122 祈り巫女
時期は初夏を過ぎて夏。暑さの本格化にはまだ少しだけ早い時期であり、気温操作の恩恵を受けているのはグルーズといった体毛の多い魔物のみだ。
村ではこれといったトラブルは起きずに、普通の村の風景が日々を彩っていた。
人と魔物が一緒に住むということは普通の村とはいえないが、両者とも距離感を詰めすぎないように気をつけていたので、衝突など起こることなく過ごせている。されど互いに近い距離で姿を見るのが当たり前になってきて、挨拶くらいは平気でするようになっている。
互いに互いを傷つけず、距離さえとれば問題はなさそうだと認識し始めていた。
大きなトラブルが起きたら崩れそうな認識だが、なにもなければこのまま共存が当たり前になっていくのだろう。
住民関係以外だと、芋以外の作物の成長と収穫も安定の様子を見せだしていて、今後の食糧事情は明るいと畑仕事をしている者たちは思えた。
村人の多くが農業に慣れて、作業がスムーズになり時間の余裕を持つことができている。おかげで趣味や新たな技術習得に時間を使うことができて、さらなる発展の息吹も感じられるようになっている。
農業以外の変化は、銅が採れるようになったことで銅製や青銅製の金属用品が出回り始めた。主に調理器具や蝶番といった日常品が作られて、武具に関しては海人に頼った形だ。青銅の武具よりも海人たちの武具の方が性能がいいため、設置できる大盾くらいしか作っていない。その大盾もまだ少数で、現状特に役立っていない。
そして一度ノームの隠れ里にも行っている。ここ一年で三度魔物に襲われているので、ゲラーシーたちは四度目が起きていないか心配したのだ。
その心配は空振りに終わった。コンドラートが煽ったときほどの熱意はなかったが、それでもやる気は見せていて、順調に復興が進んでいる。ミグネによる魔法指導もそれなりの成果を出していて、魔法を使った作業の効率化がなされ、狩りもいくらか楽になったということだった。
余裕ができたらまたビボーンに魔法を教えてもらいに人を出したいと言っていて、順調な故郷にゲラーシーたちは安堵し仕事に励む様子が見られた。
そんな日々の中、海人族との交易の時期が来て、進たちは芋などを運ぶ。
浜に着くといつもと同じように品を交換し、昆布の手入れをしようと思っている進にシアクが聞きたいことがあると声をかける。
「なんでしょう」
「実はうちの国にヴィットラ大神殿から問い合わせが来まして」
へーと進は関心が薄そうに返事をする。
「その問い合わせ内容がですね。異世界から来た二十歳から三十歳の黒髪の男を保護していないかというものでして」
「え?」
思いもよらぬ話に進は心底驚いたという表情を見せた。
どうしてその問い合わせがあったのかもシアクは話す。日本酒が発端になったということだ。
「異世界云々はよくわかりませんが、どうやら我らに渡している酒がもとになって、そういった問い合わせが来たようでして。我らの国で該当する者はあなたしかおらず、こうして聞いているというわけです」
「うん、まあ、あってはいるんだがなんで神殿が俺のことを聞いてくるんだ」
進から行く用事はあったが、向こうから探されるなんてことになる用件はなかったはずだと考え、こっちに来るときに聞こえていた女の声が関係してるんだろうかと思う。
「詳しいことは我らもわからないのですよ。問い合わせは伝書の鳥を使って行われました。それはそう長い文章をかけるものではないため、これこれこういった人物かいないか、と書かれていただけらしいですね」
「そう、ですか。悪さしたわけではないんで指名手配ではないと思うんですけど」
「こちらとしても物騒な雰囲気は感じませんでした。ただし必死さというのでしょうか、そういった感情が込められた手紙という感じではあったようです」
「なるほど。ちなみに問い合わせにもう返事はしたんですか?」
「ええ、うちにはいないと。しかし該当するかもしれない人物がいるので、聞いてみるとも書いて返事をしました。見つけましたと追加の返事を送っていいのでしょうか?」
「いいと思います、いやどうして探しているのかわからないとなんとも言えないか」
肯定したがすぐに否定した進に、シアクは続ける。
「やましいところがなければ、素直に居場所を明かしていいと思いますよ。大神殿は女神ヴィットラに仕える人たちの集まりで、政治的なあれやこれに関わるような人たちではありません」
進が直接捨て去りの荒野に来たと知らないシアクは、ここに来る前に他国でなにかしらの厄介事があって居場所を知らせることを渋るのだろうと思い助言として言う。
「ちょっと待ってくださいね。一応ほかの人たちに相談しますんで」
「わかりました」
断りを入れた進はフィリゲニスたちに今聞いた話をする。
「神殿まで直接来いとか言うならともかく、いる場所を教えるくらいならいいんじゃない?」
「用件があるなら向こうから来るでしょ」
ビボーンとフィリゲニスの返答に、それでいいかと進は思い、シアクのところに戻って追加の返事を了承する。
シアクは交換した芋などや返事を持って島へと帰る。
