113 プレゼント 1
『いつもあなたのそばにファミリーショップ♪』
以前は当たり前のように聞いてたテレビのCMを聞いて、進は「あ、これ夢だ」と自覚する。
懐かしさを感じながら、周囲を見ると住んでいた家のリビングだとわかる。
カーテンを開けた窓からは陽光が入ってきて、リビングを明るく照らす。テレビからは今もCMが流れている。
自身は見覚えのあるスウェットにジーンズ姿だ。
リビングに両親の姿はなく、大学時代の日常を夢見ていたようだった。
久々に両親との会話ができるかもと意識すると、いつのまにか父がソファに座ってリラックスした様子で新聞を読んでいて、エプロン姿の母がキッチンでお茶を入れていた。
もう少し夢が覚めないようにと思いつつ、進もソファに座る。
「進ももう大学生か。時間が過ぎるのは早いもんだ」
「そうですね。ついこの間まで小学生だと思っていたのに」
新聞をテーブルに置きながら父が言い、母が三人分のお茶をテーブルに置きながら同意する。
「大学生活は楽しんでいるか?」
「楽しいよ。友達もそれなりにいるし、一緒に遊んでいる」
事実大学時代は楽しく過ごしていた記憶がある。注意してくれる人がいなかったので、勉強はやや放置気味だったが。
「遊んでばかりじゃダメよ。しっかり勉強もしないと」
「わかってるよ」
実際はこういったことは言われていないが、両親が生きていたら言われていたのかもなと思う。
「彼女とかできたりしたのか?」
大学時代はそういった存在はおらず、いないと答えようとしたが、母が先に口を開いた。
「仲良くやっている子が三人いると聞いたわ。その中に彼女がいるんじゃないかしら」
「ほう、三人もそういった存在がいるとなると寂しい青春にはなりそうにないな」
現実と情報が混ざったのかと進は内心首を傾げた。
「どういった子たちなのか聞いているのか?」
「年上と年下二人だったかしらね」
「そんな感じ」
イコンは外見が適応されたんだなと思いつつ頷いた。
『結婚指輪はアストランルゼで』
テレビから宝石店のCMが流れる。
それを聞いて母が自身の指にはまっている指輪に触れる。
「いつかはその三人の誰かに婚約指輪を贈ることになるのかしらね」
「そうかもなぁ。どんな子を連れてくるのか楽しみだ」
「仲良くやれるかしらね」
「嫁姑問題なんてやめてくれよ」
笑いながら未来を語る二人を見ていると、周囲から色がどんどん抜けていく。
ああ夢が覚めるんだなと進は二人に聞こえるように口を動かす。意味のないことかもしれないが、夢の中の登場人物であっても伝えておきたかった。
「幸せだから。いろいろな人に助けてもらって楽しく過ごしているから安心してくれ」
急な発言に両親は驚いたあと安心したように微笑む。
死んだ二人が本当に安心してくれたようで、進はほっとしながら両親の姿を目が覚めるまでじっと見ていた。
夢から覚めて進は体を起こす。
昨夜はイコンと一緒に過ごす日だったので、隣には誰もいない。
身支度を整えつつ、夢を思い返す。
久々に両親を見ることができて、言葉も交わせて、良い夢だった。
忘れないようにはしているが、それでも時間の流れで薄れていくもので、はっきりと両親の容姿と声を思い出せたのは嬉しいことだった。
「指輪か」
夢の最後の方で流れていたCMについても思い出す。
「そういった類のものをあげてなかったはず……渡したいな。たしかかなり前の探索で指輪を回収した、いやいや他人の指輪をあげるのは違う気がする」
指輪を作ろうにも材料がそろいにくい。村のノームが金属製のなにかを作ったという話を聞かないので、銅鉱石や鉄鉱石などが見つかっていないか少ない量しかとれず溜め込んでいるのだろう。
隠れ里に行けば金属の鉱石は手に入るだろう。しかし一人で行くのは無理だ。
どうせならこっそり準備して、驚かせたいという思いがある。隠れ里に行こうと言うと理由を言わないといけない。だがちょうどいい理由がない。
村で準備できるなにかを指輪かわりにできればと考えながらリビングへと向かう。
「おはよう」
声をかけるとイコン以外がそろっていて、挨拶が返ってくる。
食事の準備は終わっていて、リッカがテーブルに運んでくる。
朝食を食べながらもなにを贈ろうかと考えている進に、フィリゲニスたちは首を傾げる。
「なにか悩み事かしら。村で特に問題は起きてないわよね」
フィリゲニスにそう聞かれて、進は違う違うと首を振る。
「ちょっとした考え事で問題が起きたとかじゃないよ」
考え事はひとまず置いておくとして朝食を食べることに集中する。
朝食後、いつものように畑に行って作業しているときにも進が不意に考えに耽る様子が見られる。
やはりなにかしらの問題がとフィリゲニスやラムニーから聞かれるが、なんでもないと進は返す。
本当なのだろうかとフィリゲニスたちは心配そうにする。これまで隠し事をするようなことはなかったのだ。
そういった思いに気づかず、進は夜になってビボーンに部屋に来てもらう。
リビングに残ったフィリゲニスたちは気にするように歩いていくビボーンの背を視線で追う。
「なにを話すのか気になるわね」
「そうですね。村に問題は起きてないんですよね?」
ラムニーが確認するようにフィリゲニスとイコンに聞く。
二人とも噂程度でも問題が起きているとは聞いていない。
「リッカはなにを悩んでいるのか気づいているかしら」
「私でありますか? おそらくこうじゃないかという予測はできています」
「え? 本当に?」
「おそらくですよ、確信はありません。それが当たっているなら心配しすぎる必要はないですなー」
