112 高校生三人 遭遇3
「この程度ではなんともならんか!」
急降下してきたリベオの軌道上から移動し、バーンズは矢筒から矢を抜く。
「どうしましょうかっ」
隣に立つ淡音が矢を撃ちながら聞く。
「奇襲の時のようにしっかりと準備する時間があればダメージを与えられるだろう。あのときの攻撃はまずいと感じたから避けたのだろうしな」
「何度も頭上から攻撃されては準備なんてできませんよ」
「準備できればどうにかなるんだな? だったら!」
話を聞いていた琥太郎が動く。
なにをするのか問う前に琥太郎は、ほかの木に寄りかかる倒れかけの木を駆け上がっていく。
「琥太郎!?」「お兄ちゃん!?」
皆が見る中、琥太郎は幹を蹴って途中にある枝をさらに蹴って高く飛び、降下を始めたリベオへと向かっていく。ゲームで魔物にしがみついて攻撃するという場面を思い出し、勢い任せで実行したのだ。
これにはリベオも少しばかり驚いたようで、動揺した雰囲気が放たれた。
そのおかげか降下の速度が緩む。しかしまとった風が琥太郎を押し返そうとする。
「げっ、まずっ!?」
まずいと思った琥太郎は必死に手を伸ばして、リベオの腹の体毛を掴む。なんとか抱き着くことに成功し、ほっとしてそのまま背中へと移動しようと動く。
琥太郎が不快なのか、降下を止めたリベオは空中で暴れる。振り落とそうとする様は、まるでロデオのようだ。
「今のうちに準備するぞ」
「でも準備できてもお兄ちゃんに当たるから攻撃できないですよ!」
「こっちの準備時間を稼ぐためにグリフォンにとりついたんだ。準備ができたら離れるだろうさ」
さすがに自分もろとも撃てとは言わないだろうと、バーンズは琥太郎とリベオの様子を窺いながら矢に魔力を込めていく。淡音もそれに続く。
離れるとしても高所からの落下になるだろうと心配し準備ができないでいる桜乃に、兵の一人が提案する。
「自分が落下タイミングに合わせて下から強風の魔法を使います。それなら衝撃を和らげることができるかと」
「それなら……おねがいします」
「おまかせくださいっ。勇者様をこのようなところで死なせるわけにはいきませんからね」
兵は力強く答えて、リベオの真下へと走っていく。
桜乃は兵を信じ、強い攻撃魔法の準備を整える。
琥太郎が稼いだ時間でそれぞれがやれることをやっていく。
上空でのロデオはまだ続いていたが、やがて琥太郎がしがみつくだけでなにもできないことを理解するとリベオは攻撃のため急降下の準備を始める。
琥太郎はしがみつくだけではなく殴りつけて攻撃していたのだが、不安定な状態での攻撃など意味はなく体毛に衝撃を吸収されるだけになっていた。
「準備は整ったか?」
琥太郎は地上を見下ろし、そろそろかと呟く。
「準備を整えたところでさほど脅威ではないがな」
「へ?」
呟きに返事があり、琥太郎は驚く。
「もしかして話せるくらいには知性があるのか!?」
「話せる魔物など珍しいものでもなかろうよ」
そういった魔物がいることは神殿で聞いたことはあるものの、実際に遭遇すると驚きが勝る。そのせいで琥太郎の体から力が一瞬抜けた。
それを察したリベオは体を震わせて琥太郎を振るい落とす。
「うわ!?」
空中に放り出された琥太郎は浮遊感に包まれて、どうにか枝を掴めないかと周りを見る。
地上まで三十メートルほどだ。鍛えたとはいえこの高さからの落下は洒落にならない。
掴めるようなものはそばにはなく、受け身ではどうにもならないとかなりの痛みを覚悟したとき真下から強い風が吹いた。
落下速度が減じて、地面を見る。そこに世話になっている兵の一人がいた。
琥太郎がほっとしているタイミングで、リベオは地上へと急降下を開始していた。さきほどと同じく風をまとって自身に矢を向けてくる地上の人間へと狙いをつける。
そこに雷が迫る。雷は纏う風の多くをはぎとって、次に魔力を込められた矢が淡音から放たれた。
その矢は残る風を突き抜けてリベオの顔に迫る。
「ウオンッ!」
