120 呪銅
村に戻って三日経過し、その間に封印処理を施した核の観察が行われる。これといって異変がなく、出かけても大丈夫だと判断してから再び進たちは研究所に向かう。
坑道の出入口には新たな足跡が増えている様子はなかった。内部の魔物は前回の戦闘で全滅したか、魔物が通れる出入口を使ったのだろう。
研究所入口の封鎖も破られてはいなかった。
封鎖を解いて資料庫に向かい、進が資料に魔法をかけていく。手に取っても大丈夫になった資料を全員で確認していく。
資料はリッカが読み上げたものと同じ日誌形式のものと、実験の詳細記録がほとんどだった。
それだけでもここについてわかったことがある。人体実験のためにここが作られたのではなく、別の研究をやっていたここで人体実験を始めたということ。もともとは危険のある実験を表から隔離されたここでやっていたということだ。危険というのは人道に反するという意味ではなく、一般人が近づくと危ない実験のことだ。
「あら、これはちょっと違う感じね」
ビボーンが資料に紛れ込んでいた紐綴じの一冊を取り出す。表紙にタイトルはなく、ぺらぺらとめくってみると日記のようなものだとわかる。
ここに関係ありそうな部分を見つけて、声に出して読み上げていく。
「年々悪化していく環境、それに我ら人間が対抗する術はなく、どのような手段も無駄に終わった。環境悪化の原因も不明であり、どうしてこのようになったのか我ら研究者一同頭を抱えるものである。この国を捨てるという話も珍しいものではないし、既に国を出た者もいる。しかし国は現状の打破を諦めておらず、我らに策を求める。我らも生まれ育った地が正常になるならぜひともやりたいものだが、取れる手段を思いつけない。先達の研究者が残した資料を見せてもらえば、我らが思いつきそうなことはやっていたのだ。資料以外のことをやれと言われても思いつかない。それでも諦めることなく、我らは話し合いを続けた。結果として一つの方針を出すことができた。我らでは解決できない。ならば我らのような国に雇われた研究者ではなく、在野の研究者ならば我らにない考えを持っているかもしれない。それを国に伝えた。後悔の始まりはそこだった」
「おっと小説じみた展開になってきたな」
進の感想にそうねと苦笑を含んだ感想を返して、続きを読み上げていく。
「国が探し出してきた者たちは倫理を欠いていた。たしかに我らの思考とは異なる者を求めはしたが、このような者を連れてくるとはどういうことかと役人を問い詰めたが、返答は通常の考えで無理なのだから危険物の投入もやむなしというものだった。しかし人体実験を積極的に行う者を採用するのはいかがなものか。そう言えば代案を求められ、我々はなにも言うことができなかった。連れてこられた者を帰すため皆で新たな案を考えたが、どの案も既に駄目出ししたものばかりだった。そうして我らの研究は環境を良くするものから、人間を荒れる環境に対応できるようにするという研究へと変わっていくことになる」
「周囲の環境を変えることから、自分たちを適応させる方向に方針を変えたのか。それならこれらの記録にも納得はいく。最終的には実験されていた人たちが暴走してここを放棄ということになったのかな」
進が日本にいた頃に見た映画などを参考に研究所の最後を予想する。
それにありうると三人は頷いて、資料の調査に戻る。核の情報についてはまだ出てきていないのだ。
そうして流し読みではあるが、情報を集めてこうではないかという予測ができた。
実験体に、融合を目的としたものと、吸収を目的としたものと、捕食を目的としたものがいた。
融合は無生物と一体化して、厳しい環境をやりすごそうという目的で作られた。欠点は自我が薄れること、無理な改造で不安定だった精神が、融合によりさらに不安定になり融合状態から戻ってこれないということが続き、この改造プランは破棄された。銅鉱石と融合した実験体は経過観察のため、空いている牢に設置されたことが追記されていた。
捕食と吸収は、普通の食べ物がないときに食べられるものの幅を広げるという目的で作られた。捕食は土や岩といったものも食べて腹をもたせる。吸収は実体のない風や火、魔物を倒したときに得られる力といったものを食糧とする。
捕食は食欲を増進するせいで、腹が膨れても食べ続けて飽食による死亡を引き起こした。吸収は研究所の運営に使われる魔力まで食べて処分されたが、肉体を失い精神のみになっても吸収を止めなかったことで、封印処理が施された。その際に捕食の実験体の精神を食らった疑いがあった。
「資料から得られたことから推測するに、ここが放棄されて吸収の実験体の封印が解けて、餌を求めてここに残る思念を食らった。その際に融合状態の実験体も食らった」
そう語るフィリゲニスに進は融合の実験体は食べられないのではと疑問をぶつける。
「捕食の実験体の精神を食らったと書かれているし、そのときに捕食という能力も得た可能性があるわ」
「ふむ、その後はどうなったと思う?」
「融合の実験体と一体化し、その影響を受けたのかもしれない。自我が薄れると書かれているし、外部から刺激を受けるまではそのまま牢にいた」
「刺激があったから今になって動き出した?」
「私が透視の魔法を使ったり、ほかにもいろいろと坑道内で魔法を使ったわね。それが牢の実験体にまで届いていたら刺激になりうると思うのよ」
「魔法を使っただけでなるものかな」
