109 新たな移住者
あけましておめでとうございます
今年もよろしくお願いします
サイたちは休憩できる泉のほとりにいた。
姿を見せた進たちに、リュンたちは驚きの視線を向ける。自分たち以外に人間がいるとは思っていなかったのだ。
「サイ、そやつらと話をさせてくれ。考え方次第では村へと連れて行くのを断るということじゃ」
「わかりました。二人とも正直に答えるのですよ」
立ち上がったリュンとエトワールに、進とフィリゲニスが近づく。
「初めまして。捨て去りの荒野にある村の村長をしている進ってもんだ」
「妻のフィリゲニスよ」
リュンたちは自己紹介を返さずに、捨て去りの荒野に村があるという事実に呆けている。
「どうしたのですか、二人とも。挨拶くらい返したらいかがです?」
サイに促されて、二人は慌てて名乗る。
名乗ったあとにエトワールが捨て去りの荒野に村が本当にあるのか聞く。
「人と魔物が一緒に住んでいる村があるのは本当だ。今のところ順調だから、平穏を乱すような者を迎え入れる気はない。無理なら無理と最初から言ってくれ、向こうで暮らしてやっぱり無理でしたとかなったら、そのまま荒野に放り出すことになる。水も食べ物もない荒野だから、放り出される=死と思ってくれ」
「そんな荒野でよく村を作ろうと思いましたね」
「魔法のおかげであり、人や魔物のおかげだ。それでどうする? もう一度言うけど魔物と暮らせないなら来ないほうがいいぞ」
「ここで暮らすより安全なのですよね?」
リュンが確認するように聞く。
それに進は首を傾げる。
「俺はここで暮らしたことがないからわからない。イコン、そこらへんどうなんだ?」
「ススムならここでも過ごしやすい。さっきも言ったが私が守るからのう。しかしあの二人にとっては水も食べ物もあるが、魔物から常に狙われるため、ここは安全とはいいがたい。村は魔物と一緒に暮らすという点にさえ注意すれば、ここより過ごしやすいじゃろうて」
だってさと進がリュンに言う。
大妖樹に守られる人間とはと内心首を傾げつつリュンはエトワールと話し合う時間をもらう。
村で魔物がどういった立ち位置なのか確かめて決めようと結論を出して、進に質問する。
それに進は、ローランドとイコンの住処からやってきた魔物であり、村に移住してきたこと。その両者の影響は受けているが、それなりに村に馴染んできていること。人間と魔物の間でトラブルは起きていないことを話す。
「追加情報として人間と魔物に積極的に交流しろとは言ってないね。どう交流すればいいのかわからないだろうし。最初は距離を置いて、互いの生活ぶりを見てもらっている」
「一緒に働くようなことにはならないんですか?」
「農作業の指導でノームが魔物たちと一緒に働いている。あと狩りでたまに一緒に村を出ることはある。それくらいだな」
「俺たちが村に世話になるとして、一緒に働くようなことになりますか」
「どういったことをやれるかで返答は変わる。二人が持つ技能を生かせる施設がなければ、農作業をやってもらう。そしてそれは魔物と一緒ではないね。二人がどういったことをやれるのか聞かせてくれ」
「俺は町では兵として働いていた」
「私は薬師の知識と技術があります」
「薬師なら、虫人にもいるからそっちで一緒に働いてもらいたいね。兵に関してはどうするかな。そのまま兵として働いてもらうのは難しいから農作業か」
どうして兵のままではいられないのかリュンは聞く。農作業が嫌というわけではないが気になったのだ。
「うちにも兵はいるんだが、空を飛べる者で構成されているんだ。そこに入っても一緒に行動はかなり難しいだろう?」
「全員空を飛べるんですか?」
「そうだね」
それはついていけないから兵としてやっていくのは難しいだろうなと思う。
「ススム、こっちに来るなら指導に回ってもらってもらったら? 空を飛べない人も鍛錬をしたいって意見があったでしょう?」
「ああ、それもいいか。ちなみにリュンはどんな戦闘技術を習得しているんだ?」
「俺は剣と槍と体術を。どれも才能があるわけじゃないけど、一通り使えるようには練習をしている」
一応弓も扱ったことはあるが、触れた程度で得意とは言えない。
「こっちに来るなら指導役決定かな。午前中は虫人の兵に指導して、午後は人族に指導って感じになりそうだ」
ナリシュビーたちには槍の指導というか槍そのものの扱いを教えて、午後は希望者に指導という仕事の割り振りでいこうと進は考える。
「村に来るなら二人は魔物と一緒に働くことなく、それぞれの技能を生かしてもらう感じになるね」
