105 隠れ里の将来
「私は向こうで過ごし、地下よりも村暮らしの方が良いと思いました。そして皆に移住しないかと提案しようと思っていたんです」
ミグネが隠れ里で起きたことを聞き、帰ってくるまでに考えていたことをコンドラートに告げる。
思っていたという部分から、今はその気はないと考えているのがわかるだろう。
今回の件で移住は無理ではないかとミグネは思ったのだ。
「それは私個人としては賛成だな。こんなことがあったからというのもあるが、不自由なここよりは地上で暮らした方がいいと思う」
「私もそう思います。ですがその提案は少しずつのつもりでした。さすがにいっきに受け入れは難しいだろうと言われました」
ですよねと聞かれ、進たちは頷く。
「いろいろと準備するものもあるし、食料の問題もある。いっきに移ってこられてはもともといる村人たちに負担をかけることになる。すまないが、こっちの村人を優先させてもらう」
「ええ、当然かと」
「それに付け加えて問題があります」
ミグネが言う。それは何だとコンドラートは無言で促した。
「前回と今回の騒動は、魔物が原因です。向こうには魔物がいて、もめごとの原因になると思われます。だから移住は諦めた方がいいと思いました」
コンドラートは納得したと深々と頷く。
「ああ、そうか。魔物と一緒に暮らしていたのだったな。ミグネがそちらの魔物に嫌悪感を抱いていない様子から、うまく過ごせたのだろうと思える。しかしワイバーンの被害も受けた我らにとっては厳しい話か」
「穿土蛇の被害だけならまだましだったんですけどね」
移住の話が潰れたと考えるミグネは溜息を吐く。
「聞くだけ聞いておこう。もしかすると行きたいと言う者がいるかもしれん。残る者はこの隠れ里と一緒に滅んでいくことを受け入れるということなのだろう」
「滅びますか?」
ミグネが聞き、コンドラートは頷く。
「先ほども言ったが働き手が減って、老人と子供が多い。畑仕事はまだなんとかなるかもしれないが、肉を手に入れられる者が減っている。手に入れられる食料が減れば、それだけ苦しくなる。十分な食べ物がなければ元気な者が減って、さらに苦しくなっていく。そのような場所は滅びへと向かっているとしか思えんよ」
否定はできず、ミグネは苦しげな表情になった。
「早速皆を集めて意見を聞こう。それで行きたいと思う者が出てきたら、お二人には面倒をおかけしますが、連れて行ってあげてほしい」
お願いしますとコンドラートは頭を下げた。
同情から頷きかけた進は、前提条件として魔物に突っかかっていかないことを望む。
コンドラートは妻とミグネに頼んで住民たちに用件があることを伝えてもらう。コンドラート自身も外に出て声をかけていく。
一時間を過ぎた頃、村長の家の前に人々が集まった。
「皆、聞いてくれ。今この隠れ里が置かれている状況は良いものではない。正直わしはこのまま滅びにむかっていると思っている」
「なにを言っているんだ、そんなことあるわけ」
ないと言おうとした村人をコンドラートは遮った。
「本当にそう思っているか? 穿土蛇たちに住民が殺され、また今回空飛ぶ魔物に住民が殺された。しかも殺されたのは働き盛りの者ばかりだ。今後は畑仕事だけで精一杯で、狩りはかなり難しくなるだろう。それに今回のことで外に出ようと思う者も減っているはずだ。畑からとれるものだけでやっていけると思うかね?」
苦しい生活になると住民たちも簡単に想像がついたようで、滅びるという主張に反論の声は上がらない。
「そこの人たちに助けてもらうというわけにはいかないのですか?」
住民の一人が言い、皆の視線が進たちに集まる。
それをコンドラートが手を叩いて注目を戻す。
「そうすることで彼らに利点はあるのかね? むこうの村の食料を減らして何度もこっちに持ってくる。道中は魔物がいて、水はなく、食べ物もほとんどない。そんな余計な苦労をして我らを助けてなにになる?」
