115 プレゼント3
耳掃除に必要なものを持ってやってきたラムニーに、進は組紐を見せる。
「これは?」
「結婚の証だ」
フィリゲニスにしたものと同じ説明をする。
「そういった風習があるんですね」
珍しさと嬉しさが半々といった様子でラムニーは組紐を受け取る。手の中にあるそれを見るラムニーの表情は柔らかく微笑んでいた。
「フィズが上機嫌だったのはこれをもらったからですか」
「そうだね。ずいぶんと喜んでくれた」
「私も嬉しいです。これは髪を結ぶかブレスレットかアクセサリーになるのでしたか。私は髪をどうこうするには長さが足りないと思いますし、ブレスレットでしょうか」
腕につけようとするのを進が手伝う。留め金がないので、普通に結ぶ。
左腕でつけられたそれをラムニーはいろいろな角度から見ていく。嬉しそうで飽きることがない様子だ。
「あ、耳かきをしないと!」
「いや、それを渡すための口実だからしなくてもいいんだけど」
「最近やってなかったしやりますよ」
ラムニーはベッドに座り、ほらと太腿を叩く。ニコニコとして手招きしてくるので断るものも申し訳なく思い、進もベッドに移動して、頭をラムニーの太腿に載せる。
いつも丁寧に耳掃除してくれるが、今日はことさら丁寧に耳かきを動かしていく。そしてたまにくすりと笑う気配がある。
両方の耳を掃除し終えて、進は体を起こす。
「ありがとう」
「いえ。いけませんね。これが視界に入るたびに嬉しくなってしまいます。嬉しさからうっかりミスしないようにいつもより丁寧にやるのを心がけました」
「ああ、それでか」
「しばらくは注意してないとミスしてしまいそうです」
言いながらちょんちょんと右の指で組紐を突く。
そのラムニーにイコンに渡すまで外しておいてほしいと頼む。
「わかりました」
外した組紐をフィリゲニスと同じように丁寧にポケットに入れる。
リビングに戻ったフィリゲニスも上機嫌で、残るイコンが少しばかりそわそわとした感じで進を見ていた。
そうして夜になり、イコンと一緒に進は部屋に戻る。
「おまたせと言った方がいいのか」
そわそわとしているのは進も気付いていて、少しだけ申し訳なく思いつつ組紐を見せる。
「これをプレゼントしたいんだけど、その体につけることはできないよな?」
「二人が上機嫌になったのはこれをもらったからか」
「そうだね。喜んでもらってほっとしているよ」
「わしももらえるなら嬉しいのう。一時的になら持てるから渡してくれるか」
どうぞと差し出すとイコンはそれを指で持ち上げ眺める。
「枝に結び付けてもできるだけ違和感のないものをってことでそれにしたんだ」
「ほう、枝にか。でもそれだと雨にさらされて劣化が早まるのう」
「ぼろぼろになったらまた作るけど」
「もう一度作るからといい加減な扱いはしたくないな。先のことになるが本体に持って帰って、樹液で固めて保管するか」
「あげたものだし好きにするといいと思うけど、そこまで大事にしてくれるのは嬉しいね。それまで俺が預かっておく?」
「そうしようか……いやその前に一度枝に結んでくれるか?」
今からやろうということで二人で部屋を出る。組紐は進が受け取っている。
イコンにも渡したことで隠さなくてもいいので、イコンの組紐を持ったまま外に出る。
裏庭に移動して、春が来て青々とした葉をつけた大妖樹に組紐を結び付ける。
「これでいいか」
「うむ、ありがとう」
そう言うとイコンは一度木の中に戻って、すぐに出てくる。
その手には枝に結ばれた組紐が握られていた。
「魔力で同じものを作った。これならわしも使うことができるぞ」
うきうきとした雰囲気を放ちつつ言う。
「おー、枝に結んでいる方は俺が預かっておくってことでいいのか?」
「うむ」
結んだ組紐を解いた進にイコンはどう使ったらいいか聞く。
「フィズはリボンの代わりにしたし、ラムニーはブレスレットにした。イコンは和服に似た感じだし、帯につけるのもありかもな」
几帳結びにした組紐をイコンの帯の腹や腰あたりにあてる。
「うちの国にはこんな感じで組紐を飾りとしてつけることがある」
「ほうほう。それでいくか。最初から手順をみせてくれるかの」
頷いた進は一度解いて最初からゆっくりと手を動かしていく。それに合わせてイコンも魔力でできた組紐を動かしていく。
瓜二つの几帳結びができて、それをイコンは帯の腹あたりにくっつけた。手を放しても地面に落ちることなく固定されている。
それを見てイコンは、うんうんと嬉しそうに頷いている。
「そういや出来上がったものを見て、ぱっと作ることはできないのか? 組紐自体はそうしただろう」
「できる。じゃがお主からもらったものを再現したのだから、楽ばかりせず少しは手間をかけたかったのじゃよ。それに一度手作業した方が再現性は高い。ぱっと見て作ったこれの外見はそっくりじゃが、中の繊維までは再現されておらん」
自身の手で几帳結びしなければ、影になっている部分などに違和感が生じていたのだ。
初めて浴衣を魔力で再現したときも、細かな部分が甘く違和感を生じさせていた。それを時間をかけて修正していって、現状の違和感のない服に見えるようになっているのだ。
再現した組紐や浴衣の話などをしていき、そのまま時間が流れ、イコンは木に戻り、進は部屋に帰っていった。
翌朝からフィリゲニスたちはもらった組紐を身に着けて生活を始める。進も8の字結びした組紐をベルトループに結びつけていた。ビボーンとリッカもプレゼントされたそれをブレスレットにしたり、エプロンの飾りとして使っていた。
何人もその組紐を目にすることになり、そろいの色合いということにも気付く。
どういったものなのだろうかと疑問を抱いた者もいて、その中の一人であるルアが聞く。