進の返答を聞いて、リュンたちは村に行くことに決めて、お世話になりますと頭を下げる。
進はその二人に、魔物と一緒に働くことはないが近くで過ごすことにはなると、もう一度念を押すように言う。リュンたちはわかっていると頷いた。
用事は終わったことだし帰るかと言うローランドに、進は待ってくれと言う。
「帰る前に薬草の種をもらっていきたい。薬師がいるなら、育てて損はないし」
ノームに管理は任せようと思っている進に、エトワールが村に薬草はないのか聞く。
「ないことはないが少ない」
もともと植物がとても育ちにくい土地なので、薬草もほぼないのだ。ナリシュビーが二種類育てていたものを、村に持ってきてそれを使って対応していた。
苔と草がそれぞれ一種類ずつで、解熱と毒抜きに使っていた。
「イコン、今回の魔法のお礼の一部として種や苗をもらいたいんだけど」
「うむ。いいぞ。どういった薬草が必要だろうか」
「解熱。頭痛と腹痛に効くもの。あとは捻挫とかしたときの痛み止めもあれば」
「わかった準備しよう」
「御婆様、私が集めてきましょう。ほかの子たちに頼めばそう時間をかけずに集まるかと」
サイがその場から離れていき、進たちはリュンたちに村の様子を改めて話していく。
リュンたちの家は、島組に与えたものがあと一つ余っているので、それを与えることになる。結婚した島組の彼らが一緒に暮らし始めて一つ余ったのだ。
説明を進めていくうちに、お金が使えないという話にリュンたちは首を傾げる。
「税の支払いや欲しいものがあったらどうすればいいのでしょう」
「税はないよ。国に所属していないから渡す相手がいない。そもそも貨幣経済が成り立つような場所じゃない。ほしいものがあれば物々交換や労働を対価にする。食事は食堂で食べるか、倉庫から食材をもらって自分たちで作るか」
「そういった暮らしですか」
馴染めるかどうか少し不安そうにするエトワールに、今ならまだ移住撤回は間に合うと進が言う。だが撤回することはなかった。
本当に捨て去りの荒野に村があるなら追手の心配は皆無なのだ。そんな場所まで追ってくる気合の入った人間はいない。
加えてここで二人だけで暮らすよりも、頼れる相手がいるのもありがたい。
魔物が一緒だったり、家事に慣れていないといった不安はあるものの、腰を落ち着ける場所が得られるのは嬉しいことだった。
村の説明が終わるタイミングでサイが戻ってくる。その手には大きな葉に包んだ種があり、サイコキネシスで土ごと持ってきた薬草の苗もある。
種は進が受け取り、苗はフィリゲニスがサイコキネシスで引き継ぐ。
「さて帰ろうか。いつものように上に吹っ飛ばすぞ」
「吹っ飛ばすって?」
疑問の声を上げたのはリュンだ。意味がわからず思わず疑問が口に出た。
「そのままだ。上空で変化を解いたガージーの背に移動する。怪我はしないから荷物をなくさないよう抱えておけ」
十分とはいえない説明で、リュンたちはサイを見る。
「驚くでしょうが、怪我は本当にしないので言う通りにしておきなさい。嫌だと言っても空へと吹っ飛ばされるのは変わりませんし。向こうで元気でやりなさい」
話している間にガージーが先に森の上空へと飛んでいき、変化を解く。
リュンたちの視線の先に現われた白羽従。
ローランドたちの正体を聞かされていなかったリュンたちは何事かと驚く。
そんな状態で空へと吹っ飛ばされ、リュンもエトワールも大きな悲鳴を上げて、なにがなんだかわからないままガージーの背に落ちた。
「「……! ……!?」」
なにか言いたそうでなにも言えずにいるリュンたちをスルーしてガージーはディスポーザルを目指して飛ぶ。
飛んでいるうちに日が傾いて、夕日が大地と空を茜色に染め上げていく。
かなりの高所を飛んでいることに恐怖していたリュンたちは、普通では見ることのできない光景に見惚れたようにじっと見入っていた。
そうして夕日が沈みきる前に、ガージーは池のそばへと降り立つ。
「今日は行き来をありがとうございます」
「おう。礼はまたなにか美味いものでも食わせてくれればいいさ」
「そうですね……天ぷらうどんというものをご馳走しましょうか。ただ卵が必要なのでいくつか持ってきてほしいです」
村に鳥の卵がないので、まだ天ぷらは作ったことがない。
天ぷらはナリシュビーがたまにとってくる海老と収穫できる野菜を使うつもりだ。
「卵だな、わかった。今度もってこよう」
楽しみだと言ってローランドはガージーを伴い帰っていく。
ガージーよりも大きな烏になったローランドを見て、何者だったのか完全に察したリュンたちは驚く気力もない様子で見送っていた。