その返事はすぐに王へと届けられ、王が命令を出して伝書の鳥が島から南東にあるカッチャヤ国に飛ぶ。そこからさらに違う伝書の鳥に手紙を持たせて大神殿へと運ばれていった。
そうしてコロドムたちが最初に伝書の鳥を飛ばして二ヶ月と少しして大神殿に進の居場所が届くことなる。
その手紙を受け取って中身を確認した神官は目を疑った。
手紙はコロドムに渡されて、やはり彼も内容を疑った。真偽を女神ヴィットラに尋ねることにして、準備の間に琥太郎たちにも返事の内容が知らされる。
「四人目の居場所が判明した?」
「ええ、以前北の海人の国に手紙を出したという話はしましたね」
そう言うコロドムに、たしかに聞いたと琥太郎たちは頷く。しかしそこにはおらず心当たりに聞いてみるという話も聞いていた。
「そこから追加の手紙が昨日届きまして。本人だと確認が取れたと書かれていました」
「ようやく判明したんですね。それでどこにいたんですか?」
「捨て去りの荒野です」
きょとんとした三人の表情には聞き間違いじゃないかという疑いの思いがわかりやすく表れていた。
「そう思う気持ちはよくわかります。私やほかの神官も疑いました。国の正式な印の入った返事を疑うというのも失礼な話なのですけどね。それでも捨て去りの荒野にいるというのは信じがたく、祈り巫女を通して女神ヴィットラに聞いてみることにしたのです」
神様に聞く必要があるくらい信じられないことなのだなと、三人は感心した思いすら抱いた。
そしてそんなところにいる四人目の一年はどのようなものだったのか想像し、自分たちが思う以上に辛く険しいものだったのではないかと思えた。
神殿に来たらできるだけ親切にしたいと桜乃が言うと、琥太郎と淡音は頷く。
神託の儀式は急いで準備が整えられて、手紙が届いて三日目の夜には行えるようになる。
琥太郎たちも一緒に聞くことにして、入ったことのない最上階の部屋にコロドムたちと一緒に入る。
そこは飾り気のないシンプルな部屋だった。広さはファミレスより少し狭いくらいで、窓には薄い青のガラスがはめ込まれ、壁や床や天井には白い石が使われている。窓は綺麗に磨かれていて、床には埃一つ落ちていない。
その部屋の中央に台座があり、その前に縦横一メートルほどの赤い絨毯が敷かれている。
陽光の入る朝や昼だと白い石が光を反射し眩しいかもしれないが、今は夜で魔法の明かりが部屋を明るくしていても眩しさはない。
琥太郎たちがそこに入ると、大神殿の上層部はすでにそろって静かに待機していた。綺麗に五列で並び、祈りを捧げるように目を閉じている。
コロドムに促されて、琥太郎たちは最前列に並ぶ。
琥太郎たちも静かに待機して、五分くらいで扉が開く音がする。
入って来た人物は一人であり、列の最後尾に並ぶことなく、前にやってくる。
女性で、四十歳手前くらいだろう。特別美人というわけではないが、身なりはこざっぱりとしていて、体形にもだらしなさがない。着ている白の衣服も汚れなどない。装飾品と呼べるものは頭部にある銀のティアラと両腕にある銀のバングルだろう。そのティアラも宝石がふんだんに使われているということはなく、トパーズに似た小さな黄色の宝石がついているだけだ。
彼女が台座の前にある絨毯の上に靴を脱いで立ち、まず台座に向かって一礼する。肩辺りで切り揃えられた空色の髪がさらりと揺れる。次に琥太郎たちの方へと体を向けて、また一礼した。
「勇者様たちにはお初にお目にかかります。今代の祈り巫女を勤めさせていただいているファガレットと申します」
耳に心地の良い声で挨拶されて、三人も深々と一礼する。
向けられた微笑みと声は安堵感を抱けるものだった。
「これから女神ヴィットラと会話をさせていただきますが、驚かないでくださいね」
「驚く、ですか?」
琥太郎が聞き返し、ファガレットは頷く。
「女神ヴィットラは親しみやすい方ですから、神という存在に思い入れのある方だとその差に驚くことがあります」
ファガレットを見ている琥太郎たちには見えないが、ファガレットからは後ろにいる神官たちが気まずそうに少しだけ視線をそらすのが見えた。
ヴィットラとの会話を初めて聞いたとき彼らは大きく取り乱すことはなく、後日ファガレットに改めてヴィットラの性格を尋ねるといった穏便な方法で自身の考えと現実のすり合わせを行っているのだ。
そういったカウンセラーのようなことも祈り巫女の仕事だった。
「粗暴粗雑といった方ではありませんから、勇者様たちも気楽というのは難しいかもしれませんが、固くなりすぎないように対応してあげてください」
できるだろうかと困惑した雰囲気に三人に、ファガレットは始めますねと言って、台座の方へ体を向けて、絨毯に両膝をつく。
ファガレットは目を閉じて集中を始める。それに呼応するようにティアラの宝石が少しずつ輝き出す。
三分ほどで宝石がある程度の輝きにまで達すると、その輝きが宝石から出て、ゆっくりと台座に飛んでいく。輝きが台座に溶けるように吸い込まれ、台座自体が光り出す。
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