117 洞窟の調査
帰還を決めて皆で移動する。
ゴーレムたちも含めた移動は目立つことこのうえなく、その物音に魔物が集まってくる。
それらはフィリゲニスが操るゴーレムに体当たりされて踏まれてと一方的に蹂躙されていく。魔物たちも怪我を恐れないが、ゴーレムたちはそれ以上なのだ。数の差と暴力に押されて魔物は死んでいった。
そんな蹂躙でも抜けてくる魔物はいるもので、そういったものをナリシュビーたちが倒していく。
もうそろそろ出口だろうというところで、いくつもの物音が聞こえてくる。
「この音はもしかすると」
「嫌な予感しかしねえな」
新たに明かりを生み出したゲラーシーが出口方面へと明かりを飛ばす。
そこにはどこにいたのかというくらいたくさんの魔物がいた。それが光に反応したといった感じで、フィリゲニスたちへと迫ってくる。
これだけ大量の魔物に集られれば骨も残らないと最悪の予想が脳裏に浮かんだ。
焦ったのはゲラーシーたちで、落ち着いて対応したのはフィリゲニスだ。
「塞ぎなさい!」
フィリゲニスの声を合図にゴーレムたちが一斉に動いて一塊となって通路を塞いだ。
しっかり向こうとこちらを遮断したのを見てから、フィリゲニスが魔法を解除したことで馬型の土人形が残り、魔物たちの突撃を防ぐ。
「ちょっと派手に行くから、ここらを補修してちょうだい。生き埋めになりたくないでしょ」
「お、おう!」
土人形の壁の向こうからどんどんぶつかってくる音が聞こえてきて、そう遠からず土人形の壁が壊されることは簡単に想像できる。
だからフィリゲニスの要望に断ることなど考えず、ゲラーシーたちは急いで周辺の壁などに魔法をかけて強度を高めていく。
「さて坑道を壊さない程度に強力なやつはと」
風と水と火と純粋な魔力の攻撃は駄目と即座に却下する。風と水はこれらの魔物を坑道の外に押し出す可能性がある。火は酸素を燃やして酸欠の可能性がある。純粋な魔力は抵抗力を発揮して生き残る可能性がある。
ほんの少し考えてフィリゲニスは使う魔法を決める。
「岩よ石よ、頑丈なる大地の子、躍動し、噛み砕け。ロッククランチ」
坑道の壁などの岩を使ってすり潰すことにして、魔法を発動させた。
大きな臼歯のように形を整えた岩が何度も上から下から魔物に迫る。そして食べ物を細かく砕くように何度も何度も魔物たちをはさんで潰していった。
三十を超える咀嚼が終わり、岩が元に戻っていく。
再びゴーレムを操って坑道を進めるようになると、ゲラーシーたちは粉々になりもとの形を失った魔物たちを見た。
これを容易くやったフィリゲニスが頼もしくあり、少しだけ怖くもある。
全員が坑道から出ると、フィリゲニスは坑道を封鎖する。
「魔物たちが外に出てくるのを阻止したのか?」
「念のためね。おそらくだけどあれらはここを出ないでしょ」
「出ないか? あれだけ凶暴なら外に出ることなんか躊躇わないと思うが」
「あれだけの数がいて、洞窟に入る前からここらに魔物の姿がなかった。出入口はここだけではないでしょうから、少しくらいうろついていてもおかしくないはず。でも見なかったわ」
ゲラーシーたちが以前ここを調べたときもあれらは見なかったため頷く。
「それにあの魔物からは私たちを奥へと押し込もうって意思が感じられた気がする」
そうだったかとゲラーシーたちは首を傾げた。
「あれだけの数がいるなら挟撃できたわ。それなのに魔物たちが陣取っていたのは出口のみ。背後からは襲われなかった」
「あ、そういえば」
背後を警戒していたナリシュビーの一人が頷く。前方に気を取られがちではあったが、奇襲を警戒して背後も見ていたのだ。だが帰るときに背後からの奇襲は一度もなかった。
「ここは鉱脈としては使えないかもしれない。かといって放置するとさらに厄介事を生むかもしれないしススムたちを連れて一度調査したいわね。呼んでくるからその間にゲラーシーたちは得た銅や力の吸収に関して情報をまとめておいて」
「一緒に戻るんじゃだめなのか?」
「それでもいいけど、その場合は銅鉱石を一度ここに放棄することになるわ。その銅鉱石を追って魔物が村に来るかもしれないし」
確証はなにもないが、あの魔物たちは銅鉱石の持ち出しを禁じるために動いたとも考えられるのだ。
「銅鉱石は惜しいが、命の方がもっと大事だ」
「じゃあ帰りましょうか」
ゴーレム化の魔法を解いて、荷物をまとめてフィリゲニスたちは村へと戻る。
その道中でナリシュビーたちは力の吸収が起きていなかったと判断した。
強くなっているのなら以前と動きがわずかにでも変わっているはずだが、全速力で飛んだり、空中での素振りなどをやって体力や筋力の上昇が感じられなかった。
それを聞いてフィリゲニスは研究所が原因でなにかが起きているのだろうかと推測する。
家に帰り、出先でのことをフィリゲニスたちは進たちに話す。
特にリッカになにか知らないかと期待する部分があった。リッカたちの研究所に近いからだ。
「あのあたりに坑道ですか……ああ、たしかにありましたね。採掘量はそこまで多くはなかったと聞いた覚えが。しかし研究所に関してはなにもわからないであります。フィズ殿の時代に作られたのなら、なにかしらの情報は博士たちが得ていたと思います。私たちの時代にこっそりと作られたか、さらにのちに作られたのではないかと」