「家に案内するからついてきて」
進が二人に声をかけるも反応が薄い。
進は二人の目の前でパンパンと手を叩いて注意を引きつける。これで駄目ならフィリゲニスに頼んで氷の欠片でも二人の背中に入れようかと思う。
「なんで大烏公と一緒に行動しているんだ!?」
「何ヶ月か前に知り合って、交易したりしているからだ。そんなことより早く行かないと日が暮れるぞ」
「そんなことでしょうか?」
その一言ですませていいものだろうかと心底疑問といった顔のエトワール。
「魔物と一緒に過ごしているんだから、こういったこともあり得る」
「大妖樹だけでなく大烏公という、あそこまでの大物と知り合っているとは思いもしませんでしたよ。あの大物たちに守られているからこんな場所に村を作ることができたのですね」
納得したというリュンたちは、その考えを進に首を振られることで否定される。
「いや別に守ってもらってないが。イコンには力を借りている部分もあるけど」
「この村がどういったところなのかわかりません」
「村は偶然というか、場の流れでできあがっていったものだからな。最初はここまで多く人が集まるなんて思っていなかった。むしろここからよそへ移動するつもりだった。それからいろいろと出会いがあって、今にいたる」
「私では予想もつかない出会いがあったのでしょうね」
大烏公たちだけではなく、Ωの職号持ちや稼働中のワークドールなど、想像できる方がすごいだろう。
想像できたら予知ができると断言していい。
「フィズ、二人が今日と明日に使える分の水をゴーレムで運んでくれないか」
「いいわよ」
すぐに魔法で土の箱とそれを運ぶゴーレムを作る。
歩き出した進たちにリュンたちがついてく。
「あの池がここらの水源で、水はあそこに取りに行くように」
「井戸はないのだろうか」
掘っていないのなら作ればいいのにと思いつつリュンは聞く。
「ない。あの池は綺麗だったろう? でも魔法で綺麗にしているんだ。そういった処理をしないとここらの水は飲めない。井戸を掘っても同じだ」
「その魔法を井戸に使えないのか?」
「井戸はあれば助かるだろうし便利だろうけど、そこまで手が回らない。ほかに魔法を使う場所がある」
「魔法の使い手が少ない?」
「水を綺麗にできる魔法の使い手は夫一人よ」
それは少ないと思ってエトワールはすぐに疑問を抱いた。
「一人で池を綺麗にしているんですか?」
「そうよ。あの大きさの池が使えるようになったから、住民はここで生きていけると言っていいわね。ここに人が集まったのはそれだけではないけど」
「あの大きさの池を本当に一人で?」
「夫は能力者だから、その方面なら無茶がきくのよ」
「どうしてそんな人がこんなところで。水は生きていく上で必須のもの。汚れて飲めない水を飲めるようにできるならどこの国からも求められるでしょうに」
「あら、あなたがそう言うの? 逃げずに結婚していれば貧困になんて縁のない生活ができたというのに」
その指摘で国仕えを誰もが喜ぶわけではないとエトワールは気付かされる。
「人それぞれに事情があるということですね。意味のないことを言いました。お詫びします」
進は気にするなとひらりと片手を振って歩き続ける。
そのうちに島組の家に到着する。
「ここのまとめ役に顔合わせしておくか。困ったことなんかあれば、彼らに聞けばいい」
夕食でいないかもと思いつつ、玄関をノックする。
まだ食事に行っていなかったようでルアが出てきた。
「村長さん、帰ってきたんですね。おかえりなさい」
「ただいま。ラジウスに会わせたい人たちがいるんだ。中に入ってだいじょうぶか」
「ええ、どうぞ」
ルアがラジウスに進たちが来たことを告げる。
「こんばんは、村長。後ろの二人は村にいない人ですよね?」
「今日からこっちに住み始める二人だ。ここの空いている家に入るから、まとめ役のラジウスに顔見せしておこうってな」
「リュンと申します。よろしくお願いします」
「エトワールと申します。本日からお世話になります」
「ラジウスと言う。こっちは孫のルアだ。二人はどういった関係なのか聞いてもいいかな」
リュンとエトワールは手を握り、夫婦だと答える。
「大妖樹の森に駆け落ちしたようでな。ちょうど森にいた俺たちの村で預かってくれという話の流れになったんだ」
「なんでそんなところに駆け落ちを。もっと安全に逃げられたのでは?」
「実家が金持ちで、あちこちに二人の捕獲を依頼したそうだ。それで行ける場所が森くらいしかなかったらしいぞ」
「なるほど。ここまでは追手は来ないから、ここでの生活に慣れることだけを考えて過ごせばいい。わからないことがあれば俺たちで教えるんで、頼ってほしい」
