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11 荒廃の元凶

 進とビボーンの不思議そうな視線に押されてフィリゲニスは口を開く。


「……えっと、親しくしていた人からお見合いの話が来ているって聞いて、うきうきしながら指定されたお店に行って、お見合いの開始を待っていたら封印されたの」

「え?」


 心底不思議そうにビボーンがぽつりと漏らした。

 進もどう反応していいのかわからないといった感じだ。

 たかだかお見合いで、凄腕の魔法使いが封印される隙を作ってしまうことが意外だった。


「私だって普通の結婚生活を夢見たのよ。優しい夫に可愛い子供たち、温かな家庭を築くことを楽しみにしてたわ。話がきたときそれが実現可能だって思ったの。それなのに結果は封印よ。二百年くらい怒ったわ」

「……罠とは思わなかったのか」


 進が聞くと、フィリゲニスは首を振る。


「誘った相手がそれまで信じられる人だったから警戒しなかったのよ。封印された当初は騙されたって怒ったけど、家族を人質にとられたかもしれないと今では思っている。とても良い人だったから、そうでもないと裏切らないと思う」

「今でも封印した人たちには怒りを抱いているのかしら」

「怒りなんてとっくの昔に通り過ぎた。怒り続けるのは疲れる。それにこの部屋を見るだけでも破滅したらしいってわかる。ざまみろってことでほとんど怒りも恨みも消え失せた」


 心の奥底にくすぶるものはあるものの、それはもう大きくはならないだろうとフィリゲニスは思う。


「それはよかった。子孫かもしれないってことで、その繋がりで恨まれたら大変だもの」

「さすがにそれは理不尽だって私もわかる」

「そう言ってもらえると助かるわ。ちなみに封印されてずっと意識あったの?」


 ビボーンは心配そうに聞く。身動き取れず、かなり長い間意識のみがあったとすればそれはかなりの苦痛じゃないかと思ったのだ。


「夢うつつといった感じだったわね。怒っている間もはっきりと意識があったわけじゃない。力を吸い取られていることに気づいて怒りが再燃し、その怒りが収まったあとは、外部からなんらかの干渉があればぼんやりと意識が浮上して、なにもなければ深く眠るといった感じだったかしら」

「そうなの。長く精神的に苦しんだということはないのかしら」

「窮屈さはあったと思うけど、苦しみ続けたという記憶はないわね」


 ビボーンから見てフィリゲニスが感情を隠しているようには見えず、おそらく本当のことを言っていると判断する。

 夢うつつとはいえ延々と封じられたままというのは辛いことだとビボーンは考える。それを苦にした様子がないのは一般的な感覚を超越しているようにも思えた。最高峰の天才と称されたが故の感性なのか、もしくは封印にそういった機能でもあったのかと首を傾げる。


「次の質問いいか?」


 進が聞き、どうぞとフィリゲニスが頷く。


「なんで俺の夢に出てきたんだ。ビボーンの方がずっと前からここにいたんだし、そっちの夢に干渉してもおかしくないと思うんだが」

「ビボーンはこれといって干渉してこなかったから。あなたは私の領域というのかしら? 私の意識が届く範囲で干渉してきた。それと魔法に対して抵抗力が低いというのも理由になるわね。ビボーンは高い抵抗力を持っていて、夢うつつな状態だと手を出しにくい。あなたは未熟で簡単に干渉できたのよ」

「なるほど」


 進は魔法に関して未熟ということに納得し頷く。

 そんな進にビボーンが指摘する。


「納得しているけど、夢への干渉なんて言うほど簡単じゃないからね? そこんとこ勘違いしないように」

「そう? 夢に入りこむなんて特にこれといった準備をせずにできることでしょ」

「ススム、これが天才よ。よく覚えておきなさい。常人にとっての壁なんて知らないと、あっさり飛び越え無視していく。ときとしてそれは人を畏怖させる。ススムも天才側にいる人間なんだから、言動には注意しないと最悪フィリゲニスと同じように封印だからね」