「フィズは研究所が怪しいと思っているのか?」
進に聞かれ、フィリゲニスは頷く。
「なんらかの影響を及ぼしていると思う。それを取り除けばあの鉱脈は使えるようになるんじゃないかしら。使えなくても放置はあまりしたくない場所ね」
「攻撃的な魔物の巣だものね。そこの魔物が増加するのはあまり良いことじゃないわね。私は調査に賛成よ」
ラムニー、イコン、リッカと賛成が出て、進も賛同する。
ラムニーとイコンが留守番で、進とフィリゲニスとビボーンとリッカが出ることになる。
リッカも行くのは、動かせる機械があるかもしれないからだ。
さっさと準備をして、ハーベリーたちに調査に出ることを告げて、村を出る。
坑道に到着した一行は、持ってきた食料が魔物たち漁られないよう即席の倉庫で馬車ごと保管して、封鎖した坑道の入口に向かう。
「ここよ」
「ぱっと見はおかしな感じはないわね」
ビボーンと一緒に入口と周辺を見ていた進とリッカが頷く。
「封鎖を解くわね。魔物はいないようだけど用心はしておいて」
そう言ってフィリゲニスは土砂を動かしていく。
暗い坑道から魔物が飛び出してくるようなことはなく、静かな暗闇が奥へと続いていた。
「先頭は私、中はススムとリッカ、後ろはビボーン。これで行こうと思うけど」
「いいよ」
戦闘に関してはフィリゲニスが一番だとわかっている進たちはすぐに頷く。
坑道に入って少し歩いて周囲を見ていたビボーンが言葉を発する。
「魔物いるのよね?」
「いたんだけどね」
不気味なまでに魔物たちの反応がない。
もう少し進んでも物陰から魔物が飛び出してくるようなことはなかった。
「魔物の巣でここまで反応がないって異常よ」
ビボーンが断言した。
「フィズがたくさん魔物を倒したようだし、ここは危ないと判断してどこかに行ったとかはないの?」
進の言葉をビボーンは首を振って否定する。
「人間に無謀な者がいるように、魔物にだってそんなのはいる。逃げていったとしても、少しくらいは残るものよ」
「過去こういった現象は起きたことあんの?」
進が聞き、フィリゲニスたちは考え出す。
「古いおとぎ話で、並外れて強い魔物がやってきて魔物も獣も皆逃げ出したというのがあるけど」
ビボーンの次にリッカが、強力な魔物避けの薬を散布して魔物の姿がなくなったという話をする。
「私も知っているのはその二つくらいね。ここには薬の匂いはしないし、強い魔物の気配もないのだけど」
「となると別の理由で魔物が姿を見せなくなっているということか。やっぱり研究所なのかねぇ」
もう一度透視で坑道の内部を確認しておこうとフィリゲニスが魔法を使ってすぐに異変に気付く。
「研究所周辺がぼやけるわ」
「前は見通せたんだよな? ほかのところは問題ないのか?」
進の疑問にそうだとフィリゲニスは頷く。
銅鉱石を掘ったところははっきりと見えるのだが、研究所周辺はモザイク加工されたようになにがあるのかさっぱりだった。
明らかになにかありますよという状態だ。
「研究所に人がいて、なにか大昔の機械を動かしたのか?」
「前見たときは研究所に人はいなかったわ。小型の動物や虫ならともかく、人間が出入りできる状態じゃなかったしね」
「だったら廃墟の中枢機械のように、なにかのきっかけで作動した機械があるのかもな」
「ありえますね」
特型壱号のように魔力を吸収するタイプだったりしたら、フィリゲニスの使った魔法の魔力に反応し起動した可能性があるだろう。
このまま警戒を維持してフィリゲニスの案内で研究所を目指す。
相変わらず魔物の動きがないまま、そろそろ到着するとフィリゲニスが言う。
「嫌な臭いがする」
ふわりと血や体液の混ざった臭いが鼻に届いて進が顔を顰め言う。
全員がそれを感じ、さらに歩を進めると、魔物たちの死体が散乱している場所に到着した。
そこは行き止まりのように見える小さな空間で、十畳ほどの広さだ。
床いっぱいに魔物たちが積み重なって死んでおり、足の踏み場もない。そしてわりと最近死んだもののようだ。
「ちょっと掃除するわね」
フィリゲニスが魔法を使い、床の端に穴を開けて、そこに念動力で死体を放り込んでいく。
すぐに床が見える状態になり、目の前の壁を指差す。
「そこが研究所への入口。鍵なり合言葉なりあるんだろうけど、そんなものわからないから力尽くで開けようと思う。リッカがどうにかできるなら力尽くは避けれそうだけど」
「無理であります。そこが扉になっているのはわかるのですが、フィズ殿の言うように鍵などが必要なのだと思います」
進の目にはなんの違和感もない岩肌の壁にしか見えず、ビボーンにわかるか聞く。ビボーンもわからなかったようで首を横に振った。
「こんなふうに入口が隠されているなら、ここに入口があると知らないと見つけられないわね」
リッカはこういった隠し扉があると知っていて、馴染みのある技術が使われているので見抜くことができたのだ。逆に近代の技術で隠された扉なんかは一目で見抜くことはできないだろう。
「私も透視を使ってなければ、気づかなかったでしょうね」
そう言いながらフィリゲニスは壁へと魔法を使い、岩をゴーレムに変えて穴を開けた。
感想と誤字指摘ありがとうございます