研究所で過ごしていたとき、夫婦や恋人という人たちがそばにいて、サプライズプレゼントを計画したことを思い出している。それが浮気などと勘違いされて、ひと騒動ということはあったのだ。そのときと似た感じがしていた。
「悪いことをしているわけではないと思いますし、しばらく様子見でいいと思います。私からビボーン殿に聞いておきますから、三人はいつも通りにしていてください。問題あるようならば三人にも知らせるであります」
「私たちからビボーンに聞いちゃ駄目なの?」
「予測が当たっているなら、それは避けた方がいいと思います」
そうかと一応納得し問題あるようなら教えてと念押しする三人に、リッカは頷く。
リッカもサプライズであってほしいと考え、残っている家事をやり始めた。
ビボーンと自室に戻った進は早速プレゼントに関して相談する。
「俺の故郷だと結婚したらそろいの指輪を身に着ける風習があるんだけど、こっちはそういった風習ってある? プレゼントしようかなって思っててさ。今日一日考えてて、なにも思いつかなかったんだよね」
「考えていたことってそれだったのね」
悪い方向に深刻なものではなく安心したと小さく溜息を吐く。
「故郷の夢を見てね。そのときの内容の一部が結婚についてだったんだ」
「なるほどねぇ。こっちは結婚してそろいの指輪をつけるってことはないわね。結納品を贈り合うくらいかしら」
「そっかー。なにかプレゼントするヒントになるかなって思ったんだけど」
「ススムの故郷では指輪だったかしら、ノームに頼めばなんとかなるかしらね」
「金属製のなにかを作っている様子がないから、まだ無理なんじゃないか?」
「それもそうね。なにか代わりになるような贈り物とかある?」
「ネックレスとかやっぱり金属製品かな」
「金属製以外の装飾品を贈ればいいと思うのだけど、ただ装飾品を作れるかどうか」
「作れるかどうかはおいとくとして、金属製品以外の装飾品ってどんなものがあるかな」
「革のネックレスやブレスレットやチョーカー、木製のアクセサリー、あとはリボン」
思いくままに例をあげていくビボーン。
進はそのどれもが自分では作れないなと肩を落とす。
「革加工の仕方は知らないし、木は貴重品、リボンも裁縫技術がないよ。グルーズたちに革加工を習うにしても装飾品への加工技術を持っているかどうか。リボンならなんとかできるかもしれない。でもラムニーはリボンを必要としないような?」
「あら、あれくらいの長さでもリボンは使えるわよ。どちらかというと問題はリボンに向いた生地がないことじゃない? 生地を作っているナリシュビーたちを見ればわかると思うけど、染色技術は高くないわ。あの色がフィリゲニスとラムニーの髪の色に合うかと言われたら疑問なのよね」
「イコンを抜かしたのは?」
「イコンって装飾品を贈っても意味あるのかしら。触れることはできると思うけど、身に着けることはできるの?」
「どうなんだろ。でもイコン一人だけ贈らないってのもな。本体である木に結び付けるか」
「木にリボンっていうのもシュールよね」
そうだなと進も頷く。木に結んで違和感がないものはと想像し、ロープがすぐに思い浮かんだ。
すぐにないなと進は首を振る。プレゼントにロープなどリボン以上にシュールだった。
木に結んでも違和感のないものと考えていき、クリスマスツリーが思い浮かんだ。進の中で木を飾り付けるという意味では違和感はないが、こっちにはクリスマスはない。イコン本人やフィリゲニスにとってはわちゃわちゃとくっつけているだけになるだろう。
さらに考えて、飾りというわけではないが注意などの情報を残す意味で紐や布を結び付けることはあったと思い出した。
「紐か……なにかひっかかる」
紐でなにかいいものがあったようなと思い出そうとする。
紐という響きで連想できるものですぐに浮かんだのは、お金を稼がず女に頼る男だった。だがこれは違うと否定する。
紐の使い道でどうこうではなく、別のなにかが引っかかったはずだと考えて、ふと閃いた。
「組紐だ!」
「くみひも?」
「数本の糸を組み合わせて作る紐のことで、リボン替わりに使ったり、おしゃれの一部に使えたんだ。あれなら家庭科の授業で作ったことあるし、少しの準備でどうにかなるはず」
木にリボンを結ぶよりは組紐の方がまだ違和感もないはずと思う。
「よくわからないけど、いいものが思い浮かんでよかったわね」
「ありがとう。準備段階でビボーンに作ってもらいたいものがあるんだけどいいかな」
組紐ディスクの形を説明し、石で作ってもらうことにする。
「三人に作ったあとだけど、ビボーンやリッカにも作るよ。二人にも世話になっているしね」
「あら、ありがとう。楽しみにしているわね」
二人は部屋から出てリビングに戻る。
すっきりとした進の様子を見て、悩み事は解決したのだろうとフィリゲニスたちもほっとした様子を見せた。
進たちが寝るために部屋に戻り、ビボーンとリッカだけがリビングに残る。ビボーンも部屋に戻ろうとしたのだが、リッカに止められたのだ。
そこで相談内容について尋ね、やはりプレゼントに関連したことだったのだなとリッカは安堵する。
「詳細は避けて、三人に説明しておいた方がよいと思いますが、どうでしょう? ススム殿はこれからプレゼント作りにこそこそとするでしょうから、三人はその様子に不安を感じると思うであります」
「そうね……驚かせたいからこそこそとしているとだけ伝えておいてくれる? 詳細を語らなければ大丈夫だと思うわ」
ではそのようにとリッカは頷いた。
感想と誤字指摘ありがとうございます