「人情があるなら助けてくれるはず」
人情など馬鹿らしいとコンドラートは鼻で笑う。
「人情だけで動いて、自身の村の民を苦しめる。村を預かる者として最低の行いといえよう。わしとしてはそのような行いは反対だ」
「最低な行いなものか、その行為でこの村が助かる」
「かわりに向こうに余計な苦労を負わせる」
短期間とはいえ集団のトップに立ったコンドラートは、集団を維持する苦労を知っている。
そこに余計な苦労を背負いこませることは申し訳なく思うのだ。
「我らはすでに二度助けてもらっているのだぞ。さらに面倒事を押し付けるのか。その余裕がこの大地に住む者にあると思っているのか」
「ではどうすればいいんだ! このまま滅びていけと!? 少しでも助かる希望にすがろうとしてなにが悪いのか!」
「お主らが勝手に希望と思うだけで、向こうにはそれに応える義務などないのだぞ? それでも少しは手を差し伸べてくれている。ありがたいことに、移住したい者がいるなら受け入れてもいいと言ってくれた」
希望を得たと喜ぶ者が多数いるなかコンドラートは続ける。
「ただし向こうは魔物と一緒に暮らしている場所だ。魔物による被害を受けた我らが馴染めると思うのかね? 移住に関して魔物ともめごとを起こさないという条件がつけられているぞ」
子供はそうでもないが、大人たちは魔物がいると聞いて顔を顰める者が多い。やはり二度の魔物被害による傷は残っているのだ。
「どうして魔物なんか。同じ人間の我らを優先するべきじゃないのか!?」
そんな意見に同調する声がいくつも出る。
「馬鹿者! ほかの村の在り方に口出しするとは何事だ! そのような自分さえよければといった考えの者がいるだろうからと、先ほどの条件が付けられたのだ」
その怒声に先ほど発言した住民たちはビクッと肩をすくめた。
村長になって初めて住人に強気な姿勢を見せるコンドラートに驚きの視線が集まる。
コンドラートが窮地で輝くタイプの性質だった、というわけではない。
反感を買うように発言しているのだ。そうすれば少しでもこの村にいるよりは出た方がましと考える者が増えるかもしれないと思っていた。最後の長になるかもしれず、それならば少しでも住民が助かる方向に動こうという考えだ。
そういった考えばかりではなく、よその村に自分たちの都合を押し付けようとする考えを叱る気持ちも嘘ではない。
どうせ嫌われるのだからと遠慮がなくなっていた。
だがそれが住民たちに火をつけた。
「自分を優先してなにが悪い! ずっとここで生きてきて、快適とはいえないが、大事なここで今後も生きていたいんだ!」
「だからといってよそに迷惑をかけるな。さっきも言ったが、すでに助けてもらっている。最後くらいは自分たちでどうにかしてみせろ」
「勝手に滅びると決めるなっまだそうなると決まったわけじゃない! やってみせてやろうじゃないか! 俺たちが自分たちでやれるってことをな!」
「そうだ! 自分たちの故郷だ、自分たちで立ち直らせてみせてやる!」
「おうともさ。俺たちだってやれるんだ! 元に戻った故郷を見て、自分が間違っていたとあんたに言わせてみせる」
一人がやってみせると言い切ったことをきっかけに、住民たちにやる気が伝染していく。
それはその場の勢いかもしれないが、ワイバーンに襲われてから隠れ里に蔓延していた暗い雰囲気を吹き飛ばす勢いがあった。
空元気も元気の内ということなのだろう。
怪我人と子供も巻き込んで、爆発しそうなやる気にあふれた雰囲気が隠れ里に満ちる。
「活気が戻ってきたな。正直この流れには驚いた」
「そうね。私もこのまま沈んでいくものだと」
傍観者だった進とフィリゲニスが驚きの表情を隠さずに住民たちを眺めている。
だが一番この状況に驚いているのはコンドラートだった。自身の発言がやる気をださせることになるとは思ってもいなかったのだ。
「苦しい状況では、優しく穏やかなトップよりも発奮させてくれるトップが必要だったのでしょうね」
