑んだくらいの強さになれるわよ」
琥太郎たちが素直に鍛錬に励み、そのうえで士頂衆の協力を得られたおかげか、これまでの勇者より強くなる速度は上だった。
平和な日本から来て戦闘経験などなく、素直に指導を受け入れたのが功を奏したのだろう。以前の勇者の中にはこっちに定住することを考えて、魔王討伐後に政治的に有利に立てるよう各国の王侯貴族に接触する者もいた。鍛錬と同時進行だったので、その分強くなるのも遅れたということがあったのだ。ほかには魔物がいて戦いの経験のある世界から呼ばれて、自身のやり方を貫き、神殿や国との連携がうまくいかず、結果的に魔王討伐に時間がかかった者もいた。
そういった者と比べると、琥太郎たちは素直でありがたく、神殿の者たちも頑張って支えようという気持ちになっていた。
「私から強くなるアドバイスをするとしたら、過去勇者が残した武器を使うことね」
「使えないと聞いたのですが」
淡音が聞くと、ヴィットラは一言謝って続ける。
「使うと言っても戦いに使うんじゃなくて、寝るときにそばに置くことで使い手のことを夢で見ることができるの。私から力を与えられたという共通点で武器に残った記録があなたたちに影響を与える。同じ武器の使い手がどうやって戦っていたかを見ることで、参考にできるというわけね」
「そういうことができたのですね」
初めて聞いたとコロドムが思わず呟く。
「ある程度の強さがないと夢は見れないのよ。でもこれまでの勇者が夢を見れるようになった頃には、自分の戦い方を確立していてあまり参考にならなかったの。三人はタイミングがあったという感じね」
質問よろしいでしょうかとコロドムは断りを入れて、許可を持って続ける。
「夢を見るにあたってなにかしら注意することはありますか?」
「戦いの記録を見ることになるから、三人が思っている以上の凄惨なものを見る可能性がある。ショックを受けないように注意して。これ以外に注意することはないわ」
わかったと琥太郎たちは頷いた。
「そろそろファガレットの魔力が尽きるから話せる時間は終わる。なにか聞きたいことはあるかしら」
琥太郎たちはないと首を振る。コロドムたちは進について再確認することにした。
「捨て去りの荒野の廃墟にいて、魔物と協力して生活している。魔王に関してや、自分がそこにいる理由は知らない可能性がある。これで間違いないでしょうか」
「ええ、それであっているわ」
「魔物に虐げられているということはなく、対等ということでいいのでしょうか」
「私が見たかぎりでは対等だったわ。ただ大烏公には敬意を払っていたように見えた」
「四人目の勇者と接触するときには、魔物に過度に敵意を持つ者は派遣しない方がいいということですね」
「それがいいでしょうね」
「ああ、そういえば海人を頼って接触せずに、大烏公を通して接触も可能なのでしょうか」
可能かどうかはひとまず気にせず、陸路を使えるのなら進との接触に時間が短縮できるだろうと考えてコロドムは聞く。
「あなたたちだと難しいのではないかしら。向こうも警戒するでしょうし、捨て去りの荒野の山や森に幾度も足を踏み入れて荒らしているでしょう? 話を聞いてもらえず追い返されるわ。海人を頼った方が結果的に確実」
「そうします」
ヴィットラから無理だろうと助言を受けて、コロドムは大烏公との接触は諦めた。
最近も森を荒らしたばかりなので、山も警戒は高くなっているはずで、それを思うと得策ではないと頷けた。
これ以上聞きたいことはないとコロドムが言うと、ヴィットラは別れを告げて去る。光は最初の輝きに戻って、ファガレットのティアラに宿って消えた。
ファガレットは台座に深々と一礼し、琥太郎たちを見る。その表情には魔力を使いすぎたことによる疲労が現れていた。
「これにて神託の儀は終わりとなります」
ありがとうございましたとコロドムたちが礼を言い、琥太郎たちはお疲れさまでしたと労いの言葉をかけた。
「決して無理や無茶をせずに体を労わりながら強くなってください。ではまたいずれお会いしましょう」
琥太郎たちに声援を送りファガレットは神託の部屋から出ていく。少しふらついていたため疲労からこけたりしないように神官が二人付き添っている。
琥太郎たちもコロドムに声をかけられて部屋を出て、最後に神官たちも出て、しっかりと鍵をかけられた。
三日ほどで琥太郎たちの部屋に、神殿で保管されていた勇者が使っていた武器が運び込まれる。
その日から彼らの夢に、勇者たちの記録が出るようになった。
見たものを琥太郎たちは指導してくれるガゾートたちに伝えて、取り込めるものは取り込んでいく。
一度に多くの技術を取り入れても熟練のための時間がとれないということで、三つの技術を練習し始めた時点で神殿から出て遠出し、魔物と戦い地力を上げる鍛錬も再開する。
琥太郎たちが強くなるために活動している間に、神殿の人間たちも進との接触のため動いていた。
そして進関連で動いていたのは神殿の人間だけではなかった。
感想と誤字指摘ありがとうございます