「一応私と実験体には繋がりのようなものがあるからね」
封印されたことかと進が言うが、フィリゲニスは首を横に振る。
「共通点というなら当たっているのだけどね。ここが稼働中は、私の恨みや怒りの念が国中にばらまかれていた。吸収が実体のないものを食べるなら、私のそういった思念も食べていたはずなのよ。私の魔力が届いたとき、食べ慣れたものが近くにいるとわかって追いかけて来たのかも」
「私たちの魔力を食べなかったのは? 吸収の能力なら食べられたはずよね」
ビボーンの質問には、自分の魔力が一番吸収効率が良かったのはないかと返す。
「長年吸収した私の感情と共にあったことで、自分の体に合うようになった。という推測」
さらに推測を重ねて、最初坑道にゲラーシーたちと調査に来て、フィリゲニスの魔力と倒された魔物たちの力を食らい、研究所を住処としていた魔物を使って動ける体を作り出したと続ける。
進が疑問を感じて、それを聞く。
「坑道の魔物が異常だったという疑問点が解決されていないよ」
「それもそうね。だとしたら私の推測は間違っている?」
リッカが私も推測してみましたと言い、皆がそれを聞くため顔を向ける。
「フィズ殿の考えと大きく変わらないのであります。牢に入れられた融合の実験体を食らった吸収の実験体は、この山に影響を及ぼしていたのではないかと思います」
どんな影響かとフィリゲニスが聞く。
「銅鉱石に融合したと資料にあったであります。牢にありながら、この山の銅鉱石にも融合、捕食、吸収といった能力を使った。山のあちこちにある銅鉱石から山のあらゆるものが影響を受けた。それは水であり、苔やキノコもです。それらは魔物や生物も飲食するもので、実験体を体に取り入れていくことであります。肉食の魔物も実験体を取り入れた魔物や生物を食べて実験体を体に取り入れて、通常とはことなる凶暴性などを取得するに至った」
それを聞いてフィリゲニスは、ここの銅は魔力を帯びていることを思い出す。
「銅が帯びている魔力が、実験体のものだとしたらリッカの推測は当たっているかもしれない」
核から感じられた魔力と銅鉱石に含まれている魔力、フィリゲニスはそれらが同じだったか思い出そうとする。そしてかぎりなく似たものだったと判断を下す。
それを聞いて進はここの銅は使わない方がいいだろうかと三人に聞く。
「魔銅というより呪いの込められた呪銅って感じだし、使い手に悪い影響しか与えそうにないんだが」
「私たちの代では使えないかもしれないわね。もっと時間が経過すれば、影響が小さくなると思う。核がここを離れたからね。使えるようになるまでここは封鎖した方がいいわ」
そうしようということになり、使えるものを持ち出すことにする。
情報収集を優先していたので使えるものはまだ探しておらず、ほかの部屋を回っていく。
ガラス瓶などがあれば持って帰りたかったが、どれもヒビが入っていて割れてしまっていた。
見つかったのはぼろい武器と動画の人工宝石、中枢機械などの修理に使えるかもしれない部品などだ。
人工宝石は娯楽に使えるものが入っていればいいが、人体実験記録が入っていそうで期待はできなかった。
土で作った箱にそれらを入れて、ゴーレムに持たせて研究所を出る。
研究所から坑道に出て、研究所入口を封鎖し、坑道から出る。
坑道の外に放置していた銅鉱石のゴーレムを坑道に入れて、ここの入口も封鎖する。
村に帰り、持って帰ってきたものは共有倉庫に入れず、家の地下に運び入れる。
リッカたちに人工宝石の内容確認を頼んで、進はゲラーシーに結果を伝えに向かう。
「こんばんは」
「おう、村長。坑道のことか?」
そうだと頷く進を家の中に招き入れる。
「それであそこはどういった感じなんだ?」
「使用禁止ってのが俺たちの結論だよ」
「そうか。理由を教えてもらえるか」
「あそこの銅鉱石全部が呪われている可能性があるそうだ。呪いの中心は運び出したんだけど、その影響がしばらく残るだろうって言っていた」
「魔銅だって思ったんだが、呪いが込められていたのか」
「正確なところは不明なんだけど、研究所で得られた資料から推測をしたら、呪いがあるんじゃないかってな」
「まともじゃない研究だったんだろうな」
「最初は国を救うためだったようだけど、その研究が成果を出せず、まずい方向に進んだらしい」
詳細を聞きたいかと進に聞かれ、飯が不味くなりそうだから遠慮するとゲラーシーは断った。
彼にとってはあそこで銅が取れないとだけわかれば十分だった。
「近いうちに南のもう一ヶ所の鉱脈を確認に行きたいから、フィリゲニスさんにそのことを伝えてほしい」
「わかったよ」
用事は終わったので、ノームの家から出て家に帰る。
宝石の中の記録はやはりろくなものではなかったようだった。
数日してフィリゲニスはゲラーシーたちと南に確認に向かい、銅鉱石のゴーレムの群れを連れて帰ってきた。
南のもう一ヶ所は小さい鉱脈だったがなにも問題なかったようだった。
さらに数日して北の方にも確認に行き、錫が見つかったと報告があった。
その確認の間に、ローランドが遊びにきて、進は南の呪銅について話しておいた。
そのようなものがあったのだなとローランドも警戒した様子になり、場所の詳細を聞いて近づかないようにすると決めたのだった。
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