迫る矢をリベオは声に魔力を込めて吠えて音をぶつけて弾いた。
そして本命だとこれまでで一番魔力のこもった矢がバーンズから放たれた。
これがあると魔力の動きから察していたリベオは額に魔力を集めて真正面から迎え撃つ。
一瞬バーンズの矢とリベオは拮抗し、リベオが頭を振って矢を弾き飛ばした。
「あれを受けても無傷か」
悔しげにバーンズは言う。全力ではないが、自信のある一撃だったのだ。
実は無傷ではないが、出血させるには至らない一撃だったのも事実だ。
「俺を倒すにはまだまだ威力が足らん」
「話せるのか。どうしてこの森で暴れる」
もっと威力の高い一撃を放つ時間稼ぎになるかと思いつつ聞く。
「通常の魔物よりも強そうな魔物がいたからな」
「それだけなのか? 縄張りを増やそうというわけでは」
「そんなつもりはないな」
「だったら強そうな魔物を配下にでもしようとしたのか」
「それも違うな。ただ戦い強くなることを求めているだけだ。目的は果たしたし、お前たちもさほど強くはなかった。この場を去れというなら去ろう」
奇襲されたことの仕返しではなく、強い相手との戦闘経験を求めてバーンズたちと戦ったのだ。
バーンズたちは期待外れだったと言われ悔しい思いを抱くが、挑発かもしれず冷静を保ち会話を続ける。
「なぜ力を求めるっ。それだけ強ければ大抵の魔物には勝てるだろう!」
「そこらの魔物に勝ったところで意味はない。目的は魔王であり、その側近だ」
「は?」
「一度負け、いまだ勝てるとは思わん。ゆえに力を求める」
魔物が魔王討伐を目指すということと、これだけの強さがあって勝てないという二重の驚きがバーンズたちを襲う。
「ではな」
もう話すこともないとリベオは上空に飛んでいき、ある程度の高さにいくと南へと飛んでいった。
戻ってこないことを確認し、バーンズたちは気を抜く。
「魔王って思った以上に強いのですね」
空を見上げたままの桜乃が言う。自分たちが勝てなかった相手に勝ったのが魔王と知り、その強さの一端を知ることができた。
「魔王だけではないようだ。側近にも負けたような口ぶりだった」
「今のままだと魔王にもたどり着けずに負けるということですか。まだまだ頑張らないといけませんね」
日本に帰りたいのだから魔王に負けられない。そのためにはもっと努力が必要だと桜乃は小さく頷いた。
警戒を解いて桜乃は淡音と一緒に琥太郎の無事を確かめる。
高所からの落下だったが、風のおかげで軽い打ち身ですんでいた。
「魔王関連の情報を知りたいからあのグリフォンとはまた会いたいな」
「話してくれるだろうか?」
バーンズの言葉に、兵に支えられたガゾートが聞く。
「聞けば答えてくれそうな雰囲気はあった。ガゾートは体は大丈夫か?」
「なんとかな。骨折とかはないだろう。少し休めば治るはずだ」
「だったら明日明後日で森の調査をするから、その間村で休んでおけばいいだろう」
リベオが黄角猿を蹴散らしたが残党が残っている可能性もある。調査は必要だった。
「今日は皆疲れているだろうから帰ろう」
「黄角猿のボスの死体だけは持って帰ろうか。死んだ証拠になる」
とりまきの死体までは現状では回収不可能なので、皆でボスの死体を持って森を出る。
森の外では傭兵たちが森を警戒していた。琥太郎たちの持つ黄角猿のボスの死体見て、無事倒せたのだなと喜ぶ様子を見せる。
「倒したのは俺たちじゃないんだ。森からグリフォンが出て行くのを見なかったか? やったのはそれだ」
「南に飛んでいくなにかは見たが、グリフォンだったのか。なにしにきたんだろうな。黄角猿がちょうどよい餌だったとか?」
「強そうな魔物がいたから挑んだと言っていたぞ」
「会話したのか?」
バーンズは頷いて黄角猿たちの声を聞いたところから簡単に話していく。
「魔王に魔物が挑むのか」
困惑したように言う傭兵。戸惑う気持ちはわかるとバーンズは頷いた。
「ボスが倒されたあと黄角猿たちはいくらか逃げたんだが、こっちには来たのか?」