 こんなことを言っているビボーンも天才側だったりする。熟練の魔法使いでも他人の魔力制御は容易いものではないのだ。


「俺が天才側ってそんなわけないだろ」

「そうよね。そこまで才があるように思えないけど」


 進とフィリゲニスに否定されてもビボーンは意見を変えない。


「ススムは能力者。できることは限定されているけど、それだけで普通の魔法使いを超える才を持っているの。あとフィリゲニスからしたらどの魔法使いも下なんだし、あなたの感覚はいまいちあてにならないわ」

「そうなのか。まあそんなものと納得するとして、自分に干渉したから夢に出たってフィリゲニスが言っていたけどさ、俺はフィリゲニスがいるって知らなかった。だから意図して干渉していたわけじゃない。どんなことが干渉に値することだったんだ?」

「私の力を削ったというのかしらね。私の力が吸い取られて、広範囲に広がった。私の力の影響を受けたもので満ちる領域の中で、私の力を別物に変えた。こんなことされればすぐに気づけるわよ」


 干渉とは、池の水をただの水に変えたり、荒れた土を肥えたものに変えたりしたことだ。

 異変に気付き、誰かがやったとわかり、コンタクトを取れば封印が解けるかもと考えたのだ。

 もっとも夢に入ったはいいものの、進側の意識がはっきりした状態ではなかったので、意思疎通できず夢の一部としてしか動けなかったわけだが。


「やっと意思疎通ができて封印が解かれてほっとしたわ」

「自由になったわけだけど、今後どうするつもりかしら」

「私を知る人はいなくなってるし、穏やかにやっていけそうだから落ち着いて暮らしたいわ。ゆくゆくは結婚したいわね。その前にある程度の力を取り戻す方が先かもしれないけど」


 結婚という部分でフィリゲニスは進を見る。自分にまったく恐怖などを抱いていない進ならと思ったのだ。

 進はそんな視線を流して、疑問に思ったことを聞く。地球に帰ろうと思っているのに、現地人と結婚などする気はない。ただし絶対地球に帰りたいというわけでもなかったりする。地球の方が日常生活を送るのに便利だから帰りたいという、その程度のものだ。地球に思い残したものはとても少ないのだ。


「封印はまだ完全に解けていなかったりするのか?」


 自由に動けるようになっただけで、力の方はまだ封印されたままなのだろうかと進は聞く。


「そうなのよ。長年力を奪われ続けて、かなり弱体化しているってのもあるんだけど、四つくらい私と繋がりができているなにかがあるの。長時間繋がっていたことで、繋がっていて当たり前になっていて、維持に勝手に力が使われている状態なのよ。見つけて壊せれば少しは力が戻るわ」


 それを壊せば全盛期に近いところまで力を取り戻せるはずだとフィリゲニスは言う。


「それってあの四つの像じゃないのか」


 進がビボーンに聞き、私もそう思うと地下にあったものなどをフィリゲニスに説明していく。

 