「結婚相手や世話になっている人にあげたものですか」
「そうだ。俺の故郷の風習に結婚相手とそろいのアクセサリーを持つというのがあってな。それを思い出したんで、妻や特に世話になっているビボーンたちにプレゼントしたんだ」
「アクセサリーというと指輪とかが一般的だと思うんですけど、組紐というものを選んだことにも意味はあるんですか?」
「ここだと金属や木は手に入りにくいだろ? だからあれになったんだ」
「そうだったんですね」
この話はルアからほかの人に広がっていき、それを聞いたとある四人が進を訪ねることになった。
結婚の報告にきた島から移住者夫婦とリュンとエトワールだ。
夕食後にやってきた四人をリビングに招き入れる。
「用事ってなんだ? 夫婦生活でなにか不都合でも?」
四人に共通する部分はそこだろうと聞く。
「いえ、そこにはなにもとは言いませんが、大きなトラブルなくやれています」
リュンが答え、残り三人は頷く。一緒に暮らし始めて、これまで見えなかった部分も見えてきて、より相手を知れることを喜んだり、そこは直してほしいという意見もでたりしている。
だが喧嘩別れするほどのことでもなく、夫婦としての仲は深まったと言えるだろう。
「今日訪ねてきたのは組紐というものについて聞きたかったからです」
「どんなことが聞きたいんだ。あれは特別なものじゃないぞ。作ろうと思えば誰だってできる。虫人たちは作っているしな」
「夫婦としての証として使っているとルアさんから聞きましたの」
エトワールの言葉にその通りだと進は頷いた。
「それを聞いて私たちもほしくなり、ただ作るのではなく夫婦の証として特別な作り方があるのか聞きにきたのです」
「そういうことか。特別な作り方というのはない。俺は髪の色に近い糸をもらって、それで組紐を作った。そっちも髪や目の色に合わせて作っていけばいいと思うぞ。自分たちにとってそれが証なのだとわかっていればいいんだ。互いの組紐を、それぞれが作ってやればそれっぽいと思う」
こくこくと頷いた四人は、そうすると言って頭を下げてナリシュビーたちの家に向かった。
ナリシュビーたちから紐をもらい、作り方を習って、互いのために組紐を作っていく。
出来上がったものをパートナーからプレゼントされて、夫婦たちはそろいの組紐を身に着けるようになる。
こうして夫婦になった者たちは手作りの組紐を贈り合うという一つの風習がこの村に生まれた。
組紐は夫婦の証としてではなく、ディスポーザルの特産品としても発展していく。
ナリシュビーたちが趣味の一つとして模様の研究を行い、それをベルトなどに使ったことでローランドたちやシアクたちも目にすることになった。
これまではなかったものに興味を引かれ、どういったものか聞き、さらにそれを結び方によってさまざまな形のアクセサリーにできるということも聞いた。宝石や金属や木製ではない新たな装飾品の登場には強い関心をもった。
試しに何本かの注文があり、進はナリシュビーたちにできるかどうか聞いてから、注文を受けた。
本格的にアクセサリーにするならトンボ玉も組み込みたかったが、トンボ玉の作り方までは知らないのでナリシュビーたちに話すだけですませる。
そうして現状できたものが矢羽根と斜めストライプとギンガムチェックのものであり、それらがローランドと水人族の王にまで届く。
ローランドには遊びにきたときに完成品を渡した。
「これが話に聞いていた組紐というものか」
「そうなります」
丸打ち一本と平打ち二本をローランドに見やすいようにテーブルに置いている。
「この村でこういった装飾品が生まれることになるとは思っていなかったな。特産は新たな料理か遊びだと思っていた」
「俺の故郷の工芸品を虫人たちが再現してくれました。俺がそこまで覚えていなかったので、模様はまだまだ少ないんですけどね」
「今後も増えていくのか」
「増えるでしょうけどその速度は遅いでしょうね。今のところは虫人の一部が趣味として研究しているので」
装飾品は必需品ではないので、どうしても優先順位は低くなるのだ。
「妻たちも興味を持っていた。今後も注文していくかもしれない」
「でしたらこちらからは紐を何色か注文しましょうか。模様はまだ少ないですけど、色を変えることで見た目がかわり種類が増やせますし」
「わかった。ガージー、そういうことで頼む」
食べ物のレシピのように作り方を聞く気はなかった。料理はいつでも食べたいものだが、こっちは常に欲するものではない。それにこの村の主力産業になりうるもので、それを奪うような気はなかったのだ。
「良い紐を準備しておきましょう」
ガージーが頷く。貴人が使う装飾品としてはまだ荒い部分はあるが、今後の発展を見越して投資の意味も込めて良い紐を準備するつもりだ。
多めに準備するかわりにとガージーが飾り結びを教えてもらいたいと言うと、進は頷いた。
几帳結びのほかに、なんとか吉祥結びとあわじ結びも思い出せていた。
イコンにも教えており、イコンはその日の気分で結び方を変えていた。
「俺が思い出せたのがそれだけで、ほかにもありました。新しい飾り結びも今後開発されるかもしれません」
「そのときはまた教えてもらえると助かる」
水人族での評価もローランドたちと似たようなもので、今後の発展に期待していた。
彼らも組紐の発展のため、交易品に水人族が作る紐を追加することになった。
それは水生の魔物が吐き出す粘液を糸に加工したもので、陸地の糸とはまた違った感触や色合いの組紐ができるようになる。
先のことだが両方の糸を使った組紐も作られて、特産品や交易品として十分な品物へと発展していった。
感想と誤字指摘ありがとうございます