119 古の研究
逃げるフィリゲニスを視線で追い続ける進にビボーンとリッカが近づく。
「どうにかして止める方法を考えましょ、いつまで逃げられるかわからないわ」
そう声をかけられて進は頷く。
「弱体化の魔法を当てれば、動きは鈍ると思う? ああやって動き回っていると当てづらいんだけどさ」
「当てるとしたら胸の玉ね。どう見てもあれが核だし」
「私たちワークドールのコアとは違うようですが、あれをどうにかすれば止まるというのは同意です」
「基本方針は罠を張って動きを止めて、核に弱体化魔法、私が核に攻撃という流れでいいと思う」
どう?とビボーンが提案し、進たちは頷く。
攻撃魔法はフィリゲニスを巻き込むだろうからなしで、直接捕まえて動きを止めるのも触れるとどのような影響がでるかわからないのでなし。
とれる手段は罠くらいしか思いつかない。
「どれくらい知性を保有しているかしらね。見た感じだとフィズのフェイントに何度も引っかかっていて、そこまで賢くなさそうだけど」
「一度単純な罠をしかけてみませんか。それへの対応を見て決めるということで」
「それでいきましょうか。落とし穴でいいかしらね」
フィリゲニスにわかりやすいように地面に幅三メートルほどの浅い穴を開けて、雑な幻影で隠す。
準備できたということで進が走り回っているフィリゲニスに手を振って、こっちに来てくれと手振りで知らせる。
それを見たフィリゲニスが進たちに接近し、幻影に気付く。
「飛び越えて」
近づいてくるフィリゲニスに進がそう言い、頷いたフィリゲニスが幻影を飛び越える。
進の声は赤黒い人型にも聞こえていたはずだが、それは幻影を踏み抜いて段差でバランスを崩してこけて転がっていく。
その隙にフィリゲニスが魔力の槍を放つ。
命中した魔力の槍は赤黒い人型を貫くことなく、銅の玉に吸い込まれるように消えていった。
立ち上がった赤黒い人型は再びフィリゲニスを追いかけだすが、その速度がわずかに増していた。
「魔力を吸収した!?」
驚いた進にビボーンがすぐに訂正を入れる。
「フィズの魔力だけね。幻影の方は吸収されていない」
「つまりフィズ用に調整された核だってこと?」
「フィズだけを対象じゃなくて最上位の実力者の力を吸い取るためのものかもしれないわ。彼らが暴れたときのことを考えて作られたゴーレムかもね。あの挙動では捕まえるのは不可能でしょうから試作品じゃないかしら」
「試作品かどうかはおいといて、罠も俺たちの魔法も効果はあるってことでいいんだよな」
「そうでしょう」
じゃあ罠をさっさと作ろうと進が言い、ビボーンは作った穴を再利用することにした。
深さ三十センチほどだった穴を二メートルまで深くして、そこに魔法で半分の深さまで水を張る。
「水に落ちたら冷凍の魔法を使うから、それを強化してちょうだいな」
「わかった」
準備が整い、今度はリッカがフィリゲニスを呼ぶ。
先ほどと同じコースを通ってフィリゲニスが穴を飛び越えて、同じように赤黒い人型が穴に気づかず足を踏み外し、穴の壁にぶつかって水に落ちて半身を浸した状態になる。
そこにビボーンが魔法を使い、進もそれを強化したことで、水がいっきに凍っていき赤黒い人型の表面も白くなっていく。その状態を苦にしていないようで、力尽くで抜け出そうとしているのか、表面がひび割れていく。
「よし。すぐに動き出すだろうから、さっさと弱体化いや劣化の魔法を使っちゃいなさい」
「あいよ!」
弱体化では操っているらしい死骸の方が脆くなるだけかもしれないと判断しビボーンは劣化の魔法を指示し、それに進は素直に応じて魔法を使う。
綺麗な銅の色だった玉が酸化したように艶を失っていく。
同時に赤黒い人型の動きも鈍る。
「どうなった?」
穴から出てこないことで近づいても大丈夫だろうと見たフィリゲニスが、穴から少しだけ離れたところから声をかける。
「今のところ動きをかぎりなく鈍くできている」
「今のうちに砕いちゃうわね」
ビボーンは壁を材料に石の玉を魔法でいくつも作って、核にぶつけていく。
核にヒビが生じ、その隙間から黒い靄のようなものがあふれ出てくる。
進たちは一瞬だけ靄が髑髏の形をとったように見えた。
「恨み憎しみ」
フィリゲニスが靄を見て言う。
三人から視線を受けて、靄にその感情が込められていると話す。
「なんというのか……ああ簡単だわ。封印されていた私と同じように魔力がそれらの感情を帯びている」
ただの思い付きだけど、と進が前置きして言葉を続ける。
「ワークドールが恨み憎しみを持ったことで封印されて、長年それが凝縮された?」
「それはないと思いたいのでありますが、特型壱号のように異常をきたしたのであればないと言い切れません」
リッカは同胞だったのかもしれないと思うと、悲しそうに核を見る。
「特型壱号と同じなら、私の魔力の影響を受けたのかもしれないわね。それで影響元の私を追った。追って私の魔力を食らい力を増そうとした」
「そう、なのかしらね。資料を見てみないことには正解はでないのかもね」
言いながらも魔法の制御を続けていたビボーンによって核はついに砕ける。
砕けたことで死骸の維持はできなくなったようで、黒い靄と一緒に死肉が穴からあふれ出し始める。
それに触れたくないと四人は穴から離れる。
この場を占拠するほどに死骸を凝縮していたわけではないようで、溢れる死肉はすぐに静かになる。
「核の回収は一応しておいた方がいいわよね? また暴れ出すかもしれないし」
「私は協力できないわよ。回収には死肉の排除が必要でしょうけど、そのとき魔力を吸収されて復活するかもしれないし」