「必要な状況で、必要なことをコンドラートさんはやれたということか」
二人の会話はコンドラートの耳に届き、意図していなかったとはいえ、住民のためになることをしてあげられたのだと胸がいっぱいになる。
泣きたくなったが、そんな弱さをみせては水を差すことになりかねないと耐えて、口を開く。
「やってみて駄目だったとなったら、やはり駄目だったじゃないかとおおいに笑ってやる。それが嫌なら必死になって働くことだな」
「笑わせてやるものか! 言いたいように言えるのは今のうちだけだからな! 皆っ長を見返してやるぞ!」
「「「おう!」」」
住民たちは早速働こうと、なにをしたらいいかなにができるか話して、きびきび動いていく。
その輪から外れたコンドラートは住民たちを眩しそうに見る。
「コンドラートさん。移住の件はなしということでいいですかね」
そう進に声をかけられ、コンドラートは頷いた。
「はい、正直こうなるとは思っていませんでした」
「ここの人たちもまだまだ苦難に挑める強さを持っていたということですね」
「そうみたいです。諦めていたのはわしだけのようですな」
「コンドラートさんの言葉があったからこそ、芽が出た強さだと思いますよ。いいものを見たと思うし、その礼としてワイバーンの肉を送ろうかと思いますがどうでしょう。美味い肉ですし、復興の前祝いとして皆にふるまっては?」
ワイバーンを倒したフィリゲニスにいいだろうと視線で聞くと、小さな苦笑とともに頷きが返ってくる。
「よろしいのですか? 良い肉なら村に持ち帰ってふるまった方が」
「村人全員に振舞うには少々足りないので。それに迷惑をかけられた魔物が食料になった姿を見て、住民の溜飲が下がるかもしれませんしね」
「……お言葉に甘えさせていただきます」
「ついでに裂け目下の水を綺麗にしていくので、しばらくは水に困らないかと」
「ありがとうございます」
頭を下げたコンドラートから離れた進たちは隠れ里を出て、水を綺麗にして、切り分けたワイバーンを隠れ里に運び込む。
爪や牙と肉を少しばかりもらい、あとは全て隠れ里の倉庫に運び込む。
隠れ里のあちこちから掛け声や作業音がしてきて、これままで一番の活気を見せている。
この雰囲気が続くなら、復興は成功するだろうと確信を持てる。
せめての礼として今日は泊まっていってほしいという誘いを受けて頷く。時間ができたついでに許可をもらって畑の土を変化させたり、石で農具を作ったりして多少ながら支援していく。
夜にはワイバーンの肉を使ったバーベキューが住民たちに振舞われる。
美味い肉になりはてたワイバーンにざまあみろといった声があちこちから聞こえてくる。
翌朝は少し落ち着いたものの、暗い雰囲気はなくなっていて、やる気は継続していた。
その隠れ里を進たちは出発し、ディスポーザルに帰ってくる。
池を綺麗にしたり、畑に魔法をかけたり、ビボーンたちに帰還を知らせたあと、ゲラーシーに会いに行く。ワイバーンに襲撃されたことは伝えておいた方がいいだろうと思ったのだ。
一連の出来事を聞いたゲラーシーたちは、ワイバーンによる被害で驚きと悲しみ、その後のコンドラートとの話し合いの内容で故郷が滅びるのかと嘆き、発奮した流れで驚きつつも喜んだ。
「コンドラートが皆をやる気にさせたってのは意外だが、そうなってくれてよかったよ」
「あの雰囲気なら復興は大丈夫だって思えるものがあったよ」
「それを聞けて安心だ。出たとはいえ故郷にかわりない。あそこが滅びるのは寂しいし悲しいからな。いつかでいいから余裕ができたら、交易をしてやってくれないか」
「まあ、また火の属性石が必要になるし、肉か芋を持って行くことになるよ」
この返答にゲラーシーはほっとした表情を浮かべた。次の交易のときもついていって、元気な様子の隠れ里を見たいものだと思う。
メリークリスマス
感想と誤字指摘ありがとうございます