「来たぞ。二匹ほどな。それくらいなら問題なく倒せて、死体は村に運んだ。そっちのボスも運べば依頼達成したとわかってくれるだろう」
そうだなと頷き、見張りをしている傭兵たちと別れて、村に入る。
大きな黄角猿を持ったバーンズたちは目立つ。そしてボスだと一目でわかる大きさの黄角猿が死んでいるのを見て、村人は喜ぶ。
その騒ぎを聞いてコランダーも家から出てくる。
「おお、群れのボスを倒してくださったのですね」
「それに関して少し話がある。悪い方向の話ではないから安心してほしい」
支えられたガゾートの言葉にアクシデントかと顔色を変えたコランダー。それを見て問題のある話ではないとガゾートは付け加えた。
「先に言っておくと依頼は達成だろう。だが逃げた黄角猿があの森に帰ってくる可能性があるので、あと二日くらいは村に滞在して、森の見回りを行うつもりだ」
「それはありがとうございます」
「解決したと宣言して皆を安堵させてやってくれ、話はそのあとにしたいと思う」
コランダーは頷いて、群れがいなくなったことを大きな声で皆に知らせる。
死体を見て終わったと思っていた村人たちは、本格的な宣言で安堵し喜ぶ様子を見せる。
琥太郎たちが倒したわけではないが、新たな魔物が暴れたと正直に言うとさらなる不安を与えるだけだろうと、誰が倒したのか言わずにボスが死んだことだけを告げた。
その知らせのあとバーンズがコランダーとともに家に入る。ボスの死体の処理は琥太郎たちに任せ、兵と一緒に運んでいく。ガゾートは支えられたまま宿に戻る。
「さて森であったことだが、グリフォンという魔物が黄角猿たちを蹴散らしていた」
村長であるコランダーには本当のことを話した方がいいだろうと、バーンズは森であったことを話す。リベオが魔王に挑むという部分は知らなくてもいいだろうと飛ばした。
「言葉を解す魔物が黄角猿を?」
「ええ。新たな縄張りにしようといったことではなく、ただ通りすがりの魔物だったようだ。俺たちとも少し戦闘したが、ある程度戦うと去っていった」
「戻ってくるようなことは?」
「ここに強い魔物が現れたらまた来るかもしれないが、今の目立った魔物がいない森ならば大丈夫だろう」
「どうして強い魔物がいたらまた来るのでしょうか。そういうところは避けるような気が」
「好戦的な魔物だったようだ」
「そんな魔物もいるんですね」
「縄張り争いではなく、餌を求めるのでもなく、ただ闘争のみを求める魔物は俺も初めてだ」
「人間にも変わり者はいますが、魔物にもいるということなのでしょうな」
こくりとバーンズが頷く。
再度明日からの予定をコランダーに伝え、自分たちがいない間の村とその周辺の様子を確認し宿に帰る。
ガゾートは村の薬師に状態を確認してもらい、打ち身以外に異常はないだろうと診断をもらっていた。だが自身よりも腕のいい医者ならばまた別のことを言うかもしれないから診てもらった方がいいとも付け加えた。
ひとまず安静にしておかなければならないだろうということで、予定通りガゾートは予定通り明日からの森の点検には同行しないことになった。
その夜はお礼として村人から差し入れが色々あり、食べきれないくらいの量だったため、それを料理人に渡して皆に振舞う。
厄介事の解決祝いとして宴会が開かれて、賑やかな夜になる。
翌日から傭兵も一緒に森を見回りして、少しだけいた黄角猿も討伐される。
二日の見回りを終えて、コランダーに終了したと認めてもらった琥太郎たちは村から去る。
無事解決したことで神殿組と傭兵たちに感謝が向けられて、帰還に必要な力が少しだけ溜まる。
村を出た琥太郎たちは大神殿にまっすぐ帰らず、グリフォンの目撃情報を追うように移動していく。魔王やその周辺の情報がほしかったのだ。だが空を飛ぶ魔物に追いつくのは容易ではなく、大神殿に帰るまでに再会はできなかった。
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