「じゃあ私とススムでやるから、フィズとリッカは資料の探索をお願いできない?」
了解と言ってフィリゲニスとリッカはその場を離れていく。
残った進とビボーンは協力して炎の魔法で死肉を焼却していく。
焼け焦げた肉をゴーレムたちに部屋の隅へと運ばせて、穴の中には水と肉片と砕けた銅が残る。
魔法の水なので、ビボーンが消すと雫も残らず消えて、肉片と銅のみが残った。
「あの核に直接触れたら駄目だよな?」
「なにが起こるかわからないし触りたくないわねぇ」
というわけで土で鋤を作って、土で作った箱に欠片を入れていく。
とり逃しがないかしっかり調べて、二人で箱を持ってフィリゲニスたちを探して呼びかけながら歩く。
すぐにフィリゲニスの作ったゴーレムが二人の前に現れて先導してくれる。
たいして歩くこともなく、二人はフィリゲニスたちのいる部屋に到着した。
そこは棚が多く、紐綴じされた書類などが収められていた。その全部が無事ではなく、年月の経過で崩れたものも多い。
「核の回収終わったよ。たぶん全部回収できたと思う」
裸眼で発見が難しいほどの欠片の回収は無理なので、たぶんとつけざるを得ない。
「おつかれ。こっちは触れないものが多かったから少ししか調査は進んでないわ」
触れれば崩れる書類が多く、表紙などからタイトルや日付の判断をすることしかできていない。
それでわかったことは、なにかしらの人体実験が行われていたこと、リッカが稼働していた頃より三十年ほどあとの時代だということの二つだ。
「魔法を使って紙の質を上げてほしいんだけど、魔力は大丈夫?」
研究所という大きなものに魔法をかけたり、人型の核に魔法をかけたりして消費が激しいだろうと心配そうに聞く。
「そろそろ打ち止めだな。それでも三冊くらいには魔法をかけられるよ」
「だったら探せた範囲で一番日付が古いものと新しいものの二冊をやってもらいたいわ」
こことここだとフィリゲニスが場所を示す。
その二つに進が魔法をかけると、周辺の書類が崩れてしまわないようにリッカがそっと抜き出す。
まずは一番古いものをリッカが開き、読み上げる。
「ミレクテル暦、五の月、二十三日。対象、十歳少年。体の構造を知るため解剖を行う。細部にいたるまで把握するため、長時間の解剖記録が残る。記録は別の資料へ。解剖後の遺体は魔物の餌へ。同日。対象、白角猿。体の構造を知るため解剖を行う。細部にいたるまで把握するため、長時間の解剖記録が残る。記録は別の資料へ。解剖後の死体は人と魔物の餌へ」
そこでリッカは話すのを止めて、ページをめくっていく。
「しばらく様々な種族の解剖記録となっています」
人間と魔物の解剖記録だけかしらとビボーンが聞き、リッカは首を横に振った。
「動物も解剖していたようであります」
「ここでやっていたと事前に想像していたこととまったく違うことをやっていそうなのだけど」
硬い口調でビボーンが言う。ゴーレム関連の研究かと思ったら、ゴーレムのゴの字も出てこないのだ。嫌な感じしかしない。
最後まで解剖記録なのかとフィリゲニスが聞く。
ぱらぱらとページをめくっていき、最後の方でリッカの手が止まる。
「組み込み実験開始。対象、二十歳男。使用素材、ゴリオウグの上腕筋肉。人間の筋肉を取り除き、魔物の筋肉に置き換える。後日身体への影響と動作確認を求む」
その一文で、この研究所でやっていたことがわかる。
「……やっていたことはわかった。でもどうしてそれをしたのかわからないわね。この研究がどうしてあの人型の核に繋がるのかも不明」
フィリゲニスが言う。あの時代の人間がどうなろうと知ったことではないため、実験体への関心が薄い。
進はそうはいかず、当時のことを想像して顔を顰めている。
「これには載っていないかと。もう一冊を見てみます」
持っていたものを置き、もう一つの方を手に取って開く。
「経過観察対象、三十歳女。精神状態、従属。素材融合状態、良好。動作状態、良好。使用素材、大サソリの筋肉、砂漠トカゲの皮、雪狸の瘤。五日間飲まず食わずで生存。疲労軽微。このまま経過観察続行」
それを読み上げたリッカは、ページをめくっていき最後まで目を通してぱたんと閉じる。老若男女問わず、実験に使われており、死んだと短く書かれた者もいた。実験に使われたことに錯乱した者もいたようで処分という単語が何度か出てきた。
読み終わったその表情には悲しみが現れていた。
「最後まで似たような内容でした」
「人を改造してなにをしようとしたのかしらね。その時代にそこまでしなければいけないほどの異変があった?」
ビボーンの疑問に答えられる者はいない。
「わかることは、核につまっていた恨みといった感情は実験に使われた人たちのものだろうということ。また後日来て、調査続行かしらね。フィズ、魔物が入らないように封鎖をお願いできる?」
「わかったわ」
質を上げた二冊を棚の空いたところに置いて、四人は研究所から出る。核の放置はしたくないため、持って帰ることにする。
フィリゲニスが研究所入口を封じ、坑道からも出る。
帰る準備を行う前に、核を入れた箱を土で満たしたあと石で覆い、さらに進が石の質を上げて頑丈さを上げる。これでも安心せず、村にある特型壱号の皮で石の箱を覆って魔力の遮断を試みることにする。
村に戻った進たちはゲラーシーたちになにが起きたのか説明したあと、まだ調査するからあそこには近づかないようにと告げる。それにゲラーシーたちは頷いた。
感想と誤字指摘ありがとうございます