123 女神ヴィットラ
「女神ヴィットラ。私の声が届いていますでしょうか。どうかお応えください」
ファガレットが呼びかけて、台座の光が人の形をとっていく。
その光が伸びをするように体を動かした。
「ファガレット、呼んだ?」
少し眠たげな女の声が光から聞こえてくる。その口調に荘厳といったものはなく、軽い口調だった。
「はい。休んでおられたのでしょうか? 起こしてしまい申し訳ありません」
ファガレットの詫びに右手をパタパタと振る。
「いーよいーよ、なにか用事でしょ。あら、今日は勇者たちもいるのね」
「はい。大事な連絡がありまして、それについて彼らも一緒に聞きたいだろうということでこの場に連れて来ました」
ヴィットラが琥太郎たちを見る。
今のヴィットラは光そのもので顔などはわからないが、見られた側は穏やかな視線を感じた。
「へー、そっか。勇者たちは久しぶり。といってもあなたたちと言葉を交わすのは初めてよね。私がヴィットラ、あなたたちをこの世界に呼んだの。迷惑をかけているわね」
神からというより従姉や近所の姉貴分などからの言葉といったように思えて、詫びの言葉をかけられた三人はどう反応すればいいのかわからないといった様子だ。
言葉を返さないことに無礼と言い出す神官は誰もおらず、むしろ戸惑う様子にわかると小さく頷いていた。
「順調に強くなっているようだし、この調子で頑張って。それで大事な用事ってどんなことかしら」
「四人目の居場所が判明しまして」
「ほんとに? え、どこにいたの?」
「捨て去りの荒野です」
「あそこ!? よく生きてたわね。かなり我慢すれば飲み食いに困らないけど、体調を崩すし長く生きていけるような場所じゃないのに。捨て去りの荒野のどこにいるかわかっているの?」
「西の海岸からそう離れていない廃墟だそうです」
あそこかーと言いながらヴィットラはこくこくと頷いた。
「そこはまだましなところなのでしょうか?」
「いやそんなことはないわよ。飲み水はどうにかできるかもしれないけど、食べられる植物は三つくらい。魔物を倒して食べようにも数が少ないし、武器もない彼が倒すのは難しいわね。おまけに調理も困難でしょ。塩とかもないから栄養不足で死んでもおかしくないし」
「生きていくのが難しい場所なのですね」
「ええ、よくもまああれだけ荒れたものよ。しかし居場所がわかっているなら、どうにか現状を知れるかもね。勇者たちに少しお願いがあるのだけど」
声をかけられた三人はどういった願いなのか聞いてから判断すると返す。
「あなたたちが貯めた帰るための力を少し使わせてほしいの。それを使えば捨て去りの荒野にいる四人目がどうしているのか探ることができる」
「神様なんだから、俺たちの貯めた力を使わなくても調べることができるのではないですか?」
「魔王関連で力を使って、国内ならともかく、捨て去りの荒野までは力が届かないのよ。力自体はないわけじゃないのよ? でも無理に使うと世界の維持に支障がでてくる。だからあなたたちが貯めた力を使わせてもらえないか聞いたわけね」
世界管理に関しては大昔からシステム化しており、現場に向かったり、遠くから様子を見なくてもどうにかなるのだが、個人を探すといった管理以外のことは力を使ってどうにかする必要があるのだ。
「帰るときになにかしらの支障がでませんか?」
「大丈夫。今回使う程度なら魔王を倒して得られる皆からの感謝で十分取り返せるから」
琥太郎たちは顔を見合わせて、それなら大丈夫だろうと頷き合った。
ヴィットラへと向き直り、了承する。
「ありがと。早速調べてみるわね」
少し静かになると言ってからヴィットラは作業に集中する。光が弱まって、人型から球体へと変わる。
基本的に静かだったが、たまに驚くような反応も漏れて、なにがあったのだろうかと皆が不思議に思っていた。
そうして十分ほどで光が再び人の形をとる。
「おまたせ」
そう言うヴィットラに、ファガレットがこちらも知りたいことですのでいくらでも待ちますと返す。
「まず捨て去りの荒野の廃墟にいるのは確定ね。元気にしているようで安心したわ」
声音にもほっとしているのが現れていた。
「怪我病気などないのでしょうか」
住みづらい環境ということで、そこらへんの問題は起きているだろうと思ったファガレットだったが、ヴィットラは首を振って否定した。
「ないわね。若干栄養状態が不安といったところかしら」
「それだけですんでいるのですか。食べ物がないと言っていませんでしたか」
「なんとかしたみたいよ。すごいわね。廃墟のそばにいる大きな池を綺麗にして、土も荒れたものから肥えたものへと変えているみたい。作物が多く育っている畑があったわ。まあ、それだけでああも元気なのは納得いかないんだけど」
大妖樹の分木があることはわかったが、それでも成長をある程度早めるだけで、まともな食料を得るまで時間がかかったはずだと内心首を傾げる。食料不足が肉体的に影響を出していてもおかしくはないはずだが、健康体であり不思議に思う。
現状の村を眺めただけなので成長の早い芋があってそれで当座をしのいだり、ナリシュビーが漁業をしていることはわからないのだ。