「その像も力を吸い取る役割を持っていたのでしょうね。でもそれがなくなっても、長年かけて強固になった繋がりは断てなかった」

「なるほどねぇ。あなた今どれくらいの力があるのかしら」

「そうね……普通の魔法使い三人分くらいの働きしかできないかしらね」


 ちなみにフィリゲニスの感覚はずれているので、弱体化はしているものの一般的な魔法使い三人を超えた働きはできる。


「それだけできれば十分な気もするんだ」

「そうでもないと思うわよ。ススムも普段から三人分を超える働きをしてるし。同じくらいしか魔法を使えなかったら、ここでの暮らしはもっと不便だったはず」


 いつも一人で魔法を使っているので、自分は一人分しかやっていないと思っていた進は、そうなのかと意外そうな顔になる。


「池の水を綺麗にするだけでも一人分の働きじゃないからね」


 フィリゲニスは町のそばにあった池を思い出し、あの水量を一人で綺麗にするのは大変だと頷く。


「そうなんだなぁ。だったらフィリゲニスも繋がっているものを一つくらい壊してましにした方がいいよな」

「そうね。どこにあるかわかるのかしら?」


 どうなんだろうと二人から疑問の視線を向けられて、フィリゲニスは頷く。

 強い繋がりなためどこにあるのかくらいはわかるのだ。


「三つは近くにはないけど、一つはそう離れてないところにあるわ」

「廃墟の中にあるんでしょうね。でもそれらしきものはみかけなかったから、また地下かしら」

「ええ、位置的に地面に埋まっているみたい」

「掘り起こす必要がないといいんだけど。三人じゃ苦労しそうよ」


 進とフィリゲニスもそれは避けたいと同意する。

 さっそく行くかとなったが、空腹でお腹を鳴らしたフィリゲニスの食事が先になる。


「こんなものしかないし、今後も似たようなものだけど我慢してくれ」


 そう言って進は焼いた芋を渡す。

 芋を受け取ったフィリゲニスは微妙な表情で進を見る。


「すごく美味しいものが食べたいと贅沢を言う気はないけど、これが続くの?」

「荒れた土地だから、採取できるのはそれくらいなものなのよ」

「荒れているの? 私が封印される前は特別肥えたわけじゃないけど、荒れてもなかったんだけど」

「天罰かなにかで生物が生きにくい土地になっているわ。植物なんてその芋のほかには数種類くらい。魔物や獣もたくさんはいないわね」

「私が封印された間になにがあったのよ」

「それは私も知りたいわね」


 フィリゲニスは芋を食べながら、思ったよりは美味しいなと思いつつ、なにがあったか考える。そしてもしかしてと仮説を立てた。

 芋を食べ終わったフィリゲニスは二人と建物の外に向かいつつ仮説を話す。


「こうなったのは私のせいじゃないかと思うわ」

「フィリゲニスのせい?」

「ここにいた奴らは、私の力を抽出して利用しようとしたでしょ? でもそのとき私って怒ってて吸い取った力にも怒りの感情が入り込んでたと思うの。そんなものを利用なんてしたら儀式に使う道具などに不調をもたらして失敗してもおかしくない。もしこの予想が当たっているなら、本当にすかっとしてなんの憂いもなく新しい人生を送れるってものね!」


 喜ぶフィリゲニスを見て、さもありなんと二人は頷いた。


「怒りの感情を帯びた不安定な魔力と利用失敗で、生物が住めない場所になるのかしら?」


 ビボーンがこの地方の現状を思い、たった一人が原因でここまでひどいことになるのかと首を傾げる。

 フィリゲニスは頷いた。

 利用しようとした力が悪影響しか及ぼさないものになりはて、力を広めるための儀式も失敗したとなれば、あり得ると思った。

 儀式が失敗した影響で、フィリゲニスの力にさらに変化がもたらされ、廃墟を中心に広まっていったとすれば荒れてもおかしくはないとフィリゲニスは推測する。

 怒っていたときの自分は本当に怒りの感情しかなく、そんな自分の影響を受けた力はまともなものじゃなかったはずだ。その魔力に触れた生物は感情を乱されかねない。そんな力が大地にしみ込んで、そのあともフィリゲニスの力が各地に注がれ続けたのだから、影響の抜ける速度は決して早いものではなかったと思う。


「四つの繋がりなんてなければ、ここだけが荒れたと思うわ。でも悪い影響しか与えない私の力を広げるようなことになっているから、あり得ないとは言わない」


 言いながら建物から出る。そしてフィリゲニスは目の前に広がる廃墟を見て、言葉も足も止めた。

 かつての街並みがすっかり姿を変えたことにショックを受けたのだろうと進とビボーンは思ったが、違った。


「……くっくくくく、あはははははははっ!」


 笑い出し、そのまま心底楽しげに笑って大きく深呼吸する。


「あっちは滅びて、私は生きている。ざまあないわね! 私は生を謳歌するわ。精々羨ましがることね!」


 はっきりと滅びたところを見て、フィリゲニスの心の奥で燻っていたものもきれいさっぱり消え失せた。

 宣言したあと、清々しそうに空気を吸い込み、笑顔で進とビボーンを先導する。

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[一言] それはよかった。子孫かもしれないってことで、その繋がりで恨まれたら大変だもの」 「さすがにそれは理不尽だって私もわかる」 今回は、向はないようですが、復讐の相手がすでに亡くなっていたら、対…
[一言] 結婚に焦りを感じている人にお見合い詐欺とか……そりゃ滅びるよ(引っ掛かるなよとは思うけど)
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