おねがいしますとリュンたちが頭を下げる。
「ああ、そうだ。以前戦いの指導をしほしいといった話がでただろ」
「ありましたね」
「リュンができそうだから、仕事として頼んだ」
「ああ、それは喜ぶ人がいるでしょうね」
「予定としては午前中は警備たちと一緒に鍛錬して、午後から指導という形になると思う。そのように知らせておいてくれ」
「わかりました」
「エトワールの方は薬師として虫人と一緒に仕事をする。薬草なんかも森でもらってきたから、病気への対応の幅が広がったと今度の話し合いで知らせるつもりだ」
「薬師の方ですか。それは助かる話です」
「今伝えることはそれくらいだな。あとは二人を家に案内してくる。食堂や風呂への案内はラジウスたちでやってほしい」
頷いたラジウスは、リュンたちにあとで一緒に食堂に行こうと声をかけた。
ラジウスたちの家から出て、少しだけ歩いて空き家の前に立つ。
「ここが二人に渡す家だ。二人暮らしなら十分な広さだと思う」
リュンが明かりの魔法を使い、エトワールと一緒に入っていく。
玄関のそばに水の入った箱を置いて、進たちも家に入る。
エトワールの実家と比べたら天と地の差がある家だが、魔物や追手に追われる野営よりはるかにましで文句などない様子だった。
四部屋という広くはない家なのですぐに確認は終わる。
「確認は終わったな? 明日の昼にそれぞれの仕事場に案内するんでそのつもりでいてくれ」
「わかった。いろいろとありがとう」
「礼は真面目に働くことで返してくれればいい」
進たちはノームたちのところに寄って、薬草などを預けて家に帰る。
リュンたちは荷物を置いて、軽く汚れを落としてラジウスの家に向かう。
ラジウスたちはまずは食堂に向かい、一緒に食事をとり、その後中枢機械への魔力供給や風呂の案内などを行う。
「一定範囲内の気温操作ですか、そんなもの王都にもありませんよ」
自分たちで管理する必要があるとはいえ風呂が無料開放されていることに驚いたエトワールは、中枢機械を知って心底驚いた様子を見せる。
「すごいものだと思っていたけど、本当にすごいものだったんですね」
ルアのその感想にエトワールは、その価値を完全には理解できていないのだろうなと思う。
これがあれば薪などの消費が減り、凍死する者も減る。それらへの労働力や費用をほかに回すことができて、国力を上げることができる。
他国からすれば、力尽くで奪い取ろうとしてもおかしくない代物だ。
中枢機械がどういったものか知らないので、エトワールがこういった思考になるのも無理はない。
持ち出すには巨大すぎて、動かすにはリッカの協力が必要とわかればまた別の評価になるだろう。
「噂は本当だったんだな」
リュンが言い、どのような噂なのかとラジウスが聞く。
「捨て去りの荒野は危険な場所だけど、宝が眠っている場所でもある。そんな噂を聞いたことがありまして。気温操作ができる魔法の道具なんてものがあって、レコーダーなんてものもある。探せばまだなにかみつかりそうじゃないですか」
「廃墟部分の探索を村長たちはやっているけど、毎回なにかすごいものが見つかっているということはないようだよ。それから考えるに、お宝と呼べるものはそう多くはないのかもしれない」
「そうですかー」
残念だと言うリュンに、エトワールは別のお宝は見つかるかもしれないと言う。
「たとえば?」
「長いこと放置された土地だし、手つかずの鉱山とかいくらでもみつかりそう」
「あー、たしかに」
「ただし補給なしで魔物の縄張りを進む必要がある」
ラジウスから付け加えられた条件にリュンたちは探索の難易度の高さを知る。
そして水と食料のあるディスポーザルがどれだけ貴重かよくわかる。
ここに村があると知られたらいっきに人が入ってきそうだと、リュンが言う。
それに対してエトワールは、村があると誰も想像できないだろうから、そういった事態にはそうそうならないと思うと返す。
「ここに来るまでに苦労するし、さらに村に必要な物資を運び込む手間とか考えると、村を作ろうとは思わないわな。だから村があるなんて誰も思えないか」
ラジウスの考えに、ルアたちは頷いた。
案内を終えた四人は、ラジウスの家でここで暮らすうえでの注意事項を話し、解散する。
翌日の昼、昼食をとったリュンたちは進に案内されてそれぞれの職場に向かう。
新しい技術や知識が入ってくることを村人たちは歓迎し、リュンたちは村での暮らしを順調にスタートできそうだった。
感想と誤字指摘ありがとうございます