「四人目の彼は現状どのように過ごしているのですか?」
「廃墟を再建というかそこを中心に村を作っているわね」
「村というからには人がいるのですか?」
「人もいるわ」
人も?と皆が疑問を抱いた。人以外もいるような言い方だ。
なにを聞きたいのか察したヴィットラがすぐに続ける。
「魔物も協力して村を作っているわ」
部屋にどよめきが起こる。
「不可能でしょう。従わせるにしても一緒に村を作るのはさすがに」
「やれないことはないわよ。別の大陸だと当たり前に行われていることでもあるからね。ただし知性のある魔物という条件はつくけど」
「できるのですね」
ヴィットラが断言したことで疑う気持ちは消えるが、それでもファガレットたちは上手く想像できなかった。
「完全に独力で魔物を住民にしたわけではないようだけどね。あなたたちが大烏公や大妖樹と呼ぶ魔物も村にいるし、協力してもらっているんでしょう」
「大烏公と大妖樹もですか!?」
これにはさすがにファガレットも落ち着いた雰囲気でいられず、大きく驚きの声をあげた。
「あはははっ。あなたのそういった反応は久々ね」
「笑わないでください。驚くなという方が無理です」
「まあ、私も驚いたけどね。あれらが人間に協力するなんてね。といってもそれ以上に驚いたことがあるんだけど」
「まだあるんですか」
「自我を持つワークドールが稼働していたのが一つ目」
ワークドールについて知らない者が多く、どういったものかヴィットラが説明する。そのうえで自我を持つものはかなり貴重と付け加えた。
国の貴重品保管庫にのみ残る、動くことのない古代の代物と聞き、どうしてそのようなものが稼働しているのかと疑問を抱く。
「どうしてでしょうね。上手いこと保管されていたワークドールがいたんでしょう」
「今動いているものがいないのはどうしてなのですか」
「技術そのものが昔より劣っているから。魂にあたる重要なものを生み出す方法が失われたから。技術を持つ者は死に、それらに関した知識が記された本もこの大陸にあるものは焼けてしまった。今のこの大陸の技術で普通のワークドールが復活するには順調にいって三百年くらいの時間が必要ね」
「貴重とおっしゃられた自我を持つワークドールが新たに世に出るにはどれくらいの時間が必要なのでしょう?」
「そっちは不明としかいえないわ。必要なのは時間ではなく、天才の閃きだからね。ワークドールが普及するという土壌が必要だし、三百年以上の時間が必要になるでしょうね」
もちろんヴィットラはそれらに関する知識は持っている。一度生まれた知識なのだ、世界に刻まれヴィットラはいつでも見ることができる。だが求められても開示することはない。それは文明の発展を阻害することだと思っているのだ。ただでさえ魔王のせいで大陸一つを隔離といういびつな状態にしていて、文明の発展を阻害している状態だ。これ以上邪魔をする気はないのだ。
「驚いた二つ目は、Ωの職号を持つ魔法使いが復活していたことね」
「……Ω? それは伝説で語られる最高峰の魔法使いのことですよね。実在も疑われていたという」
「実在しているわよ。その高すぎる能力から周りの人間に疎まれ怖がられて、最後には騙されて封印された。その恨みと怒りが捨て去りの荒野を生み出す発端になったのよ」
次々と出てくる情報にファガレットたちは驚き疲れてきた。
「人の感情があの土地を荒らしたのですか」
「あの子だけのせいじゃないわよ。それに封印なんてしなければ荒れなかったんだから。おまけにあそこを使えない土地として、ゴミとかを捨てたりして現状に追いやったのは封印されたずっとあとの人間たちだしね」
ヴィットラが咎めていないことでΩの魔法使いに罪はないとファガレットは判断した。
「どうして復活したのでしょうか」
「四人目の彼が封印を解いたんじゃないかしら。封印は廃墟にあったし」
「彼は大丈夫だったのでしょうか。疎まれ騙されて封印されていたのなら人間を嫌っていてもおかしくはないはず」
「最初はぎくしゃくしていたのかもしれないけど、今は仲良さそうにしているから大丈夫じゃないかしら。いちゃついていたわよ」
「いちゃ? え、私が思った以上に仲が進んでますね」
人間を恨んでないようで安心したらいいのか、なにしているのか戸惑えばいいのかわからない。
「ほかにはスケルトンになった美貌の職号持ちとかもいるけど、Ωの職号持ちに比べたらインパクトはないわね」
「美貌も伝説に残る人物なのですけどね。どういった村なのかわからなくなりました。それだけ無茶苦茶しないとあそこに村を作ることはできないということなのでしょうか。四人目の彼はそういった偉人や傑物に守られ元気にしているということなのですね」
「そうだと思う。でもね、四人目自身も少しおかしいのよ」
「これ以上なにがあるというんですか」
「この一年鍛えたにしては強さが想定以上になっているわ」
それはファガレットたちにとっては嬉しい知らせだった。魔王に挑むのだから強いということはありがたいのだ。
感想と誤字指摘ありがとうございます